会津の歴史にふれたければ鶴ヶ城へ
- 5.0
- 旅行時期:2009/09(約16年前)
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by ナオさん(女性)
会津若松 クチコミ:3件
葦名、伊達、蒲生、上杉、蒲生、加藤、保品、松平と藩主の変わった鶴ヶ城。
鶴ヶ城とも呼ばれる会津若松城は、私達が訪れた時は、ちょうどNHKの大河ドラマ「天地人」の舞台として、大いに賑わっていました。
豊臣秀吉の命により、上杉景勝が会津120万石の城主として会津入りしたのは、1598年(慶長3年)のこと。秀吉の死後、1601年には上杉景勝は徳川家康によって米沢に移封された、その後、1384年より葦名直盛が会津を治めます。
東黒川館を作って以来、黒川城と呼ばれていた会津若松の城を、鶴ヶ城と命名し、1593年(文禄2年)七層の天守閣を築いたのは、蒲生氏郷です。
その後、加藤、保品、松平と藩主の変わった鶴ヶ城ですが、戌辰戦争での白虎隊の話はあまりに有名です。
戌辰戦争で荒れ果ててしまった鶴ヶ城は、1874年取り壊されましたが、1965年、市民の願いが叶い、天守閣が復元されています。
復元された城とはいえ、鶴ヶ城は実に堂々としており、美しいです。 会津の歴史にふれたければ、まずは若松城(鶴ヶ城)跡をめぐることですね。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2012/01/19
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