運上所は、後の税関のことで、江戸末期の開国とともに、築地の地に設置されました。
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- 旅行時期:2016/03(約10年前)
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by さいたまさん(男性)
築地 クチコミ:106件
運上所は、後の税関のことで、江戸末期の開国に伴い、通商条約に基づき、居留地が設けられた築地の地に設置されました。
横浜にも運上所が設けられ、輸入品の関税に差異があってはならないとのことで、横浜との電信回線が設置されました。
居留地は、築地の鉄砲洲に設けられ、その海沿いに運上所が開設されました。
鉄砲洲とは、形が鉄砲に似ていることから付けられた名称です。
運上所の名称は、場所によって異なっていたため、明治5年に、税関との名称に統一され、築地の運用所は、東京税関と呼ばれるようになりました。
諸列強の圧力の中、開設された運上所の運営にあたり、電信回線の整備により、関税の統一賦課を図ったことは画期的なことと考えられます。
しかしながら、その後の関税自主権の回復には、多年の年月を要することとなりました。
このため、諸外国との交渉に当たっては、この種教訓等を語り継ぎ、交渉ノウハウの蓄積に反映していく必要があります。
明石町の運上所跡を訪れる際は、地下鉄日比谷線築地本願寺前で降りて、料亭水炊きの治作を目指すのが判りやすいです。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2016/08/11
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