火の国といえば…わかりますね。【火乃国之塔】
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- 旅行時期:2016/04(約10年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
糸満・ひめゆり クチコミ:207件
糸満市摩文仁の丘慰霊碑群の中腹に位置する火乃国之塔は、熊本県のご出身で沖縄戦戦没者1,476名、南方諸地域その他戦没者533名を合祀し、昭和38(1963)年5月5日に建立された都道府県別慰霊塔のひとつです。
付近一帯に建立された慰霊塔は、多くが地元産の?石?を用いていることに対し、火乃国之塔は有田焼の磁器を用い、将来的な台風被害及び潮害を考慮されています。塔の命名は一般公募によって選ばれ、塔正面にその題字が刻まれています。その下には熊本県ご出身の安永蕗子女史の弔歌?花きよき列島まもり逝きたりと嘆けば炎ゆる緋の仏桑華?が刻まれています。
塔側面には2,009名の戦没者のお名前が、また台座には熊本県を代表する銀杏の葉型が刻まれており、トータルで故郷を遠く離れた場所で亡くなられた将兵他の御霊を慰めるべく建立したとの謂れが書かれていました。
付近一帯の慰霊塔は塔そのものには題字が書かれているだけで、その由来や建立の経緯については別の碑板に刻まれているものが多く、その慰霊塔だけの写真ではわからないものですが、この火乃国之塔は塔を囲んでいる副碑にしっかりと書かれておりすぐにわかるものになっています。推測ではあるもののこの碑を建立された熊本県遺族会は戦後70余年経った現在でも、積極的な活動をされておられる遺族会のうちのひとつであり、その活動の模様は遺族会のHPで窺い知ることができます。
また昭和41(1966)年7月11日にパプアニューギニアのブーゲンビル島(その他周辺諸島を含む)に?民間?での遺骨収集へ向かった?全国初のケース?を行っており、それに同行された沖縄戦遺族会のメンバーの方々が収集された3,600余名のご遺骨が、摩文仁の丘慰霊碑群にある?奥津城?に一部収められています。
その活動の原動力となっている火乃国之塔であるとは思いますが、訪れた平成28(2016)年4月17日は、数日前に熊本で大地震があったこともあり、どうしてもその模様と被ってしまうところがありました。場違いな思いなのかも知れませんが、慰霊塔に手を合わせ?安らかに?との想いと?熊本のいち早い復興?を願ったのは私だけではなく、多くの方々の想いだろう…とふと感じました。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 平和祈念公園駐車場から徒歩35分。園内周遊利用が便利です。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 訪れた時はどなたもいらっしゃいませんでした。
- バリアフリー:
- 3.5
- 敷石はしかれていますが、塔までは二つの会談があります。
- 見ごたえ:
- 5.0
- なにもかもがはっきりと刻まれています。
クチコミ投稿日:2016/06/14
いいね!:13票
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