廃墟だった映画館跡が往時(1962年)の姿に修復されて無料開放されてます
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- 旅行時期:2015/03(約11年前)
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by 食べ太郎さん(非公開)
九分 クチコミ:12件
2002年、2007年に続く3回目の九イ分観光で、2015年3月にここを訪れましたが、前回の旅行までは屋根が崩落した廃墟だった昇平戯院が、往時の映画館の姿に修復されて無料公開されていました。
修復したのは新北市で、現在は新北市立黄金博物館が管理運営していますが、それは新北市の行政上の管轄の話であって、当映画館で金鉱に関する展示をしているという事ではありません。新北市立黄金博物館の公式サイトはこちらです。
http://www.gep.ntpc.gov.tw/
トップページ右上の「日本語」をクリックすると日本語ページが表示されます。そこで左側メニュー欄の「テーマ施設」をクリックし、プルダウンしたメニューから「昇平戯院」を選ぶと、昇平戯院の解説ページが表示されます。開館時間や休館日もそこに書いてあるので参照して下さい。
ところで、九イ分の基山街から少し下ったところに民間経営の「九イ分金鉱博物館」がありますが、それと金瓜石の新北市立黄金博物館はまったく別の施設ですので、混同しないよう注意して下さい。
新北市立黄金博物館公式サイトの昇平戯院の解説文によると、当映画館が現在の地に建てられたのは1934年。一階は石造り、二階は木造の構造で、「昇平座」と名付けられたそうです。1951年に名前が昇平戯院に改められ、1962年には二階の木造部分を煉瓦壁に改築されて現在の形になったそうです。映画館の昇平戯院は1986年に閉館し、建物は台風で屋根が吹き飛ばされて廃墟となっていました。
他の方の口コミで「日本統治時代の建築を修復した」と書いている方がいますが、修復したのは改築後の1962年当時の姿です。日本で言えば昭和37年、東京オリンピックの2年前です。
ところで、2015年5月時点の新北市立黄金博物館公式サイトの中文版では、当映画館跡の住所は「新北市瑞芳区九イ分軽便路137号」ですが、日本語版では最後の番地が141号となっています。どちらが本当なのかは分かりませんが、常識で考えるなら中文版が正式で、日本語版は翻訳時の転載ミスと解釈するのが妥当でしょう。公的機関の作成した公式サイトで住所の番地が食い違うというのは、日本では考えられない事ですが、台湾ではこんな事がよくあります。(^_^;)
まぁ、九イ分観光の観光客の立場で言えば、基山街から豎崎路を下れば当映画館はすぐに見つかるので、番地を頼りに捜す事はないので実害はないですが。
館内は往時の売店や切符売り場が復元されていますが、昔の姿の展示だけでなく現役の映画館として映画の上映をしています。上映プログラムは中文版公式サイトの昇平戯院のページに掲載されています。
私は2007年の廃墟時代を知っているだけに、綺麗に修復された昇平戯院を見て一番感心したのは(これは金瓜石の黄金博物館でも言える事ですが)、古い物を残そうという新北市当局ひいては台湾の人々の熱意と努力です。その努力の程を知ってもらう為に、2007年に撮影した廃墟時代の屋根の抜け落ちた昇平戯院の写真も添付します。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 当映画館跡は空いていたが、そこに辿り着くまでの九イ分の街が非常に混んでいる。
クチコミ投稿日:2015/05/18
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