2004/06 - 2004/06
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gatta smarritaさん
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以前から、行きたい、と考えていた南フランスですが、この6月に行ったのは、おいしいおいしい!と、母や大学時代の先生が絶賛していた、サクランボに出会うため。
ただ、フランス語だけでなく、英語もあやしい私は、ツアーでかの地を踏むことにしたのです。
せっかくのツアーなら、一人では狭まる行動範囲も、広がるっと、よくばって、ニース、エズ、モナコだけでなく、古城めぐりからモンサンミッシェルまで。最後はパリでお買い物!!
・・・もちろん、異常なまでに忙しくなる、ということは、最初から覚悟の上で、かなりの気合を持って、参加したのではありますが。
さて、初日。
ヘルシンキ空港を経て、ジュネーブを経由し、ニースのホテルにようようたどり着いたのは、夜もふけた23時。さすがに、ツアー、初日からハードである。
添乗員のチェックインを待っている間、ふと気づくと、なぜか子供が走り回っている!!下は、どう考えても、5歳から、上は中学生?ていど。どうやら、レストランでパーティーがあったようで、(こういうときは、大人と同じ扱いなんだろうなぁ〜)と、勝手に納得。
ちなみに、この日のホテルは、ツアー中、唯一の4ッ星ホテルということだったが、街中にあるためか、部屋もそう広くはない。まあ、お湯が出たのだから、よしとしよう。ヨーロッパへいくと、なぜかすべてのことに寛大になる私。大陸の風にあたったせいか??
翌2日目。この日は、まずモナコ公国へ。ベテランの現地ガイドが付いてくれており、添乗員も安心顔。グレース・ケリーが葬られている教会や、王宮、港やらをみてまわり、急いでグラース、エズへ。実は、パンフレットに行く、と記載がなかったように思うが、個人的に、前々から行きたい場所だったため、正直、ラッキー (^^)v と心の中で、ほくそえむ。
グラースは、香水工場のある街で、有名なゲ○ンやら、シャ○ルの香水の一部は、この工場で創り出されているとのこと。前日に、配水管か何かが破裂したらしく、工場内の案内もそこそこに、さっそくツアーのお決まり、お土産物屋へ。マルセイユ石鹸やら、昔、養蜂をやっていたなごりで作られ、大手化粧品メーカーへ納めるクリームなどが売られていたが、やはりなんと言っても、ここでは香水である。ゲ○ンなどで、パッケージをつけて売っているものより格段に安い!とは、現地ガイドの言だが、同じ香りのものを、小さいビンで売っており、ひとつ千円ほどで、友達へのお土産物にも、ちょうどいい。バラでなく、6コ入りとかでかわなきゃならないのだが、20種類ほどの香水のなかから、自分の好きなものを選べるので、私としては楽しかった。ま、おじさま連は、興味のかけらもなさそうではあったが。
ひとしきり、香水の香りの中に浸かったあとは、エズの村をめざして、グラースの街から、山の上の方へと、歩いていく。ここは、鷲の巣村、とも呼ばれ、異民族からの強襲にそなえた、堅固な作りになっている村である。一番上の、展望台まで登ると、すばらしい絶景に出会えたが、同時に、以前は、海からやってくる脅威のために、この展望台は、いかに有効であったか・・・などと考えもしてしまった。村の中も、ゴツゴツとした「質感」であった。なんとも、私の表現力不足ではあるが、他の町とは違う、一種独特の雰囲気がただよっているのだ。道の作りなんかも変わっている。山腹にあるためかもしれないけど・・・
昼は、ニースへ戻ってから、街中を、少し散策させてもらえた。6月とは思えない暑さの中、海水浴を楽しむ現地の方々を横目に見やりながら、目にも鮮やかな花市、古書市などを楽しんだ。
さて、この日のホテルは、学生の町、エクサンプロヴァンスである。印象深かったのが、部屋の下が、ちょうどレストランで、夜8時ごろからパーティーが始まったようなのだが、なんとも、異様に騒がしい・・・陽気なフランス人もいるものだ、と、思っていると、あるとき「Grazia!!」と、ひとこえ叫ぶのがきこえ、ああ、やはりイタリア人かと、みょうに納得。(その場を見ていた人いわく、フランス語をしゃべっていたという証言もあるので、イタリア系フランス人かもしれないけど)
その後は、皆で、サンタルチアなどのカンツォーネなどを大合唱したり、ドッボーンという音がしたので、もしや・・・と思って外をのぞいて見ると、案の定、目の前のプールに飛び込んでいたり、と、とにかくはげしい。いったい、何時までこの騒ぎは続くのだろう・・・と、軽い不安を覚えていたところ、happy birthday!の歌を歌って、しばらく後の12時ごろ、ようやくお開きとなったようだった。
・・・ちょっと、のぞきに行けばよかったかも・・・
さて、3日目。
この日は、まずアルルへと向かう。
ゴッホの跳ね橋とやらを、見に行ったのだが、じつはワタクシ、この絵をみたことがないので、あんまり興味もなかった・・・実際、見ては見たものの、モデルになった橋ではなく、のちに観光客用に、つくられたものな上に、場所も異なるとのこと。周りののどかな風景のほうが、よほどよかった。
その後、場所を移動して、円形闘技場へと向かう。ローマのコロッセオのようなもので、とにかくデカイ!!中に入ると、いかにも石を積みました、というのが、間近で見て取れ、すごい!の一言。上まで登って見た、町並みも、とってもすてきだった。
さて、この日のお昼は、アビィニョンにてとったのだが、ここのお兄ちゃん(給仕係りだな)は、ほんとにラテン系!トイレに行こうとすると、ガッ、と冗談で道をふさいでみたり、店から出た時に、写真をいっしょに撮ろうとした女の子を、なんとお姫様抱っこしたり!!法王庁へ向かう、メインストリートにあったレストランだったと記憶しているので、興味のある方は、ぜひ(笑)旅行会社が、よく使うレストランのようだったので、ツアーだと、ここに行くかもしれません。
ただ、デザートがナマ果物ってどうよ!?て気はしたけど。(よそのツアーの方は、アイスクリームでしたけどね)
昼食後は、徒歩で、アビィニョンの法王庁へ。
法王庁は・・・とにかく広い!!だだっぴろい上に、なんにもない部屋(礼拝堂か?)も多数あり、端から端までダッシュしたりもしながらでも、かるく45分はかかるという広さ・・・昔のタペストリーなどもあったが、あんまり記憶にないくらいだ・・・
しかも、出口からでた私、入り口とまるで違う場所で、どっちに帰ればいいのやら、さっぱり分からない・・・とりあえず、こっちだ!と思い込みで、歩いていくと、思っていたのとは、まるで見当違いの、メインストリートへ、なぜか逆もどり。ま、とりあえずは、無事に集合場所へたどり着いて、やれやれである。まあ、いまだに、あの出口がどこら辺だったのか、分からないままだ・・・
その後は、サンベネゼ橋をみて、ホテルへ。
この日の夕食時、添乗員が、恐ろしい言葉を口にした。
「明日は、5時半起床、6時出発です」
そして、
「明日、あさって、この2日間が、山場です」
さて、山場、第一日目。(4日目)
この日は、美しい町、リヨンを後にし、一路、古城めぐりへと向かった。
シャンボール城は、周囲を歩かせてくれたものの、ジャンヌダルクゆかりのブロワ城は、対岸から、アンボワーズ城も、遠くから「写真ストックです」と、写真撮影のみ。こういうあたりが、ツアーだ。ま、このあたりの城は、革命の際に略奪が横行し、中身が無く、見ても仕方ないとのことだが、シャンボール城なんかは、なんとも作りが面白そう・・・ここはちょっと残念だった。
その後、最後にたどり着いたのは、シュノンソー城。
ここは、城主が領民に慕われていたらしく、略奪も行われなかったとのことで、ガイドつきで、内部を観光。
現在は、ネ○レにチョコレートの材料を卸している、実業家の持ち物だということで、この広い敷地が、個人の持ち物と言うことに、まず脱帽。
内部も、きれいで、ガイドの説明も面白く、楽しかった・・・が、ガイドの付いてない、よそのおばちゃんっっ、いくらなんでも、ガイドのまん前で、話し聞くか〜??ちょっとは、遠慮せいっっ・・・と叫びたくなったのは、私だけではあるまい。
私も、個人で行ったときは、ちょっと聞いたりするけどなあ、後ろのほうで、こっそりきくわいっ
ちなみに、この日は、別オプションで、古城ホテルに泊まる方がいてたので、片道30分ほどかけて、先にお送りする。別送してくれませんかねぇ・・・旅行会社さん・・・(添乗員がチェックインしなきゃならないから、無理なんだろうけど、長時間移動のプラス30分は、しんどいの)
さて、山場二日目。(5日目)
この日は、5時間かけて、モンサンミッシェルへ。
なんせ、南のほうにいてたから、大移動だ。
ようやくたどり着いて、まずレストランにて、昼食がでてきた。まず、前菜のスープ・・・だが・味が無い。とにかく、驚くほど、味が無い。コンソメの入れ忘れか?と思ったが、私のみならず、テーブルの全員が、あまりの味の無さに固まっており、思わずボーイに塩コショウを頼む。
続いて、名物の巨大オムレツだが、日本で食べるよりはフワフワだな〜と言う程度で、こちらもたいして味が無い。あえて言うなら、塩味か!?
その後、モンサンミッシェルへ。駆け上がるようにして登り、内部を観光したのち、添乗員がひとこと
「トイレを済ませ次第、バスへ」
えぇ〜、お土産を買う時間、無いのかよぉ〜クッキー頼まれてるんだよぉ〜と、思い、ちょっとでも時間をつくろうと、大急ぎで下山(でいいのか?)下まで、降りると、案の定、トイレの前には、長蛇の列。トイレはあきらめて、頼まれものの、名物クッキーを買いに走ったが、このクッキーは正解。どうやらJ○Bと契約しているらしい、日本人のいる土産物屋で買ったのだが、3箱買うと、1箱オマケ、と書いている店で、かさばるが、配る必要のあるヒトは、すこしお得だし、このクッキーは、バターたっぷりで、ホントにおいしい!枚数の少ないほうの箱のが、ぶ厚くておいしいので、自宅には、こちらがおすすめです(笑)
その後、またさらに5時間かけて、パリへ。やれやれだ・・・
最終日。(6日目)
この日は、パリで自由行動。
パリは、以前、たっぷり堪能したことがあるので、今回は、観光は基本的に無視して、頼まれものやら、自分の買い物に走る。
まずは、頼まれもののポーチを買いに、絶対に行きたくない、と思っていた、エ○メスへ入店。着てるもののためか、客が多いせいか、まるで関心を示してくれないのだが、頼まれたものが、まるでどんなものなのか、不明なので、とりあえず、つたない英語で尋ねてみる。2Fへ移動し、くたびれ顔のマダムを、その後、ようやくつかまえて、モノをたずね、長さは「25cm?」と聞くと「そんなん知らんわ〜」(日本語訳)と言いながらも、ちゃんと計ってくれて、ようやくお会計。最後は、「mersi」と、笑顔で送り出してくれて、こっちも、なんだかひと安心。とっても、カンジのよいマダムでした。
おむかえのシャ○ルも、ドアマンから、店員のキュートな女性まで、とにかくみんなカンジよし。この近くのグッ○も、「こんにちは〜」と話しかけてきてくれ、カードケースを探している、というと、これは、これもあるよ?と、次から次へと商品を見せてくれて、とっても、買い物がしやすかったです。この前に、シャンゼリゼ通りに面したグッ○の店舗に行ったところ、店員は、とってもハンサムぞろいですが、とてつもなくカンジ悪い思いをしたので、特に思いました。こちらの、コンコルドの店の方が、でかいドアマンもいてて、入りにくいのですが、あきらかに親切。ラファイエットの1Fのグッ○の、東洋系の女性店員も、親切でしたが、ここは店自体が小さく、品揃えが限られてます。
さて、その後、自分の買い物のため、ヴィ○ンへ。
やはり、日本人やら、最近は中国人も多く、とにかく店員を捕まえるのに一苦労。ようやく、買い物を終え、デタックスの書類を店員に渡したところ、私の住所をみて「お〜ナラ!行ったことあります!!」と、それまで英語で話していたくせに、日本語でしゃべりだしやがった!!それから後は、オール日本語。そして「ナラはよかった〜」を連呼。なにが良かったのか、聞いときゃよかった・・・
その後、パリでの最終目的、アンジェリーナのモンブランへ。
フランス在住の女の子お勧め、ラデュレのマカロンを手に、ようやくアンジェリーナにたどり着き、店の入り口のショーウィンドウをのぞいていると、なにやら声がする。えっ!?と振り返ると、ギャルソンが「ラデュレの紙袋を持ってるから、入れないよ!」みたいなことを、英語で言ってるらしい・・・が、英語もいまいちな私が「んんっっ??」みたいな顔をしたところ、なぜか不安そうな顔に見えたらしく、「ジョーク、ジョークだよ!」と、笑いながら、店内に招きいれてくれ、その後も、席に着くと、開口一番「モンブラン?」その後、飲み物を頼もうと呼び止めると、なんだい??みたいに両手を広げてやってきて、頼むと、「待ってて!」という感じで、ウインクをして去っていく・・・アンジェリーナといえば、高級チックなサロン・ド・テ、というイメージでしたが、フレンドリーで、楽しめました。
それにしても、ここのギャルソンのみならず、よくウインクしますね、フランス人。荷物を運んできたポーターも、ウインクしながら荷物を渡してくれるし(ドアが開いた瞬間、女の子だっと、反応し、ウインクする反射神経が、まずスゴイ・・・)空港内のお店のマダムも、ひとしきり説明をし終えると、軽〜くウインクして去っていくのよね!なんで、あんなにウインクが、似合うのでかしらっ ・・・日本でやったら、間違いなく、犯罪よぉ〜(笑)
え〜、ちなみに、ラ・デュレのマカロン、アンジェリーナからでた時も、別のギャルソンに「ラ・デュ〜レ!!」と言われたので、いじってもらいたければ、ここの紙袋を、持って行くことをおすすめしますが、マカロンは非常にもろいので、日本まで持って帰ると、惨めな姿になるので、お土産としては、おすすめできません。(まあ、私は、炎天下の中、持ち歩いたのも災いしたけど)ラファイエットなどのなかでも、売っているので、どうしても・・・という方は、最後のサイゴに買ってください。
さて、ちなみに、さくらんぼ、母いわく「こんなんじゃない」らしかったです。確かに、アメリカンチェリーと、変わらないなあ、とは思ったんだけど。ドイツ在住の友達に、「大きくて、黒っぽくて、あっっま〜い」サクランボ、ある?」と聞いたところ、6月下旬に、出回るとか・・・
また、いつか、出会えたらいいのですが・・・
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ニースの港。
お金持ちのヨットがいっぱいだ。 -
エズの村。雰囲気が、ちょっと独特。
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ニースの花市にて・・・
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街中の、メリーゴーランド
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アルルでの町並み。窓もキュート (>。<)
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アルルの円形闘技場の上より。
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アビィニョンの、ローマ法王庁前にて。ピエロと遊ぶ子供たち。
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夕食を食べたレストラン
豚料理がメインらしく、店内は、豚の置物だらけ -
まさにこんなカンジ
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リヨンにて。夕焼けではありません、朝焼けです!・・・念のため(笑)この日、古城めぐりのため、朝、6時出発でした。
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シャンボール城。ダ・ビィンチが設計に携わったのでは?という、いわれのある城で、塔の作りなんかが、変わっていた。外のベランダのようなところも歩けるようで、遠足の子供たちが、楽しそうに走り回っていたが、ツアーの私は写真のみ・・・
だが、建物自体が、面白そうなので、またいつか、のんびりと時間をとって、行ってみたい。 -
シュノンソー城。
もとは、アンリ?世の20歳年上の愛人、ディアーヌ・ド・ポワチエ(元は、アンリの養育係りだったらしい)の城だったが、アンリが事故死した後、正妻カトリーヌ・ド・メディチが、ディアーヌを追い出し、改築した城である。 -
シュノンソー城内の、チャペル。
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シュノンソー城内にある、紋章。
アンリ?世のイニシャル「H」と、正妻カトリーヌの「C」を組み合わせたものだが、愛人ディアーヌのイニシャル「D」も含まれていることが、明白である。
アンリ?世・・・いやらしい男だ。 -
シュノンソー城、敷地内の建物。
ただ、一般の民家も、このように、きれいに花などを飾っているところが、多かった。
管理するのは大変だろうが、長いバス移動のなか、こういうかわいい家々をみるのは、非常に楽しかった。 -
南フランスを移動中、道路わきには、ミモザが咲き乱れて・・・
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いわずとしれた、モンサンミッシェル。
登るのが大変・・・
前日の、シュノンソー城でのガイドさんは、「どうして、日本人は、そんなにスリムなの?」と質問をした、ちょっと豊満な体つきのマダムだったが、ここでの現地ガイドは、とってもスリム!!
・・・そりゃぁ、毎日、ここを往復してりゃあな〜 -
モンサンミッシェル内の、床。
石畳なのだが、それぞれに、変なマークがついていることが、お分かりいただけるだろうか?この変なマーク、なんと、複数の石材屋が集められたさい、自分の持ってきた石はこれだ!と、わかるために、つけたものだそう。のちのち、この自分のマークのついた石を数えて、「いくつ持ってきたから、賃金がいくらだ」と、請求したのだそうだが、それにしても、こんなにあからさまに付けるか?フツウ・・・なんとも、ラテン系である。
日本だと、考えられないですね・・・ -
モンサンミッシェル内部。
以前、収容所に使っていたことがあるらしく、その際、このハムスター用の遊び道具のようなものの中で、囚人が歩かされ、コマを回すことにより、モンサンミッシェルの下の方から、水や食料を、運び上げていたそうである。 -
最終日、パリでの一日の始まり。コレも朝焼けなのです。
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パリにて。奥に見えるのは、改装中のヴィトンだ。改装中でも、おしゃれの精神を忘れないフランス人は、さすが!(というか、改装をも話題にし、宣伝にしてしまう商売気を、さすがというべきか・・・)
ちなみに、シャンゼリゼ道りに面した方は、ダミエ柄だった。 -
パリのヴァンドーム広場。
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