ディンケルスビュール観光の目玉はワインマルクトだろう。
- 5.0
- 旅行時期:2012/05(約14年前)
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by jijidarumaさん(男性)
ディンケルスビュール クチコミ:11件
≪2012年、Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅≫
2012年5月19日(土); 晴、22℃、98km(この日まで5日間で505kmとなった。)
Dinkelsbuehlディンケルスビュール観光: 14:30~17:00
ディンケルスビュールの町はCrailsheimクライルスハイムから東に約20kmの距離にある。フォイヒトヴァンゲンからフランケン高地を直接南下すると13kmである。
戦災で大部分を破壊されたローテンブルクに比べ、ヴェルニッツ川沿いに発展した、この町は中世都市がそのままに遺されている。人口は12千人と小規模だが、そのため中世の面影は一層、色濃く残っていると云われている。
ディンケルスビュールは面白い事に、他の町にあるような明確な形のマルクト広場がない。この町の中心は道路状のWeinmarktワインマルクトなのだ。
このワインマルクトの西側を飾る豪壮なGiebelhaeuser切妻建築群5軒(約1600年頃の建築)が最も目立つ。
何時も思う事だが、ドイツの中世の町は家並みの色合いが実に美しい。
①一番左の角に立つのは鐘楼・時計塔が頭上に飾られた、かつてのRatstrinkstube「市参事会酒宴館」である。Kaiser Karl V.皇帝カール5世(1546年) やKoenig Gustav II. Adolf von Schwedenスウェーデンのグスタフ2世アドルフ王(1632年)など、ディンケルスビュールの町にとって最高の賓客用の宿泊所でした。現在は図書館。
②現在の「Gasthaus Zur Glockeガストハウス ツア・グロッケ」は、かつてPatrizierhaus mit Treppengiebel 階段切妻のあるパトリシアンハウス(1600年以前)と称した。
③3軒目は宿泊先である「Deutschen Hausドイッチェス・ハウス」。豪壮な多層階建築、木彫りが施されたルネサンス後期の美しいFachwerk木組みの家だ。
④そして次は聖ゲオルク教会傍と言う事で、その名を採った「聖ゲオルク薬局」の建物。
⑤右手の一番奥はオベリスク装飾の螺旋状の切妻を持つ「Schranneシュランネ」。Getreideboerse商品(穀物)の交易所であり、Festsaal祝祭場、Tanzhausダンスホールでした。現在はStadthalle庁舎となっている。
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- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
クチコミ投稿日:2021/01/21
いいね!:8票
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