マチュピチュ周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
朝、何時頃だったけ?たぶん3時半ぐらいに起きた。前日に比べれば、格段に体調は悪くない。足も重くないし、何よりも食欲が復活してる。お腹が減ったのだ。昨日もらったクラッカーのつまみ(部屋でワインを飲む用?)をちょっと古くなってると思えても、腹が減ってたので、いくつか平気そうなのをつまんだ。うーんウマイ!と食べる幸せを実感。<br />とりあえず、と念願のシャワータイム。浴槽がないので人一人しか入れないスペースなのですが、トイレとシャワールームを仕切るドアがガラス張りになっており、シャワーを浴びてるところを傍から見たら、超〜エローい!!!と一人大興奮(←バカ)<br /><br />シャワーを浴びてさっぱりし、髪も乾かして、ようやくいろんな疲れが取れた気がした。でも、まだ時間があったので2〜3時間くらい今度はベッドのもう一人分側にて寝た。本当にデッカイダブルだったから私サイズだったら3人でも狭くないくらいだった。今度はさっぱりした気持ち良さとともに爽やかに眠りについた。<br /><br />6時半くらいだったか?既にロッジはバタバタと動き出した。U夫妻は「マチュピチュの朝日を見る」と前日に言ってた。5:45には遺跡エリアの入口に行って、係員を焦らせたらしい。で、一度戻ってきたそうなのだ。<br />すっかり体の重みも取れ、足の痛みもほとんどなかった私はアレが案内してくれるということで、U夫妻とS姉さんと添乗員さんと共に朝のマチュピチュ観光をすることにした。山の下からの観光バスが到着するまではロッジ客専用のマチュッピチュ遺跡になれる。ロッジはとても高級なので(1泊5万円くらい)アレは山の下のホテルに泊まり、朝一のバスでこっちに来たそうだ。<br />殆ど人がいない遺跡内を大まかに歩く。特に「王様がここから朝日を浴びてた」という場所など朝ならではのポイントを中心に歩いた。前日の意識モウロウに比べて、アレの言ってることがよく頭に入った。<br />約1時間程度の案内が終わって、一度ロッジに戻り、8:00頃から朝食を皆で食べた。やっとまともに食べれるのが嬉しくて、ついいっぱい食べてしまったが、スモークサーモンが私が取る前になくなってしまったのが悔しかった。<br />再び9:00〜アレの案内グループと自分達で見て周るグループ(オジサンたち)に別れて遺跡内を歩き始めた。次第に観光バスが到着するらしく、団体が増えてきてた。ペルー内だか別の南米の国だかはわからないけれども、小中学生や高校生の団体もいっぱいいた。私らで言う京都に行くようなもんだろう。メインの遺跡を正面にして反対側にワイナピチュという山があり、ひたすら階段で上へ登れるらしく(片道30分〜1時間?)「行きたい人はどうぞ」と言ってはいたものの、傍から見ても急斜面だし、疲れが残ってるのは本当だし、前日に高い場所からマチュピチュ遺跡を見下ろしたのだから「いいや」と私は思ったし、他の人も誰も行かず、むしろ遺跡内をゆっくりじっくりと周っていた。<br />遺跡は今現在進行形で修復作業が進められているのだが、コレが見事に「修復」とは言い切れない状態で、というよりも、今現在の人間では「完全修復」は不可能のようだ。なぜなら非常に大きな石がピッタリとくっついているのだ。レンガでさえ、間にコンクリートを流し込んで積みあがってるのに、切った石に現代ではわからない薬品を塗ることで石を溶かして、大きな石同士をくっ付けて積み上げて建物を作っていったそうなのだ。2,800mの山の上というだけでもビックリなのに、そういう今では解明できない石の建造物を作ったのだから「宇宙人が作った」と言われても、何か納得しちゃいそうだ。だから、今の修復部分は大きくない石をコンクリートでくっ付けて壁を作ってるので、違いが明らかなのである。「コレだったら修復しない方がいいのでは!?」と思ってしまうくらいだ。まあ、しないと多分、カンボジアのアンコールワット遺跡同様に植物によって退廃が進んでしまうのかもしれませんけれどもね。<br />では、そのインカ文明の謎について、何か書物(例えばマチュピチュ建築マニュアル)が残っていないのか!?というと、ほぼ100%残ってないそうだ。なぜならスペイン軍が侵攻してきた際に、このような遺跡を破壊すると同時に現地の人たちからの知識も無くそうと、全て取り上げ燃やしてしまったからだそうだ。なんだかスペインのどっかに書物が残っててもよさそうなもんですがねー。そういう意味では南米各国は言語は英語よりもスペイン・ポルトガル語の方が通じるのですが、どこかで「インカ文明を滅ぼした」という恨みというか、皮肉気味の話は何となくですがアレから感じたのでした。<br />マチュピチュ遺跡内はまさに一つの「国」となっており、兵庫の明石の時計台のように「ココが日時計の基準値かつ星座を見る場所」というのもあるし、召使が暮らす場所、農民が住んで農作物を作るエリア、アルパカ等の動物を飼育するエリア、建設用の石を切るエリア、他の国(遺跡)の王が集まって会議する場所など、色々と統治がなされてるのでありました。どっかの場所で高校生軍団が芝生に寝転がり始めたので、何事か!?と思ってたら、どうやら人文字を作って記念撮影してるようでした。でも英語ではなかったので意味がわからなかったのですがねー。途中でアレの案内も終わり、各自で自由に周ることにした。途中まで姉さんと一緒に歩き回ってたのだが、姉さんが「一番上の方までもう一回行ってみる」と言ってたので、それは脚がキツかったので私は断り、少し遠回りをしながらロッジへ戻ろうと思った。途中、本当に遠回りなこともしてたし、姉さんが上から写真を撮ってくれたりもしつつ、11:00ぐらいにはロッジに戻ったのだっけな?<br />ちなみに荷物は朝食後にはまとめて、ロビーのところに置いておいたのでした。ロッジに戻るころには日本人の団体らしき人たちと、まあまあすれちがったりしてたのでした。<br /><br />ロッジにて昼食を食べてから、マチュピチュの山を降りるのですが、食事までも少し時間があったので、インターネットができるかをフロントで聞いてみたのですが、12:00〜だったようで断念(泣)<br />ちょっと早めのお昼タイムとなり、ロッジに隣接してるレストランへ(宿泊客用のレストランとは別)。まだ、全然他のお客さんが来てなくて、窓際の席をとり、バイキング形式だったのでご飯を取りに行った。どれも美味しそうではあったのだが、昨日の今日で、朝食はしっかり食べたこともあり、あまりお腹が減ってなかったので、野菜チキンスープと飲み物ぐらいしか持ってこなかった。実際「ちょっと足りない」とも思ったのだが(他の人はガッツリ食べてるし)気持ち悪くなったり、腹痛を起して、この先宿までの間に、あまり清潔ではないトイレに行くのも気が引けたので、今思っても良かったかと!?<br />窓の外は、さすがに天気の変わりやすい山の上のためか、雨がだいぶ降ってきてた。レストランには日本人の団体が来ており(多分、某Kツーリスト)ここでの食事の後にマチュピチュ遺跡を見学する予定なのだそうだ。おじさん、おばさん達が圧倒的に多かったが、中には家族で、だろうか、若い女性も少しいた。その中の1グループに話し掛けられ「このロッジに泊ったのか?」と聞かれたので「そうです」と答えたら「いいわね〜。羨ましいわ〜」と言われた。確かに「何故ここにわざわざ泊るの!?」と思ってたが、ゴージャスだし、午前中の早い時間帯にゆっくり遺跡見学ができたので、今振り返れば、本当によかったと思ってます。お金はかかりましたが(笑)ちなみにロッジ名は「サンクチュアリー・ロッジ」といいます。でも山の上には1軒しかないので行けばわかりますがね。<br /><br />ドシャ降りの雨の中、バスに乗り込んで、山を降りる事に。バスが出発する頃には少し雨も弱まってきてたのだっけな?欧米人を中心にバス内は超満員。結構蒸し暑かったような。出発する際に<br />「グッッッッバァ〜〜〜〜〜イ!!!!!」<br />と甲高い男の子の声が。民族衣装を着て手を振る男の子がいた。そしてバスは山を下り始めたのだが、カーブのところに近づいてくると再び<br />「グッッッッバァ〜〜〜〜〜イ!!!!!」<br />と声がしてきて男の子が手を振る。最初は同一人物ではなく、似たような男の子が道路のカーブごとに待ってるのかと思った。でも、ある程度手を振ったあとに、再び下へ向けてダッシュし始めたり、バスが来ると同時に階段を下りてきてたりで、たぶん同一の男の子が直下に山を下りて、バスが通るよりも先に待ち構えて手を振ってるようだった。これが噂?の「グッバイボーイ」だった。バスの運ちゃんもカーブをゆっくり目にまがり、写真を撮る人は撮ってた。私は動きながらだといい写真が取れないので、はなから諦めてましたが。グッバイボーイを見送る人もいれば、無視してグースカ寝てる人もいた。最後、バスが到着したとき、バスにそのグッバイボーイが乗り込んできて<br />「グッッッッバァ〜〜〜〜〜イ!!!!!」<br />と告げた後に、少々拍手が起こり、小さな籠を前に出し「チップ」を取りに回ってた。なるほどバスもグルか!?と思いつつも、お釣りで手にした、ちょっとしたものも買えないような小銭を私も籠に入れた。欧米人はほとんど入れてなかった気がする。ケチくさいな〜。<br /><br />バスを降りると、そこは土産屋街となっており、通りにズラリとお店が並んでた。マチュピチュ遺跡に行く観光客のほとんどが、ここまで列車で来て(主にクスコから)ここからバスでマチュピチュ遺跡へ行き来するからだ。ここで30分から1時間くらいお土産タイムになった。<br />今回のグループのいいところ(?)で、それぞれバラバラになり、通りを散策し始めた。私は主にシルバーアクセサリーを探して歩いた。シンプルでキレイなのが欲しかったのだが、毎日、屋台の店先に並べられ、風雨にさらされているのだろう。表面は「いいかも」と手に取ってみても、裏面が結構汚れてたりして、購入するに至らなかった。Tシャツも現地の「インカビール」Tがあったのでちょっと惹かれてたのだが、やはり購入を決断するには至らなかった。<br />そのうち時間となり、駅まで歩く途中にアレに「ペルーのお菓子」はあるか?と以前聞いてたのだが、それと思われるお菓子を発見した。浅草の雷おこしみたいだ、というより形は一緒だ。浅草のは多分お米でできてる?と思うのですが、こっちのはおそらく粟(あわ)をくっつけて棒状にしたもののようだ。でも電車の発車時刻もあるので「また、どこかで・・・」と諦めて、駅へ進んだ。<br />すると駅近くのお店でシルバーアクセサリーを中心に売ってたお店があり、あまり風雨にさらさないように商品を置いてたためか、いい状態(に私は見えた)で、なかなかなデザインのお店が今更発見してしまった。「あ・・・あの店、結構いい・・・・」と後ろ髪をかなり惹かれまくりで、やっぱり泣く泣く通りすぎることとなった。<br />駅に到着して、手続きをしてる間に少しだけ時間があったので「今の時間でアノ店を見れたな〜」とうっすら思いつつも、早めに乗車したおかげで、姉さんと隣り合った席に座れて、お土産街を離れることとなった。車内は外国人観光客で席はぎっしり埋まってた(でも指定席車両なので、立ってる人はたぶんいなかったが)。ちなみにココは『アグアスカリエンテス』という地名でした。アレもここら辺のホテルに泊まったそうだ。<br /><br />満席の列車はそのうち出発。最初はガヤガヤと観光客の会話で賑やかこの上なかったが、皆、マチュピチュ遺跡内を歩き回ったりして疲れたためか?寝始める人が出てきたりしてた。私の隣の姉ちゃんも早々に寝始めてた。私は時差をどうにかして直したかったこともあり、極力昼間は起きていよう、と思ってた。途中飲み物が配られる時間があり、たぶんコーラにしたのだっけな?もう、コーラが一番ベターなのでね〜。でも途中確か寝ちゃってたかも。<br />でも途中でアレがアンデスの山々がきれいに見える地点を通り過ぎるときに教えてくれ、窓の外から雪に覆われた山々を見ようと思ったけれども、微妙に別の山や木々に隠れたりして、ちょっとしか見えなかった気がする。<br />列車はオリャンタイタンボ遺跡の近くの駅に到着し、私らのグループは降りた。ちなみに前日死にそうな思いで登った、104K地点からマチュピチュ遺跡までは、帰りはバスで山を降りてくる時間も含めて、たったの3〜40分だった(泣)<br /><br />駅からミニバスに乗って遺跡入口近くまで。お土産屋さんが並び、売り子も大量に行き来してたが、さらっと通り過ぎて入場。外国人の団体観光客もさることながら、社会科見学(遠足)のような中学生くらいの団体も結構いた。<br />雰囲気は山の上のマチュピチュ遺跡とはまた趣が異なってた。とはいえマチュピチュが標高2400mに対して、ここは2800mぐらいはあるらしいのだが。あまり木々は生い茂ってなく、赤土の乾燥した気候。たぶん神奈川と茨城くらいの距離しか離れてないのに(もっと近いかも)アンデスの高山からの位置と標高で随分同じ国内の遺跡でも違いがあるようだ。<br />まずはアレがいくつかの見所ポイントを回ってくれた。遥か昔から、今でいう水道の技術(水道管はないけど)が発達しており、今現在でもきちんと水が流れてるのには感心した。またマチュピチュ同様大きな石を組んで山を沿うようにできた元建物?たちは迫る迫力があった。遠足の学生さんは遺跡の石が自然の削られて滑り台のようになってる部分で遊んだりしてた。途中日本人カップルと思われる若い2人が座って休んでる(?)のを見た。2人だけで来たのかしら?<br />入口入ってすぐの部分は観光客でも上れる遺跡部分だったのだが、それは自由時間で勝手に行ってきていいこととなった。おじさんらはあまり積極的に行かなかったようだが、私はせっかくだから、と階段をトコトコと登った。途中疲れて石のベンチがあるところで休んだりして周囲の景色を見ながら爽やかにしてたのだが、途中、再び登り始めたところで「ハッ!」と気がついた。日よけも兼ねた白のハンドタオルが私の手にないのだ。えええ???と思いながら着た道を下を見ながら急いで戻った。それは某携帯会社J(今はVに変わったが)の販促用のハンドタオルでお隣君のお友達の亀ちゃんがくれたものだった。イヤァ〜〜!!!気に入ってたのにぃ〜〜〜!!!と泣きそうになりつつ(真っ白に赤のワンポイントが本当に気に入ってた)座って休んでた場所に行ったら、その椅子の背後にポトリと落ちてるのを発見した。「あったぁ〜〜〜!!!!!」と一人泣きそうに喜び、とっとと拾い上げて大切に手に持った。何となく時間も気になったし、タオル紛失のせいで急に疲れてしまったこともあり、下へ降りることにした。<br /><br />遺跡内を出てお土産エリアで見て回ってた。<br />お土産エリアでは、相変わらずシルバーアクセを中心に探していた。けれども、やはり見つからず。<br />途中、何かのお店で小さな赤ちゃんが商品を置いてある台から落ちそうになってて焦った。慌てて戻ってきたお母さんらしき人がお姉ちゃんと思われる女の子を怒ってたので、たぶん女の子が目を離してしまってたのだろう。<br />売り子の子どもにも何度となく捕まるが、どうにかこうにかかわしてきてた。けれども、そろそろ出発近くになったときに、どうしても離れない女の子に2日前にピサックで購入した腕輪(1ソル)をあげた。最初は喜んでたが、それでもお金を要求してきたのには困った。あと、先ほど遺跡内で無くしかけた白いタオルを欲しがってたが、コレは断った。別のハンドタオルのときだったらあげてたかもしれないけれどもね。きっと真っ白なフワフワしたタオルは貴重だったのかもしれません。どうにかバスに乗り込むも子どもたちは「最後のお願い」とばかりにバスに詰め掛けてた。あまり使いそうにもなかったこともあり、1ソル以下の小銭を分けて2.3人にあげた気がした。腕輪をあげた女の子には少なめにした。膨れッツラに「ゴメンネ」とスペイン語で謝ったような気がするが、去る寸前は女の子は笑顔になってた記憶がうっすらと。お金や食べ物をあげる行為は、特に私が行く国にはついてまわる問題であるが、あまり深く考えずに小銭だったらあげてると思う。変わりに写真を撮ったりしてるので、そのお駄賃ということにしてネ。<br /><br />車は道路状態もよくスイスイと進んだ。行きに見えてた塩の田んぼ(山?)も行きよりもずっとクッキリ見えてた。どうやらマチュピチュへ行くときの列車よりも早かったと思う。2日前にも泊まったホテルに順調に到着した。どうやらこちら方面では運転手もずっと同じ人らしく、顔も覚えたので、運転手さんに降りる際に「Gracias.Adios.(ありがとう!バイバイ!)」と挨拶するようになってた。<br /><br />お部屋は2日前とは別の部屋だった。どうやら修学旅行?か何かの学生団体がいて、そのグループの隣の部屋だったので、ちょっとうるさかった。壁は薄そうだ。落ち着かないので最低限の洗濯を済ましてから、今宵は眠れるように、との意味も含め、ホテル周辺をお散歩することにした。<br />まずは馬の集団がホテル前を横切ってたので、それについて行ってみた。でも途中でやめて引き返し、2日前の朝に行ったホテルに隣接してる駅方面へ歩いた。少し空が薄暗くなってた。色々な植物が植えられてて、ちょっとしたメルヘン世界のお庭だった。少し虫も飛んでたが気になるほどではなかった気がする。駅へとトコトコ歩いてると、ホテルのレストランの調理師なのか?白い上下を身にまとったお兄さん?とすれ違った。たぶんすれ違ってから話し掛けられた。言ってることの全てはわからなかったが、たぶん「そっちは駅だよ!もう電車は走ってないよ」ということを言ってた気がするので「OK!それはわかってる。大丈夫」みたいな返事をした。向こうもたぶん納得してくれたようで、再び1人でトコトコ歩くと駅へ着いた。駅員もいないため、かなり静かだった。線路に問題なく入れちゃったので行ってみた。なんだか「スタンド・バイ・ミー」な気分だった。その後、ホームに腰をかけて座り(足は線路がわにブラブラと)薄暗くなってく空を見ながらボケーっとしてた。夕風も吹いて気持ちよかった。そのうち夕食の時間も近づいてきたな〜と思ったので、再び部屋に戻ることにした。戻る頃にはかなり暗くなっていた。<br /><br />ここのホテルの夕食はやたら量が多かった。この旅で初めて現地のビールを飲んだ。味は・・・・・コクもキレもなかったような。「もう、いいや」と思ったと思う。<br />食事後、添乗員さんやアレが打合せも兼ねて先に席から立ってた気がするが、他の人は話に華を咲かせてた。特におじさんグループはお酒も入って絶好調で、さらにテンガロハットのTさんは元々しゃべるが、さらにしゃべる。でも、これまで行った旅行話等やや「自慢話」が多くて、ちょっとおじさん3人衆以外は引いてた。結構つまんなかった(笑)そして眠くなってた。時間は現地時間で9時ぐらいだった。本当にコックリコックリしてしまいそうだったので、頃合いをみて「先に部屋へ戻りますね」と言って戻ることにした。ちょっと便秘気味だったのか?お腹が張ってたのも気になったし。外はちょっとだけ涼しく、少し雲がかかってたため星はほとんど見えずに残念だった。

ペルー旅行記 4日目

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2002/10/08 - 2002/10/08

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沙瑠

沙瑠さん

朝、何時頃だったけ?たぶん3時半ぐらいに起きた。前日に比べれば、格段に体調は悪くない。足も重くないし、何よりも食欲が復活してる。お腹が減ったのだ。昨日もらったクラッカーのつまみ(部屋でワインを飲む用?)をちょっと古くなってると思えても、腹が減ってたので、いくつか平気そうなのをつまんだ。うーんウマイ!と食べる幸せを実感。
とりあえず、と念願のシャワータイム。浴槽がないので人一人しか入れないスペースなのですが、トイレとシャワールームを仕切るドアがガラス張りになっており、シャワーを浴びてるところを傍から見たら、超〜エローい!!!と一人大興奮(←バカ)

シャワーを浴びてさっぱりし、髪も乾かして、ようやくいろんな疲れが取れた気がした。でも、まだ時間があったので2〜3時間くらい今度はベッドのもう一人分側にて寝た。本当にデッカイダブルだったから私サイズだったら3人でも狭くないくらいだった。今度はさっぱりした気持ち良さとともに爽やかに眠りについた。

6時半くらいだったか?既にロッジはバタバタと動き出した。U夫妻は「マチュピチュの朝日を見る」と前日に言ってた。5:45には遺跡エリアの入口に行って、係員を焦らせたらしい。で、一度戻ってきたそうなのだ。
すっかり体の重みも取れ、足の痛みもほとんどなかった私はアレが案内してくれるということで、U夫妻とS姉さんと添乗員さんと共に朝のマチュピチュ観光をすることにした。山の下からの観光バスが到着するまではロッジ客専用のマチュッピチュ遺跡になれる。ロッジはとても高級なので(1泊5万円くらい)アレは山の下のホテルに泊まり、朝一のバスでこっちに来たそうだ。
殆ど人がいない遺跡内を大まかに歩く。特に「王様がここから朝日を浴びてた」という場所など朝ならではのポイントを中心に歩いた。前日の意識モウロウに比べて、アレの言ってることがよく頭に入った。
約1時間程度の案内が終わって、一度ロッジに戻り、8:00頃から朝食を皆で食べた。やっとまともに食べれるのが嬉しくて、ついいっぱい食べてしまったが、スモークサーモンが私が取る前になくなってしまったのが悔しかった。
再び9:00〜アレの案内グループと自分達で見て周るグループ(オジサンたち)に別れて遺跡内を歩き始めた。次第に観光バスが到着するらしく、団体が増えてきてた。ペルー内だか別の南米の国だかはわからないけれども、小中学生や高校生の団体もいっぱいいた。私らで言う京都に行くようなもんだろう。メインの遺跡を正面にして反対側にワイナピチュという山があり、ひたすら階段で上へ登れるらしく(片道30分〜1時間?)「行きたい人はどうぞ」と言ってはいたものの、傍から見ても急斜面だし、疲れが残ってるのは本当だし、前日に高い場所からマチュピチュ遺跡を見下ろしたのだから「いいや」と私は思ったし、他の人も誰も行かず、むしろ遺跡内をゆっくりじっくりと周っていた。
遺跡は今現在進行形で修復作業が進められているのだが、コレが見事に「修復」とは言い切れない状態で、というよりも、今現在の人間では「完全修復」は不可能のようだ。なぜなら非常に大きな石がピッタリとくっついているのだ。レンガでさえ、間にコンクリートを流し込んで積みあがってるのに、切った石に現代ではわからない薬品を塗ることで石を溶かして、大きな石同士をくっ付けて積み上げて建物を作っていったそうなのだ。2,800mの山の上というだけでもビックリなのに、そういう今では解明できない石の建造物を作ったのだから「宇宙人が作った」と言われても、何か納得しちゃいそうだ。だから、今の修復部分は大きくない石をコンクリートでくっ付けて壁を作ってるので、違いが明らかなのである。「コレだったら修復しない方がいいのでは!?」と思ってしまうくらいだ。まあ、しないと多分、カンボジアのアンコールワット遺跡同様に植物によって退廃が進んでしまうのかもしれませんけれどもね。
では、そのインカ文明の謎について、何か書物(例えばマチュピチュ建築マニュアル)が残っていないのか!?というと、ほぼ100%残ってないそうだ。なぜならスペイン軍が侵攻してきた際に、このような遺跡を破壊すると同時に現地の人たちからの知識も無くそうと、全て取り上げ燃やしてしまったからだそうだ。なんだかスペインのどっかに書物が残っててもよさそうなもんですがねー。そういう意味では南米各国は言語は英語よりもスペイン・ポルトガル語の方が通じるのですが、どこかで「インカ文明を滅ぼした」という恨みというか、皮肉気味の話は何となくですがアレから感じたのでした。
マチュピチュ遺跡内はまさに一つの「国」となっており、兵庫の明石の時計台のように「ココが日時計の基準値かつ星座を見る場所」というのもあるし、召使が暮らす場所、農民が住んで農作物を作るエリア、アルパカ等の動物を飼育するエリア、建設用の石を切るエリア、他の国(遺跡)の王が集まって会議する場所など、色々と統治がなされてるのでありました。どっかの場所で高校生軍団が芝生に寝転がり始めたので、何事か!?と思ってたら、どうやら人文字を作って記念撮影してるようでした。でも英語ではなかったので意味がわからなかったのですがねー。途中でアレの案内も終わり、各自で自由に周ることにした。途中まで姉さんと一緒に歩き回ってたのだが、姉さんが「一番上の方までもう一回行ってみる」と言ってたので、それは脚がキツかったので私は断り、少し遠回りをしながらロッジへ戻ろうと思った。途中、本当に遠回りなこともしてたし、姉さんが上から写真を撮ってくれたりもしつつ、11:00ぐらいにはロッジに戻ったのだっけな?
ちなみに荷物は朝食後にはまとめて、ロビーのところに置いておいたのでした。ロッジに戻るころには日本人の団体らしき人たちと、まあまあすれちがったりしてたのでした。

ロッジにて昼食を食べてから、マチュピチュの山を降りるのですが、食事までも少し時間があったので、インターネットができるかをフロントで聞いてみたのですが、12:00〜だったようで断念(泣)
ちょっと早めのお昼タイムとなり、ロッジに隣接してるレストランへ(宿泊客用のレストランとは別)。まだ、全然他のお客さんが来てなくて、窓際の席をとり、バイキング形式だったのでご飯を取りに行った。どれも美味しそうではあったのだが、昨日の今日で、朝食はしっかり食べたこともあり、あまりお腹が減ってなかったので、野菜チキンスープと飲み物ぐらいしか持ってこなかった。実際「ちょっと足りない」とも思ったのだが(他の人はガッツリ食べてるし)気持ち悪くなったり、腹痛を起して、この先宿までの間に、あまり清潔ではないトイレに行くのも気が引けたので、今思っても良かったかと!?
窓の外は、さすがに天気の変わりやすい山の上のためか、雨がだいぶ降ってきてた。レストランには日本人の団体が来ており(多分、某Kツーリスト)ここでの食事の後にマチュピチュ遺跡を見学する予定なのだそうだ。おじさん、おばさん達が圧倒的に多かったが、中には家族で、だろうか、若い女性も少しいた。その中の1グループに話し掛けられ「このロッジに泊ったのか?」と聞かれたので「そうです」と答えたら「いいわね〜。羨ましいわ〜」と言われた。確かに「何故ここにわざわざ泊るの!?」と思ってたが、ゴージャスだし、午前中の早い時間帯にゆっくり遺跡見学ができたので、今振り返れば、本当によかったと思ってます。お金はかかりましたが(笑)ちなみにロッジ名は「サンクチュアリー・ロッジ」といいます。でも山の上には1軒しかないので行けばわかりますがね。

ドシャ降りの雨の中、バスに乗り込んで、山を降りる事に。バスが出発する頃には少し雨も弱まってきてたのだっけな?欧米人を中心にバス内は超満員。結構蒸し暑かったような。出発する際に
「グッッッッバァ〜〜〜〜〜イ!!!!!」
と甲高い男の子の声が。民族衣装を着て手を振る男の子がいた。そしてバスは山を下り始めたのだが、カーブのところに近づいてくると再び
「グッッッッバァ〜〜〜〜〜イ!!!!!」
と声がしてきて男の子が手を振る。最初は同一人物ではなく、似たような男の子が道路のカーブごとに待ってるのかと思った。でも、ある程度手を振ったあとに、再び下へ向けてダッシュし始めたり、バスが来ると同時に階段を下りてきてたりで、たぶん同一の男の子が直下に山を下りて、バスが通るよりも先に待ち構えて手を振ってるようだった。これが噂?の「グッバイボーイ」だった。バスの運ちゃんもカーブをゆっくり目にまがり、写真を撮る人は撮ってた。私は動きながらだといい写真が取れないので、はなから諦めてましたが。グッバイボーイを見送る人もいれば、無視してグースカ寝てる人もいた。最後、バスが到着したとき、バスにそのグッバイボーイが乗り込んできて
「グッッッッバァ〜〜〜〜〜イ!!!!!」
と告げた後に、少々拍手が起こり、小さな籠を前に出し「チップ」を取りに回ってた。なるほどバスもグルか!?と思いつつも、お釣りで手にした、ちょっとしたものも買えないような小銭を私も籠に入れた。欧米人はほとんど入れてなかった気がする。ケチくさいな〜。

バスを降りると、そこは土産屋街となっており、通りにズラリとお店が並んでた。マチュピチュ遺跡に行く観光客のほとんどが、ここまで列車で来て(主にクスコから)ここからバスでマチュピチュ遺跡へ行き来するからだ。ここで30分から1時間くらいお土産タイムになった。
今回のグループのいいところ(?)で、それぞれバラバラになり、通りを散策し始めた。私は主にシルバーアクセサリーを探して歩いた。シンプルでキレイなのが欲しかったのだが、毎日、屋台の店先に並べられ、風雨にさらされているのだろう。表面は「いいかも」と手に取ってみても、裏面が結構汚れてたりして、購入するに至らなかった。Tシャツも現地の「インカビール」Tがあったのでちょっと惹かれてたのだが、やはり購入を決断するには至らなかった。
そのうち時間となり、駅まで歩く途中にアレに「ペルーのお菓子」はあるか?と以前聞いてたのだが、それと思われるお菓子を発見した。浅草の雷おこしみたいだ、というより形は一緒だ。浅草のは多分お米でできてる?と思うのですが、こっちのはおそらく粟(あわ)をくっつけて棒状にしたもののようだ。でも電車の発車時刻もあるので「また、どこかで・・・」と諦めて、駅へ進んだ。
すると駅近くのお店でシルバーアクセサリーを中心に売ってたお店があり、あまり風雨にさらさないように商品を置いてたためか、いい状態(に私は見えた)で、なかなかなデザインのお店が今更発見してしまった。「あ・・・あの店、結構いい・・・・」と後ろ髪をかなり惹かれまくりで、やっぱり泣く泣く通りすぎることとなった。
駅に到着して、手続きをしてる間に少しだけ時間があったので「今の時間でアノ店を見れたな〜」とうっすら思いつつも、早めに乗車したおかげで、姉さんと隣り合った席に座れて、お土産街を離れることとなった。車内は外国人観光客で席はぎっしり埋まってた(でも指定席車両なので、立ってる人はたぶんいなかったが)。ちなみにココは『アグアスカリエンテス』という地名でした。アレもここら辺のホテルに泊まったそうだ。

満席の列車はそのうち出発。最初はガヤガヤと観光客の会話で賑やかこの上なかったが、皆、マチュピチュ遺跡内を歩き回ったりして疲れたためか?寝始める人が出てきたりしてた。私の隣の姉ちゃんも早々に寝始めてた。私は時差をどうにかして直したかったこともあり、極力昼間は起きていよう、と思ってた。途中飲み物が配られる時間があり、たぶんコーラにしたのだっけな?もう、コーラが一番ベターなのでね〜。でも途中確か寝ちゃってたかも。
でも途中でアレがアンデスの山々がきれいに見える地点を通り過ぎるときに教えてくれ、窓の外から雪に覆われた山々を見ようと思ったけれども、微妙に別の山や木々に隠れたりして、ちょっとしか見えなかった気がする。
列車はオリャンタイタンボ遺跡の近くの駅に到着し、私らのグループは降りた。ちなみに前日死にそうな思いで登った、104K地点からマチュピチュ遺跡までは、帰りはバスで山を降りてくる時間も含めて、たったの3〜40分だった(泣)

駅からミニバスに乗って遺跡入口近くまで。お土産屋さんが並び、売り子も大量に行き来してたが、さらっと通り過ぎて入場。外国人の団体観光客もさることながら、社会科見学(遠足)のような中学生くらいの団体も結構いた。
雰囲気は山の上のマチュピチュ遺跡とはまた趣が異なってた。とはいえマチュピチュが標高2400mに対して、ここは2800mぐらいはあるらしいのだが。あまり木々は生い茂ってなく、赤土の乾燥した気候。たぶん神奈川と茨城くらいの距離しか離れてないのに(もっと近いかも)アンデスの高山からの位置と標高で随分同じ国内の遺跡でも違いがあるようだ。
まずはアレがいくつかの見所ポイントを回ってくれた。遥か昔から、今でいう水道の技術(水道管はないけど)が発達しており、今現在でもきちんと水が流れてるのには感心した。またマチュピチュ同様大きな石を組んで山を沿うようにできた元建物?たちは迫る迫力があった。遠足の学生さんは遺跡の石が自然の削られて滑り台のようになってる部分で遊んだりしてた。途中日本人カップルと思われる若い2人が座って休んでる(?)のを見た。2人だけで来たのかしら?
入口入ってすぐの部分は観光客でも上れる遺跡部分だったのだが、それは自由時間で勝手に行ってきていいこととなった。おじさんらはあまり積極的に行かなかったようだが、私はせっかくだから、と階段をトコトコと登った。途中疲れて石のベンチがあるところで休んだりして周囲の景色を見ながら爽やかにしてたのだが、途中、再び登り始めたところで「ハッ!」と気がついた。日よけも兼ねた白のハンドタオルが私の手にないのだ。えええ???と思いながら着た道を下を見ながら急いで戻った。それは某携帯会社J(今はVに変わったが)の販促用のハンドタオルでお隣君のお友達の亀ちゃんがくれたものだった。イヤァ〜〜!!!気に入ってたのにぃ〜〜〜!!!と泣きそうになりつつ(真っ白に赤のワンポイントが本当に気に入ってた)座って休んでた場所に行ったら、その椅子の背後にポトリと落ちてるのを発見した。「あったぁ〜〜〜!!!!!」と一人泣きそうに喜び、とっとと拾い上げて大切に手に持った。何となく時間も気になったし、タオル紛失のせいで急に疲れてしまったこともあり、下へ降りることにした。

遺跡内を出てお土産エリアで見て回ってた。
お土産エリアでは、相変わらずシルバーアクセを中心に探していた。けれども、やはり見つからず。
途中、何かのお店で小さな赤ちゃんが商品を置いてある台から落ちそうになってて焦った。慌てて戻ってきたお母さんらしき人がお姉ちゃんと思われる女の子を怒ってたので、たぶん女の子が目を離してしまってたのだろう。
売り子の子どもにも何度となく捕まるが、どうにかこうにかかわしてきてた。けれども、そろそろ出発近くになったときに、どうしても離れない女の子に2日前にピサックで購入した腕輪(1ソル)をあげた。最初は喜んでたが、それでもお金を要求してきたのには困った。あと、先ほど遺跡内で無くしかけた白いタオルを欲しがってたが、コレは断った。別のハンドタオルのときだったらあげてたかもしれないけれどもね。きっと真っ白なフワフワしたタオルは貴重だったのかもしれません。どうにかバスに乗り込むも子どもたちは「最後のお願い」とばかりにバスに詰め掛けてた。あまり使いそうにもなかったこともあり、1ソル以下の小銭を分けて2.3人にあげた気がした。腕輪をあげた女の子には少なめにした。膨れッツラに「ゴメンネ」とスペイン語で謝ったような気がするが、去る寸前は女の子は笑顔になってた記憶がうっすらと。お金や食べ物をあげる行為は、特に私が行く国にはついてまわる問題であるが、あまり深く考えずに小銭だったらあげてると思う。変わりに写真を撮ったりしてるので、そのお駄賃ということにしてネ。

車は道路状態もよくスイスイと進んだ。行きに見えてた塩の田んぼ(山?)も行きよりもずっとクッキリ見えてた。どうやらマチュピチュへ行くときの列車よりも早かったと思う。2日前にも泊まったホテルに順調に到着した。どうやらこちら方面では運転手もずっと同じ人らしく、顔も覚えたので、運転手さんに降りる際に「Gracias.Adios.(ありがとう!バイバイ!)」と挨拶するようになってた。

お部屋は2日前とは別の部屋だった。どうやら修学旅行?か何かの学生団体がいて、そのグループの隣の部屋だったので、ちょっとうるさかった。壁は薄そうだ。落ち着かないので最低限の洗濯を済ましてから、今宵は眠れるように、との意味も含め、ホテル周辺をお散歩することにした。
まずは馬の集団がホテル前を横切ってたので、それについて行ってみた。でも途中でやめて引き返し、2日前の朝に行ったホテルに隣接してる駅方面へ歩いた。少し空が薄暗くなってた。色々な植物が植えられてて、ちょっとしたメルヘン世界のお庭だった。少し虫も飛んでたが気になるほどではなかった気がする。駅へとトコトコ歩いてると、ホテルのレストランの調理師なのか?白い上下を身にまとったお兄さん?とすれ違った。たぶんすれ違ってから話し掛けられた。言ってることの全てはわからなかったが、たぶん「そっちは駅だよ!もう電車は走ってないよ」ということを言ってた気がするので「OK!それはわかってる。大丈夫」みたいな返事をした。向こうもたぶん納得してくれたようで、再び1人でトコトコ歩くと駅へ着いた。駅員もいないため、かなり静かだった。線路に問題なく入れちゃったので行ってみた。なんだか「スタンド・バイ・ミー」な気分だった。その後、ホームに腰をかけて座り(足は線路がわにブラブラと)薄暗くなってく空を見ながらボケーっとしてた。夕風も吹いて気持ちよかった。そのうち夕食の時間も近づいてきたな〜と思ったので、再び部屋に戻ることにした。戻る頃にはかなり暗くなっていた。

ここのホテルの夕食はやたら量が多かった。この旅で初めて現地のビールを飲んだ。味は・・・・・コクもキレもなかったような。「もう、いいや」と思ったと思う。
食事後、添乗員さんやアレが打合せも兼ねて先に席から立ってた気がするが、他の人は話に華を咲かせてた。特におじさんグループはお酒も入って絶好調で、さらにテンガロハットのTさんは元々しゃべるが、さらにしゃべる。でも、これまで行った旅行話等やや「自慢話」が多くて、ちょっとおじさん3人衆以外は引いてた。結構つまんなかった(笑)そして眠くなってた。時間は現地時間で9時ぐらいだった。本当にコックリコックリしてしまいそうだったので、頃合いをみて「先に部屋へ戻りますね」と言って戻ることにした。ちょっと便秘気味だったのか?お腹が張ってたのも気になったし。外はちょっとだけ涼しく、少し雲がかかってたため星はほとんど見えずに残念だった。

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