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日本百名城の第44番に指定されている名古屋城の紹介です。これまでに何度も見学した地元のお城ですから、これまで写真撮影をしなかった場所を中心に回りました。(ウィキペディア、日本百名城公式ガイド)

2017春、日本百名城の名古屋城(2/6):南蛮練塀、外堀、二の丸庭園、コブハクチョウ

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2017/05/24 - 2017/05/24

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

日本百名城の第44番に指定されている名古屋城の紹介です。これまでに何度も見学した地元のお城ですから、これまで写真撮影をしなかった場所を中心に回りました。(ウィキペディア、日本百名城公式ガイド)

交通手段
私鉄

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  • 『南蛮たたき鉄砲狭間』の題字があった立看板の光景です。『二之丸御殿北御庭』の北端の石垣の上に、東西に長く伸びた練塀の遺構と解説されていました。名古屋城跡としては、非常に珍しい遺跡とも紹介されていました。(同上)

    『南蛮たたき鉄砲狭間』の題字があった立看板の光景です。『二之丸御殿北御庭』の北端の石垣の上に、東西に長く伸びた練塀の遺構と解説されていました。名古屋城跡としては、非常に珍しい遺跡とも紹介されていました。(同上)

  • 『南蛮たたき鉄砲狭間』が設けられた、『二之丸御殿北御庭址』の北端の石垣の上の光景です。『南蛮たたき』の練塀とは、石灰、赤土、種油を練りあわせ、たたきあげる工法で固められた堅固な練塀のことです。(同上)

    『南蛮たたき鉄砲狭間』が設けられた、『二之丸御殿北御庭址』の北端の石垣の上の光景です。『南蛮たたき』の練塀とは、石灰、赤土、種油を練りあわせ、たたきあげる工法で固められた堅固な練塀のことです。(同上)

  • 『南蛮たたき鉄砲狭間』のズームアップ光景です。手前に見える木製風の垣根の先に見える、コンクリートの塊のような低い塀の部分です。その塀に、鉄砲狭間が設けられていました。(同上)

    『南蛮たたき鉄砲狭間』のズームアップ光景です。手前に見える木製風の垣根の先に見える、コンクリートの塊のような低い塀の部分です。その塀に、鉄砲狭間が設けられていました。(同上)

  • 大きな波紋を後ろに従えて泳いでいた鳥さんです。頭が紅く、嘴が茶色で、その先端が黒いことが見分けられる近くまで泳いで来ました。(同上)<br />

    大きな波紋を後ろに従えて泳いでいた鳥さんです。頭が紅く、嘴が茶色で、その先端が黒いことが見分けられる近くまで泳いで来ました。(同上)

  • 少し方向転換をしましたので、横の姿を見ることができました。どうやら『ヒドリガモ(緋鳥鴨』さんの雄のようですが、よく似た別種かもしれません。(同上)

    少し方向転換をしましたので、横の姿を見ることができました。どうやら『ヒドリガモ(緋鳥鴨』さんの雄のようですが、よく似た別種かもしれません。(同上)

  • 更に近寄ってきたところを撮影です。光線の具合か、体全体は白っぽい色をしていましたが、頭頂の白っぽい部分は確認できませんでした。(同上)

    更に近寄ってきたところを撮影です。光線の具合か、体全体は白っぽい色をしていましたが、頭頂の白っぽい部分は確認できませんでした。(同上)

  • 名古屋城の外堀の東北付近の光景です。対岸は城北公園になります。右手に見えるのは藤棚、その藤棚付近から名古屋城を撮影したこともあります。池の鯉に餌を与えると、ユリカモメなどの水鳥との激しいバトルになります。(同上)

    名古屋城の外堀の東北付近の光景です。対岸は城北公園になります。右手に見えるのは藤棚、その藤棚付近から名古屋城を撮影したこともあります。池の鯉に餌を与えると、ユリカモメなどの水鳥との激しいバトルになります。(同上)

  • 外堀で泳いでいた『コブハクチョウ(瘤白鳥)』さんのようです。カモ科ハクチョウ属に分類される鳥類で、白鳥の一種です。日本には本来分布していない外来種とされます。(同上)

    外堀で泳いでいた『コブハクチョウ(瘤白鳥)』さんのようです。カモ科ハクチョウ属に分類される鳥類で、白鳥の一種です。日本には本来分布していない外来種とされます。(同上)

  • 少し近付いてきた『コブハクチョウ(瘤白鳥)』さんです。『扁平なくちばしはオレンジ色。くちばし上部の付け根に黒いコブのような裸出部があり、名前の由来になっている』とネット紹介されていました。(同上)

    イチオシ

    少し近付いてきた『コブハクチョウ(瘤白鳥)』さんです。『扁平なくちばしはオレンジ色。くちばし上部の付け根に黒いコブのような裸出部があり、名前の由来になっている』とネット紹介されていました。(同上)

  • 一休みして、毛繕いを始めたコブハクチョウさんです。日本に飛来する白鳥には、他にオオハクチョウ(大白鳥)やコハクチョウ(小白鳥)さんがいるようです。(同上)

    一休みして、毛繕いを始めたコブハクチョウさんです。日本に飛来する白鳥には、他にオオハクチョウ(大白鳥)やコハクチョウ(小白鳥)さんがいるようです。(同上)

  • 『埋門(うづみもん)跡』のタイトルがあった説明立札の光景です。『埋門』とは、石垣や土塀の下を横断する門で、危急の時に藩主が利用し、脱出する門と紹介されていました。『二の丸庭園』の西北に設けられていました。(同上)

    『埋門(うづみもん)跡』のタイトルがあった説明立札の光景です。『埋門』とは、石垣や土塀の下を横断する門で、危急の時に藩主が利用し、脱出する門と紹介されていました。『二の丸庭園』の西北に設けられていました。(同上)

  • 先程の立札に紹介されていた『埋門』の話題の続きです。危急の場合の藩主の脱出経路は極秘事項です。その経路は、二の丸庭園→埋門→御深井丸→土居下→大曽根→勝川→定光寺→木曽路と決められていたようです。木曽には、木曽桧を産する藩領もありました。(同上)

    先程の立札に紹介されていた『埋門』の話題の続きです。危急の場合の藩主の脱出経路は極秘事項です。その経路は、二の丸庭園→埋門→御深井丸→土居下→大曽根→勝川→定光寺→木曽路と決められていたようです。木曽には、木曽桧を産する藩領もありました。(同上)

  • 昭和28年(1953年)に国の名勝に指定された、『名古屋城二之丸庭園』は、種子から成長した樹木により、石組の崩壊や日照不足に起因する下草の生育不全による土砂の流出などが発生し、往時の姿を失いつつあるようです。このため、発掘調査を含む、保存整備事業が行われています。(同上)

    昭和28年(1953年)に国の名勝に指定された、『名古屋城二之丸庭園』は、種子から成長した樹木により、石組の崩壊や日照不足に起因する下草の生育不全による土砂の流出などが発生し、往時の姿を失いつつあるようです。このため、発掘調査を含む、保存整備事業が行われています。(同上)

  • 一部の区域では、まだ発掘調査が行われている国の名勝・二の丸庭園付近の紹介です。『二之丸庭園』は、江戸時代に藩主の公私の場であった『二之丸御殿』の北側に造営された庭園です。(同上)

    一部の区域では、まだ発掘調査が行われている国の名勝・二の丸庭園付近の紹介です。『二之丸庭園』は、江戸時代に藩主の公私の場であった『二之丸御殿』の北側に造営された庭園です。(同上)

  • この辺りは発掘調査を踏まえて整備された庭園のエリアのようです。種子から生長した樹木でも、クスノキ(楠)当たりは、相当な大木に育っているようでした。日本庭園には似合わない樹種のようです。(同上)

    この辺りは発掘調査を踏まえて整備された庭園のエリアのようです。種子から生長した樹木でも、クスノキ(楠)当たりは、相当な大木に育っているようでした。日本庭園には似合わない樹種のようです。(同上)

  • この辺りの石組は、かつての大名庭園をそのまま留めているようなイメージでした。渓流に見立てた岩の間を清流が流れていた光景のようにも見えますし、枯山水のようにも見えます。発掘しただけでなく、既に修復の手が加わっているのかも知れません。(同上)

    この辺りの石組は、かつての大名庭園をそのまま留めているようなイメージでした。渓流に見立てた岩の間を清流が流れていた光景のようにも見えますし、枯山水のようにも見えます。発掘しただけでなく、既に修復の手が加わっているのかも知れません。(同上)

  • 石組というより、何等かに理由で、寄せ集められたような光景でした。あるいは、意図をもって積み上げられた石が、崩落した状態かも知れません。(同上)

    石組というより、何等かに理由で、寄せ集められたような光景でした。あるいは、意図をもって積み上げられた石が、崩落した状態かも知れません。(同上)

  • こちらも、発掘調査で出土した庭石のようです。石組されたデザインの一部が残っていましたが、やはり形が崩れてしまったような印象でした。庭石の間を大きな根が這っていました。(同上)

    こちらも、発掘調査で出土した庭石のようです。石組されたデザインの一部が残っていましたが、やはり形が崩れてしまったような印象でした。庭石の間を大きな根が這っていました。(同上)

  • この辺りの庭園光景は、発掘作業途中のイメージでした。発掘と遊佐を終えた後が整地され、芝生が植えられていましたが、庭石の収まり具合がまだ中途半端のようでした。(同上)<br />

    この辺りの庭園光景は、発掘作業途中のイメージでした。発掘と遊佐を終えた後が整地され、芝生が植えられていましたが、庭石の収まり具合がまだ中途半端のようでした。(同上)

  • 庭石の数は多いですが、石組のイメージがはっきりとしない光景に見えてしまいます。江戸時代は名古屋城内ですから、名古屋名所図会にも細かなことは描かれていません。天守閣やお堀など、外から眺めた絵図です。名古屋城下の絵図は詳しく、量も多いのに対し、残念なことです。(同上)

    庭石の数は多いですが、石組のイメージがはっきりとしない光景に見えてしまいます。江戸時代は名古屋城内ですから、名古屋名所図会にも細かなことは描かれていません。天守閣やお堀など、外から眺めた絵図です。名古屋城下の絵図は詳しく、量も多いのに対し、残念なことです。(同上)

  • 同じく、発掘調査されて間もない庭石のズームアップ光景です。修復作業をするにしても、その根拠となる資料がないことには、担当者の方も頭を悩ませるところです。ゲーム感覚で、暫くはバーチャルで復元イメージを作った方がいいかもしれません。(同上)

    同じく、発掘調査されて間もない庭石のズームアップ光景です。修復作業をするにしても、その根拠となる資料がないことには、担当者の方も頭を悩ませるところです。ゲーム感覚で、暫くはバーチャルで復元イメージを作った方がいいかもしれません。(同上)

  • 発掘調査されて間もない庭石のズームアップ光景が続きます。先に粗油買いした部分に比べますと、まだこちらの方が復元イメージが湧いて来そうです。(同上)

    発掘調査されて間もない庭石のズームアップ光景が続きます。先に粗油買いした部分に比べますと、まだこちらの方が復元イメージが湧いて来そうです。(同上)

  • 自然石をくり抜いた手水鉢の形をした置石です。かつては、茶席などの建物に付随していたのかも知れません。江戸時代の白湯によれば、現在の二の丸東庭園と西庭園を合わせた庭園に、六箇所の茶席が設けられていたようです。(同上)

    自然石をくり抜いた手水鉢の形をした置石です。かつては、茶席などの建物に付随していたのかも知れません。江戸時代の白湯によれば、現在の二の丸東庭園と西庭園を合わせた庭園に、六箇所の茶席が設けられていたようです。(同上)

  • 大きな石を抱え込んでしまった、大楠の切株の光景です。この状態では、まだ大楠の切株を除去してしまうことは出来ないようです。壊れてしまって、収拾がつかなくなってしまいそうです。(同上)

    大きな石を抱え込んでしまった、大楠の切株の光景です。この状態では、まだ大楠の切株を除去してしまうことは出来ないようです。壊れてしまって、収拾がつかなくなってしまいそうです。(同上)

  • カエデ(楓)の新緑のズームアップ光景です。現在、国の特別名勝に指定されている庭園は23個所、大名庭園としては金沢市の兼六園、東京都の旧浜離宮庭園、福井市の一乗谷朝倉氏庭園などがあります。圧倒的に多いのは、京都市の寺院の庭園の13箇所です。(同上)

    カエデ(楓)の新緑のズームアップ光景です。現在、国の特別名勝に指定されている庭園は23個所、大名庭園としては金沢市の兼六園、東京都の旧浜離宮庭園、福井市の一乗谷朝倉氏庭園などがあります。圧倒的に多いのは、京都市の寺院の庭園の13箇所です。(同上)

  • 国の名勝に指定されている庭園は、現時点で160箇所以上ありますが、愛知県ではこの『名古屋城二之丸庭園』の1箇所のみです。代表的な大名庭園で、池泉回遊式の日本庭園の徳川園はリストアップされていません。(同上)

    国の名勝に指定されている庭園は、現時点で160箇所以上ありますが、愛知県ではこの『名古屋城二之丸庭園』の1箇所のみです。代表的な大名庭園で、池泉回遊式の日本庭園の徳川園はリストアップされていません。(同上)

  • 奇石を集めて構築された築山の姿をイメージする光景です。石灰岩質らしい穴が多くあいた庭石が多く使われていました。仮に、池や川と組合せられていたのなら、また別の光景が浮かんでくるようです。(同上)

    奇石を集めて構築された築山の姿をイメージする光景です。石灰岩質らしい穴が多くあいた庭石が多く使われていました。仮に、池や川と組合せられていたのなら、また別の光景が浮かんでくるようです。(同上)

  • 表示はありませんでしたが、大きな細石(さざれいし)のようです。『君が代』の歌詞にあるためか、神社には良く飾られています。(同上)

    表示はありませんでしたが、大きな細石(さざれいし)のようです。『君が代』の歌詞にあるためか、神社には良く飾られています。(同上)

  • 庭石として運ばれてきたらしい大きな石の光景です。中国の太胡石のように、浸食で出来たらしい無数の穴が開いていました。太胡石は、蘇州付近にある太湖周辺の丘陵から切り出される穴の多い複雑な形の石灰岩質の奇石です。(同上)

    庭石として運ばれてきたらしい大きな石の光景です。中国の太胡石のように、浸食で出来たらしい無数の穴が開いていました。太胡石は、蘇州付近にある太湖周辺の丘陵から切り出される穴の多い複雑な形の石灰岩質の奇石です。(同上)

  • 『来園者の皆さまへ』と題した説明看板です。切り株を残している理由などについて説明されていました。庭園本来の景観を再現するために樹木を伐採するものの、石組の保護のため、当面の間、根を残しますと説明されていました。(同上)

    『来園者の皆さまへ』と題した説明看板です。切り株を残している理由などについて説明されていました。庭園本来の景観を再現するために樹木を伐採するものの、石組の保護のため、当面の間、根を残しますと説明されていました。(同上)

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