周辺の慰霊塔とは異なる目的で建立されたダバオ之塔。
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- 旅行時期:2016/04(約10年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
糸満・ひめゆり クチコミ:207件
想い出はダバオの丘に
アゴンの響きアポに木魂し
バゴボの踊る収穫(ミノリ)の宴(ウタ)げ
アバカ干す手に熱風通う
想い出は胸に痛みて
砲火に消えし友の名呼べど
逝きしに人の御霊答えず
夕日は沈むタモガンの流れに・・・(元ダバオ移民小宮山蕃雨作詩,「ダバオに想う」)
昭和47(1972)年3月28日、2ヶ月後に日本への返還を迎える沖縄の摩文仁の丘にてダバオの塔が建立されました。太平洋戦争中に戦いの舞台となったフィリピン南部ミンダナオ島ダバオ。戦没者慰霊碑が立ち並ぶこの摩文仁の丘では、誰もがダバオの塔=ダバオの戦死者を祀ると思うのではないでしょうか。
実はダバオの塔建立者はダバオ会という戦前フィリピン・ダバオに移住し、戦後引揚げてきた元移民の遺族とその関係者約 2,343 名からの寄付によって建立された慰霊碑であると書かれています。これは摩文仁の丘に林立する各都道府県・軍関係官庁の慰霊碑とは異なり、元移民によって建立されたという点で非常に珍しい慰霊碑になります。戦前のアメリカ植民統治下にあったフィリピンには 53,115 人の移民が渡航し、ミンダナオ島ダバオには東南アジア最大の日本人社会が形成されました。しかいダバオ移民は,土地所有の制限や入国者数の制限など一連の排日措置になどに直面しながらも、その反面麻農園を建設するため未開のジャングルを開墾し,麻栽培を基盤とした地元経済の発展に貢献した実績も作り、このまま順調に発展するかのように思われたダバオの日本人社会でしたが、昭和16(1941)年12月8日未明のハワイ真珠湾攻撃の後、フィリピンが日本軍の空爆攻撃の対象となったため、日米開戦直後から米比軍によって収容所に集められるものの、その後日本軍の上陸により解放され,終戦まで日本軍と運命をともにすることになりました。結果として戦時中から引揚げ後までの死亡者を合算すると、ダバオ地区における戦争犠牲者数は約9,200 名にのぼるとされています。
この数字は昭和18(1943) 年 1月の時点でのダバオ在留日本人数 19,089 名の 48.2%にあたり、実に半数近くの移民が戦時中および収容時に命を落としたことになります。戦後引き上げが開始されるも、日本へ送還されたのは約9,100名の引揚組。その多くは日本人同士の純血二世だったとされています。それに対し残留組は日本人の父とフィリピン人の母の混血二世で、父親だけが日本へと送還されたことによるものだったようです。しかし多くを占めていた沖縄出身者は、直接故郷には帰ることができず、一旦本土に一時在留したのちに沖縄へと帰郷されたそうです。
多くの移民が亡くなったダバオの地に本来であれば慰霊碑を建立するのでしょうが、折しも反日感情が渦巻くフィリピンの地で行うことは容易なことではなかったとされています。ならばということでダバオ移民の最も多かった県、そしてフィリピンに最も近い場所である沖縄が候補となり、ダバオの碑の建立に至ったようです。
物理的な理由の他にダバオ移民の犠牲者には特徴的なものがありました。つまり戦争中の犠牲者だけではなく、戦前の開拓事業に纏わる犠牲者も祀っているという事実です。ジャングルを開拓してマニラ麻畑を作るということは、地元部族が所有する土地を違法に開拓し、その地で麻栽培を独占的に行っていたため、凶刀により殺害された者も約600名程はいたのですが、それを合祀するにはやはり反日感情を持たれた理由のひとつであるためフィリピンではできなかった。しかし戦中には日本軍兵士が同じようなことを沖縄でもフィリピンでも行っていた。つまりヴァナキュラー(土地特有の)な記憶が同じようにある場所、それが沖縄だったということが書かれていました。
ダバオから帰還し、その後仲間が集まれた場所こそが?ダバオの塔?の建立式典だと聞いています。なぜスペイン語のその言葉が使われたのかは不明ですが、「アミーゴとの出会い」との記述されている建立式典は、戦後辿った政治的背景は全く異なる本土と沖縄。そのふたつを比較するのではなく、ダバオの思い出を楽しく語る場所と化したそうです。
その後のダバオの塔に触れている文献自体が少ないため、どのような展開になっているのかはわかりません。しかし恨み辛みだけの言い合いではなく「アミーゴとの出会い」といった言葉で表現できる会合ならば、今後建設的な会合を持ちつつ、同じ過ちを繰り返さないように…と四世・五世に繋いでくれるのではないか、そう思えました。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 平和祈念公園駐車場から徒歩30分。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 夕方は誰もおられませんでした。
- バリアフリー:
- 5.0
- 石畳はひかれています。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 建立に対する想いに感動しました。
クチコミ投稿日:2016/06/08
いいね!:9票
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