2004/08/28 - 2004/08/28
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yoooさん
実はここ、私の一族のお墓があるのですが、
赤穂浪士とは全く関係はありません。
それ故何十度も来ているのですが、
一度も赤穂浪士関連の見学をしておらず、
今回友人が行きたいと言っていったのを聞き、
それをきっかけに行って来ました。
生憎小雨が空から落ちていたのですが、
気にもせず楽しんできました。
学校とお墓に囲まれた静かな良い寺ですよ。
毎年12月14日は義士祭が行われます。
曹洞宗のお寺で、画像の山門は
天保年間に再建されたものです。
木の色が実に渋く貫禄があります。
下の画像は山門を本堂側から撮影したものです。
-
門の右側に大石内蔵助良雄の
立派な銅像があります。
庶民的には人気者になりましたが、
私は吉良上野介が全面的に悪いとは思えません。
逆に浅野内匠頭が悪いとさえ思うのですが、
一体真相はどうなんでしょう。
劇中の派手な活躍ばかりで、
深い所がわからないのが歯痒いです。
主君の敵を討つと言う行為は
家臣として当たり前なんでしょうけどね。 -
泉岳寺の本堂です。
戦災で消失し、9年の歳月をかけて
昭和28年再建されたのがこの建物です。
一部最近造った跡もありますけどね。
泉岳寺は事件前、他の寺を束ねる
名刹だったらしいですが、
普通の寺だったのです。
川柳にも“それまではただの寺なり泉岳寺”
などと詠まれていますからね。
歌舞伎の仮名手本忠臣蔵で演じられたりして、
泉岳寺の名は赤穂浪士と共に
爆発的に世へ広まっていったのです。 -
何とも気持ちの悪い首洗の井戸です。
吉良上野介の首をここで洗ったらしいのですが、
昔と同じ位置・昔と同じ姿なのでしょうか。
首から滴り落ちた血が、
水と混じり石に染みた事を想像すると、
気持ちの良い場所ではありませんね。
それにしても、
囲いの石に刻まれた“川上音二郎建立”
の方が凄い気がします。
オッペケペーと言う節が聞こえてきそうです。 -
境内にの角に大石父子の墓がありました。
四十七士全てのがあるのですが、
浅野内匠頭は別格として、
この父子の墓だけ屋根付でした。
主税の隣には、下手すると大石内蔵助よりも
人気があるかもしれない
堀部安兵衛の墓がありました。 -
なぜか間喜兵衛の所だけ
こんなにも線香があり、
辺りを煙の海にしていました。
・・・犯人は私です。
間喜兵衛は討ち入りの時69歳。
当時で言えば相当な老齢だったでしょう。
それにもかかわらず1人倒しているのです。
そのパワフルさに対しての気持ちを
お線香の数でぶつけてみました。
お墓のサイズは、大石父子のモノが大きく、
あとは同じサイズでした。 -
新しく造られた一角にこの様な文字が。
何と大石内蔵助の子孫です。
どのような繋がりなんでしょうか。
主税は死にましたし・・・
今調べてみましたら、3男が跡を継ぎ、
今に至っているそうです。
この名前の方は11代目で、
奈良県庁に勤めているらしいです。
広島か兵庫だと思ったら違うんですね。
歴史上の人物の子孫は意外にいるのです。
調べてみると面白いですよ。
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