小泉八雲の生い立ちから人となりが深く理解できます!
- 4.5
- 旅行時期:2019/09(約6年前)
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by norisaさん(非公開)
焼津 クチコミ:8件
焼津には小泉八雲記念館があります。
八雲の足跡はもちろん松江が有名ですが、この焼津とも深い関りがあります。
夏を過ごすためにこの焼津の宿を定宿として選んでいたからです。
ここは2007年に開館し、八雲の曾孫である小泉凡が記念館名誉館長を務めているそうです。
主に小泉八雲が晩年焼津滞在中に使用した遺品や焼津を舞台にした著書や草稿、滞在中に妻子へ送った書簡などを展示していますがそれほど期待していなかったのは不徳の致すところですーーー。
小泉八雲という人物は例の「怪談」やその他の作品の他は、ヤマトタケル以上に知らなかったのですが、ここにきて認識を新たにしました。
至極順調に欧米で成長して興味本位で日本に遊学したと思ったら大間違い!
何と彼は子供時代に片目を失明し、もう片方の目も極度の近視!
さらに両親が離婚して大叔母に預けられてしまう!
さらにこの大叔母も破産!
ということでアイルランド人とギリシャ人の混血の子には大変な人生のスタートだったようです。
そして大叔母の破産によりイギリスの大学を中退してアメリカに渡り職を得て結婚もしますが、その後離婚。
雑誌社の記者として日本にやってきます。
そして紆余曲折ありましたが、日本人のセツさんと結婚し、やがて東大や早稲田で教鞭を奮う傍ら、執筆も進め、怪談などの名作をのこします。
焼津という温暖で食べ物もおいしい地に惹かれたのはもちろんですが、彼を魅了したのは魚商人、山口乙吉の人柄だったそうです。
純粋で、開けっ広げで、正直者の乙吉を八雲は“神様のような人”と語っていました。
彼はこの家の2階に泊まり、亡くなるまでの夏をこの宿で過ごしました。
混血の彼の地の中にはアジアの血も混じっていたそうですが、それにこだわって日本に永住した小泉八雲は失明や保護者の破産などを乗り越えた猛者ですが、その繊細さと深い英知でヤマトタケルの伝説を研究し、見直したら一体どんな作品を書いていたことでしょう。
静岡県の中でもどちらかというと中心から離れたこの焼津という港街で感じた、ないものねだりをしたくなる、そんな素晴らしい記念館です。
ここは市の施設に隣接していますので駐車場は広くて無料ですし、入館料も無料という最高のコスパを誇ります(笑)!!
- 施設の満足度
-
4.5
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 3.5
- バリアフリー:
- 5.0
クチコミ投稿日:2019/10/21
いいね!:25票
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