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南北朝時代 四條畷の戦いで討ち死にした楠木正行を主祭神としている

  • 2.5
  • 旅行時期:2018/10(約6年前)
河内温泉大学名誉教授さん

by 河内温泉大学名誉教授さん(男性)

大東・四条畷 クチコミ:3件

「裏切りあり、内ゲバあり、骨肉の争いありと」約半世紀にわたり繰り広げられた南北朝の争乱における、随一の軍事家とされたのが楠木正成です。その正成が建武3年(1336年)5月25日に、摂津国湊川で九州から東上して来た足利尊氏・足利直義兄弟らの軍と、これを迎え撃った新田義貞・楠木正成の軍との間で行われた合戦で討ち死にする。その嫡子は若輩故この戦に参加させてもらえず、時代も下がる正平3年/貞和4年(1348年)1月5日、河内国北條(大阪府四條畷市・大東市、東大阪市四条という説もある)における、足利尊氏の家臣高師直との間の戦いで討ち死に。これで親子二代にわたる忠魂の構図が出来上がる。四條畷神社が小楠公が無くなった場所に近いと云うことで、明治23年創建されたものです。

施設の満足度

2.5

利用した際の同行者:
一人旅
見ごたえ:
3.0

クチコミ投稿日:2018/10/07

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