現在の日本の電力会社体制を決めた人物の家
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- 旅行時期:2016/12(約9年前)
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by norisaさん(非公開)
小田原 クチコミ:5件
松永記念館と住居跡は日本の電力会社の基礎を造ったといわれる松永翁の晩年のお宅にあります。
松永安左エ門さんは九州長崎の出身ですが慶応義塾を中退後、いくつかの仕事を経て電力会社を興します。
その後事業を拡大して九州、関西、そしてついには東京電力の設立に成功し、東電の副社長にも就任。
彼は還暦あたりから茶道に傾倒して「耳庵」と称して多くの方々と茶会を開きます。
そして、72歳にしてこの小田原、板橋の地に越してきますが、それは終戦直後の1946年のことでした。
そして、彼は戦後の混乱時に日本全体の電力供給体制をどうするかという大問題に決定的な役割を果たします。
日本の電力供給体制に関しては彼の案は傍流だったようですが、当時天皇陛下よりも権力を持っていたのがGHQ。
その鶴の一声で松永の案が採用され、日本全国に発送電一貫経営体制が敷かれます。
この体制はその後の日本の安定的な電力供給に大いに役立ち、高度経済成長期の原動力となります。
そんな体制を造り、かつ電力料金を60%も引き上げたことから「電力の鬼」とも呼ばれました。
しかし、彼の慧眼は世界で最も安定した電力を可能にしましたが、その寄与もあって日本は高度経済成長を遂げることができました!
さて、この松永翁のお宅は「老欅荘」というそうですが、それはこの庭の欅の老木からきているそうです。
お宅の中にも無料で入ることができます。
写真撮影も可能です♪
お宅の窓からは相模湾も一望できますが木々が大きくなっていますのですっきりとは見えません。
ところでこのお宅、至る所に茶室スペースがあります。
見ただけでも4,5か所のお部屋で茶会ができそうです。
旧宅の隣には松永記念館があり、ここも無料ですが惜しむらくは撮影禁止!!
しかし、ここで彼の電力王のゆえんを勉強することができます。
駐車場はありませんので電車の利用がおススメです。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.0
- バリアフリー:
- 2.0
クチコミ投稿日:2017/01/12
いいね!:32票
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