2017/04/17 - 2017/04/18
107位(同エリア661件中)
ベームさん
17日。
ひめゆりの塔で悲しい遺跡を見た後はレジャー施設おきなわワールド文化王国です。那覇で一泊。
18日。
首里城を見て昼の便で羽田に帰りました。
曇り空ながら行動中は雨に遭わずに済みました。
基地問題で民意が揺れる中、沖縄の人たちと話したのは観光施設、飲食店などいわゆる商人だけでした。皆親切でした。しかし一般市民の感情は測り知ることは出来ません。観光気分ばかりには浸っておれないいささか負い目を感じる沖縄旅行でした。
写真は首里城、守礼門。
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沖縄南部の地図です。
地図下のひめゆりの塔から右上おきなわワールド文化王国に向かいました。 -
沖縄で初めて見た風景。2基ありました。
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おきなわワールド文化王国到着。
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54000坪(東京ドーム4個分)の敷地に:
天然記念物鍾乳洞・玉泉洞、琉球王国城下町、琉球王国歴史博物館、ハブ動物公園、琉球ガラス王国工房、南都酒造所、熱帯フルーツ園、ショーとして「スーパー・エイサー踊り」があります。
スーパー・エイサー踊りは圧巻でした。 -
去年山口の秋芳洞を見ているのでここはパス。
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左の建物を入っていくとエイサー広場、琉球王国城下町に続いています。
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酒造所。
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ハブ酒を造っています。
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王国歴史博物館。
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世界のシーサーが見られます。
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シーサーの種類。
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シーサーとは、ウィキによると:
沖縄地方で見られる伝説の獣の像。
建物の門や屋根の上、村の入り口などに置かれ災いをもたらす悪霊を追い払う魔よけの意味を持つ。
「獅子」を沖縄語で発音したのが「シーサー」。 -
阿吽像一対で置かれることが多い。
阿、口を開いたシーサー:雄。福を招き入れる。
吽、口を閉じたシーサー:雌。災難を家に入れない。 -
日本。信楽焼き。
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日本。屋根のシーサー。
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屋根獅子。
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日本。厨子甕(ずしかめ)。
骨壺。 -
日本。呉須御殿型(ごすうどんがた)厨子甕。
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日本。ちぶるシーサー。
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台湾。木彫玉抱獅子。
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中国。象牙彫刻獅子一対。
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中国。緑釉玉獅子。
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タイ。木彫り獅子。
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進貢舟「南都丸」。
琉球が中国の支配下にあった時代、中国に貢ぐために使われた舟。 -
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船尾。
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王国城下町の民家のいろいろ。築100年以上の建物です。
ここでは琉球衣装を着せてもらえます。
一回5分500円。 -
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紅型工房。
旧喜屋武家。
以下四つの工房は国の登録有形文化財です。 -
紙すき工房。
旧田場家。 -
機織り工房。
旧上里家。 -
藍染工房。
旧伊礼家。 -
土産物店。
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上江州家(うえずけ)。
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久米島にある上江州家・重要有形文化財を摸築したもの。
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いしがんとう。
屋敷への悪風や邪鬼を防ぐために丁子路の突き当りに建てられた石柱。
中国から入ってきた信仰。 -
このお兄さん、嫋嫋たる音色を響かせていました。
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神アシャギの広場。
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屋根の低い壁なしの神アシャギの小屋。
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御嶽(うたき)。
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ハブ博物公園。
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4時からエイサー広場でエイサー踊りが始まります。
旧盆の祖先供養の盆踊りエイサーをアレンジしたものです。 -
見事な踊りと迫力ある太鼓でしたが本番は撮影禁止でした。
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ホームページより。
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今日はこれで終わり。
ホテル・沖縄都ホテルからの眺め。 -
那覇だけでなく沖縄には木造の家を全く見かけません。石造りで瓦を漆喰で固めた低い家がほとんどです。台風に備えているのです。
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夜はタクシーで国際通りに出て龍譚という店で食事。
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沖縄の県魚グルクンのから揚げ。
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泡盛のロック。
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18日。ホテルを出るまでかなりの雨でしたが、出発と同時にほとんど止みました。今日は首里城を見て羽田空港に帰ります。
首里城の創建は14世紀ころと云われます。1406年琉球王国王の居城となり、1879年王国が日本に併合され沖縄県となるまで約470年にわたり琉球王国の政治・外交・文化の中心として栄華を誇りました。
この間度々焼失再建を繰り返し、最後に1945年米軍との沖縄戦で灰燼に帰しました。今の建物はすべて戦後の復元です。
1992年に沖縄本土復帰20年を記念し正殿が完成しました。 -
スタートは右下、守礼門から。
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守礼門。表側。
1555年頃創建。1958年復元。
扁額「守禮之邦」とは、琉球は礼節を重んずる国である、という意味です。
2千円札に描かれています。沖縄では使われているそうです。 -
内側。
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守礼門のすぐ先に「園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)」
国王が出御の時、道中の安泰をこの石門の前で祈願した。 -
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歓会門(かんかいもん)。
首里城正門。 -
外国からの使節を歓迎の意味を込めてこの門で迎えました。
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瑞泉門(ずいせんもん)。
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瑞泉門。
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漏刻門(ろうこくもん)。
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漏刻門。
身分の高い人でも籠はここまで。 -
広福門。
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下之御庭。
広福門を入った所。 -
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奉神門。
御庭への入り口。 -
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手前奉神門を潜ると御庭(うなー)で正面に正殿が建っています。
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正殿は塗り直し工事中でした。
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正殿と御庭。
御庭(うなー)では元旦の儀式、重要な祭事、外国使節を迎える儀式などが行われた。
正殿(せいでん)では国王の政務、さまざまな儀式が行われた。1992年復元。 -
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正殿石段の左右に建つ龍の彫刻。阿吽(あうん)一対です。
吽形。口を閉じています。 -
大龍柱といいます。
阿形。口を開いています。 -
御庭。
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通常時の正殿。
パンフレットより。 -
南殿に入りました。
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南殿から。
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正殿に来ました。
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御差床(うさすか)。
真ん中に国王の玉座。
「中山世土」の扁額は中国皇帝の書。 -
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玉座。
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正殿構造模型。
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正殿の遺構。
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御庭での儀式の模様。
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冊封儀式(さっぷう)模型。
中国皇帝が琉球国王を任命する儀式。 -
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1609年の薩摩藩による琉球侵攻以来琉球王国は薩摩藩(日本)の支配するところになりましたが、それ以前は中国(明、清)の支配下にありました。
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正殿を出ます。
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淑順門。
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淑順門を出るとその先に緑地があります。
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ガマ遺構。
人工の洞窟。 -
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リュウキュウマツ。
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竹林の再現。
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ぼちぼちバスの集合時刻です。
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久慶門。
城の裏門で主に女性が使用した。 -
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首里城を後にして空港に向かいました。
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2泊3日の沖縄旅行は終わりました。
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今や沖縄の一番の産業は観光業です。商売する人たちは大歓迎でしょう。
しかし多くの米軍基地負担を抱えるなか、一般市民は本土から大挙して訪れる楽しげな観光客をどういう目で見ているのでしょう。いささかじくじたる思いがします。 -
モノレールの那覇空港駅。
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那覇空港。
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12時15分発全日空464便。羽田空港着14時40分。
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この旅行記へのコメント (1)
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- frau.himmelさん 2017/05/07 20:17:19
- 沖縄にいらっしゃったのですね
- ベームさん、こんばんは。
今回は沖縄にいらっしてたのですね。
ベームさんの旅行記はどこにいらしても素晴らしい、読みごたえがあります。
うちの船頭さんも、沖縄に行ってみたいねーと言っているのですが、何となく先延ばしになっております。
ベームさんの旅行記で勉強して、重い腰を上げようかしら。
ところでベームさん、そろそろご出発ではありませんか。
どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ。
himmel
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