イトシュタインはナッサウ家の宮廷都市で、小さな町とはいえ馬鹿に出来ない町なのだ。
- 4.5
- 旅行時期:1983/07(約43年前)
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by jijidarumaさん(男性)
ヘッセン州 クチコミ:2件
1983年7月9日(土)~10日(日)にIdsteinイトシュタインに1泊し、フランクフルト、ライン下りの小旅行をしました。
イトシュタインは最初の文献記録(1102年に Etichensteinエチシェンシュタイン という表記で初めて文献に記録された)から1721年までGraf von Nassau-Idsteinナッサウ・イトシュタイン伯爵および他のナッサウ家の宮廷都市であったと云うから、小さな町とはいえ馬鹿に出来ない町なのだ。
イトシュタインはSchloss城=イトシュタイン宮殿、旧市街の木組み建築の美しい町並み、König Adolf Platzケーニヒ・アドルフ・プラッツに面して白い(現在はオレンジ色のようだが)Rathaus庁舎、Killingerhausキリンガーハウス(1615年)、独特“傾いた家”のSchiefes Hausがシーフェス・ハウスがある。その他にHexenturm魔女の塔、Torbogenアーチ付きの楼門などが目立った。
さて、特筆すべきはナチスの「T4(テーフィア)作戦」の話が残っていたことで、イトシュタインの町の歴史には「魔女狩りの犠牲者」の話以上に、恐ろしい話でした。
T4作戦とは1930年代後半からドイツ国で精神障害者や身体障害者に対して行われた毒ガスによる「強制的な安楽死」政策である。
T4作戦で使われた障害者殺害の手法は、そのままユダヤ人の絶滅計画( die Endlösung der Judenfrageユダヤ人問題の最終的解決、1942年)にも応用されたので、事実上Holocaustホロコースト(大量虐殺)のモデルケースとなった。
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- 施設の満足度
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4.5
- 利用した際の同行者:
- 家族旅行
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2025/02/12
いいね!:8票
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