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オヤケアカハチ生誕の地

名所・史跡

オヤケアカハチ生誕の地 施設情報・クチコミに戻る

八重山の独立をマジで考えていた男です。

  • 5.0
  • 旅行時期:2016/08(約9年前)
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)

波照間島 クチコミ:15件

波照間島で生まれ、石垣島へと渡り大浜地区を拠点とした豪族オヤケアカハチの生誕の地とされています。

14世紀末第ニ尚王朝の時代朝貢を断り続けたオヤケアカハチは、宮古島の仲宗根豊見親や八重山で勢力争いをしていた長田大主等の告げ口により、大勢の琉球王国軍に攻め込まれます。しかし半数の数しかいないオヤケアカハチの軍勢はほとんどが住民という素人の集まりで、武器も竹槍や鎌などしか持たないにも関わらず、嶮岨な地形を背景にし王国軍の上陸を阻止します。しかし所詮多勢に無勢、一週間程の戦いでオヤケアカハチは討ち取られてしまいます。

戦後の処理で仲宗根豊見親が宮古頭職、長田大主が八重山頭職に任ぜられるも、一世紀の後薩摩の進軍を受けた琉球王国により、宮古八重山に悪名高き人頭税が課せられることになります。

オヤケアカハチは幼少の頃から豪傑だったとされ、精悍な顔立ちに赤茶けた髪を振り乱していたことから?赤蜂?に例えられたようです。軍備兵力ともに勝る琉球王国軍を手勢で迎え撃ったことは無茶だったのは確かです。しかしその背景には琉球王国の属国とならず、八重山の独立をマジで考えていたようにも思えます。勝ち目のない戦いに付いた住民達の心には、そのオヤケアカハチの考えに賛同した?から?一緒に戦った。そんな気持ちをうかがい知る場所でもあるところでした。

施設の満足度

5.0

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
5.0
波照間港から自転車で20分程度。
人混みの少なさ:
5.0
誰にも会いませんでした。
バリアフリー:
3.0
碑の周りは舗装されていません。
見ごたえ:
4.0
今は碑が残るのみです。

クチコミ投稿日:2016/08/18

いいね!:6

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