沖縄之塔とは言えなくなりました・・・。
- 5.0
- 旅行時期:2018/06(約8年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
糸満・ひめゆり クチコミ:207件
米須霊域の中心にある魂魄之塔。沖縄戦終戦後にこの付近に強制的に移住させられた真和志村民の手によって、雨晒しとなっていた戦死者の遺骨を集め、穴を掘って埋めようとしたところ埋まり切らず、米軍から払い下げられたコンクリートや付近の石などを積み上げて作られた最古の沖縄戦没者慰霊碑です。
資材の無い中での慰霊碑兼納骨堂を作ることは困難を極めたものの、そんな現実的なことよりも放置されたままの遺骨をなんとかせねばならないとの義務感が勝った結果出来上がったものでした。
戦没者慰霊塔を作ることに最初米軍は、報復の拠点化を恐れて許可をしませんでした。しかし農耕を行うにあたり地面を掘れば遺骨が出てくる状況下では作業はすすまず、やむなく許可を出したという経緯があります。
昭和21(1946)年2月23日に建立された魂魄之塔、少し遅れて建立された健兒之塔・ひめゆりの塔等はそれぞれの関係者と判明した遺骨が収められた中、多くの無名戦没者の遺骨約35,000柱の軍民国籍を問わない遺骨が収められていました。
沖縄県最大の慰霊塔兼納骨堂でしたが、その後摩文仁の丘に作られた国立沖縄戦没者墓苑に多くの遺骨は移されましたが、今なお沖縄戦戦没者慰霊塔の中心として多くの参列者が訪れる場所となり今日に至っています。
沖縄県には全国の都道府県の戦没者慰霊碑が建立されていると言われていますが、実は沖縄県のものはありません。そんな理由から魂魄之塔=沖縄之塔と表現してしまいましたが、そもそも都道府県別慰霊碑とは建立の意図が異なり、それを同じとすることは金城和信村長をはじめとする真和志村村民を冒涜するようにも感じます。
残念ながら沖縄県に建立された都道府県別慰霊碑は、慰霊碑建立がブームになった時に次々と作られたものであり、現実の風景から自発的に作り出された魂魄之塔とは全く建立意図が異なります。しかし知識のない戦後内地に生まれた私にとって、沖縄之塔と例える以外に言葉がありません。
慰霊の日に沖縄に行くようになってから4回目となる平成30(2018)年6月23日。今回初めて午前中に訪れました。いつも夕方に訪れていたため、収められたプロパガンダが見え隠れする品々を見ていた際には、沖縄之塔と言い表すことに抵抗もなかったのが事実です。しかし午前中に訪れる方々は表現の違いはあれど真摯に犠牲者の冥福を祈るために訪れている姿が私の目に焼き付いて離れません。
米須霊域にある慰霊碑の中で、ぱっと見一番見すぼらしく見えてしまう魂魄之塔ですが、見かけの問題ではなく、なぜこの場所に塔が建てられたのかという理由が今を生きる沖縄県民をはじめとする戦没者遺族の揺るぎない〝心の拠り所〟になっていることを知り、浅はかな知識で見ていた私自身を恥ずかしく感じた今年の魂魄之塔参拝でした。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 米須霊域内にあります。
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 慰霊の日はとても多くの人々が訪れています。
- バリアフリー:
- 3.0
- 塔の周りは未舗装です。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 都道府県別慰霊碑とは違う建立意図に気付きました。
クチコミ投稿日:2018/07/17
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