藩主が住み政治を行った場所
- 4.0
- 旅行時期:2021/03(約3年前)
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by かるあみるくさん(男性)
備中高梁 クチコミ:9件
備中松山藩は山城として今に残る備中松山城を持っていましたが、臥牛山の山頂にある山城で平時に城を拠点として政治を行うのは非効率な為、この場所に御根小屋を建てて藩主が住むとともに政治を行っていました。実質的な城と同じ役目です。
歴史は古く戦国時代からここに既に御根小屋はあったようです。備中松山藩はこの平地の御根小屋を中心に幕末まで運営されていました。
現在は高梁高校の敷地となり多くの部分は一般人は立ち入れません。また伯備線が江戸時代の道路を寸断しそこは踏切が設置されていたりします。とは言え高梁高校の敷地を隔てる石垣は往時のものをそのまま使っていますし、周囲には武家屋敷なども残っていて雰囲気を感じる事が出来ます。
高梁高校正門前には門跡や御根小屋跡の碑もあり、看板もあり江戸時代の備中松山藩を感じられることも多かったです。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 武家屋敷からは近いですが観光駐車場からは結構距離があります。
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 高校生の下校時間帯で混んでいましたがそれ以外は空いていそうです。
- 見ごたえ:
- 3.5
- 今では石垣と碑、看板があるくらいであとは高梁高校の敷地です。
クチコミ投稿日:2021/03/29
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