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高島城

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平和な時代に建てられた平城のようにも見えますが、防御を考えた戦国時代のお城なんです。

  • 4.0
  • 旅行時期:2018/01(約8年前)
nichiさん

by nichiさん(男性)

諏訪 クチコミ:5件

高島城は天正18年(1590年)、豊臣秀吉の家臣であった日根野織部正高吉によって設計され、慶長3年(1598年)に完成しました。
関ヶ原の2年前ですね。
諏訪湖と高島城は以前はお城まで湖があった位置関係でした。
よって、一方は湖、一方はお濠に囲まれたお城でした。
今では埋め立てられて数百メートル湖から離れています。
昭和に復元された鉄筋コンクリートのお城です。
大人一人300円。
でもJAFカード提示で団体料金に割引。
300円→270円だったかな?

この地は、時代の変遷と共に、
武田勝頼
織田信長
豊臣秀吉
徳川家康
と様々な大物の配下の地でありました。

諏訪大社の神官は諏訪氏であり、その諏訪氏が武士になってこの地を治めるようになったんですね。
だから諏訪氏の家紋が梶の葉で諏訪大社と同じなんですね。。

初めて知りました。

諏訪の藩主の家紋に使われていたものは、梶の木の葉をモチーフにした紋です。
そして諏訪大社の上社や下社の神紋にも使われていました。
上社と下社の神紋の違いは、梶の木の根の数です。
上社は4本、下社は5本。
この違いです。
上の部分は同じですね。

「築城」「藩主」「藩士」「藩政」に関する詳しい展示がありました。

城のまわりは湖水と湿地に囲まれ、あたかも諏訪湖中に浮かぶようであったので、別名「諏訪の浮城」と呼ばれましたが、その時の図面や絵が展示されていました。
撮影禁止で撮れませんでした。

諏訪大社と藩主であった諏訪氏の深いかかわり。

平安時代の後期、諏訪大社の神官が「諏訪氏」を名乗って武士化していった様子が説明されています。

最上階からの景色は素敵ですが、残念ながら諏訪湖は少ししか見えません。

施設の満足度

4.0

利用した際の同行者:
カップル・夫婦(シニア)

クチコミ投稿日:2018/03/10

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