旧松ヶ枝遊郭のネオン坂繁華街でした ~ 上人坂
- 2.5
- 旅行時期:2023/10(約2年前)
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by 機乗の空論さん(男性)
道後温泉 クチコミ:4件
道後温泉本館から伊佐爾波神社に続く細い温泉街の路地を進むと裏道後と呼ばれる界隈に左手に曲がる緩い坂道があり「上人坂」と呼ばれる坂で、上り切ったところに一遍上人生誕の地である 宝厳寺が在ることからその名が付いた参道です。
往時から四国一の名湯として名高い道後温泉には観光客が頻繁に訪れ、その男客に目を付けた旅館の女将が明治10年に湯女として客を取ったのが始りと言われる”旧松ヶ枝遊郭”が起りです。
その後は温泉宿から妓楼に鞍替えし鑑札も取り娼妓は検番制に成って遊郭としての機能を備えた花街へと変貌してゆくわけです。
特に大正から昭和にかけたは一番の隆盛を誇った時期ではないでしょうか?~、戦争景気に沸き呼称も”ネオン坂”と変わり色鮮やかなネオンで華やいだそうです。
学生の頃来た際には宝厳寺の石碑が在るところには”ネオン坂歓楽街”のゲートがまだ建ってたように記憶していますが現在は撤去されて何もありません。
今は1軒の妓楼建築と数軒のカフエ風家屋が残るだけの寂しい参道に成ってしまい当時の旧松ヶ枝遊郭やネオン坂歓楽街を知る由もありません。
宝厳寺の石碑だけだ建つ門前の参道として静かに佇む坂道に成ってしまいました。
時代は変わって道後多幸町(西側地区のソープ街)へと移行し新たな風俗街ビジネスとして、また旧赤線・青線は旧土橋料亭街へと移り変り閉鎖され、唯一残る千舟町だけと成りました。
いつの世もこの世に男と女がいる限りは懲りない世界なんでしょうか?…。
- 施設の満足度
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2.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 道後温泉本館からも近く判り易い
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 当時を知ってか知らないのかぽつり観光客が歩くだけ…
- バリアフリー:
- 2.5
- 緩い坂なので普通に問題ありません~
- 見ごたえ:
- 2.5
- 当時の面影を知るには余りにも寂しく成りました…
クチコミ投稿日:2024/02/14
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