2002/10/07 - 2002/10/07
1169位(同エリア1214件中)
沙瑠さん
「寝坊するとマズイ!」ということが頭から離れないまま眠ってたためか、いま一つ深く眠れなかった気がした。5:00のモーニングコールの前に目覚ましをセットして準備にとりかかった。モーニングコールは変な音が電話からしただけで、きちんとしたコールではない感じだった。洗濯物はいま一つ乾ききってなかった。朝食のレストランに行くと添乗員さんが「先にスーツケーツを部屋の前に出してくれ」ということで戻ってスーツケースを出してから再びレストランへ行った。朝食はバイキング形式だったが、どれも微妙。しかもオレンジジュースと思って飲んだのがマンゴージュースで冷たくない。食べれそうかな?と思った粟のスープみたいなのも味が全然しない。食べれそうなものは無くなってて、もの寂しい感じ。でも寝不足のせいもあってか、元々食が進まなかった。添乗員さんより6:00にホテルに隣接した駅発の電車に乗るので5:55にレストランに集合と言われた。
この日の夜はマチュピチュ遺跡に隣接したロッジに宿泊する。ユカイのホテルには再び戻ってくるのでスーツケースはそのままに1泊用の荷物だけを持ってレストランへ。U夫妻が来てなかったので焦る添乗員さん。少ししたら登場し、ホテルの人と走って駅へ。駅はホテルの庭と隣接しており、改札もあった。列車は既にホームに来ており改札を通って間に合った。車内はホテルの駅から乗った人だけなのか?ガラガラに空いてた。指定席だったからかな?ピーー!!!という汽笛が鳴ってゆっくりと列車は走り出した。気分はすっかり「世界の車窓から」状態。この後ずっとテーマ音楽が頭を離れませんでしたね。列車は深いブルーで寝台車みたいな感じです。席が空いてたので、皆それぞれにバラバラに席につき外の様子を眺めたりしてた。途中で塩田が広がる山があったり。でも一概に美しい景色ばかりとは言いがたかった。川が線路に沿うように流れていたが、下水道処理の問題か、日本でいう産廃処理の不法投棄に当たるのか?結構ゴミがあったりしていたし、乾燥してる地域のせいか木々や草も枯れ、空も微妙にくすんだ水色に見えた。
「村」って程の集落ではないところでも線路沿いには時折家が立ち並んでた。列車と家の塀とがスレスレで1日に数本の列車のためか、通り過ぎるのを眺める子どもの顔が何度か目に付いた。大人は黙々と畑仕事をしてる人が多かったですが。途中クスコ方面からの線路との分岐点があったのだが、その手前で停車した。運転手が列車を降りて小さな小屋へ走り出した。運転手自ら線路を切り替えるらしい。思わずその光景を写真に収める人が多かった。走る運ちゃんはなんだか可愛らしかった。待ってる間、山沿いの急な坂道を降りてくる牛を見てたりしてたら運ちゃんは戻ってきた。おお!と皆感激?の様子で向かい入れて再び列車は出発し、しばらくすると本来乗車する予定だったオリャンタイタンボという駅に到着した。
ここで結構乗客が乗ってきた。観光客が圧倒的に多い。現地の人には高い料金なのだろう。自由席の方がすごく混んでいる。しばらく停車してた。なので駅に行ってみたり列車と記念撮影してみたり、線路に3,4匹いた犬を見てたりした。
再び出発。先ほどよりは席が埋まってるが、車両の後ろの方は空いてたので2席分のところを一人で座った。ボケーッと外を眺めてたら眠くなったきた。夜、殆ど寝てなかったのがココできたみたいだ。しかもお腹がいわゆる飽満感状態となり、朝食代わりの軽食が運ばれてきたが、パンとコーヒーだけで充分すぎて、デザートっぽいのは最初から「いらない」とトレーに乗せてもらわなかった。パンも本当はいらなかったけど、これから山登りだし、体力つけておかなければ、と思って食べたのだった。食べ終わっても眠気は変わらずで、そのままウトウトと眠ってしまった。
確か、誰かに起こされた気がします。「もうすぐ降りるところだ」と。結構しっかり寝てしまったらしく、寝ぼけ眼状態で電車を降りる準備をした。降りた場所は「104km地点」と呼ばれる場所。駅らしきホームや建物は一切なく、線路脇のちょっとしたスペースに降りた。降りたのはウチらのグループだけだった。何が104キロかというと、クスコの街からマチュピチュまでの道程の途中までのことだ、昔の人はクスコからマチュピチュまで歩いて、いろんなものを運んだりしてたわけで、クスコから104キロ歩くのも気が狂いそうだ。もっとクスコ寄りには86km地点もあり、アレはうちらのガイド後はアメリカ人客とそこからマチュピチュに向けて3日間歩き続けるらしい。約30キロの山登りって・・・とやはり自分は登山家にはこれっぽっちも憧れないことが判明した。つり橋で川を渡り、テント事務所みたいなところで入山手続として名前と住所を書いたような。数日前だか数週間前だかのところに日本人の名前もあった。それから御手洗いに行って、いよいよスタート。この山登りではジェシカという22歳の女の子も現地ガイドとして、同行してもらった。クスコの大学にて英語を学んだらしい。でも日本語は話せなかったので、最初はほとんど話さなかった。U夫妻の旦那さんや添乗員さんは普通に会話を成立させてた。歩き始めてすぐに小さな遺跡があった。昔でいうところの手形を受け付ける場所らしい。まだ元気があったので、チョコチョコを動き回っては説明を聞いてた。その遺跡を出た後が本格的な山登りとなったのだ。
足場はいい所と悪い所と様々だった。水でグチャグチャな場所や石が多い場所などもあった。緩やかな上りもあれば、急なのもあった。でも何よりもキツかったのが、下りがあったこと。下れば下るほど、その倍は上らなければいけないと思ったらウンザリした。先が長いのでゆっくりペースで、と歩いてたのに誰よりも早く足が重たくなった。自分自身が体力がないのはよくわかってたつもりだが、支給された水をドンドン飲んでしまう。時々休憩を取り入れるのだが、私だけ回復しない。U夫妻が飴や凍り砂糖を大量に持ってきてて、たくさんいただいた。水がペットボトルのなのに凄く不味かったので甘い味でごまかして飲むと飲みやすかった。添乗員さんはポカリの粉を入れてた。今度から水が期待できない国に行く時は飴やポカリ粉を持っていこうと決めた。休んでもすぐ疲れて足が重たくなる状態で、次第に上り下りがキツくなってきた。下りがある時点で本当に滅入ってきた。その後の上りが「もうギブアップしたい」と思わせた。遅い私の後ろを添乗員さんやジェシカが歩いてたが、わざと遅く進んでくれることに申し訳なかった。おじさん3人組は元気に先頭をアレと歩いてた。夫妻や姉さんは時折「大丈夫?」と声を掛けてくれながら私の少し前を歩いてた時が多かった。同じ高山地域でもユカイやクスコとは違って、マチュピチュの方は湿気が多く、緑が濃かった。そこは救われたかも。足場が湿っていて歩きづらいところでも木々の間を縫う道の方が、最近流行りの「マイナスイオン」効果が強く、呼吸も楽だったし、体が動いた。それでも相変わらず上り下りの差が激しく、足元はもちろん手すりも滑るところがあったので、気を張って歩かなければならない個所もあった。荷物が大きく重たいのも体力を消耗させる一原因であった。途中、滝が流れ落ちてる個所があり、そこで休憩となった。やっと荷物が下ろせて座れて、しかも滝からの水しぶきが気持ち良くて、このまま動きたくない気分になった。相当の水を飲んでしまってて、残りが不安だったので川の水を飲もうとしたら、アレに「上流の方でトイレがあるからやめておいた方がいい」と言われた。既にちょっとだけ口にしてしまってた。この日の靴はおかんから借りた山登り用の靴だったのだが、滑りにくいのはよいのだが、普段履き慣れてないのと重たいので足がパンパンに腫れてた。休憩時に靴も脱いだのだが、再び履くのがイヤだった。ここに来る途中から見えてきてたウィナワイナ遺跡へ向けて、いよいよスタートを切った。遠くから見ても、なんで山の上に石積みの城があったのだろう?と不思議になる、でも神々しさがある遺跡だった。電車でマチュピチュ遺跡に行く人たちには見えない位置にあるのだ。
ここからは上りが大半を占めてた。休んだし、緑が濃い状況下だったので呼吸は非常に楽だったのだが、気持ちとは裏腹に足が重かった。でも1つのゴールが見えてたので意識が途中遠くなってる気がしたけど、マイペースながら淡々と歩いてた気がします。この辺りでは添乗員さんと一緒に歩いてたと思ったのですが、添乗員さんはどうやら平井賢のファンなのだそうだ。J-WAVEのイベントで見たことがあったので、その話をし、本当に顔の彫りが深い話をした。非常に急な上り坂もあったりして、荷物のせいで後ろに仰け反りそうになりつつも、どうにかウィナワイナ遺跡に到着することができた。先に行ってたアレやおじさん3人衆もそこでいた。思いっきり深い谷が広がり、いかに高い山に登ったかを感じることができた。荷物を下ろして崖下を見て「うぉー!」とようやくここまでキターーー!という安堵感に襲われた。ガッツポーズで写真を撮ったりもした。しかーし!私はまだまだ甘ちゃんだった。この遺跡は山に沿って建てられてるので、段々畑のような状態で、当然階段での移動となるのだ。遺跡の中心部となるところまで階段をひたすら上る。このときに一緒になったジェシカに「I\\\\\\\'m very tired.」と言ったが、私の発音が悪かったらしく、なかなか通じなかった。時折休みつつ、どうにか遺跡内の見晴台のような部分へ。グッタリ休憩しつつアレの説明を聞く。疲れすぎて頭に入ってないのが本当のところ。でも休んでると山の風で体が涼しくなったのでシャツを羽織ったりしてた。その後、もう少しだけ上に行ったところで食事を取れる場所があるので、そこへ向けて再び出発した。その辺りからだったろうか、懸念されてた雨がポツポツと落ち始めた。でも弱かったので、この程度なら傘も雨具もいらない程度だった。レストランちっくなところで席につき、飲み物だけを注文。食べ物はアレが持ってきてたのかな?それともレストランへ配達されたのかな?サンドイッチや骨付き鳥肉の唐揚、みかんが入ったお弁当が配られた。日本人が経営してる所で注文したらしく、とてもおいしそうだったし、皆「うまい」言って食べてた。私も脳裏ではガッツリ食べて、マチュピチュ遺跡まで歩く体力としたかった。ところが一口したところで胃の重たさがのしかかった。どうにもこうにも食べれなかった。温かい紅茶だけが口にしやすかった。他の人たちが食べ終わってる中で、一人チビチビと食べたいな〜と思えるものだけ口にしてたけど、かなり残してしまった。途中マチュピチュ側から歩いてきたらしい、外国人の軍団が大量にやってきた。皆、ポンチョなどを身に付けてたが、全身かなり濡れてるようだった。窓の外を見ると、メガネをしてない目にも明らかに雨粒が大量に降り注いでた。ただでさえ体が思うようにいかないのに、さらに大雨だなんて、もう自分はアカンのではないかと思えるほどだった。再びマチュピチュ遺跡へ向けて出発することとなり、皆、ポンチョやレインコートを羽織り始めたが、おバカな私は折りたたみ傘は持ってきたのに、レインコートは山の下のホテルのスーツケースに入れてある状態(つまり持参せず)だった。体調悪い上にズブヌレかとグロッキーも最高潮に達しつつあるところで、レストランを出たのでありました。
表に出ると、いくらか雨も弱まり、何とか折りたたみ傘でしのげるのはホッとしたけど、足場が悪く傘を持ちつつバランスを取りながら歩くのは大変だった。道も割と平坦だったのでよかった。そのうち傘をささなくても平気になり、機運も高まってきたかと思った。でも思いとは空回りに荷物は肩に食い込み、昼用のゴミが邪魔で仕方なかった。道も再び「ハイキング」な感じではない45度上りが登場したり、で、「これさえ登れば・・・」と何度も思った。思ったけど、登ったら見晴らしがいいだけで、マチュピチュ遺跡は見えてこなかった。食べてない分、水分補給だけはかなりしていたため、水が減ってきてたのも気になるところだった。私が足を引っ張ってたのは前からわかってたが、いよいよ本格的に時間がまずくなってきたのだろうか。アレが私の荷物の一部を持ってくれる、と言い始めた。添乗員さんも「遠慮しないで」と言ってたし、私がこれ以上動けないのは本当に迷惑がかかることだったので、一番の重たい原因と思われた化粧道具セット(バカでしょ!?)をアレのバックに移した。確かに軽くなったが、休憩後スタートして、ちょっとしたら、また足取りが重たくなってた。道は変わらず45度よりも傾斜がキツいのでは!?という上りがあったかと思えば、下ったりで先が見えにくい。一緒に後ろを歩いてくれたジェシカとも会話はそれほど進まない。でもついててくれたのはありがたかった。先が見えない傾斜を上りつつジャシカに「(もう)フィニッシュ!?」と聞いたが「ノーフィニッシュ」とあえなく。「ビューポイント」と。確かに目の前にはようやくのマチュピチュ遺跡が遠くの下に見える。遺跡よりも高いところまで来たようだ。これは確かに歩いた人でしか見れない景色である。ところが到着してわりとすぐに雲がかかってきてしまい、遺跡は隠れてしまった。私らはまだ見れたからよかったものの、私らよりも少し遅れて上ってきた人たちには残念極まりないであろう。私だったら「ここまで来たのに・・・」と凹むこと間違いなしだ。ここで水がなくなった。もっと飲みたくて、大きいペットで飲んでる外人が羨ましく思えた。でも山登りの基本で「人に自分の分の水を与えてはいけない」のである。だから誰かに「水をください」とは言えなかった。休む度にそうなってたのだが、足が痛くて痛くて仕方なかった。いくら休んでも痛みが治まるとは思えなかった。アレが「荷物をすべて持つ」と言った。自分の状態を考えて遠慮しないことにした。
再び出発し、身は軽くなったけど、足の進みは重たいままだった。でも眼下に遺跡、ということで、ほとんど登ることはない、というのは気持ちが随分と楽になった。少し山から下りた方が遺跡への眺めが良いところがあり、写真を撮ってる人もいた。私はジェシカと簡単な英語で話しながら歩いた。英語で「ハロー」を「オッスー!」と言うのだよ、とか悪い日本人をしてた。今思えば「モウカリマッカ?」ぐらい教えておけばよかった(おい!コラ!)。最後は緩やかな下りが続き「痛たたた・・・」と思いながらも足を進めることができた。マチュピチュが近づいてきたときに泣きそうになったのは、これでジェシカと別れるのが寂しく感じてたからだ。
いつのまにか状態でマチュピチュ遺跡群内に入ってたようで、草を食べてるアルパカらが「お出迎え」とばかりにポコポコといた。どっから来て、どっかに逃げちゃわないのかな?と不思議に思った。少し歩いていくと遺跡内が今度はすぐ眼下に広がる地点で皆、集まってた。そこで皆荷物を置いて草むらの上に座ったりしてた。私も「やれやれ」と座る。するとアレが説明を始めた。色々と「ここはコーダ、アーダ」と言ってたのだが、その都度立ち上がって覗いてみたりしなければならず、足が痛くて立つのがイヤだったので、立ってもほとんど動かないまま、説明を聞いてた。けれども痛みで意識が呆然としてたこともあって、何を説明してたのかは今となっては全くと言っていいほど、覚えていないのでした。その後、遺跡内を歩きながらすぐ隣に隣接してるコテージへと向かったのですが、そこへでさえも遠く感じ、「は・・・早く部屋に入ってベッドで横になりたい・・・」と念じながら歩いてたのでした。でも、チェックイン作業をアレや添乗員さんがしてるときに「もう、お別れなんだな〜・・・」と思って寂しくなり、チェックインがOKとなり、ジェシカとお別れするときは、自分が英語ができなくて、多くの言葉を伝えることができなかったことを悔やみました。頭で言おうと思ってたことの半分も言えないまま、ただ「サンキュー」を繰り返してた気がします。向こうの方が年下なのに、ハグハグした後「ほら、お部屋に行って」と背中を押されるような形で見送られ、手を振ってお別れしたのでした。ジェシカちゃん、ホンマにありがとねー。ええガイドになって幸せになってね〜!!!(涙)
コテージはとっっっても新しく、山の上の高級別荘のようなたたずまい。間違っても「山小屋」にはならない。部屋はもっとすごかった。今回はダブルベッドということも手伝って広い、広〜〜〜い!!!!!棚みたいなところを開けるとテレビもあるし、洗面台は綺麗でアメニティも充実。トイレも清潔感バッチシですぐ隣のシャワールームはガラスの扉。キャー!!!!!こんなん、シャワー中に相方がトイレに入ってきたら丸見えじゃな〜い!エロ〜イ、エロ〜い!!!!!と大興奮。その後「トン、トン」とドアをノックする音が。出ると従業員らしき殿方がなにやらお皿を。どうやらウェルカム前菜である。これとワインで旅の疲れを、ということだろうか。ナビスコリッツに似たものに乗ってて一口サイズのが5.6個。「う〜ま〜そ〜!!!」と目では思っても口には進めない。相当疲労してる!?のか、まあ後で食べれたら・・・ということになった。次に添乗員さんがトントンとやってきた。「どうですか?」と様子を見に来たらしい。すっごくゴージャスで大興奮なことを伝えて、これでカップルで来てたらな〜という話となり「(新婚さんは)今夜がハイライトかもよ!?」と添乗員さん。結構大胆なことをサラっと言うのですね。オートロックでカギを持たずに外へ出たり、かなりオモロイ人だな〜と思った。夕食まで少し時間があったし、ヘトヘトに疲れてたので、ベッドの上になだれ込むように眠ってしまった。テレビを見てもわからないのですしね。
携帯でアラームをセットしておいたおかげかな?食事前になんとか目を覚ます。でも体が起きない状態だったが、何とか食事をしにレストランへ行くと皆揃ってる。座ってコースメニューからそれぞれ肉やら魚やらスープやらサラダなどを選ぶのであるが、どれを聞いても今ひとつノれなかった。飲み物の紅茶だけは口にしつつ、サラダでさえも少し口にしたが食べる気が起きない。お腹が張った状態だった。「これは無理だ!」と自分で判断。他の方々にこれ以上迷惑かけるわけにもいかないこともあり「やっぱり食べられそうにもないです」と添乗員さんに言い、メイン料理をキャンセルして部屋にて休むことに決めた。添乗員さんがフロントに頼んで「酸素」を持ってきてくれるらしい。フロントにてお願いしてるときにも、立って待ってるのが辛かった。それと同時に「インターネットサービス」の小さな看板があり、フロントのすぐ横にあるパソコンが目についた。翌日のヒマな時間にやろう、と思った。あくまで体調が良くなったらですがね。
部屋に戻るとすぐに「ダメだ〜キモ〜い」と横になったが、いつホテルの人が来てもいいように、チップの準備はしておいた。その後、思ったよりも時間が長く感じられたが、ホテルの人がノックする音がした。ドアを開くと「よっこらしょ!」という感じで大きな酸素ボンベ(消火器の大きいサイズみたいなもの)が運ばれてきた。自分のイメージではマラソン選手が走り終わった後に吸ってる、スプレー缶サイズだと思ってたのだ。あまりきちんと説明もされないままに、向こうが去っていこうとしてたので、慌ててチップを渡した。使い終わったらドアの外に出しておけばいい、とその人が言ってたのだっけな?ふたたびポツンと部屋にボンベとともに取り残され「さて・・・どうしたものか・・・」とあちらこちらのネジをひねってみる。しばらくわけがわからなかったけれども、シューーーと音がして「おおおお!酸素出てきた!?」という状態になったので吹出し口を口に当てて「スーーハーーースーーハーーー」と酸素を吸い込んだ。傍から見れば、ちょっと怪しい人状態だった。かなりか?どのくらい、いつまで吸ってていいのかが、よくわからないくて、でも「○分〜」と添乗員さんが言ってた気がするので、たぶん時間をきちんと計ってはいないが、15〜20分ぐらい吸い込み作業をしてた気がする。特に楽になったわけでもないが、「・・・・????もういいのかな〜???」と首を傾げつつ、ズルズルズルとボンベを部屋のドアの外に出しておき、(アレ?やっぱ、内線して取りに来てもらったのだっけな?)すっごく眠かったので「ウワ〜〜〜〜」とでかいダブルベッドの片側に倒れこむように眠った。翌日は回復してることを想定して、朝、シャワーが浴びれるように携帯のアラームをセットしたと思う。
そんなクッタクタで3日目の夜は更けていったのでした。
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