高槻市の古刹、本山寺
- 3.5
- 旅行時期:2010/10(約15年前)
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by さすらいおじさんさん(男性)
高槻・島本 クチコミ:45件
本山寺は霊雲院ともいい、寺伝によると696年役小角(えん の おづぬ634−706年)が葛城山で修行中、このあたりに5色の彩雲がたなびくのを見たことでこの地に堂を構え、自刻の毘沙門天を安置したことが開基とされておりこの点は神峯山寺(かぶさんじ)と共通している。
774年、開成皇子(かいじょうおうじ724−781年)が役小角の徳を慕い堂宇を建立、 天文年中(1532〜55年)には松永弾正久秀(まつながだんじょうひさひで1510−1577年)が立身出世を祈願し五百住(よすみ)の良田を寄進している。1582年山崎合戦の際には高山右近(たかやま うこん1552−1615年)の兵火に罹り焼失したが、1603年豊臣秀頼(とよとみ ひでより1593−1615年)が鐘楼、楼門などを再建、宝永年間(1704〜11年)には徳川綱吉(とくがわ つなよし1646−1709年)の生母桂昌院(けいしょういん1627−1705年)が大改修を加えたという歴史がある。本山寺から約3Km程下った神峰山寺の『神峰山寺秘密縁起』では役小角が得た霊木で、地主神金毘羅童子(じしゅしんこんぴらどうじ)が4体の毘沙門天を刻み、1体は神峰山寺に、残り3体は飛び去り、それぞれが鞍馬寺、信貴寺(朝護孫寺)、本山寺の本尊となったとされている。
- 施設の満足度
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3.5
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2013/02/25
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