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夢を叶えるアメリカへの旅行(“棺桶リスト”を実現する)

旅行時期 2016/06/08 - 2016/06/16 (2016/07/15投稿

6月8日(水)から6月16日(木)まで9日間、アメリカ旅行をしました。<br /><br />私にとっては、何度も繰り返したアメリカへの数か所の旅行です。でも、今回は特別なものです。まず、一人旅ではなく、77歳の依頼人の女性との二人での旅です。<br /><br />もう50年以上も前、依頼人がまだ23歳の頃で、若くてきれいな頃のことです。1962年頃のことで、米軍海兵隊の音楽団員コーキィと仲良くなったそうです。英語に興味があり、英語を話したかったのもあるようです。自宅に招待したこともあるそうです。<br /><br />でも、その後に会った台湾人のユージーンとはもっと深く恋に落ちたようです。台湾から移住覚悟でカンザス大学へ行くため船に乗っていた彼は、途中寄港した日本で依頼人に遭遇したようです。でも、時代が時代なので、依頼人はカンザスへ付いて行く勇気はなかったそうです。一年間に80通もの手紙が来たそうです。ユージーンはまめな男性のようで事細かにカンザス大学のキャンパスの様子や自分の住んでいるアパートの様子を書いて送ってくれたようです。<br /><br />その後、ユージーンは別の女性と結婚しましたが、離婚し歳の離れたイングリッドと再婚したそうです。依頼人はユージーン、イングリッドがタイにいた時に会いに行っています。つまり、交流が続いていたようです。<br /><br />ユージーンは40歳代で若くして癌で亡くなったようです。今更と躊躇しながら、依頼人が想像の地・カンザスシティを訪問したいと思ったのもそのような理由からのようです。半年ほど前、保存してあった山のようなカンザスからの手紙を読み返し、昔の想いがよみがえったようです。<br /><br />人生の最期が近づいてきて、人生を振り返り、できればやはりあのカンザスシティを訪れてみたいと思ったようです。英語で ”bucket list” と言いますが、死ぬまでにやりたい事のリストです。「棺桶リスト」と日本語では訳すようです。何故なら、kick the bucket(バケツを蹴る)が俗語で「死ぬ」ことを意味するからです。<br /><br />日本語で言えば、「終活」とか「エンディングリスト」とか言うところでしょうか。アメリカ映画でジャックニコルソン、モーガンフリーマン主演の「最高の人生の見つけ方」の原題が “The Bucket List” です。癌末期の二人が世界中を旅行する話です。<br /><br />私の著書「医師と行く 諦めていた夢が叶う旅」を読んだ依頼人が私に連絡をしてきたのです。行きたい場所の1ヶ所目はユージーンから手紙で詳細にキャンパスや町の様子を知らされていたカンザス大学のキャンパスと学生時代や就職した後に住んだ家などです。2ヶ所目は、交流のあるユージーンの奥さんイングリッドに会いにニュージャージー州へ。問題は、もう一人のコーキィの消息です。実は80歳近いはずで無事に生きているかどうかもわからないのです。過去の住所や電話番号はわかっていても現在の消息は不明です。 <br /><br />フルネームがわかっているので、フェィスブックで何とか見つけました。年齢と過去の住所などからたぶん間違いない。でも、メッセージを送っても返事がないし、登録しているけれどほとんど使ってないのかもしれません。海軍にいたアメリカ人の友だちにも調べてもらいましたが、どうも少し古い住所やメールアドレスのようです。<br /><br />諦めかけましたが、以前にウェブサイトでアメリカ人の友達の消息を調べてもらったアルバカーキ在住の日本人女性にダメもとで聞いてみました。すると、有料かもしれないがと Spokeo というサイトを紹介してくれました。確かに有料で月6ドル程度、最低半年契約しないといけません。でも、おかげで3〜4ヶ所の住所、メールアドレス、電話番号4つ程度がわかりました。<br /><br />一番安くて手頃な連絡方法であるメールで返事が来ず、電話も数か所かけましたが、中々つながりません。4つ目の電話番号でようやく留守電に繋がりました。依頼人のファーストネームを強調し、わざわざ日本から電話をしていて、できたら会いたいと依頼人が言っていると早口でメッセージを残そうとすると、途中から電話が繋がりました。”Hey, what’s going on?” と驚いた様子です。<br /><br />やっと通じたので、ゆっくりと事情を話しました。53年ぶりなのに、コーキィは依頼人の名字(旧姓)まで口にしました。後で聞くと、自分でも突然フルネームを思い出したことにビックリしたそうです。期待通り、彼も会いたいと言ってくれました。後は、お金もかかるので現在のメールアドレスを確認して、詳しくはメールでやり取りしました。現在の住所は調べていた過去の住所の一つと近く、アイダホ州ヘイデンとわかりました。以前の住所、Coeur d’Alene(日本語表記はカー・ダレーン)の隣町のようです。私の知っている範囲では、隣のワシントン州シアトルから車で4〜5時間だろうと思いました。でも、州境の Spokane(スポケーン)に空港があるそうで、ここなら車で1時間以内の距離で助かります。<br /><br />ここで私の豊富な経験が生きるのですが、アメリカを横断する場合は時差を有利に利用するためには、時間が早い東から西へ移動するのが効率的です。ですから、ニュージャージー州、カンザスシティ、最後にアイダホ州と訪れる順番も決まりました。<br /><br />格安航空券の手配、レンタカーの手配・運転、リーズナブルな値段のモーテルの予約はもちろん、ESTA(電子渡航認証)の手続き等、今回の旅行に必要なことは私が全て請け負っています。私にとっては朝飯前のことです。しかも、世界60ヶ国に行ったことがあり、世界の事情に精通しています。でも、アメリカは特に詳しく延べ3年住んだことがあり、医学学会で何度も今回のような旅をしています。 <br /><br /><br />【6月8日(水)】<br />我々2人は午後5時発のフライトで成田からユナイテッド航空便でニューアーク(ニューヨーク)空港へ出発しました。依頼人は頻尿で不安だと言うので通路側を、私はいつものように景色が見れるように窓側を予約しています。同じ列にしてくれていました。機内は変わりばえしませんが、久しぶりのユナイテッド航空の食事の酷いことが印象的でした。サラダに、ほとんど身のないチキンとライス、パンだけ!です。後は飲み物だけ。今までかなり国際線の飛行機に乗りましたが、エコノミークラスとはいえ、こんな貧弱な食事は初めてで、間違いなく最悪の食事です。味は普通でしたがあまりにボリュームがなさ過ぎます。2週間前に乗った日本航空では、女性プロデュースのメニューで、結構オシャレな配置で、味もまぁまぁのレベルでした。同じエコノミークラスでも雲泥の差です。<br /><br />いつものように、最後尾に行ってストレッチをしたり、飲み物を取りに行きました。すると、呆れたことに乗務員のほうがまだ美味しそうな野菜サラダやフライなどを食べていました。しかも、アメリカでも流行っていると聞いたことがある枝豆まで美味しそうに食べています。<br /><br />予定より少し早く午後4時半頃ニューアーク空港に到着、入国管理、レンタカーを借り、45分程度運転して予約したモーテル(ニュージャージー州デイトン)に着いたのは午後8時を過ぎていました。チェックイン後、近くのピザ屋で軽く食べ初日を終えました。ものすごく質素なモーテルで朝食の軽食もないらしく、部屋の中にコーヒーメーカーも湯沸かし器もインスタントコーヒーも何一つありません。しかも、土地の広大なアメリカでは普通は安いモーテル(モーター・ホテル)は平屋か二階建てが多いのですが、中途半端な3階建てです。依頼人がもちろん払うのですが、リーズナブルな一泊シングル70ドル(1ドル=110円弱)程度の安モーテルですが、私の経験ではそれでも少し貧弱すぎました。<br /><br /><br />【6月9日(木)】<br />最初の朝です、小鳥のさえずりで目が覚めました。と言っても、時差ボケで夜中の2時くらいに一度目が覚めました。昨夜ガソリンスタンド併設コンビニで買っておいたサンドイッチを依頼人の部屋で朝食として食べ、最初に依頼人が会いたいイングリッドの家へ行きます。車ですぐの所で、ちょうど約束の午前10時半に着きました。私にとっては普通のアメリカの住宅で隣との敷地の境界がはっきりしない結構大きな二階建ての家です。しかし、ここがニューヨーク市まで40〜50分の通勤圏内という立地を考えるとかなり羨ましいです。<br /><br />イングリッドが出迎えてくれました。まだ50代と若そうでちょっとビックリしました。依頼人の恋人ユージーンの二番目の奥さんがイングリッドで、二度ほど面識があるようです。中国人なので顔は日本人とあまり変わりません。しかもバイオリンのプロで上品な感じです。こんな上品な感じの中国本土の人は初めてです。続いて、ご主人のマイケルです。この人も台湾人らしく日本人と違和感ありません。いかにも優しそうな人です。<br /><br />感激のご対面で、依頼人はイングリッドと軽くハグしていましたが、東洋人同士ですから地味なあいさつです。私は黒子に徹するつもりで、いざとなったら別室でのんびりしようかとも思っていましたが、いい感じの人たちで第三者である私も一緒に話が弾みました。依頼人はあの時代に外国人の恋人がいたくらい積極的な人です。英語も決して饒舌ではありませんが、一応色々な話はできるようで、よっぽど困った時だけ、私が通訳のようなお手伝いをしました。<br /><br />赴任先のタイからアメリカへ戻り、まもなくユージーンが亡くなり、幼子をかかえ辛い時期にたくさんの手紙がイングリッドから依頼人へ届いたそうです。同じ男性を愛した二人の間には特別な感情があるようでした。そんなすべてを包み込んで優しくしているのが今の夫・マイケルのようでした。<br /><br />途中で、風邪気味で学校を休んでいた娘のレイチェルが挨拶に来ました。デザインなど絵を描くのが得意なようです。家にいない長男のアレックスは腹違いの兄妹のようで、ほんの3年前アレックスが22歳の頃、実は父親がユージーンという別の人だと告白したようです。でも、見て分かるように物わかりのよさそうな優しそうな継父マイケルですから、アレックスも割とあっさり受け止めてくれたようです。<br /><br />ちょっと遅くなって外に昼食に出かけました。(ショッピング)モールにあるイタリア料理店 Brioでした。アメリカにしては、まぁまぁの感じでした。後で、別の都市でも見かけたので、ちょっとしたチェーンのイタリア料理店のようです。隣には、よく知っているチェーン店Cheesecake Factoryもあります。名前は変ですがレストランです。デザートのチーズケーキが売りのようです。私は bistecca insalata(ステーキサラダ)を注文、レタスが半切りのままに刻んだトマトなどがドレッシング代わりについていた豪快なサラダです。名前のようなステーキではありません。ステーキのように豪快にレタスが出るからのネーミングのようです。メイン料理にはシュリンプと貝柱のラビオリを注文しました。予想通りの味で、アメリカのイタリア料理ならこの程度でよしとしましょう。イタリアに21回も行った今の私から見るとそれなりの味ですが。<br /><br />昨日から気が付いていましたが、このニュージャージー州はやたらと緑色の木々が目立ちます。そうマイケルに言うと、州のニックネームは Garden State だそうです。ここがマンハッタン(ニューヨーク市)にも近いことを考えると、ビックリするというか羨ましいです。依頼人も緑の多さにビックリしていました。<br /><br />その後、近くの名門・プリンストン大学のキャンパスへ連れて行ってくれました。歴史のある大学らしく、ゴシック様の図書館、教会などの立派な建物があり、自由の鐘などもありました。プリンストン大学ストアでは、娘のお土産にTシャツを私は買いました。16歳の時にAFS高校留学のオリエンテーションで数日間滞在したスタンフォード大学といい、アメリカの大学のキャンパスは羨ましいくらい広くて、芝がきれいで立派です。<br /><br />家に戻り、豪華な裏庭を見せてもらいました。公共のスペースにつながっていますが、自分の家の裏庭に引き続いてある広い芝生には子供用のブランコ、すべり台まであります。回りは高い木に囲まれ緑がいっぱいです。リスはもちろん野生の七面鳥なども見かけるそうです。<br /><br />話がはずむのを横から聞いていると色々なことがわかります。この依頼人はかなり語学に積極的なようで、短期留学を4回もしているようです。最初はサンフランシスコでかなり若い頃のようです。次いで、オーストラリアのシドニーへも留学したようです。3回目は70歳を過ぎてからニュージーランドのオークランドへ行ったようですし、最後は数年前にカナダのバンクーバ―へ短期留学したようです。定時制高校の英語の先生をしていたようです。それで、今回の旅費などは自分の蓄えでまかなえたようです。<br /><br /><br />【6月10日(金)】<br />最初の移動日です。午前9時過ぎにモーテルをチェックアウトして、カンザスシティまでのフライトに時間があるので、ユージーンが昨日の家に住む前に住んでいた近くの Bedminster の自宅を外からだけでも見るために行くことにしました。ニューアーク空港に戻るのに、少し遠回り程度ですむからです。<br /><br />途中、少しだけ渋滞がありました。でも、工事中・通行止めでカーナビを頼りに彼の家の近くまでには行けたのですが、どうもはっきりしないし、近所の雰囲気だけで我慢してもらいました。時間もあまりありません。昨日と同じアメリカ的な閑静な住宅地でした。しかも、移動の途中で近くに彼の職場だったAT&Tの会社があることに気が付きました。<br /><br />すぐに、ニューアーク空港へ向かいました。アメリカの空港にしては、レンタカーの返却場所の表示がはっきりせず、少し回りをグルグル回りました。ようやくバジェットの返却場所を見付け、レンタカーを返却後ターミナル間移動の列車でターミナルCへ急ぎます。12時15分発の便ですが、何とか30分前にはカウンターへ着きました。<br /><br />ところが、もう締め切りとあっさり言われ、次の便を再予約してくれると言います。セキュリティ(荷物安全検査)に時間がかかるので、国内線でも1時間半くらい前に来いと言われました。国際線なら2時間半前とも。祈るように聞いていると、次の便は夜8時過ぎまでないと言われます。ガ〜〜ン! 仕方がありません。いつものように、今晩中にレンタカーを借りてモーテルに着けばいいかと前向きに気持ちを切り替えます。スケジュールに余裕をみているのが幸いします。それと、よく考えると格安航空券でも自己責任で乗り遅れても、簡単に次の便に変更してもらえるのは有難いことです。<br /><br />かなり時間を潰さないといけませんが、不思議な空港で中に入らないとレストランも座る席も見当たりません。聞くと、8時間も前ですが中に入れると言うので、30分ほどかけてセキュリティを通って中で待つことにしました。<br /><br />セキュリティでは、アメリカらしく靴も脱がされ両手を挙げさせられX線検査を受けるのですが、その前に依頼人が「年齢は?」と突然聞かれました。「77歳」と答えると75歳以上は靴を脱がなくてよく別の簡単な検査所を通過させられました。その代わり、身体の中に骨折手術時の金具等入ってないか聞かれました。<br /><br />ちょうどお昼なので、レストランに入るとタッチパネルで注文、クレジットカードで支払いの形式でした。2人分、チキンサラダ、ステーキサラダ、緑茶、クランベリージュースで58ドルくらいです。でも、領収書はメールで送るという初めての経験です。昼食代も依頼人に払ってもらいましたが、メールアドレスは私のを書きました。後で気になって、明細を調べると税抜きの値段にちゃんと相場の15%から18%の上限、18%が gratuity(チップ)としてちゃっかり清算されていました。タッチパネルでほとんどセルフサービスなのに、このチップはひどいと思いました。<br /><br />7〜8時間も時間を潰してようやく午後8時08分の便(東部夏時間)に搭乗しました。私はこういう時に備えて本も準備していますし、空港は無料のWi-Fi が繋がるのでインターネットもできます。実際には予定より早く7時40分には乗り込みました。今のアメリカの飛行機は全て前倒しのようです。予定時刻前には飛び立ちます。その分、到着予定時刻午後10時17分に対して実際には9時40分(時差1時間、中部夏時間)にはカンザスシティへ到着しました。今日は寝るだけとはいえ、レンタカーを借りてモーテルに落ち着くまでには少し時間がかかるので、あまり遅くならずに助かりました。<br /><br /><br />【11日(土)】<br />カンザスシティの朝です。今日は誰かに会うためではなく、恋人だった若きユージーンが永住のためアメリカの大学へ留学した町の訪問です。若い頃を過ごし80通もの手紙をくれ、是非来るように強く誘われた町への訪問です。<br /><br />ちょっとややこしいので、カンザスシティの地理に関して説明します。名前はカンザスシティですが、この都市はミズーリ州の西端にあります。但し、市の半分程度は名前通りカンザス州にあります。つまり、一つの市が二つの州にまたがっているという日本ではありえない市です。ちなみにカンザスシティ空港はミズーリ州にあります。中堅サイズの都市です。カンザス大学はと言うと、カンザスシティより40km西(カンザス州)にあるローレンスというキャンパスタウンにあります。<br /><br />まずは、宿泊したモーテルに近いカンザスシティ市内、彼がカンザス大学を卒業して最初に住んでいた家を見に行きました。就職した後ですから、ちゃんとした一軒家です。私にとっては何の変哲もない普通のアメリカの家ですが、依頼人にとってはいろいろ想像していた家です。遠巻きに写真を撮ります。わざと時間をかけ、程よい距離で(つまり、中に住人がいても泥棒などと怪しまれない)記念写真を撮ってあげたりしました。外から家を見るだけならそんなに時間もかからないし、たっぷりと時間をかけました。<br /><br />すると、私の期待通り(半分はこれを期待してわざとゆっくりと時間をかけたのです)中から住人が出て来ました。まだ距離がある時点で、私は大きな声で挨拶し、日本からわざわざ家を見に来たと言いました。出てきたのは40代の男性で、どうもこの家は最近亡くなったお父さんの家らしく、売りに出しているそうです。たまたま、家の様子を見に来ていたようで住んでいる訳ではありません。ナイス・タイミング!<br /><br />考えてみると、昨日飛行機に乗り遅れなければ、午後市内にあるこの家だけを見に来る予定でした。不幸中の幸いで、何と私たちは運がいいのでしょう。昨日のハプニングのおかげで、今日、この時間にこの家を見に来たのです。<br /><br />しばらく立ち話をして、よかったら中を見せてもらえないかとお願いすると、期待通り気さくにオーケーしてくれました。彼の説明通り、アメリカの家にしては中が意外と狭く、台所なんかは日本サイズでした。でも、アメリカの家らしく薪ストーブの暖炉が居間にあります。<br /><br />たぶん、25年以上前にユージーンが住んでいた家だと説明すると、父親がこの家を買ったという時期と一致すると言います。お互いに、ユージーンと彼の父親は面識があったと思うと、依頼人は特に感動していました。こうして、思いもかけず家の中まで見れて本当にラッキーで、依頼人はとても喜んでいました。<br /><br />ここでも、アメリカに詳しい私の体験が生きました。本当のアメリカを知らない人に限って、むやみやたらとアメリカを怖がりますが、そんなことはありません。庶民はいい人が多いです。他人に家の中を見られたくない、ましてや突然の来訪を嫌がる日本人と違い、アメリカ人の方がよほどオープンです。ですから、立ち話している時から、たぶん家の中まで見せてもらえると確信していました。<br /><br />次に、車で50分程度のカンザス大学のあるローレンスへ行きました。まずは、ユージーンが最初に住んでいた安アパートです。アメリカにはかなり詳しい私ですが、こういう学生向けのアパートは初めて見ました。外観からだけで、安アパートとわかります。<br /><br />引き続いて、近くの2番目の住居に行きました。ここは一軒家です。どうも、学生3人くらいでシェアしたので一軒家に住めたようです。もうかなり古い家でしたが、ユージーンが住んでいたのは50年近く前ですから、その当時はそれなりの家だったのでしょう。ここも外観だけ見ました。<br /><br />レストランでのハンバーガーの昼食後、アメリカらしく広大な敷地のカンザス大学キャンパスを車で散策しました。アメリカらしく、フットボール球場もあります。プリンストン大学のように大学用品のストアを見つけましたが、寂れていてお客は他に誰もいず、依頼人にとってもあまり買いたいようなものはなさそうでした。<br /><br />私の期待通り、この日は効率よく回れたので少し時間に余裕があり、少しだけ市内観光しました。空港で “City of Fountains” と見ていたので前もって調べ、市内に沢山ある噴水のうち、一番豪華そうな JC Nichols Memorial Fountain へ行きました。広い公園の一角にあります。そしてもう一か所、割と近くのブラッシュ川を渡った所にある William Volker Memorial Fountain へも行きました。<br />今日は熱波が来ているらしく気温が30度近くありかなり暑かったです。<br /><br />今晩の夕食だけは電話で予約を入れています。ちょうど数か月前に高校留学AFSの知人が米国ボランティア大会でカンザスシティを訪れ、有名そうなレストランをフェイスブックにアップしていたからです。Seasons 52 と言う名前で、本当かどうかわかりませんが、毎週メニューが変わるので52(週)の名前のようです。しかも、お店の目の前に有名な噴水 Pomona があります。<br /><br />アメリカの高級レストランらしくムードのある、かなり暗い感じです。ステーキを注文しましたが、少しくどいソースがかかっておりまぁまぁでした。アメリカですからこの程度でしょう。むしろ、全米にある高級ステーキレストラン・Ruth&#x27;s Chris Steak Houseの方が塩・コショーだけのシンプルな味で好きです。依頼人が知らないと思ってアーティチョークの焼いた料理を注文しましたが、これもイマイチでした。<br /><br />でも、値段は高級店らしく二人で100ドル近くしました。日本だと二人で1万円ちょっとですから、そうでもありませんが、全てが安いアメリカではかなりの料金です。しかも、チップが必要です。どうも、チップの相場も少し上がっているようです。Sales tax(販売税、日本の消費税にあたり州によって違う)を計算する前の本体値段に15%, 18%, 20% を足すのが相場のようです。何故わかるかというと、お店の計算書に計算して書いてくれているからです。7〜8年前にサンフランシスコのフィシャマンズ・ワーフの高級イタリア料理レストランで同じく計算書に書いてありましたが、その時は15% と18% だけでした。 <br /><br /><br />【12日(日)】<br />一昨日の失敗に懲りて、今日は早めに空港へ行きます。空港もそんなに大きくなく、レンタカー会社の事務所の住所をちゃんとカーナビへ入力し、スムーズに到着しチェックインします。確かに、セキュリティはやや遅いものの今日は時間的には余裕です。不思議な年齢差の東洋人カップルと思われたのか、”Is she your wife?” と突然聞かれました。つい、”No! She’s too old for me!” と答えてしまいました。簡単な英語なので、もちろん依頼人もしっかり聞き取れてムッとしています。少し、気まずかったけれど仕方ありません。後の祭りです。<br /><br />後で冷静に考えると、ただの好奇心で聞いたのだろうかとも思われます。しかも、もし日本語で「奥さんですか?」と聞かれたら、「いや、違う。歳を取り過ぎている!」などと失礼なことは、私も答えなかったでしょう。頭が英語に切り替わっていると、出てくる言葉まで変わってくるのです。我ながら、改めての発見です。<br /><br />経由地はデンバーで、午前9時半(中部夏時間)発で予定より30分も早く9時50分には到着しました(時差1時間、山岳夏時間)。11時24分発のスポケーン行きに乗り換え12時40分には到着しました(時差もう1時間、太平洋夏時間)。何せ、今回の旅はアメリカ横断です。<br /><br />Spokane(ワシントン州) に到着後、レンタカーを借りると高速道路が近くで、約45分で目的地のモーテル(アイダホ州)へ2時には到着しました。地図で見るとここはかなり北でシアトルやカナダのバンクーバまで車で4〜5時間のようです。日本で言えば、北海道のような景色が続きます。道路がまっすぐに走っていて、フラットで回りに低い山が見え、とにかく広々した感じで空気が澄んでいます。熱かったカンザスシティと違いヒンヤリとしています。シアトルに近いくらいですから緯度も相当高く涼しくてもおかしくないのかもしれません。夕食を約束しているメキシコ料理店の時間6時半までかなり余裕をみています。依頼人と私は夫々部屋でくつろぎました。<br /><br />モーテルからたった5分の Toro Viejo へ約束の10分前に着きました。いよいよご対面!です。依頼人の昔のボーイフレンド・コーキィと奥さん・サンディは入口の椅子で待ってくれていました。後で聞くと、コーキィはすぐに依頼人の顔を思い出したそうです。<br /><br />この店は地元の行きつけの店のようです。私の予想通り、コーキィは優しそうな白人男性で普通に肥満気味です。奥さんのサンディも上品な感じの白人女性で、珍しくスリムです。話の途中でわかりましたが、これもアメリカ人にはよくある話で、二人とも2回目の結婚(バツイチ)でコーキィには前妻との子供4人がいて、サンディには3人の子供がいるそうです。たぶん50歳くらいでの再婚ですから、二人の間の子供はいません。<br /><br />私は依頼人から少し話を聞いていたのですが、何せ50年以上も前の話です。コーキィも少しずつ思い出しつつあるようです。依頼人も最低限英語で喋れるので、私は横でなるべく聞いています。典型的な日本人の英語で、時々日本語の単語を言い、それを英語に言い直したりしています。でも、要は通じることが大事なのです。第一、付き合っていた頃もそのはずです。ただ、時々意味が伝わりにくいのがわかりますので、私が助け舟を出し、たぶんこういう事を言っているのだと通訳します。<br /><br />もちろん私はコーキィとは初対面ですが、メールで何回もやり取りしているので、違和感はあまりありません。アメリカ人らしく、ニューヨーク州シラキュース、カリフォルニア州サンディエゴ、隣町のカー・ダレインなどに住んだことがあるようです。私は彼の居場所を突き止めるのに苦労したので、上記の住所は見覚えがあります。<br /><br />依頼人によると、最初にコーキィに声を掛けたのは7歳も離れた妹さんのようでした。事前のメールのやり取りで、依頼人の年齢を妹さんと間違えてコーキィよりだいぶ年下と勘違いしていたことを聞いた依頼人は少しガッカリしていましたが、なにせ昔のこととコーキィは弁解していました。でも、徐々に昔はそれなりに恋心を抱いていたのを思い出しているようで、今回の訪問も歓迎してくれているようです。<br /><br />コーキィは海兵隊のバンドでトロンボーンを演奏していたそうですが、後で指揮者の資格も取ったようで、むしろそちらで活躍しているようでした。あの有名なローズ・パレード(元日に行われるカリフォルニア州パサデナ市でのフットボール大学選手権試合(ローズボウル)前のパレード)で5年間くらい海兵隊マーチングバンドの指揮者で行進したらしく、ただ者ではないようです。<br /><br /><br />【13日(月)】<br />途中のメールでのやり取りでは、コーキィは張り切って今朝はどこかお勧めのレストランで朝食を取り、自宅へ招待し、昼食を兼ねて街の案内をし、夕食は私も知っている Red Lobster でなどと1日中予定を立ててくれていました。それで、私は依頼人と相談して朝食は卵が3つも付いて日本人には多過ぎると言い訳を考え、モーテルでの軽い朝食後、直接10時頃自宅に伺うことに変更しました。<br /><br />モーテルから10分ほどで Hayden(ヘイデン)の自宅へ着きました。平屋の大きな家です。出迎えてくれました。私たちのモーテルは近くですが、Coeur d’Alene(カー・ダレイン)(元来フランス語)と言う隣町です。最初にコーキィの住所を探した時に出て来た町の名前で、英語風にはどう発音するのだろうとずっと考えていた地名です。<br /><br />コーヒーと緑茶を準備してくれていたので、豪華なソファではなく食堂のテーブルに座って話をしました。アメリカの家らしく裏庭があるのですが、隣近所がすごく、馬を飼っていたり、羊を飼っていたり、ヤギを飼っていたりとまるで動物園です。<br /><br />依頼人はお土産を日本から持って来ています。しかも、今日は偶然コーキィの79歳の誕生日です!もちろん、奥さんのサンディへのおみやげもあります。コーキィも依頼人にお土産を準備していました。プレゼントの交換会になりました。ところが、コーキィは私にまでお土産を準備してくれていました。Coeur d’Alene の名前の入ったTシャツと野球のキャップです。しかも、アメリカ人にしては珍しくきれいな筆記体で書いたカードまで付いていました。今回の旅行の仲介人である私に対するお礼状でした。<br /><br />アメリカ人にしては筆記体の字が丁寧できれいだと褒めると、小さい頃母親から習って、横に一線で字の大きさも一定して書くのだと厳しく躾けられ、おかげで今でも母親と同じような字を書くと言っていました。<br /><br />昨夜に引き続き、時間はあるのでゆっくり色々な話ができます。聞けば聞くほどコーキィはただ者ではありません。映画 “Heartbreak Ridge”(邦題:ハートブレーク・リッジ勝利の戦場)の海兵隊バンドが帰還した戦士たちを出迎える最後の場面で、自分の実際の部隊を率い指揮者の役で出ています。ビデオを見せてもらいました。監督・主演のクリント・イーストウッドからのサイン付き写真も見せてもらいました。<br /><br />私が初めて電話した時のことを話題にすると、非通知の私の電話を警戒したわけではなく、二人ともたまたま電話から遠く自動的に留守電に切り替わっていたそうです。私が協調した “Japan” からの電話を “band” と聞き違え、自分の所属するマーチングバンドからの電話だと思って慌てて出たそうです。<br /><br />コーキィと話をしていて、marine(海兵隊)と navy(海軍)の違いが何となくわかりました。海軍は戦艦など文字通り海だけですが、海兵隊は戦場で真っ先に上陸する、つまり陸軍のような戦いも必要なわけです。<br /><br />昼食には、きれいなカー・ダレーン湖を見下ろすホテルの高級レストランへ連れて行ってくれました。全てスイートルームの高級ホテルのようです。依頼人はアイダホ州にこんなきれいな湖や緑の多いことにビックリしていました。私もアメリカに住んでいる時に、アイダホ州を車で延々とドライブしたことがあり、その時にはみなさんのイメージ通り(アイダホ・ポテト)、延々と続くジャガイモ畑を経験しました。しかし、改めて地図を見ると国立森林公園や湖もアイダホ州にはあります。<br /><br />家に戻ると自慢のトロンボーンを演奏してもらいました。そして、日本で好評だったという村田英雄の王将も歌ってもらいました。彼はかなり日本語を覚えています。だいたい戦勝国のアメリカ人が日本に来て、やりたい放題の兵士もたくさんいたはずの時代に、日本語を真面目に勉強したこと自体がすごいと思います。AFS高校留学時代の同級生をはじめアメリカ人の友だちがたくさんいる私ですが、コーキィはかなり好人物です。もっと俗っぽいアメリカ人をたくさん知っていますから。<br /><br />コーキィはユーモアもたっぷりで、奥さんから “diarrhea of the mouth” (「口から下痢))とからかわれるくらいです。道順を聞かれて、私がほとんどGPS(カーナビ)を指標に運転しているので、”Ask the GPS!” と言ったらこの表現をコーキィが気に入ってくれました。<br /><br />5時くらいに依頼人がそろそろお暇をと言いだしましたが、立ち去りがたく、最後は家の玄関でずっと立ち話になり、結局お別れしたのは午後7時くらいになっていました。これで無事に懐かしの3ヵ所の旅が実質終わりました。<br /><br />実は、この対面もかなり私の意向が入っています。依頼人は当初、せっかくアメリカへユージーンの思いでの地へ行くのだから、ついでにもう一人のボーイフレンドのコーキィにも会ってみたい程度の軽い気持ちの様子でした。それ以前の問題で消息もはっきりしなかったのです。ですから、連絡がついた後も日本人的な遠慮もあり、数時間だけでも会ってみたい様子でした。<br /><br />ところが、コーキィの方は最初こそ戸惑ったものの、わざわざ日本から会いに来てくれるということで、私にスケジュールを聞きました。私も嘘はつけないので、前日に到着し、丸一日滞在し、翌日ゆっくり帰るということを知らせました。すると張り切って、よかったら空港へ迎えに行って我が家に泊まってもらい空港まで送って行くと申し入れてくれました。年齢的にも引退しているし、わざわざ海外から会いに来てくれるのですから、アメリカ人的発想では普通だと私にはわかります。どうせ、家も広いしアメリカ人はオープンだからです。<br /><br />でも、依頼人はやはりそこまでしてもらうと却って気を使うと言います。そこで、私の判断で、前日に夕食だけ共にし、翌日昼食をはさんでゆっくり再会するというように調整しました。それでも、最初は依頼人は少し躊躇していたようですが、結果的には予想以上に歓迎され、喜んでいました。<br /><br /><br />【14日(火)】<br />今日はデンバーまでの移動だけです。最初に格安航空券で提案されたフライトだと、スポケーンからデンバーへ乗り継いで一気に日本まで帰れるのですが、朝5時半くらいの便になります。当然、その日はかなり強行スケジュールになります。ですから、依頼人と相談して2日に分けてのんびり帰国することにしました。<br /><br />午後1時半過ぎの便なので、少し余裕があります。午前9時にヘイデンを出発して45分ほどでスポケーンに到着します。空港も小さくてレンタカーの返却も分かりやすいので、1時間半前まででも2時間以上あります。適当にダウンタウンに向かうと川があり、公園が見えます。駐車して歩くと、運よく滝があります。<br />リバーフロント・パークで、滝の名前もそのままスポケーン滝のようです。ちょうど時間潰しに2本の橋を渡り、それなりの滝を楽しみました。ナイアガラの滝を見飽きている私からすると大した感動はありませんが。<br /><br />ニューヨーク州の田舎町でなじんでいるI-90 ですぐに空港へ着きます。地図で見るとわかりますが、何とこの高速道路は東海岸(ボストン)から西海岸(シアトル)まで繋がっているのです。最初に乗り遅れてから1時間半前には国内線でも準備していますが、警備も厳しく時間がかかりますが、みんなが早く来て準備万端なので予定時間には飛び立つようです。ですから、予定より20〜30分早く着くこともざらのようです。<br /><br />1時間時差が早いので今回初めて1時間余分に時間がかかり、16時50分にはデンバー空港へ到着しました。私は預け荷物がないのですが、依頼人はもちろん1つスーツケースがあるので引き取り、無料バスでバジェットのレンタカー事務所へ行きます。何とすごい行列です。結局1時間20分もかかりようやく手続きします。何度もレンタカーを借りている私の経験でも、こんなにひどい行列は初めてです。もう18時50分になり、近くのモーテルへ着いたのは19時40分頃でした。<br /><br />チェックインし、今日はバスタブがあるのを確認し、カーナビで適当に調べてショッピングモールのレストランへ行きました。ちょっとメニューが変わっている店なので、サーモン入りのビートサラダとスープだけ注文しました。依頼人は昼に食べたサブがまだ半分残っているので、私のサラダを少しつまむ程度です。<br /><br />本当はダウンタウンの景色だけでも見に、ダウンタウンのレストランに行くつもりでしたが、カーナビの設定が上手くいかず、ダウンタウンと反対側のモールに行き、それなりのレストランで食事をしました。まぁ、今回は観光が目的ではないので仕方がありません。<br /><br /><br />【15日(水)】<br />同じスーパー8モーテルで朝食を期待したのですが、カンザスシティのと違い、ゆで卵もないし、果物もないしがっかりでした。同じチェーンでも、朝食などは同じではないようです。早目にデンバー国際空港へ行き、帰国に備えました。12時10分出発の便です。依頼人が気にしていましたが、やはりアメリカではお土産(グループの人にあげるような)にするような品物はなく買うものもありません。<br /><br />日本とは15時間時差があるので、成田空港に到着したのは翌日16日の午後3時頃でした。無事に夢を叶える旅行が終りました。<br /><br /><br />後日、依頼人からお礼のはがきが届きました。<br /><br />「先日はアメリカ横断の旅お世話になりました。 <br />おかげ様で一生の思い出となりました。双方で予期以上の歓待を受け、嬉しくとても感謝しています。<br />私は時差の後遺症らしきものはないようで、又、普通の生活に戻りました。<br />先生はいつもお元気のことでしょう。これからもいろいろと御活躍下さいますように。<br />まずはお礼まで」<br /><br />ということで、私も無事に任務を遂行でき満足しています。<br /><br />緩和医療専門医である大津秀一先生のベストセラー「死ぬときに後悔すること<br />25」の25項目のうち、<br />5 自分のやりたいことをやらなかったこと <br />   6 夢をかなえられなかったこと<br />  16 行きたい場所に旅行しなかったこと<br />  17 会いたい人に会っておかなかったこと<br />この依頼人は何と4項目を一気にクリアしたことになります。満足していただけたはずです。<br /><br />出発前、当然の如く依頼人には迷いがあり、躊躇していました。相談の手紙にはこう書いています。<br /><br />夢を思い立った時、迷いがありました。今もあります。<br /><br />(1)もう過去のことなのに、今さら行ってどうするか。(いや、彼は私が来るのをあれほど望んでいたんだから、遅くなっても、一度その地に行ってみるのもいいかも。何か答えが出るかも知れません)<br />(2)夫に行くことをどう説明するか。(お金の面ではないのです。「アメリカの中西部には行ったことがないので行ってみたい」と云うか)<br />(3)夫も私も現在の怖い世情(テロ・・・など)に不安がある。<br />(4)私の年令からしてそう延ばせない(家族、私の健康面など)<br />(5)私は色々な機器を使えないし、一人で計画、実行するのは難しい、可能性は少ないと思います。どなたかの助けが必要です。先生が御協力して頂ければ嬉しいです。<br /><br />当然だと思います。私が背中を押して何とかこの夢を実現する旅行は施行されました。私も満足しています。<br /><br /><br /><br />空飛ぶドクター(登録商標)<br />坂本泰樹<br />info@kanoya-travelmedica.com

6月8日(水)から6月16日(木)まで9日間、アメリカ旅行をしました。

私にとっては、何度も繰り返したアメリカへの数か所の旅行です。でも、今回は特別なものです。まず、一人旅ではなく、77歳の依頼人の女性との二人での旅です。

もう50年以上も前、依頼人がまだ23歳の頃で、若くてきれいな頃のことです。1962年頃のことで、米軍海兵隊の音楽団員コーキィと仲良くなったそうです。英語に興味があり、英語を話したかったのもあるようです。自宅に招待したこともあるそうです。

でも、その後に会った台湾人のユージーンとはもっと深く恋に落ちたようです。台湾から移住覚悟でカンザス大学へ行くため船に乗っていた彼は、途中寄港した日本で依頼人に遭遇したようです。でも、時代が時代なので、依頼人はカンザスへ付いて行く勇気はなかったそうです。一年間に80通もの手紙が来たそうです。ユージーンはまめな男性のようで事細かにカンザス大学のキャンパスの様子や自分の住んでいるアパートの様子を書いて送ってくれたようです。

その後、ユージーンは別の女性と結婚しましたが、離婚し歳の離れたイングリッドと再婚したそうです。依頼人はユージーン、イングリッドがタイにいた時に会いに行っています。つまり、交流が続いていたようです。

ユージーンは40歳代で若くして癌で亡くなったようです。今更と躊躇しながら、依頼人が想像の地・カンザスシティを訪問したいと思ったのもそのような理由からのようです。半年ほど前、保存してあった山のようなカンザスからの手紙を読み返し、昔の想いがよみがえったようです。

人生の最期が近づいてきて、人生を振り返り、できればやはりあのカンザスシティを訪れてみたいと思ったようです。英語で ”bucket list” と言いますが、死ぬまでにやりたい事のリストです。「棺桶リスト」と日本語では訳すようです。何故なら、kick the bucket(バケツを蹴る)が俗語で「死ぬ」ことを意味するからです。

日本語で言えば、「終活」とか「エンディングリスト」とか言うところでしょうか。アメリカ映画でジャックニコルソン、モーガンフリーマン主演の「最高の人生の見つけ方」の原題が “The Bucket List” です。癌末期の二人が世界中を旅行する話です。

私の著書「医師と行く 諦めていた夢が叶う旅」を読んだ依頼人が私に連絡をしてきたのです。行きたい場所の1ヶ所目はユージーンから手紙で詳細にキャンパスや町の様子を知らされていたカンザス大学のキャンパスと学生時代や就職した後に住んだ家などです。2ヶ所目は、交流のあるユージーンの奥さんイングリッドに会いにニュージャージー州へ。問題は、もう一人のコーキィの消息です。実は80歳近いはずで無事に生きているかどうかもわからないのです。過去の住所や電話番号はわかっていても現在の消息は不明です。 

フルネームがわかっているので、フェィスブックで何とか見つけました。年齢と過去の住所などからたぶん間違いない。でも、メッセージを送っても返事がないし、登録しているけれどほとんど使ってないのかもしれません。海軍にいたアメリカ人の友だちにも調べてもらいましたが、どうも少し古い住所やメールアドレスのようです。

諦めかけましたが、以前にウェブサイトでアメリカ人の友達の消息を調べてもらったアルバカーキ在住の日本人女性にダメもとで聞いてみました。すると、有料かもしれないがと Spokeo というサイトを紹介してくれました。確かに有料で月6ドル程度、最低半年契約しないといけません。でも、おかげで3〜4ヶ所の住所、メールアドレス、電話番号4つ程度がわかりました。

一番安くて手頃な連絡方法であるメールで返事が来ず、電話も数か所かけましたが、中々つながりません。4つ目の電話番号でようやく留守電に繋がりました。依頼人のファーストネームを強調し、わざわざ日本から電話をしていて、できたら会いたいと依頼人が言っていると早口でメッセージを残そうとすると、途中から電話が繋がりました。”Hey, what’s going on?” と驚いた様子です。

やっと通じたので、ゆっくりと事情を話しました。53年ぶりなのに、コーキィは依頼人の名字(旧姓)まで口にしました。後で聞くと、自分でも突然フルネームを思い出したことにビックリしたそうです。期待通り、彼も会いたいと言ってくれました。後は、お金もかかるので現在のメールアドレスを確認して、詳しくはメールでやり取りしました。現在の住所は調べていた過去の住所の一つと近く、アイダホ州ヘイデンとわかりました。以前の住所、Coeur d’Alene(日本語表記はカー・ダレーン)の隣町のようです。私の知っている範囲では、隣のワシントン州シアトルから車で4〜5時間だろうと思いました。でも、州境の Spokane(スポケーン)に空港があるそうで、ここなら車で1時間以内の距離で助かります。

ここで私の豊富な経験が生きるのですが、アメリカを横断する場合は時差を有利に利用するためには、時間が早い東から西へ移動するのが効率的です。ですから、ニュージャージー州、カンザスシティ、最後にアイダホ州と訪れる順番も決まりました。

格安航空券の手配、レンタカーの手配・運転、リーズナブルな値段のモーテルの予約はもちろん、ESTA(電子渡航認証)の手続き等、今回の旅行に必要なことは私が全て請け負っています。私にとっては朝飯前のことです。しかも、世界60ヶ国に行ったことがあり、世界の事情に精通しています。でも、アメリカは特に詳しく延べ3年住んだことがあり、医学学会で何度も今回のような旅をしています。 


【6月8日(水)】
我々2人は午後5時発のフライトで成田からユナイテッド航空便でニューアーク(ニューヨーク)空港へ出発しました。依頼人は頻尿で不安だと言うので通路側を、私はいつものように景色が見れるように窓側を予約しています。同じ列にしてくれていました。機内は変わりばえしませんが、久しぶりのユナイテッド航空の食事の酷いことが印象的でした。サラダに、ほとんど身のないチキンとライス、パンだけ!です。後は飲み物だけ。今までかなり国際線の飛行機に乗りましたが、エコノミークラスとはいえ、こんな貧弱な食事は初めてで、間違いなく最悪の食事です。味は普通でしたがあまりにボリュームがなさ過ぎます。2週間前に乗った日本航空では、女性プロデュースのメニューで、結構オシャレな配置で、味もまぁまぁのレベルでした。同じエコノミークラスでも雲泥の差です。

いつものように、最後尾に行ってストレッチをしたり、飲み物を取りに行きました。すると、呆れたことに乗務員のほうがまだ美味しそうな野菜サラダやフライなどを食べていました。しかも、アメリカでも流行っていると聞いたことがある枝豆まで美味しそうに食べています。

予定より少し早く午後4時半頃ニューアーク空港に到着、入国管理、レンタカーを借り、45分程度運転して予約したモーテル(ニュージャージー州デイトン)に着いたのは午後8時を過ぎていました。チェックイン後、近くのピザ屋で軽く食べ初日を終えました。ものすごく質素なモーテルで朝食の軽食もないらしく、部屋の中にコーヒーメーカーも湯沸かし器もインスタントコーヒーも何一つありません。しかも、土地の広大なアメリカでは普通は安いモーテル(モーター・ホテル)は平屋か二階建てが多いのですが、中途半端な3階建てです。依頼人がもちろん払うのですが、リーズナブルな一泊シングル70ドル(1ドル=110円弱)程度の安モーテルですが、私の経験ではそれでも少し貧弱すぎました。


【6月9日(木)】
最初の朝です、小鳥のさえずりで目が覚めました。と言っても、時差ボケで夜中の2時くらいに一度目が覚めました。昨夜ガソリンスタンド併設コンビニで買っておいたサンドイッチを依頼人の部屋で朝食として食べ、最初に依頼人が会いたいイングリッドの家へ行きます。車ですぐの所で、ちょうど約束の午前10時半に着きました。私にとっては普通のアメリカの住宅で隣との敷地の境界がはっきりしない結構大きな二階建ての家です。しかし、ここがニューヨーク市まで40〜50分の通勤圏内という立地を考えるとかなり羨ましいです。

イングリッドが出迎えてくれました。まだ50代と若そうでちょっとビックリしました。依頼人の恋人ユージーンの二番目の奥さんがイングリッドで、二度ほど面識があるようです。中国人なので顔は日本人とあまり変わりません。しかもバイオリンのプロで上品な感じです。こんな上品な感じの中国本土の人は初めてです。続いて、ご主人のマイケルです。この人も台湾人らしく日本人と違和感ありません。いかにも優しそうな人です。

感激のご対面で、依頼人はイングリッドと軽くハグしていましたが、東洋人同士ですから地味なあいさつです。私は黒子に徹するつもりで、いざとなったら別室でのんびりしようかとも思っていましたが、いい感じの人たちで第三者である私も一緒に話が弾みました。依頼人はあの時代に外国人の恋人がいたくらい積極的な人です。英語も決して饒舌ではありませんが、一応色々な話はできるようで、よっぽど困った時だけ、私が通訳のようなお手伝いをしました。

赴任先のタイからアメリカへ戻り、まもなくユージーンが亡くなり、幼子をかかえ辛い時期にたくさんの手紙がイングリッドから依頼人へ届いたそうです。同じ男性を愛した二人の間には特別な感情があるようでした。そんなすべてを包み込んで優しくしているのが今の夫・マイケルのようでした。

途中で、風邪気味で学校を休んでいた娘のレイチェルが挨拶に来ました。デザインなど絵を描くのが得意なようです。家にいない長男のアレックスは腹違いの兄妹のようで、ほんの3年前アレックスが22歳の頃、実は父親がユージーンという別の人だと告白したようです。でも、見て分かるように物わかりのよさそうな優しそうな継父マイケルですから、アレックスも割とあっさり受け止めてくれたようです。

ちょっと遅くなって外に昼食に出かけました。(ショッピング)モールにあるイタリア料理店 Brioでした。アメリカにしては、まぁまぁの感じでした。後で、別の都市でも見かけたので、ちょっとしたチェーンのイタリア料理店のようです。隣には、よく知っているチェーン店Cheesecake Factoryもあります。名前は変ですがレストランです。デザートのチーズケーキが売りのようです。私は bistecca insalata(ステーキサラダ)を注文、レタスが半切りのままに刻んだトマトなどがドレッシング代わりについていた豪快なサラダです。名前のようなステーキではありません。ステーキのように豪快にレタスが出るからのネーミングのようです。メイン料理にはシュリンプと貝柱のラビオリを注文しました。予想通りの味で、アメリカのイタリア料理ならこの程度でよしとしましょう。イタリアに21回も行った今の私から見るとそれなりの味ですが。

昨日から気が付いていましたが、このニュージャージー州はやたらと緑色の木々が目立ちます。そうマイケルに言うと、州のニックネームは Garden State だそうです。ここがマンハッタン(ニューヨーク市)にも近いことを考えると、ビックリするというか羨ましいです。依頼人も緑の多さにビックリしていました。

その後、近くの名門・プリンストン大学のキャンパスへ連れて行ってくれました。歴史のある大学らしく、ゴシック様の図書館、教会などの立派な建物があり、自由の鐘などもありました。プリンストン大学ストアでは、娘のお土産にTシャツを私は買いました。16歳の時にAFS高校留学のオリエンテーションで数日間滞在したスタンフォード大学といい、アメリカの大学のキャンパスは羨ましいくらい広くて、芝がきれいで立派です。

家に戻り、豪華な裏庭を見せてもらいました。公共のスペースにつながっていますが、自分の家の裏庭に引き続いてある広い芝生には子供用のブランコ、すべり台まであります。回りは高い木に囲まれ緑がいっぱいです。リスはもちろん野生の七面鳥なども見かけるそうです。

話がはずむのを横から聞いていると色々なことがわかります。この依頼人はかなり語学に積極的なようで、短期留学を4回もしているようです。最初はサンフランシスコでかなり若い頃のようです。次いで、オーストラリアのシドニーへも留学したようです。3回目は70歳を過ぎてからニュージーランドのオークランドへ行ったようですし、最後は数年前にカナダのバンクーバ―へ短期留学したようです。定時制高校の英語の先生をしていたようです。それで、今回の旅費などは自分の蓄えでまかなえたようです。


【6月10日(金)】
最初の移動日です。午前9時過ぎにモーテルをチェックアウトして、カンザスシティまでのフライトに時間があるので、ユージーンが昨日の家に住む前に住んでいた近くの Bedminster の自宅を外からだけでも見るために行くことにしました。ニューアーク空港に戻るのに、少し遠回り程度ですむからです。

途中、少しだけ渋滞がありました。でも、工事中・通行止めでカーナビを頼りに彼の家の近くまでには行けたのですが、どうもはっきりしないし、近所の雰囲気だけで我慢してもらいました。時間もあまりありません。昨日と同じアメリカ的な閑静な住宅地でした。しかも、移動の途中で近くに彼の職場だったAT&Tの会社があることに気が付きました。

すぐに、ニューアーク空港へ向かいました。アメリカの空港にしては、レンタカーの返却場所の表示がはっきりせず、少し回りをグルグル回りました。ようやくバジェットの返却場所を見付け、レンタカーを返却後ターミナル間移動の列車でターミナルCへ急ぎます。12時15分発の便ですが、何とか30分前にはカウンターへ着きました。

ところが、もう締め切りとあっさり言われ、次の便を再予約してくれると言います。セキュリティ(荷物安全検査)に時間がかかるので、国内線でも1時間半くらい前に来いと言われました。国際線なら2時間半前とも。祈るように聞いていると、次の便は夜8時過ぎまでないと言われます。ガ〜〜ン! 仕方がありません。いつものように、今晩中にレンタカーを借りてモーテルに着けばいいかと前向きに気持ちを切り替えます。スケジュールに余裕をみているのが幸いします。それと、よく考えると格安航空券でも自己責任で乗り遅れても、簡単に次の便に変更してもらえるのは有難いことです。

かなり時間を潰さないといけませんが、不思議な空港で中に入らないとレストランも座る席も見当たりません。聞くと、8時間も前ですが中に入れると言うので、30分ほどかけてセキュリティを通って中で待つことにしました。

セキュリティでは、アメリカらしく靴も脱がされ両手を挙げさせられX線検査を受けるのですが、その前に依頼人が「年齢は?」と突然聞かれました。「77歳」と答えると75歳以上は靴を脱がなくてよく別の簡単な検査所を通過させられました。その代わり、身体の中に骨折手術時の金具等入ってないか聞かれました。

ちょうどお昼なので、レストランに入るとタッチパネルで注文、クレジットカードで支払いの形式でした。2人分、チキンサラダ、ステーキサラダ、緑茶、クランベリージュースで58ドルくらいです。でも、領収書はメールで送るという初めての経験です。昼食代も依頼人に払ってもらいましたが、メールアドレスは私のを書きました。後で気になって、明細を調べると税抜きの値段にちゃんと相場の15%から18%の上限、18%が gratuity(チップ)としてちゃっかり清算されていました。タッチパネルでほとんどセルフサービスなのに、このチップはひどいと思いました。

7〜8時間も時間を潰してようやく午後8時08分の便(東部夏時間)に搭乗しました。私はこういう時に備えて本も準備していますし、空港は無料のWi-Fi が繋がるのでインターネットもできます。実際には予定より早く7時40分には乗り込みました。今のアメリカの飛行機は全て前倒しのようです。予定時刻前には飛び立ちます。その分、到着予定時刻午後10時17分に対して実際には9時40分(時差1時間、中部夏時間)にはカンザスシティへ到着しました。今日は寝るだけとはいえ、レンタカーを借りてモーテルに落ち着くまでには少し時間がかかるので、あまり遅くならずに助かりました。


【11日(土)】
カンザスシティの朝です。今日は誰かに会うためではなく、恋人だった若きユージーンが永住のためアメリカの大学へ留学した町の訪問です。若い頃を過ごし80通もの手紙をくれ、是非来るように強く誘われた町への訪問です。

ちょっとややこしいので、カンザスシティの地理に関して説明します。名前はカンザスシティですが、この都市はミズーリ州の西端にあります。但し、市の半分程度は名前通りカンザス州にあります。つまり、一つの市が二つの州にまたがっているという日本ではありえない市です。ちなみにカンザスシティ空港はミズーリ州にあります。中堅サイズの都市です。カンザス大学はと言うと、カンザスシティより40km西(カンザス州)にあるローレンスというキャンパスタウンにあります。

まずは、宿泊したモーテルに近いカンザスシティ市内、彼がカンザス大学を卒業して最初に住んでいた家を見に行きました。就職した後ですから、ちゃんとした一軒家です。私にとっては何の変哲もない普通のアメリカの家ですが、依頼人にとってはいろいろ想像していた家です。遠巻きに写真を撮ります。わざと時間をかけ、程よい距離で(つまり、中に住人がいても泥棒などと怪しまれない)記念写真を撮ってあげたりしました。外から家を見るだけならそんなに時間もかからないし、たっぷりと時間をかけました。

すると、私の期待通り(半分はこれを期待してわざとゆっくりと時間をかけたのです)中から住人が出て来ました。まだ距離がある時点で、私は大きな声で挨拶し、日本からわざわざ家を見に来たと言いました。出てきたのは40代の男性で、どうもこの家は最近亡くなったお父さんの家らしく、売りに出しているそうです。たまたま、家の様子を見に来ていたようで住んでいる訳ではありません。ナイス・タイミング!

考えてみると、昨日飛行機に乗り遅れなければ、午後市内にあるこの家だけを見に来る予定でした。不幸中の幸いで、何と私たちは運がいいのでしょう。昨日のハプニングのおかげで、今日、この時間にこの家を見に来たのです。

しばらく立ち話をして、よかったら中を見せてもらえないかとお願いすると、期待通り気さくにオーケーしてくれました。彼の説明通り、アメリカの家にしては中が意外と狭く、台所なんかは日本サイズでした。でも、アメリカの家らしく薪ストーブの暖炉が居間にあります。

たぶん、25年以上前にユージーンが住んでいた家だと説明すると、父親がこの家を買ったという時期と一致すると言います。お互いに、ユージーンと彼の父親は面識があったと思うと、依頼人は特に感動していました。こうして、思いもかけず家の中まで見れて本当にラッキーで、依頼人はとても喜んでいました。

ここでも、アメリカに詳しい私の体験が生きました。本当のアメリカを知らない人に限って、むやみやたらとアメリカを怖がりますが、そんなことはありません。庶民はいい人が多いです。他人に家の中を見られたくない、ましてや突然の来訪を嫌がる日本人と違い、アメリカ人の方がよほどオープンです。ですから、立ち話している時から、たぶん家の中まで見せてもらえると確信していました。

次に、車で50分程度のカンザス大学のあるローレンスへ行きました。まずは、ユージーンが最初に住んでいた安アパートです。アメリカにはかなり詳しい私ですが、こういう学生向けのアパートは初めて見ました。外観からだけで、安アパートとわかります。

引き続いて、近くの2番目の住居に行きました。ここは一軒家です。どうも、学生3人くらいでシェアしたので一軒家に住めたようです。もうかなり古い家でしたが、ユージーンが住んでいたのは50年近く前ですから、その当時はそれなりの家だったのでしょう。ここも外観だけ見ました。

レストランでのハンバーガーの昼食後、アメリカらしく広大な敷地のカンザス大学キャンパスを車で散策しました。アメリカらしく、フットボール球場もあります。プリンストン大学のように大学用品のストアを見つけましたが、寂れていてお客は他に誰もいず、依頼人にとってもあまり買いたいようなものはなさそうでした。

私の期待通り、この日は効率よく回れたので少し時間に余裕があり、少しだけ市内観光しました。空港で “City of Fountains” と見ていたので前もって調べ、市内に沢山ある噴水のうち、一番豪華そうな JC Nichols Memorial Fountain へ行きました。広い公園の一角にあります。そしてもう一か所、割と近くのブラッシュ川を渡った所にある William Volker Memorial Fountain へも行きました。
今日は熱波が来ているらしく気温が30度近くありかなり暑かったです。

今晩の夕食だけは電話で予約を入れています。ちょうど数か月前に高校留学AFSの知人が米国ボランティア大会でカンザスシティを訪れ、有名そうなレストランをフェイスブックにアップしていたからです。Seasons 52 と言う名前で、本当かどうかわかりませんが、毎週メニューが変わるので52(週)の名前のようです。しかも、お店の目の前に有名な噴水 Pomona があります。

アメリカの高級レストランらしくムードのある、かなり暗い感じです。ステーキを注文しましたが、少しくどいソースがかかっておりまぁまぁでした。アメリカですからこの程度でしょう。むしろ、全米にある高級ステーキレストラン・Ruth's Chris Steak Houseの方が塩・コショーだけのシンプルな味で好きです。依頼人が知らないと思ってアーティチョークの焼いた料理を注文しましたが、これもイマイチでした。

でも、値段は高級店らしく二人で100ドル近くしました。日本だと二人で1万円ちょっとですから、そうでもありませんが、全てが安いアメリカではかなりの料金です。しかも、チップが必要です。どうも、チップの相場も少し上がっているようです。Sales tax(販売税、日本の消費税にあたり州によって違う)を計算する前の本体値段に15%, 18%, 20% を足すのが相場のようです。何故わかるかというと、お店の計算書に計算して書いてくれているからです。7〜8年前にサンフランシスコのフィシャマンズ・ワーフの高級イタリア料理レストランで同じく計算書に書いてありましたが、その時は15% と18% だけでした。


【12日(日)】
一昨日の失敗に懲りて、今日は早めに空港へ行きます。空港もそんなに大きくなく、レンタカー会社の事務所の住所をちゃんとカーナビへ入力し、スムーズに到着しチェックインします。確かに、セキュリティはやや遅いものの今日は時間的には余裕です。不思議な年齢差の東洋人カップルと思われたのか、”Is she your wife?” と突然聞かれました。つい、”No! She’s too old for me!” と答えてしまいました。簡単な英語なので、もちろん依頼人もしっかり聞き取れてムッとしています。少し、気まずかったけれど仕方ありません。後の祭りです。

後で冷静に考えると、ただの好奇心で聞いたのだろうかとも思われます。しかも、もし日本語で「奥さんですか?」と聞かれたら、「いや、違う。歳を取り過ぎている!」などと失礼なことは、私も答えなかったでしょう。頭が英語に切り替わっていると、出てくる言葉まで変わってくるのです。我ながら、改めての発見です。

経由地はデンバーで、午前9時半(中部夏時間)発で予定より30分も早く9時50分には到着しました(時差1時間、山岳夏時間)。11時24分発のスポケーン行きに乗り換え12時40分には到着しました(時差もう1時間、太平洋夏時間)。何せ、今回の旅はアメリカ横断です。

Spokane(ワシントン州) に到着後、レンタカーを借りると高速道路が近くで、約45分で目的地のモーテル(アイダホ州)へ2時には到着しました。地図で見るとここはかなり北でシアトルやカナダのバンクーバまで車で4〜5時間のようです。日本で言えば、北海道のような景色が続きます。道路がまっすぐに走っていて、フラットで回りに低い山が見え、とにかく広々した感じで空気が澄んでいます。熱かったカンザスシティと違いヒンヤリとしています。シアトルに近いくらいですから緯度も相当高く涼しくてもおかしくないのかもしれません。夕食を約束しているメキシコ料理店の時間6時半までかなり余裕をみています。依頼人と私は夫々部屋でくつろぎました。

モーテルからたった5分の Toro Viejo へ約束の10分前に着きました。いよいよご対面!です。依頼人の昔のボーイフレンド・コーキィと奥さん・サンディは入口の椅子で待ってくれていました。後で聞くと、コーキィはすぐに依頼人の顔を思い出したそうです。

この店は地元の行きつけの店のようです。私の予想通り、コーキィは優しそうな白人男性で普通に肥満気味です。奥さんのサンディも上品な感じの白人女性で、珍しくスリムです。話の途中でわかりましたが、これもアメリカ人にはよくある話で、二人とも2回目の結婚(バツイチ)でコーキィには前妻との子供4人がいて、サンディには3人の子供がいるそうです。たぶん50歳くらいでの再婚ですから、二人の間の子供はいません。

私は依頼人から少し話を聞いていたのですが、何せ50年以上も前の話です。コーキィも少しずつ思い出しつつあるようです。依頼人も最低限英語で喋れるので、私は横でなるべく聞いています。典型的な日本人の英語で、時々日本語の単語を言い、それを英語に言い直したりしています。でも、要は通じることが大事なのです。第一、付き合っていた頃もそのはずです。ただ、時々意味が伝わりにくいのがわかりますので、私が助け舟を出し、たぶんこういう事を言っているのだと通訳します。

もちろん私はコーキィとは初対面ですが、メールで何回もやり取りしているので、違和感はあまりありません。アメリカ人らしく、ニューヨーク州シラキュース、カリフォルニア州サンディエゴ、隣町のカー・ダレインなどに住んだことがあるようです。私は彼の居場所を突き止めるのに苦労したので、上記の住所は見覚えがあります。

依頼人によると、最初にコーキィに声を掛けたのは7歳も離れた妹さんのようでした。事前のメールのやり取りで、依頼人の年齢を妹さんと間違えてコーキィよりだいぶ年下と勘違いしていたことを聞いた依頼人は少しガッカリしていましたが、なにせ昔のこととコーキィは弁解していました。でも、徐々に昔はそれなりに恋心を抱いていたのを思い出しているようで、今回の訪問も歓迎してくれているようです。

コーキィは海兵隊のバンドでトロンボーンを演奏していたそうですが、後で指揮者の資格も取ったようで、むしろそちらで活躍しているようでした。あの有名なローズ・パレード(元日に行われるカリフォルニア州パサデナ市でのフットボール大学選手権試合(ローズボウル)前のパレード)で5年間くらい海兵隊マーチングバンドの指揮者で行進したらしく、ただ者ではないようです。


【13日(月)】
途中のメールでのやり取りでは、コーキィは張り切って今朝はどこかお勧めのレストランで朝食を取り、自宅へ招待し、昼食を兼ねて街の案内をし、夕食は私も知っている Red Lobster でなどと1日中予定を立ててくれていました。それで、私は依頼人と相談して朝食は卵が3つも付いて日本人には多過ぎると言い訳を考え、モーテルでの軽い朝食後、直接10時頃自宅に伺うことに変更しました。

モーテルから10分ほどで Hayden(ヘイデン)の自宅へ着きました。平屋の大きな家です。出迎えてくれました。私たちのモーテルは近くですが、Coeur d’Alene(カー・ダレイン)(元来フランス語)と言う隣町です。最初にコーキィの住所を探した時に出て来た町の名前で、英語風にはどう発音するのだろうとずっと考えていた地名です。

コーヒーと緑茶を準備してくれていたので、豪華なソファではなく食堂のテーブルに座って話をしました。アメリカの家らしく裏庭があるのですが、隣近所がすごく、馬を飼っていたり、羊を飼っていたり、ヤギを飼っていたりとまるで動物園です。

依頼人はお土産を日本から持って来ています。しかも、今日は偶然コーキィの79歳の誕生日です!もちろん、奥さんのサンディへのおみやげもあります。コーキィも依頼人にお土産を準備していました。プレゼントの交換会になりました。ところが、コーキィは私にまでお土産を準備してくれていました。Coeur d’Alene の名前の入ったTシャツと野球のキャップです。しかも、アメリカ人にしては珍しくきれいな筆記体で書いたカードまで付いていました。今回の旅行の仲介人である私に対するお礼状でした。

アメリカ人にしては筆記体の字が丁寧できれいだと褒めると、小さい頃母親から習って、横に一線で字の大きさも一定して書くのだと厳しく躾けられ、おかげで今でも母親と同じような字を書くと言っていました。

昨夜に引き続き、時間はあるのでゆっくり色々な話ができます。聞けば聞くほどコーキィはただ者ではありません。映画 “Heartbreak Ridge”(邦題:ハートブレーク・リッジ勝利の戦場)の海兵隊バンドが帰還した戦士たちを出迎える最後の場面で、自分の実際の部隊を率い指揮者の役で出ています。ビデオを見せてもらいました。監督・主演のクリント・イーストウッドからのサイン付き写真も見せてもらいました。

私が初めて電話した時のことを話題にすると、非通知の私の電話を警戒したわけではなく、二人ともたまたま電話から遠く自動的に留守電に切り替わっていたそうです。私が協調した “Japan” からの電話を “band” と聞き違え、自分の所属するマーチングバンドからの電話だと思って慌てて出たそうです。

コーキィと話をしていて、marine(海兵隊)と navy(海軍)の違いが何となくわかりました。海軍は戦艦など文字通り海だけですが、海兵隊は戦場で真っ先に上陸する、つまり陸軍のような戦いも必要なわけです。

昼食には、きれいなカー・ダレーン湖を見下ろすホテルの高級レストランへ連れて行ってくれました。全てスイートルームの高級ホテルのようです。依頼人はアイダホ州にこんなきれいな湖や緑の多いことにビックリしていました。私もアメリカに住んでいる時に、アイダホ州を車で延々とドライブしたことがあり、その時にはみなさんのイメージ通り(アイダホ・ポテト)、延々と続くジャガイモ畑を経験しました。しかし、改めて地図を見ると国立森林公園や湖もアイダホ州にはあります。

家に戻ると自慢のトロンボーンを演奏してもらいました。そして、日本で好評だったという村田英雄の王将も歌ってもらいました。彼はかなり日本語を覚えています。だいたい戦勝国のアメリカ人が日本に来て、やりたい放題の兵士もたくさんいたはずの時代に、日本語を真面目に勉強したこと自体がすごいと思います。AFS高校留学時代の同級生をはじめアメリカ人の友だちがたくさんいる私ですが、コーキィはかなり好人物です。もっと俗っぽいアメリカ人をたくさん知っていますから。

コーキィはユーモアもたっぷりで、奥さんから “diarrhea of the mouth” (「口から下痢))とからかわれるくらいです。道順を聞かれて、私がほとんどGPS(カーナビ)を指標に運転しているので、”Ask the GPS!” と言ったらこの表現をコーキィが気に入ってくれました。

5時くらいに依頼人がそろそろお暇をと言いだしましたが、立ち去りがたく、最後は家の玄関でずっと立ち話になり、結局お別れしたのは午後7時くらいになっていました。これで無事に懐かしの3ヵ所の旅が実質終わりました。

実は、この対面もかなり私の意向が入っています。依頼人は当初、せっかくアメリカへユージーンの思いでの地へ行くのだから、ついでにもう一人のボーイフレンドのコーキィにも会ってみたい程度の軽い気持ちの様子でした。それ以前の問題で消息もはっきりしなかったのです。ですから、連絡がついた後も日本人的な遠慮もあり、数時間だけでも会ってみたい様子でした。

ところが、コーキィの方は最初こそ戸惑ったものの、わざわざ日本から会いに来てくれるということで、私にスケジュールを聞きました。私も嘘はつけないので、前日に到着し、丸一日滞在し、翌日ゆっくり帰るということを知らせました。すると張り切って、よかったら空港へ迎えに行って我が家に泊まってもらい空港まで送って行くと申し入れてくれました。年齢的にも引退しているし、わざわざ海外から会いに来てくれるのですから、アメリカ人的発想では普通だと私にはわかります。どうせ、家も広いしアメリカ人はオープンだからです。

でも、依頼人はやはりそこまでしてもらうと却って気を使うと言います。そこで、私の判断で、前日に夕食だけ共にし、翌日昼食をはさんでゆっくり再会するというように調整しました。それでも、最初は依頼人は少し躊躇していたようですが、結果的には予想以上に歓迎され、喜んでいました。


【14日(火)】
今日はデンバーまでの移動だけです。最初に格安航空券で提案されたフライトだと、スポケーンからデンバーへ乗り継いで一気に日本まで帰れるのですが、朝5時半くらいの便になります。当然、その日はかなり強行スケジュールになります。ですから、依頼人と相談して2日に分けてのんびり帰国することにしました。

午後1時半過ぎの便なので、少し余裕があります。午前9時にヘイデンを出発して45分ほどでスポケーンに到着します。空港も小さくてレンタカーの返却も分かりやすいので、1時間半前まででも2時間以上あります。適当にダウンタウンに向かうと川があり、公園が見えます。駐車して歩くと、運よく滝があります。
リバーフロント・パークで、滝の名前もそのままスポケーン滝のようです。ちょうど時間潰しに2本の橋を渡り、それなりの滝を楽しみました。ナイアガラの滝を見飽きている私からすると大した感動はありませんが。

ニューヨーク州の田舎町でなじんでいるI-90 ですぐに空港へ着きます。地図で見るとわかりますが、何とこの高速道路は東海岸(ボストン)から西海岸(シアトル)まで繋がっているのです。最初に乗り遅れてから1時間半前には国内線でも準備していますが、警備も厳しく時間がかかりますが、みんなが早く来て準備万端なので予定時間には飛び立つようです。ですから、予定より20〜30分早く着くこともざらのようです。

1時間時差が早いので今回初めて1時間余分に時間がかかり、16時50分にはデンバー空港へ到着しました。私は預け荷物がないのですが、依頼人はもちろん1つスーツケースがあるので引き取り、無料バスでバジェットのレンタカー事務所へ行きます。何とすごい行列です。結局1時間20分もかかりようやく手続きします。何度もレンタカーを借りている私の経験でも、こんなにひどい行列は初めてです。もう18時50分になり、近くのモーテルへ着いたのは19時40分頃でした。

チェックインし、今日はバスタブがあるのを確認し、カーナビで適当に調べてショッピングモールのレストランへ行きました。ちょっとメニューが変わっている店なので、サーモン入りのビートサラダとスープだけ注文しました。依頼人は昼に食べたサブがまだ半分残っているので、私のサラダを少しつまむ程度です。

本当はダウンタウンの景色だけでも見に、ダウンタウンのレストランに行くつもりでしたが、カーナビの設定が上手くいかず、ダウンタウンと反対側のモールに行き、それなりのレストランで食事をしました。まぁ、今回は観光が目的ではないので仕方がありません。


【15日(水)】
同じスーパー8モーテルで朝食を期待したのですが、カンザスシティのと違い、ゆで卵もないし、果物もないしがっかりでした。同じチェーンでも、朝食などは同じではないようです。早目にデンバー国際空港へ行き、帰国に備えました。12時10分出発の便です。依頼人が気にしていましたが、やはりアメリカではお土産(グループの人にあげるような)にするような品物はなく買うものもありません。

日本とは15時間時差があるので、成田空港に到着したのは翌日16日の午後3時頃でした。無事に夢を叶える旅行が終りました。


後日、依頼人からお礼のはがきが届きました。

「先日はアメリカ横断の旅お世話になりました。 
おかげ様で一生の思い出となりました。双方で予期以上の歓待を受け、嬉しくとても感謝しています。
私は時差の後遺症らしきものはないようで、又、普通の生活に戻りました。
先生はいつもお元気のことでしょう。これからもいろいろと御活躍下さいますように。
まずはお礼まで」

ということで、私も無事に任務を遂行でき満足しています。

緩和医療専門医である大津秀一先生のベストセラー「死ぬときに後悔すること
25」の25項目のうち、
5 自分のやりたいことをやらなかったこと 
 6 夢をかなえられなかったこと
 16 行きたい場所に旅行しなかったこと
 17 会いたい人に会っておかなかったこと
この依頼人は何と4項目を一気にクリアしたことになります。満足していただけたはずです。

出発前、当然の如く依頼人には迷いがあり、躊躇していました。相談の手紙にはこう書いています。

夢を思い立った時、迷いがありました。今もあります。

(1)もう過去のことなのに、今さら行ってどうするか。(いや、彼は私が来るのをあれほど望んでいたんだから、遅くなっても、一度その地に行ってみるのもいいかも。何か答えが出るかも知れません)
(2)夫に行くことをどう説明するか。(お金の面ではないのです。「アメリカの中西部には行ったことがないので行ってみたい」と云うか)
(3)夫も私も現在の怖い世情(テロ・・・など)に不安がある。
(4)私の年令からしてそう延ばせない(家族、私の健康面など)
(5)私は色々な機器を使えないし、一人で計画、実行するのは難しい、可能性は少ないと思います。どなたかの助けが必要です。先生が御協力して頂ければ嬉しいです。

当然だと思います。私が背中を押して何とかこの夢を実現する旅行は施行されました。私も満足しています。



空飛ぶドクター(登録商標)
坂本泰樹
info@kanoya-travelmedica.com

写真 38枚

テーマ:
特になし・その他
交通手段 : 
エリア:
アメリカ > ミズーリ州 > カンザスシティ
エリアの満足度:
評価なし
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    いよいよ成田空港から出発です!

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    ユナイテッド航空

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    レンタカーは全ていつものバジェットで

  • 500_44531372

    ニュージャージー州
    イングリッドの家

  • 500_44531373

    感激のご対面!
    3回目?

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    ご主人のマイケルも

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    食堂で楽しく談笑

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    イタリア料理店で

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    プリンストン大学
    「自由の鐘」

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    プリンストン大学
    アメリカにしては歴史のある建物

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    ナンバープレート
    ニュージャージー州
    「Garden State」

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    広大な裏庭

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    イングリッドと
    家の前で

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    8時間も時間をつぶした
    ニューアーク空港

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    カンザスシティ
    スーパーエイト・モーテル
    レンタカー

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    カンザスシティのユージーンが住んでいた家

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    ユージーンが住んでいた家の前
    現在の持ち主と

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    カンザス大学(ローレンス)
    ユージーンが最初に住んでいたアパート

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    ユージーンがシェアして3人で住んでいた家

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    カンザス大学のキャンパス

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    カンザス大学のキャンパス

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    カンザス大学キャンパスタウン
    街並み

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    カンザスシティ
    ダウンタウンのビル群

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    JC Nichols Memorial Fountain

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    William Volker Memorial Fountain

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    Pomona 噴水が前にあるレストラン
    Seasons 52

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    Seasons 52 レストラン
    アメリカの高級レストランらしく暗い店内

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    緑の豊富なアイダホ州

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    メキシコ料理店で
    コーキィとサンディと

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    翌日は自宅へ訪問
    家の前で

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    自宅の食堂で談話

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    信じられないくらい広い裏庭

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    トロンボーンを演奏してもらう

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    カー・ダレーン湖

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    カー・ダレーン湖にて

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    自宅に戻って
    村田英雄の「王将」を熱唱

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    スポケーン(ワシントン州)
    リバーフロント・パーク

  • 500_44532236

    リバーフロント・パークの滝

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