城跡・遺構が当時のまま残る城! ~ 高知城跡
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- 旅行時期:2026/04(約4ヶ月前)
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by 機乗の空論さん(男性)
高知市 クチコミ:15件
土佐国の藩庁である城下町「高知城」は江戸時代に築かれた天守が残る現存天守十二城の一つであり、天守と本丸御殿が残る唯一の城であり、天守と追手門が現存する3城の一つでもあり、城跡は国の史跡に指定され、日本100名城にも選定される貴重な城です。また、瓦や壁の色が鷹の羽の色に似ていることから、鷹城とも呼ばれています。
築城は関ケ原の戦いの翌年慶長6年に長宗我部氏が改易され、山内一豊が土佐国・24万2千石を与えられ初代土佐藩主として居城し、城下地としての整備も行いました。
城の構造は縄張の郭は本丸・二之丸・三之丸・西之丸から成り、本丸の建造物が完存するのは国内では高知城のみであり極めて稀な例であり貴重な遺構です。
天守は独立式望楼型4重6階建てで、南北に千鳥破風・東西には唐破風を付けた安土桃山時代の様式風貌ですが、享保12年に焼失しています。
現在の天守は延享4年に再建されたもので焼失前の天守を忠実に木造復元された物で、高欄を設けるなどの復古型に成っています。
これは一豊が以前に居住した掛川城を偲んで天守を模したと言われていますが、なるほどと納得してしまいます。*天守・本丸御殿のみは有料¥500です。
また、見るかに圧巻する頑強な石垣は近江国から呼び寄せた穴太衆による野面積み工法で築かれているのが特徴です。
名君と誉れ高い藩主・山之内一豊には妻・千代の功績がドラマなどで語られています。夫の出世を支えたエピソードが多くあり、持参金で馬を購入しその馬が主君・織田信長の目に留まった事で出世した内助の功として取り上げられました。
実際に愛妻家だったんでしょうか?…、出来ればそう信じたいのが人の世の常ですが?。
土佐藩は初代藩主・一豊から幕末の安政6年まで16代に続く御家安泰を成し遂げました。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 駅から徒歩・路面電車・街歩きと様々です?
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- それなりに観光客はいます?~
- バリアフリー:
- 2.0
- 昔ながらの遺構なので石段・階段・坂道と多いです
- 見ごたえ:
- 4.5
- 現存する当時のままの姿が観れる城跡・遺構は圧巻です!
クチコミ投稿日:2026/08/07
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