勝敗がすでに決した中での敵中突破
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- 旅行時期:2015/07(約10年前)
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by たびたびさん(男性)
関ヶ原・垂井 クチコミ:39件
島津義弘陣跡は、笹尾山にあった石田三成陣より、約800m下った辺り。戦いの前線にはこちらの方がずっと近い場所です。ただ、東軍の攻撃は、宇喜多隊、小西隊、石田隊に集中していたので、最後まで大きな戦いには巻き込まれずにいたようです。
そして、有名なのは、勝敗がすでに決した中での敵中突破。せいぜい1500人の兵力だったのですが、家康の本陣に迫りながら伊勢路の方へと落ち延びます。追撃は井伊直政や家康の四男でその娘婿でもある松平忠吉ら。しかし、激しい戦いの中で、井伊直政も松平忠吉も傷つき、その傷が元で亡くなったほど。
島津義弘は、当時66歳。この勇猛果敢な行動も、薩摩の所領安堵を認めさせた要因であり、そういう意味ではいい仕事をしたということでしょう。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2015/09/10
いいね!:2票
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