2016/01/26 - 2016/01/26
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WT信さん
小倉でJR山陽本線に乗り換え,ドカ雪のお陰で、当初予定になかった下関へ。
向かったのは平家物語の幕が下りる壇ノ浦。
平家物語では屋島で義経の奇襲で敗れた平氏が、次に登場するのが壇ノ浦だが、その間の距離を勘案するといかにもほど遠い感がある。
調べてみたら菱沼一憲氏(国立歴史民俗博物館科研協力員)が著書「源義経の合戦と戦略 ―その伝説と実像― 」で、「平氏軍は志度浦(屋島の東隣の湾)から上陸を試みるが鎌倉方に撃退され、・・平氏軍は100艘余りで安芸国厳島に退いた。」と記しておられるのを発見。
厳島は平清盛が建てた、平氏の守り神、厳島神社があるところ。
厳島神社と大鳥居
http://4travel.jp/travelogue/10130507
しかし既に厳島も源氏の軍勢が迫り、平氏の安堵の地では無かったのであろう。
平氏軍は瀬戸内海の西の突端、彦島を拠り所とし、いざとなれば九州に逃れんと目論んだが、九州への道も源範頼に既に抑えられていた。
彦島の東サイドに横たわる壇ノ浦での、船上での平氏軍の源氏への足掻きも似た抵抗が、平家物語の最後に語られる。
ここには現在関門海峡に関門橋が架けられ、”明石門”が瀬戸内海の”東の門”で都を守る最後の門だとすれば、ここは外海からの瀬戸内海への侵入を最初に防ぐ”西の門”といえるだろう。
大正のロマンを思わせる建物と、現代の建築を象徴するような塔が見渡せる下関駅前のデッキ。
その下にある観光案内所で古戦場の観光案内を尋ねたら、「バスで”御裳川”で下りてください。
壇ノ浦停留場の一つ先のですから間違えないように」と教えてくれた。
関門橋が見下ろす、雪のちらつく”みもそそ川公園”には”壇ノ浦古戦場跡”の碑が建ち、”安徳天皇御入水之処”の碑や源義経と平知盛の船上で争う様の銅像が建つ。
まだ幼く、何もわからなかったであろう安徳天皇は、二位尼に抱かれ三種の神器とともに海の藻屑となり、安徳天皇の母(平清盛の娘・徳子)建礼門院は入水した海面から源氏の軍に引き上げられ、後に出家し、大原寂光院に隠棲し生涯を閉じたと云う。
また”みもそそ川公園”には江戸末期壇ノ浦砲台なるものがあり、攘夷戦争の当に最前線で、その際使用された長洲砲の原寸大模型がずらり展示され、”壇ノ浦古戦場跡”の景観をも圧倒せんばかり。
昨年暮れ、NHKの歴史番組「英雄たちの選択」は義経が主人公であった。
源平の合戦でそれまでの「名を名乗り一騎討」の戦の代表的なルールに反し、奇襲戦法で一躍英雄に躍り出た新参者の義経であったが、それだけに源氏の中にも反感や妬みを持つものも多くいたに違いない。
平家物語ではその代表が梶原景季。
平家物語は壇ノ浦で終わるが、義経との逆櫓論争や先陣争いで遺恨を持った景季の讒言が、義経の失脚と逃避行物語、歌舞伎の”勧進帳”へのきっかけとなる。
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http://4travel.jp/travelogue/11100593
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