かつては江戸の遊び場だった
- 3.5
- 旅行時期:2018/01(約8年前)
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by とよとよ25さん(男性)
浅草 クチコミ:188件
浅草寺境内の西側の一角が新奥山と呼ばれています。かつて浅草寺の北西部は「奥山」と呼ばれ、江戸の娯楽の中心的な場所で、芝居、見世物、軽業などの大道芸や、多くの飲食店が集まっており、多くの人で賑わっていたそうです。明治時代に入り、「奥山」は浅草公園に組み込まれ、それに伴い多くの店も「六区」に移っていったそうです。現在の「新奥山」は江戸の娯楽を支えた方々が関係する多くの石碑が立ち並んでおり、当時を想像させてくれる場所となっていました。なかなか面白い歴史があってよいですね。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2018/04/08
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