2011/11/03 - 2011/11/03
39位(同エリア1018件中)
エンリケさん
ミャンマー旅行2日目。
いよいよ本格的な観光のはじまりです。
まずはヤンゴンからかつてのパガン朝(1044-1314年)の都バガンへエア・バガンでひとっ飛び。
黄金に輝くシュエズィーゴォン・パヤーを見た後、馬車をチャーターしていにしえの仏塔(パゴダ)や寺院群を見て回ります。
とあるパゴダの上からは、サバンナに林立する赤いレンガ造りのパゴダや寺院群を一望。
思い描いていたバガンの景色に出会うことができました。
<旅程表>
2011年
11月2日(水) 成田→ハノイ→ヤンゴン
○11月3日(木) ヤンゴン→バガン
11月4日(金) バガン→ポッパ山→バガン
11月5日(土) バガン→マンダレー
11月6日(日) マンダレー(アマラプラ→サガイン)→ヤンゴン
11月7日(月) ヤンゴン→ハノイ
11月8日(火) ハノイ→成田
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 2.0
- ショッピング
- 1.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
11月3日(木)
4時起床。
この日は6時の便でバガンへ向かうため、早起きしてヤンゴンの空港へ向かいます。
部屋の窓からは相変わらず暗い夜空に明るく輝くシュエダゴォン・パヤーの眺めが楽しめます。 -
4時30分、前日の夜にホテルに頼んでおいたとおり、外でタクシーが待っていたので早速乗って国内線の空港へ。
タクシーに乗ると先に日本人の年配の男性の方が助手席に座っていて、若いドライバーと英語でしきりに話をしています。
話すきっかけもないまま30分で空港に到着し、その男性が先に行ってしまって自分がタクシー代を払おうとすると、そのドライバーは10,000チャット(1,000円)と言ってきます。
ホテルでは6,000チャット(600円)と聞いていたのに、もしかしてさっきの男性が払い忘れて二人分ということなのかと(それもおかしい話ですが)勝手に推測して払ってしまいましたが・・・空港に入ってその男性を探して話してみると、“自分は先に払っていて、相手は最初10,000チャットと言ってきたが、ホテルからは6,000チャットと聞いたぞと返したら6,000チャットで済んだ”とのことでした。
さらに、“車内でドライバーに後から乗ってきたのは誰?と聞いたら“友達だ”と答えた”のだそう・・・まんまとドライバーの分断作戦にひっかかってしまいました・・・。
自分が簡単にだまされたことに情けなくなると同時に、ミャンマーのタクシーに対する信用が完全になくなりました。
ホテルで頼んだタクシーだというのに・・・。
ミャンマーは一般的に“人々が優しい国”と言われていますが、少なくともタクシードライバーは別、エジプト並みに外国人観光客を見るとだまそうとしてきます。
特に、エジプトでは若いドライバーの方がメーターをまわしてくれるなど信用できましたが、ミャンマーでは逆に若い方が信用できません。
ガイドブックもその辺の注意喚起が不十分ですので、これからミャンマー旅行をお考えのみなさんはくれぐれもご注意ください。
料金はトラブルのないよう、必ず乗る前に交渉して決めましょう。 -
さて、気を取り直して(といっても連続して2回もタクシーにやられているのでかなりへこんでいます・・・。)国内線エア・バガンのチェックイン手続きをして出発ゲート前の待合室へ。
待合室は想像していたよりきれいで、売店やカフェもあります。
ミャンマー人はほとんどおらず、金髪の外国人観光客が多い印象。
ここで、ホテルで朝食の代わりに用意してもらった箱弁当(ゆでたまごやバナナなど)を食べながら、先ほどの日本人男性としばらく旅の話をして搭乗を待ちます。 -
5時50分、ゲートが開いて搭乗手続きが始まりました。
一緒の男性はこの後の便だったようで(ヤンゴンからバガンへの便は早朝の時間帯に数便集中して発着する。)ここでお別れ。
バガンで会えれば・・・と話していたのですが、結局バガンでは会えずじまいでした。 -
夜明けの白み始めた空に映えるエア・バガンの尾翼。
ロゴマークがなんだか松ぼっくりのようでかわいらしいです。
本当はベトナム航空と同様に“蓮”(lotus)なんですが・・・。
【エア・バガンHP】
http://www.airbagan.com/
ちなみにヤンゴン−バガンの航空運賃は現地旅行会社の手配で99US$(1US$=82円として約8,000円)。
チケットは直接航空会社から買うより現地旅行会社を介した方が安くなります。
ミャンマーは“アジアの最貧国”と言われるだけあって決して物価は高くないのですが、鉄道やバスなど公共交通機関が未発達で(あるにはあるのですが、快適性が悪く外国人旅行者は利用しづらいです。)タクシーや飛行機などお金のかかるものを多用することになり、全体の旅行代金がどうしても高くついてしまいますね・・・。 -
6時、定刻通りエア・バガン143便はヤンゴンを離陸。
バガンへの入口ニャウンウー(Nyaung Oo)の空港目指して北へ飛んでいきます。
ちなみに機内の座席は指定されておらず自由に選べます。
この時の搭乗率は3割ほどで、景色が見えるよう窓際の席を選択。
眼下には緑が生い茂る街の様子が見てとれます。
ミャンマーの街にはおなじみの金色に光り輝くパゴダも見えます。 -
フライト早々の6時15分、バガンまでわずか1時間20分の短いフライトですが、軽食が出されます。
味もなかなかよく、朝食が箱弁当で物足りなかったので美味しくいただけました。 -
エア・バガンの機内の様子をパチリ。
フライトアテンダントさんも一緒に入ってしまいました(笑)。
この方はインド系が強いですが、ミャンマー一般ではもう少し顔立ちが薄く整っていて、体もすらりとした美人が多いです。
また、この機体は新しくきれいでしたが、エア・バガンは機体によってかなり設備に差があり、帰りのマンダレーからヤンゴンへの便で乗った機体は座席の配膳板が壊れていたり、前の乗務員室への扉がガタがきていてちゃんとしまらないなど、笑うに笑えない代物でした・・・。 -
7時10分、バガンに近づき、サバンナもしくは赤土と緑の畑の向こうにエーヤワディー川(イラワジ川)が見えてきました。
もうすぐです。 -
緑の向こうには赤い色のたくさんのパゴダが見えます。
本当に思い描いていた景色そのまんまです。 -
緑の中ににょきにょきと生えているようなパゴダ群を横目に眺めながら、7時20分、ニャウンウーの空港に無事到着。
飛行機を降り、歩いて空港の建物に向かいます。
すっかり日が昇り、青空が広がるいい天気になってきました。 -
空港の建物はこんな感じ。
なんとなく、アンコールワットの入口、カンボジアのシェムリアップ国際空港を思い起こさせます。 -
空港では“バガン入域料”なるものを支払わされます。
係員にパスポートを見せて10US$を支払い、証明として名刺大のカードをもらいます(ちゃんと支払ったかどうかホテルで確認されます。)。
同時に、エア・バガンのカウンターでリコンファームの手続きも行います。
ミャンマーの国内線はフライト時刻の変更やキャンセルが多く、事前にそういった連絡を受けられるよう、遅くともフライトの24時間前までにはリコンファームを行っておく必要があります。
手続きは簡単で、カウンターでフライトの予約票を見せ、滞在予定のホテル名を告げるだけ。
これで、フライトに変更があるようならホテルに連絡してくれます。
万が一空港でのリコンファームの手続きを忘れてしまった場合でも、ホテルのフロントに頼めば無料で航空会社に連絡してフライトに変更がないか確認してくれます。 -
建物内で入域料の支払いとリコンファームの手続きを済ませ、いざホテルへ。
ここでも、ヤンゴンと同じように公共交通機関がないため移動はタクシー頼りです。
ぼったくりタクシーの多いヤンゴンと違って、バガンでは空港の建物を出てタクシープールに向かうところに写真のようなタクシー料金を示した立て看板があり、客引きにこの看板を指し示せばぼったくられることはまずありません。
ホテルのあるニャウンウーの街までは10分ほどで5,000チャット(500円)。
おそらく観光客価格で統一されているのでしょう、ぼったくりでないと言ってもミャンマーの物価を考えれば高めですね・・・。 -
7時30分、タクシーに乗ってニャウンウーのホテルへ。
なぜかドライバーのほかにもう一人助手席に乗ってきて、何をしようとしているのかちょっと不安になりましたが、無事ホテルまで送り届けてくれました。
車種はヤンゴンでもそうでしたが日本の20年ほど前のトヨタ車を使っており、ボロボロながらもやはり日本車の性能はすごいなあと感心してしまいます。
日本車のことはドライバーとのちょっとした話題づくりにも使えます。
(ただしあまりおしゃべりしすぎるとぼったくりガイドツアーの紹介をされ、断るのが難しくなるのでご注意を。) -
トラックの荷台に座れないほどぎゅうぎゅう詰めになって移動する人たちも。
こんな風景も隣の国インドを思い起こさせます。
(北インド紀行(1)参照) -
7時50分、ニャウンウーのホテル、ヤーキンターホテル(Yar Kinn Thar Hotel)にチェックイン。
1泊21US$(現地旅行会社を介して予約)とエコノミーなホテルですが、従業員の女性たちはみんな笑顔が気持ちよく、宿のおかみさんは日本語も少し話せ、コミュニケーションの取りやすさから言えばとてもいい宿でした。
良くなかった点といえば部屋が日当たりが悪くてカビくさかったり、ネズミのふん(?)らしきものがあったりしたことでしょうか・・・。
停電もなく、ちゃんとお湯が出るバスタブやクーラーもあって設備はよかったのですが(ただし石鹸やシャンプーはないので持参が必要)。 -
8時、日本から持ってきたビーチサンダルに履き替えて(ミャンマーではパゴダや寺院に上がる際、靴下も脱いで裸足になる必要があります。)早速街歩き。
ホテルの周りにはレストランや売店などが並んでいますが、こんなパゴダも普通に街並みに溶けこんでいます。
かなり昔のものらしいのですが、あまり調査が進んでおらず、名前もつけられずに番号で区別されているようです。
バガンにはニャウンウーを含め仏塔や寺院が2,000以上あると言われ、由来が分からずこんなふうに番号のみで名前がつけられていないものがほとんどを占めます。
ちなみに、道路は側溝もなく真ん中がコンクリートで固められているだけでほこりっぽく、でこぼこしていて歩きにくいです。
こんなところからもこの国のインフラの脆弱さを感じます。 -
仏塔巡りの手始めは、ニャウンウーのホテルにほど近いシュエズィーゴォン・パヤーを目指すことにします。
先ほどのレストラン街から大通りに出て歩いていきますが・・・ビーチサンダルのため思ったより歩きにくく、わずか1kmほどの距離なのにえらく時間がかかる感じです。
大通りでは道の端の大きな木を日よけにして、出番を待っている馬車の御者たちが朝から昼寝をしています(笑)。 -
15分ほど歩いてシュエズィーゴォン・パヤーと思しき黄金の仏塔の近くまでやってきました。
しかしどこから入ればよいのか入口がよく分かりません。
写真の白い狛犬(?)の前でうろうろしていると、左の白い建物の中から“ハロ〜”と声をかけて手招きしてくるおねえさんの姿が。
行ってみると、“あなた日本人?サンダルを脱いでここから上がれるよ”と英語で話しかけてきます。
どうやらそこはシュエズィーゴォン・パヤーへと続く回廊の一部で、女性たちのお土産屋にもなっているようです。
ここで言うことを聞いてしまうとお土産を買わされるんだろうなと思いながらも、迷っているひまもないので、サンダルを脱いで回廊に上がり、シュエズィーゴォン・パヤーを目指すことにします。
サンダルはお土産屋のおねえさんが預かってくれ、帰りにお土産を見ていくよう言われました。 -
シュエズィーゴォン・パヤーへと続く回廊です。
日光が照りつける外と比べて涼しげな空間です。
この時期(11月の乾季)、バガン(ニャウンウー)はヤンゴンと違って空気が乾いているため、朝や夜は長袖でもいいくらい過ごしやすく、日中も日陰に入ってしまえばそれほど暑さは感じません。
ちなみに写真のピンクの衣をまとった人は尼僧で、えんじ色の僧服を着ている男性とは一見して区別できます。
ミャンマーには尼僧も多く、この先もあちこちでピンクの衣をまとった人を見かけました。 -
回廊の両脇の天井近くには仏陀の物語を描いた絵が掲げられており、その下には絵の解説でしょうか、ビルマ語でなにやら文字が記されていました。
ポストカードを売っているお土産屋もありましたがスルーしてパゴダへ急ぎます。 -
回廊を抜けると・・・黄金に輝くシュエズィーゴォン・パヤー(Shwezigon Paya)が姿を現しました。
きんきらきんのパゴダが青空に映えてまぶしいです。
・・・このパゴダはビルマ族のミャンマーにおける最初の統一王朝、“パガン朝”(1044−1314年)の事実上の初代国王アノーヤターが、ミャンマー南部のモン族の国タトォン(現在のモン州)を征服した記念に着工されたもので、今も現役のパゴダとして人々の崇拝を集めています。
“シュエ”はビルマ語で“黄金”、“ズィーゴォ”はパーリ語(上座部仏教の経典において使われる文語)で“勝利、栄光、祝福の土地”という意味で、ビルマ族は征服したモン族から上座部仏教を取り入れたとされています。 -
パゴダの周囲にはこんなとがった三角の屋根をした回廊があり、四角く四方を取り巻いています。
しかしこちらも金ピカ・・・ミャンマーの人々は本当に金色が大好きなようです。 -
パゴダの四隅ではそれぞれ、ペットボトルの水を捧げ、手を合わせて熱心にお祈りをしている人々がいました。
祈りの態様や長さからして、ミャンマーの人々の信仰の深さを感じさせます。
日本の神社仏閣では立ったまま手を合わせてペコリと頭を下げるだけですが、こちらはまず地べたに正座し、それから土下座するような格好で地面におでこと肘を付けて全面服従のポーズをとります。
欧米人の中にも真似している人がいて、わたしも仏教徒のはしくれ、“郷に入りては郷に従え”でやってみましたが、正直なところ、何度かやっているうちにどうにも情けなくなってきて、日本の簡単なおじきのスタイルに戻してしまいました・・・。 -
パゴダの周囲の回廊にはところどころにこんなきれいな仏像がまつられていました。
仏像の前には賽銭箱があり、けっこうなお金が入っています。
・・・このあともこんな仏像と賽銭箱のセットがあちこちに出てくるのですが、“アジアの最貧国”と呼ばれ、ろくな稼ぎもあげられず、汚れた古い家に住んでいる人々が多い中で、パゴダや寺院だけは賽銭箱にたくさんのお金が入っており、建物や仏像は金ピカできれいに輝いているのを見続けているうちに、ミャンマーの社会の“歪み”を感じ、最後は嫌な気分になってしまいました。
(だから今回の旅行記は書く手がなかなか進まないのです・・・。) -
敷地内にはこんな小さな白い仏塔もあちこちにあります。
ミャンマーの人々は黄金だけでなく白い色も大好きなようです。
中にはこれまた金箔が塗り込められた仏像が置かれています。 -
・・・とここで写真を撮っていると、おばさんたちの集団に取り囲まれ、“あそこに入って仏像に金箔を貼ってみない?”と持ちかけられます。
“金箔はいくら?”と聞くと、“500チャット”(50円)と言うので、怪しいと思いながらも“物は試し”と誘いに乗ってしまいました。
狭い入口を中に入ると、すでにたくさんの金箔が貼られて少し肌が膨らんでいるような金色の仏像があり、右横に座ったおばさんから金箔を渡され、顔に貼っていきます。
貼り終わると今度は左側から別のおばさんが“あなたのお母さんのため”と花を渡してきて、それを仏像に捧げるようにと。
それが終わるとまた別のおばさんが“あなたのお父さんのため”と花を・・・という具合に、捧げ物攻撃が続きました・・・。
お祈りした後に写真を撮って外に出ると、急におばさんたちが強気になって、“花を渡した人それぞれに500チャット払え”と要求してきます。
“ミャンマーって全然優しい国じゃないじゃん”と失望はさらに高まり、500チャットの細かいお札ももっていなかったので、“全員で1,000チャットだ”と一人に1,000チャット札を渡して退散してしまいました。
おばさんたちは追いかけてこなかったので、まあ向こうも自らが不当な要求をしているということを分かっているのでしょう。
納得できない要求に対しては、次の被害者を出さないためにも、怒って見せることも必要です。
ヤンゴンでのぼったくりタクシーの教訓を得て、ぼったくりミャンマー人には怒って見せることが効果的だということに気付きました。 -
シュエズィーゴォン・パヤーの見学を終え、回廊を通ってサンダルを預かってもらったお土産屋に戻ってきました。
すると先ほどのおねえさんが出てきて、漆塗りの小箱などのお土産をいろいろと説明されます。
どれも1,000〜2,000チャット(100〜200円)とそれほどの値段でもなかったのですが、先ほどの一件もあって何だか嫌な気分になっていたので、結局何も買わずに出てしまいました・・・。 -
さて、時計を見ると8時45分。
バガンの観光はまだまだこれからなので、気を取り直して次に進みます!
ホテルのあるニャウンウー周辺ではシュエズィーゴォン・パヤーのほかに見るべきパゴダはないので、5kmほど離れたオールドバガンの方へ向かいます。
さすがに歩いては行けないので、バガン名物の馬車でもチャーターしようとホテルへの道すがら探しますが、こういう時に限って見当たらず・・・。
結局ホテルの近くまで戻ってきた9時にようやくフリーの馬車をGET。
御者は少し彫りが深く、それほど背の高くないひょろっとしたおじさん。
地球の歩き方にある相場の安値をとって、最初、“オールドバガンのパゴダをサンセットの時間まで回り、ホテルに戻ってくるまでで10,000チャット”(1,000円)と言ってみます。
相手は“1人か?”と聞き、“そうだ”と答えると、少し考えて、“12,000チャット”(1,200円)と返してきたので、地球の歩き方の相場内に収まってるしいいか、と思って交渉成立。
すると相手はにこやかな顔になり、“後ろに乗る?それとも隣に乗る?”と聞いてきます。
せっかくなので前方の景色を見ようと後ろの席ではなく御者の隣に乗ることにしました。
“では乗ってくれ”と言われ、馬車によるパゴダ巡りがスタートです! -
馬車は先ほどもシュエズィーゴォン・パヤーに行く際に歩いた大通りを西、オールドバガンの方向へ。
御者は時折鞭で馬を叩きながら、スピードを調節してかっぽかっぽと馬車を進めていきます。
途中、えんじ色の僧服を着た托鉢中の僧侶にも出会いました。 -
大通りはそのうち狭い一本道になって、周囲には家がなくなり、木々が多くなってきました。
木々の間からはパゴダが見え隠れしています。 -
オールドバガンへはまだもう少しというところで右に曲がると・・・木々が開けて青い空の下、赤いレンガのパゴダや寺院が姿を現しました。
-
御者は、ビルマ語の数字で“249”という識別番号が書かれているのみの名もなき寺院の前で馬車を止めます。
ここで一緒に降りて寺院の中を案内。
ここはわたしが見学を要求したスポットではなかったのですが、御者のお気に入りらしく、眺めがいいというので真っ先に連れてきてもらいました。
名前がないほどの寺院なので、いつ造られたのかははっきりしませんが、朽ちているレンガやしっくいの状況からして、かなり年季の入ったものであることが分かります。
レンガ特有の赤い色や彫刻のかたちから、カンボジアのアンコール遺跡の“バンテアイ・スレイ”(10世紀)を思い起こさせます。
(バンテアイ・スレイ自身はレンガでなく赤砂岩造りですが。)
ミャンマーのパガン朝が栄えたのが11〜14世紀とすると、カンボジアのアンコール遺跡(9〜14世紀)からの影響を大きく受けているのかもしれませんね。 -
御者に寺院の中を案内され、暗くて狭い階段を昇ると・・・低木の中に赤いパゴダ群がタケノコのようにニョキニョキ生えている、まさに“これぞバガン”というような景色に出会えました。
向こうに見えるのはエーヤワディー川(イラワジ川)。
ミャンマーを代表する大河です。 -
反対側の方角には緑の中もっとたくさんのパゴダがニョキニョキ。
-
向こうに見えるパゴダ群をズームアップ。
ミャンマーの旅に憧れるきっかけとなった写真そのままの景色です。 -
寺院の中には東西南北四方にこんな仏像が置かれていました。
目が細く顔が薄い感じで、なんだか弥生系日本人のようでもあります。
仏像としても寺院全体としても、先ほどのきんきらきんのシュエズィーゴォン・パヤーと違って、質素ではかなく朽ちた感じが日本人好みかも。
ちなみに寺院と仏塔(パゴダ)の違いですが、寺院が中が空洞になっていて東西南北四方に仏像が安置されているのに対し、パゴダは仏陀の遺骨など(舎利)が納められている塔で、中には入れず外からお祈りをするというものです。
先ほどのシュエズィーゴォン・パヤー(パゴダ)にも仏陀の額骨と歯が納められていると伝わっています。 -
9時40分、続いて近くにあるティーローミンロー寺院(Thilominlo Temple)へ向かいます。
馬車に揺られて進んでいくと、ヨーロッパのお城のようなシルエットが見えてきました。
・・・このころはまだ馬車に揺られるのが気持ちよかったのですが、午後になると座っているお尻が振動でだんだん痛くなってきて、長距離の移動がつらくなってきます(笑)。 -
ティーローミンロー寺院に到着です。
ここで記念に、ヨーロッパのお城のような寺院をバックに馬車と御者をパチリ。
御者は快く撮影に応じてくれ、いい角度からわたしが馬車に乗った写真も撮ってくれるなど、静かで優しい感じの方でした。
これまでぼったくりタクシーやぼったくり金箔おばさんなど、感じの悪い人ばかりに出会ってきましたが、ここにきてようやくミャンマー売りの“笑顔で優しい人”に出会えた感がします。 -
御者からは寺院の前で待っていると言われ、ここからは御者の案内なしで寺院をまわります。
入口の門をくぐると寺院までの参道の両側はお土産屋になっており、売り子の若い女性たち(高校生くらい?)から“オニイサン、カッコイイネ、ミテカナ〜イ?”などと日本語でしつこく呼び止められます。
せっかく優しいミャンマー人(御者)に出会えたと思ったらまたしつこい客引き・・・ミャンマーの人々を巡る旅はカオスですね(笑)。 -
こちらはさすがに今も現役の有名寺院でお賽銭も多いのか、四方にはぴかぴかに金箔を貼られた仏像が安置されていました。
そもそもこのティーローミンロー寺院は、パガン朝時代の1215年、パガン王ナンダウンミャーがこの地で王位継承者に選ばれたことを記念して建てられたものです。
“ティーローミンロー”とは“傘の王”という意味で、父のナラパティスィードゥー王が後継者を選ぶ際、傘が倒れた方向に座っていたナンダウンミャー王子を王位継承者に選んだことからこの名がつけられました。 -
寺院の中の回廊はこんなふうに天井が高く、電灯もなく太陽光のみの明かりで、狭く薄暗い印象です。
左側の壁には長年の劣化で顔など大部分がはげ落ちてしまった仏陀のフレスコ画も見えます。 -
回廊の壁に彫られたミニ寺院にはそれぞれに小さな金色の仏像が安置されていました。
最初からあったものなのか、それとも寄進されてお金がたまったからこんなところにも仏像を作ってしまったということなのか・・・ミャンマーの人々の文化や信仰を知る上で調べてみると面白そうですね。 -
四方の大きな部屋へ向かう回廊から見た黄金の仏像。
入口の壁面にも劣化ではげ落ちたフレスコ画が描かれています。
・・・今も現役の寺院であれば、仏像を過度にきんきらきんにするよりもこういったフレスコ画を修復するのもありだと思うのですが、遺跡保存のためあえてそのままにしているのか、それとも修復の技術がないということなのか・・・。 -
寺院の外に出て、お土産売りのおねえさんに教えてもらった撮影ポイントからティーローミンロー寺院の全景をパチリ。
まさに“サバンナに赤くそびえる熱帯の寺院”といった印象です。
お土産売りのおねえさんはほかの相手を見つけたのか、お土産を買わなくとも過度につきまとったりはせず、無事馬車まで逃れられました。 -
10時20分、再び馬車に乗って、今度はティーローミンロー寺院と道路を挟んだ向かいにある“ウパリ・テェン”(Upali Thein)へ。
13世紀の高僧ウパーリ・テェにちなんで名づけられた寺院で、バガンには珍しく赤レンガの上からしっくいで塗り固められた白い建物となっています。
長年の劣化で現在はかなり黒くすすけていますが。 -
この寺院の内部には17〜18世紀頃描かれた比較的保存状態の良いフレスコ画があるのですが、保存優先のためか柵が設けられていて中には入れず、外から内部をのぞき見するだけでした。
ここは小さな寺院なのでお土産屋はありませんでしたが、先に来ていた欧米系の観光客には小さい女の子が付きまとってお土産を買わせようとしていました・・・。 -
柵からのぞいた寺院内部。
二重まぶたの優しそうな顔の仏像がユニークです。 -
17〜18世紀頃描かれたというフレスコ画も柵越しにパチリ。
仏陀の物語が描かれたフレスコ画は、鮮やかなエメラルドグリーンに目を奪われます。 -
続いても御者のおすすめでやってきた番号1845の名もなき寺院。
管理の行き届いていない2階の赤レンガの間からは草がむし、朽ちた印象を醸し出しています。 -
こちらも保存状態の良いフレスコ画とともにユニークな顔の仏像が安置されていました。
-
寺院からはたくさんのパゴダが林立するやっぱりこんな眺め。
ただし、これらのパゴダは古いものばかりでなく、よく見ると最近造られた新しいものもあったりして(建設者として日本人の名前が記されているものもあります。)、景観としては世界遺産級のものの、“歴史上、学術上、芸術上、顕著な普遍的価値を有するもの”とは言えないため、今もって世界遺産には登録されないのだそうです。 -
サバンナの中の一本道を通って次の寺院を目指します。
こんな青空の気持ちいい日には忙しい寺院巡りではなくピクニックでもしていたい気分・・・。
これものんびりバカンス重視の欧米人と違って、時間に余裕のない忙しい日本人旅行者の宿命です。
御者もそんな日本人の心情を分かってか、のんびり馬車を進めず次の寺院へと急いでくれます。 -
馬車に揺られること30分、城壁に囲まれたオールドバガンを通り越して、その南にあるバガンの人々の居住区域、ミィンカバー村(Myinkaba Village)にやってきました。
御者によると、この辺りでは竹がよく採れるため、別名バンブー村と呼ばれているそうです。
ちなみに、ミャンマーでは小学生から英語を習うそうで、ほとんどの人はレベルの差こそあれ英語をしゃべれます(“サウザンド”(千)を“タウゼント”と発音するなどなまりは強いですが。)。
ミャンマーの成人識字率は男性が95%、女性が89%と、東南アジアではタイとほぼ同じ高さで、アジアの最貧国にもかかわらず、基礎教育のレベルは非常に高い水準となっています。
【三菱UFJリサーチ&コンサルティング 2011年5月18日の調査レポートより】
http://www.murc.jp/report_pdf/20110518_174634_0426517.pdf
時計を見るともう11時、日が上空に昇って暑くなってきました。 -
ミィンカバー村にあるマヌーハ寺院(Manuha Temple)の前で馬車は止まります。
白い寺院の上にはたくさんの金色の仏塔が載せられており、地味なのか派手なのかよく分からない外観です(笑)。 -
早速中に入って寺院を見学。
入口にある“ライスボール”と呼ばれる大きな甕を通りすぎて部屋に入ると、天井に頭がつきそうなくらい部屋で窮屈そうにしている巨大な黄金の仏像が現れました。
このマヌーハ寺院を建てた“マヌーハ”という人物はもとはモン族の王朝タトォン国の王で、ビルマ族パガン朝のアノーヤター王に攻められた際に捕らえられてこのバガンの地に連行されました。
その後マヌーハは1059年に許されてこの寺院を建てたのですが、この窮屈そうにしている仏像に象徴されるように、マヌーハ自身の囚われの身の鬱屈した気持ちが表れている、実にひねくれた寺院となっています。 -
次の部屋もこんな窮屈そうな仏像が。
マヌーハも千年後の現在までこんな鬱屈した気持ちを伝えられて満足なのでしょうか、それとも諸行無常の仏教徒にあるまじき行いをしたと後悔しているでしょうか。 -
さて、寺院の裏手にまわるとこちらにも小さな入口があって、中に入れるようになっています。
観光客(欧米人ばかりでなく、ミャンマー人の巡礼者も多いです。)が少なくなった頃を見計らって入ってみると・・・こちらも狭そうな部屋に窮屈そうに横たわっている仏陀の像がありました。
こんな部屋ではとても立ち上がれないですね・・・。 -
横たわっている仏陀の巨大な顔に近づいてみるとこんな感じ。
この仏像は当時造られたものそのままなのか分かりませんが、窮屈そうな身体とは違って苦しそうな表情はしていません。 -
頭の先まで来てみました。
ここから見ると、ちょっと窮屈そうな表情にも見えます。
巡礼に来ているミャンマー人も、この像を見てどんな気持ちになるのでしょうか。 -
続いてはマヌーハ寺院のすぐ隣にあるナンパヤー寺院(Nanpaya Temple)へ。
馬車に乗るほどの距離ではなく歩いていけるので、サンダルをもってそのままの足で向かいます。
お土産屋の参道を抜けると・・・見えてきました。 -
しかし寺院の入口では高校生くらいの女性陣がたむろしていてコワい感じ・・・。
美人の多いミャンマーだけあって顔は日本人好みでとてもかわいらしいのですが、お土産攻撃はハンパないです(笑)。
一人一人ターゲットを決めて喰らいついてくるよう・・・エジプトのルクソールでは男性の客引きにつきまとわれましたが(エジプト紀行(1)参照)、かわいらしい若い女性でもしまいにはウザくなってきますね(笑)。 -
サンダルを脱いで敷地に上がってナンパヤー寺院の全景をパチリ。
ヨーロッパの教会建築のような十字形の角ばったかたちをしています。
この写真を撮っている間も一人の女性にしつこくつきまとわれました(笑)。 -
寺院の中もほかの寺院とは一風変わった印象。
天井に近い高い位置からの採光を取り入れた建築様式は、外観と同じくヨーロッパの教会建築との符合を感じさせますが、実際のところどうなのでしょう。
もともとヒンドゥー寺院だったものを仏教寺院に作り変えたという説もあるそうですが、詳しい由来が伝わっていないため、本当のところはよくわかっていないのが実情です。 -
この寺院には仏像はなく、中心の祭壇を取り巻く4本の巨大な柱にこのような阿修羅などのレリーフが彫られているのみです。
こういうところからは、アンコール遺跡などヒンドゥー寺院の影響を感じさせます。
・・・ナンパヤー寺院、ほかの寺院とは一風変わった、同じような建物が続く遺跡巡りのアクセントにいい寺院でした。
お土産売りのおねえさんはしつこかったですが(笑)。 -
さて、マヌーハ寺院の前で待っている馬車のもとに戻ってきました。
11時40分ともうお昼近いですが、御者のおじさんは回る気まんまんで次の寺院へと馬を飛ばします。
この暑いのにミャンマー人は真面目ですね・・・。
これも普段は稼ぎも少なく苦しい生活を強いられているため、ここを稼ぎどころだと思ってがんばっているからでしょうか。
(引き続きバガン観光(午後の部)へ続く。)
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この旅行記へのコメント (6)
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- liberty-libertyさん 2011/12/06 16:30:54
- 初めて見ました!
- エンリケさん、こんにちは(^o^)
表紙の写真の美しさにビックリ!
バガン・・・・・・これは私も即憧れてしまう風景です(>▽<)
でも
この美しい風景にたどり着くまでの
タクシーやお土産屋さんのぼったくり攻撃。
これは旅上級者でないと太刀打ちできませんね〜。
今の私だったら全てのぼったくりに負けてしまいそう(^o^;)
エンリケさんの旅行記は
海外一人旅の本当に良い参考になります。
次回作も楽しみにしてますね〜(^o^)/
- エンリケさん からの返信 2011/12/11 14:27:14
- バガンは世界三大仏教遺跡のひとつとも言われています。
- liberty-libertyさん
こんにちは。いつもご訪問ありがとうございます。
ビルマ族の古都バガンは、ミャンマーが欧米諸国から経済制裁を受けているということもあって、いまだ世界遺産に登録されていないので、ご存じないかたもたくさんいるのではないかと思います。
事実、わたしの職場でも、“ミャンマーって何があるの?”と、バガンどころかミャンマー自体どんな魅力があるかを知らない人ばかりでした。
かく言うわたしも、ほかの方の旅行記を見てバガンの魅力を知ったクチなので、エラそうなことは言えませんが(笑)。
かつてわたしが感じたのと同じように、わたしの旅行記を見てバガンの魅力を知ってくれる人が出てくれば幸いです。
わたしの場合、いいところを褒めるばかりでなく、悪いところへの辛口コメントも多いですが(笑)。
バガン旅行記はまだまだ続きますので、liberty-libertyさんもぜひまた遊びにきてください!
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- katanさん 2011/12/04 17:56:50
- 笑顔の優しい、カオスな国。
- エンリケさん
こんばんは。いつも旅行記読んでいただき、ありがとうございます!
バガン旅行記にお邪魔しております。
それにしても、ぼったくり・・・旅慣れたエンリケさんでさえ引っかかるのだから、要注意ですね。お土産売りの客引きといい、それなりに気を引き締めていかないと身ぐるみ剥がされそう(--;)御者さんが感じの良い人であったのが救いです。
青空に金ぴかのパゴタが映えて美しいのですが、そこに暮らす人の様子を見てると、素直に拝む気持にはなれないですよね。
現地の人にしてみれば、とりあえず現世での暮らしは我慢して、寺院に寄付して今のうちに徳を積んで、来世に賭けてるといったところなんでしょうかね。
御者さんが案内してくれた、名も無き寺院がいい感じですね。
仏像(仏陀?)が右手をだらりと下げるポーズは共通してますが、お顔立ちはそれぞれ違っていて味がありますね(^^)
katan
- エンリケさん からの返信 2011/12/11 12:56:48
- 旅先での現地の人々との出会いはやはり印象に残ります。
- katanさん
こんにちは。バガン旅行記にご訪問ありがとうございます。
今回のミャンマー旅行、最初はぼったくりタクシーなどよくない出来事が続いて旅行記を書くのもはかどらなかったのですが、人の良さそうな御者のおじさんとバガンの寺院群をまわった記憶をたどっていくうちに、ようやく旅行記を書くのが楽しくなってきました(笑)。
一口にミャンマー人と言っても、外国人慣れしているぼったくりとか昔ながらの素朴で優しい人とか、いろんな人々がいますよね。
これからもいろいろあった現地の人々との出会いをなるべく詳しく書いていこうと思いますので、ぜひまたミャンマー旅行記に遊びにきてください!
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- ガブリエラさん 2011/12/03 22:17:28
- ぼったくり(>_<)
- エンリケさん☆
こんばんは♪
第2弾、待ってました(^_^)v
タクシーのぼったくり、かなり悪質ですね・・・(^_^;)
エンリケさんほどの、旅慣れた方でも騙されてしまうなんて・・・(>_<)
私なんかだったら、だまされたことにすら気がつかなそうです。
貧しくて、なんとか外国人からお金をかせごうとする人たち・・・。
それに対して、本当に金ピカの寺院\(◎o◎)/!
エンリケさんが、嫌になったの、すごくわかります。
お賽銭、入れたくなくなりますよね!
国によって、本当に仏像の顔って違いますね♪
いろんなお顔がありますが、ユニークなの、くすっと笑ってしまいました(*^_^*)
ガブリエラ
- エンリケさん からの返信 2011/12/11 03:50:37
- すべては貧しさが原因。
- ガブリエラさん
こんばんは。いつもご訪問ありがとうございます。
ミャンマーはガイドブックにも“概して安全で人心もよく、安心して旅行できる国”と書かれているのですが、民主化運動を抑圧した軍事政権に対して欧米諸国が行った経済制裁などが原因で人々の生活は一向に良くならず、たくさんの人々が貧困にあえいでいる印象を受けました。
そんな国内情勢の中、将来に希望を見出せない若者を中心に、外国人観光客を狙ったぼったくりなどの詐欺や詐欺まがいの事件が増えているようです。
仏教に対する信仰心が篤いと言われているこの国ですが、普通の人々の住まいに比して豪華すぎる仏塔や寺院など、いびつな聖と俗の姿も気になりました。
そんなこんなで、今回の旅は“楽しい”というより、政治や宗教など、国のあり方について考えさせられた旅でした。
・・・とまあ、なんだか堅い話になってしまいましたが(笑)、楽しい思い出もなかったわけではないので、これからはそういうのもなるべく前面に出して書いていこうと思います。
これに懲りず、ぜひまた遊びに来てください!
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