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リーヴ広場 Livu Square

広場・公園

リガ

観光の所要時間:
1-2時間

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リーヴ広場 https://4travel.jp/os_shisetsu/10540767

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クチコミ 2ページ目(26件)

21~25件(全26件中)

  • 賑やかな広場

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/05(約10年前)
    • 0

    オープンカフェなども立ち並んでいる賑やかな広場です。 屋台でアクセサリーなど小物を売っているお店もありました。 旧市街の真...  続きを読むん中あたりにあるので観光をすればほぼ通る広場です。
    ベンチもたくさんあったので休憩するにもいい場所です。  閉じる

    投稿日:2018/04/07

  • 旧市街の中心

    • 5.0
    • 旅行時期:2016/05(約10年前)
    • 3

    旧市街の中心に位置する代表的な広場です。
    人気があり、人も沢山いました。
    周りにはカフェやレストラン、見どころの猫の家...  続きを読むや大ギルド・小ギルドがあります。
    緑地帯の多い広場で、色とりどりの可愛らしい花が植えられており、景観とマッチしていてとても可愛らしく、お気に入りの広場となる事でしょう。
    ぜひ訪れてみてください、オススメです。  閉じる

    投稿日:2016/06/26

  • 自由の記念碑から「カリチュ通り」を南西の方向に歩いていくと、右側にリーヴ広場が現れてきます。
    両側を高い建物に囲まれた道...  続きを読むを歩いていると、急に視界が開けます。
    通りの左には「ワーグネラ通り」があります。
    広場の周りには、まるでお城のような「小ギルド・コンサートホール」や「猫の家」があります!  閉じる

    投稿日:2016/04/08

  • カリチュ通りに面してます

    • 3.0
    • 旅行時期:2014/07(約12年前)
    • 0

    市庁舎広場から旧市街のメインストリート、カリチュ通りを進んでいくと、左側にある広場です。
    広場の北側には有名な猫の家もあ...  続きを読むります。
    広場周辺はカフェ、レストランや、お土産屋さんなどがありにぎやかな雰囲気です。  閉じる

    投稿日:2016/04/02

  • 【ラトヴィアの国はかつて先住民リーヴ人の居住地であった証しの大石(顔)】

    先住民リーヴ人の居住地であったことから、L...  続きを読むivonia リヴォニアとも称したラトヴィアの国は、人口約230万(ラトヴィア人60%、ロシア人28%など。宗教はプロテスタント・ルーテル派)、首都リガが人口約72万と凡そ三分の一がこの都市に住んでいる事になる。それだけ豊かでもあり、リガは大きく、バルト最大の町だ。

    歴史的にはリガは13世紀にハンザ同盟に加盟し、帝政ロシア時代は『ヨーロッパの窓』として、帝政下で繁栄を享受していたペトログラード、モスクワに次ぐ、当時、“バルトのパリ”と呼ばれほどの都市に成長した。
    時代がソ連支配下になると、“零落した貴婦人”とも称され、暗い時代を過ごした。バルト三国の独立後は経済的にも豊かな大都市に変貌している。
    住民はラトヴィア人が凡そ50%で、バルト三国の中でも特に多い比率のロシア人は減少傾向だそうだ。それも国籍の取得条件のハードルを高くしている由だ。

    【バルト三国紀行:美しき中世の街並み】
    2009年10月19日(月)~26日(月)

    訪問地;
    Lithuaniaリトアニア
    ・首都Vilniusヴィリニュス及び、かつての首都Kaunasカウナス
    Latviaラトヴィア
    ・首都Rigaリガ
    Estoniaエストニア
    ・大学都市Tartuタルトゥ及び、首都Tallinnタリン

    <2009年10月22日(木)ラトヴィアの首都リガは朝から小雨、時々止む。4~6℃。>

    旧市街を巡る。

    スウェーデン門:
    リガに唯一残るかつての城門。1698年に城壁を利用した住宅が建てられた際に、この城門が建てられた。当時この地を支配し、駐屯していたスウェーデン兵がよくこの門を出入りした事から、この名前が付けられた。
    当時はスウェーデン兵300名が駐屯していたそうだ。

    『スウェーデン門の悲恋伝説:
    リガの娘たちはスウェーデン兵と会うことを禁じられていたのですが、一人の娘がスウェーデン兵と恋に落ち、この門で密かに会うようになりました。
    ある日、スウェーデン兵を待っていた娘は捕らえられて、罰として門の内側に塗り込められてしまったと云う事です。以来、真夜中にこの門を通ると、娘のすすり泣きが聞こえるようになったと云う。』

    ヤコブの長屋Jakobskasernen:
    スウェーデン門をくぐると城壁外になり、広い石畳の通りになった。旧市街側に再建された城壁やスウェーデン塔が見られ、その城壁の向かいに18世紀の頃、長屋が建てられた。今に残る、この建物はレンガ屋根、長々とした黄色の建物である。

    火薬塔:
    14世紀に建てられ、1650年に再建され、火薬の保管庫に使われた塔。高さ25.5m、外壁の厚さは3mで、頑丈な作り。この横の道を渡ると、猫の家がある。

    猫の家:
    屋根の上に背を丸めた猫が見える。昔、ここの住人が隣の家に住むギルド商人とトラブリ、ワザと猫の尻尾(お尻!)をその家に向けさせた。途中で裁判沙汰になったと云えられている、曰くつきの猫だが、今は顔の方を向けている。

    リーヴ広場とリーヴ人の顔:
    猫の家から直ぐ近くに広いLivu laukumsリーヴ広場がある。リガの旧市街中心部に位置する広場周辺に18世紀の大小のギルドハウスが立つ。
    リーヴ広場に置かれた奇妙な、大きな石が気になった。これは先住民Livuリーヴ人の顔だと云う。ちょっと見には愛嬌もある、素朴な顔している。

    リーヴ人は北シベリアから移住してきたとされるラトヴィアの先住民である。Finno-Ugricフィン・ウゴル民族(ウラル山脈地方)のリーヴ人はバルト民族のラトガレ人、フィンランドのフィン人やエストニア人と同系だと言う。
    13世紀、ドイツ・リヴォニア騎士団が自然崇拝の異教徒リーヴをキリスト教に改宗させる目的で、酷薄な行動をしたので、可哀そうなことにリーヴ人は減少の一途を辿った。

    19世紀末には3000人、第二次大戦前夜には1000人、1959年の国勢調査では約200人という数字が公表されている。この旅の当時、リーヴ語を話す人は20人以下とあるから既に絶えてしまったかもしれない。

    三人兄弟の家:
    右から日本的に言えば、太郎、次郎、三郎と、三兄弟は肩を寄せ合って立っている。
    リガ最古の中世の住宅である。外見は建てられた当時の姿をほぼ保ち、時代の変遷を良く示すものになっている。
    右端の太郎の家は15世紀の住宅で、窓の大きさで税金が決められていたので、窓が小さい。次郎の時代はそうした決まりがなく、窓は広くなり、見た目も美しい。
    三郎の家は貧弱、家幅が狭く、見た目もかなり窮屈なものになっている。しかも、時代と共に土地の値段が高くなって、三郎の建物全体が前に出てきている。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・

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    投稿日:2024/07/16

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