2014/06/07 - 2014/06/07
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コゲメシ☆徘徊録さん
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R60☆鶴(鶴弥)です。
サンフランシスコの南サンノゼのジャパンタウンにある日系人博物館を見学させて頂きました。
この記事は2014年(平成26年)6月7日のものです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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日系人博物館はサンノゼのジャパンタウンのほぼ中心にあります。ジャズカツ会場になっている教会ほは道路一本隔てた場所です。
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最初にジャズカツのお話を聴いた時、ここ(日系人博物館)はとっても見応えある場所だから是非行って見てと教えていただいていました。
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日系移民の歴史を知るには最適の場所です。
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入り口でサインして案内をお願いしました。マイケルさんという日系三世の方がペラペラの日本語で案内してくださいました。(ご了解を頂いて写真を撮らせて頂きました)
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順路は、日系移民の長い旅路と生活から始まります。
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戦前の移民の皆さんの生活を語る品々や写真が続きます。
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建物の奥のヤードには、昔使われていた農機具や耕作機械が展示されていました。
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これらの機械は、強制移住の際やむなく放棄させられた物だそうです。でも心ある人たちが大事に預かっていてくださって戦後戻されたそうです。
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1つ1つの機械にも思い出が詰まっているようです。
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小柄な日系人が工夫して手作りした方向指示器。そう言えば昔日本でも乗合バスの「方向指示器」ってこんな形だったのを覚えています。
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順路は、悲しい収容所時代の説明に入ります。西海岸から内陸の砂漠地帯に追いやられた第二次世界大戦の出来ごとです。
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ただっぴろい砂漠に立てられた収容所の生活。手に持てるだけの荷物だけの強制移住だったそうです。
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具体的にその頃の生活用品を使って説明してくださいます。
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ここは当時の収容所の建物を再現したブースです。
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板を打ち付けただけの壁や床。一家族がようやく寄り添って暮らせる広さだったそうです。
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皆さんご存知の通り、第100大隊442部隊の活躍があって戦後日系人の地位は復活しました。幾多の困難を糧に現在の日系人の生活が成り立っているのを教えて頂きました。
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マイケルさん、分かりやすい説明をありがとうございました。
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ミュージアムショップがありました。
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沢山の書籍(英語)や品物が並んでいます。
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何か記念になる品が欲しかったので、これにしました。
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座布団じゃありませんよ。8cm角位の小さくって軽いお土産です。
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広げれば、ほらショッピングバック。ひょっとしたら他所でも売っているかもしれないけど、私にとっては此処(日系人博物館)に来た大事な思い出の品になりました。
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【おまけ】日系人博物館の建物に入ると左手に受付があります。ここで記帳してください。あら?受付カウンターの下の段にどなたか居ます。。。。
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何故か、こんな処に日本人のお爺さん。一日の仕事が終わって一杯呑んでいる所でしょうか。お爺さん、またお伺いしますね。
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