松陰先生のファンには特別のスポット
- 5.0
- 旅行時期:2016/06(約10年前)
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by tadさん(男性)
萩 クチコミ:23件
前日に続いて萩見物を、ここからスタートした。小学生のころ、一度来た記憶があるが、それ以来だ。獄舎が残っているわけではなく、存在を示す碑が残るのみ。ただ、松陰先生や晋作に深い関心をもつ人なら、ここは特別な場所だ。その意味でのみ、訪問の価値あり。
松陰先生の獄中での活動や影響力は、松下村塾とは別の意味で、すごいと思う。藩主毛利敬親の前で11歳の時、13歳の時に、講義をした。藩校明倫館の教授も務めた。佐久間象山の教えを受け、共鳴した。松下村塾では1年少しの間に90名ほどの身分を問わない若者が集まって共に勉学をした。(松陰先生は「教えた」とは言いたがらない。。実際、授業料は取っていない!)そのうち、士族はその半分ほどだった。一緒にペリーの船に乗り込もうとした金子重之輔は商人の子供だ。ここ岩倉獄で病死した。松陰先生は士族用の野山獄に入っていた。そこには12名が収監されていたが、勉強会が発足した。ここでも興味深い逸話が残る。江戸伝馬町の獄で書かれた松陰先生の遺著ともいうべき「留魂録」は2部作製されたが、獄舎内で影響を受けた罪人に預けた一部が持ち出されて、松陰神社宝物殿に現存しているのみである。もう一部は遺体を密かに引き受けた桂小五郎や伊藤博文らの手に渡ったはずのものだが、弟子が回し読みしているうちに紛失した。影響を受けた弟子たちが書き写したものは残っている。この「留魂録」は松陰先生の影響を改めて拡散するもとになったと言える。
2日目の萩はここからスタートして、次に松陰神社に100円バスで向かった。東まわりのバスは「松陰先生」という名前だ。
前日は萩を観光した後、長門湯本温泉に宿泊した。8年ぶりの萩観光が大変充実していた。城下町周辺、萩博物館、萩城址を西回りの100円バス「晋作くん」という名前のバスで見てまわったのだが、楽に移動できた。そこで、最初はプランしていなかった萩に舞い戻り、2日目は野山獄からスタートして、松下村塾、東光寺、松陰墓地、松陰誕生地をまわることにしたのだ。何度も来ているつもりの場所だったが、今回、またエネルギーをもらった。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
クチコミ投稿日:2016/06/21
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