4基の板碑が集められていました。
- 4.0
- 旅行時期:2021/11(約4年前)
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by 旅好者さん(男性)
宇佐・豊後高田 クチコミ:141件
佐田神社板碑は、佐田神社境内にあった4基の板碑が集められ、周囲を敷石で囲まれていました。一般的な板碑は板状のものだと思いますが、こちらの板碑は方柱で、「角塔婆」や「四面板碑」とも呼ばれるものだそうです。右端と3番目のものが県指定の文化財となっているとのことです。右端の板碑は高さが1.62mもあり、1333年(元弘3年)に建てられたもので、右から3番目の板碑は1332年(正慶元年)のものです。和暦は板碑に刻まれているのですが、正慶元年は北朝の年号であり、南朝の後醍醐天皇が隠岐に島流しにされた年です。元弘3年は南朝の年号であり、北條氏が滅び後醍醐天皇が京都に戻った年です。京から離れたところでも、南朝、北朝どっちが優勢かを見ていたということでしょうかね。
ところで、この板碑がある佐田神社ですが、古くは祭神が武内宿祢であることから、善神王宮と呼ばれていて、佐田郷の総鎮守です。鎌倉時代に、大友氏の初代当主である大友能直によって再興されていますから、少なくとも800年以上の歴史があります。その後、何度か再建されています。拝殿はだいぶ古くなっていますが、神殿の方に回り込むと思いのほかしっかりとした建物で、見事な龍の彫刻などが施されていました。1864年(元治元年)に佐田の豪家である山路家や小倉屋などが中心となって再建されたとのことです。
なお、クチコミタイトルに京石とありますが、佐田神社に京石はありませんでした。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2022/06/07
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