終戦工作に当たった昭和天皇側近
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- 旅行時期:2015/03(約11年前)
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by bluejaysさん(男性)
堺 クチコミ:10件
鈴木貫太郎は1868年、関宿藩飛び地である和泉国伏尾新田の関宿藩邸に生まれた。1923年海軍大将、1924年連合艦隊司令長官、1925年海軍軍令部長となる。
たか夫人は皇孫御用掛として、昭和天皇やその兄弟たちの養育に当たった。昭和天皇はたかを母のように慕っており、その縁で貫太郎は1929年侍従長となったが、それが原因で君側の奸とみなされ、1936年二・二六事件で襲撃された。
昭和天皇側近だった彼は、敗戦濃厚となった困難な時期に首相就任を昭和天皇に懇願され、終戦工作に当たった。1945年8月15日早朝には軍人に自宅を襲撃されたが、からくも逃れた。終戦を見届けた彼はこの日辞表を提出し、17日に総辞職した。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 「天の橋」バス停すぐ
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2015/05/29
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