2007/10/27 - 2007/10/28
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Johnnieさん
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紅葉にはまだ早いですが、1泊2日で甲州を旅しました。
大河ドラマ「風林火山」のブームに乗って、夏に信州を旅したので、今回は甲斐の風林火山史跡を目指します。
午前5時に出発。
あいにく初日は雨でしたが、雨の中にも静かな趣を感じることが出来ました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
-
【景徳院】
まずは大月I.C.で下りて、甲州市へ向かいました。
勝頼公が自害したと言われている、景徳院からスタートします。
土砂降りの中の午前7時半。
私たち二人以外には、誰の姿もありません。 -
【景徳院】
天正十年(一五八二)三月十一日、織田・徳川の大軍と激戦の末、武田勝頼公は日川渓谷沿いに天目山を目指しましたが、叶わずこの地で自害したそうです。
その年の七月、徳川家康公が冥福を祈るため建立したのが、天童山景徳院。
天正十六年(一五八八)に完成したそうです。
風林火山を巡る旅、図らずも武田家終焉の地から始めることになりました。 -
【景徳院】
山門だけは火災から免れており、当時のまま保存されているようです。
確かに歴史を感じさせますよね。 -
【景徳院】
中央が勝頼公、右が北条夫人、左が信勝の墓です。
3人はこの地で自害したと伝えられています。 -
【景徳院】
勝頼公の生害石です。
「おぼろなる月もほのかに雲かすみはれてゆくえの西の山の端」
一万余りいた武田軍も、裏切りや離脱により、この時には二百人ほどに減っていたとか。
強盛を誇っていた武田家の終焉に、人の世の無常を感じてしまいます。 -
【景徳院】
隣りは北条夫人の生害石です。
「黒髪のみだれたる世ぞはてしなき思ひに消ゆる露の玉の緒」
享年19歳だったと言われています。
最後まで劣勢の夫に付き従った、戦国女性の美しくも儚い生き方に胸が痛みました。 -
【雲峰寺】
景徳院を後にした私達は、雲峰寺へ向かいました。
天目山の戦いで敗れた武田軍の生き残りが、この寺に家宝を奉納したと言われています。
今日のお目当ては、その家宝です。
それにしても長い階段。
石段もあまり整備されていないようで、かなり傷んでいます(私はこういうの、風情があって好きですが…)。
雨で濡れているので、滑り落ちないように上り始めました。 -
【雲峰寺】
長い階段を上り、ようやく仁王門が見えて来ました。
室町風の建築様式で、武田信虎の時代に建立されたのではないかと考えられています。 -
【雲峰寺】
こちらの本堂も仁王門と同様に、信虎の時代のものではないかと言われています。
仁王門、庫裡と共に、重要文化財に指定されています。 -
【雲峰寺】
そして雲峰時へ来た目的がここ、宝物館です。
この中には
・日の丸の御旗
・孫子の旗(風林火山)
・諏訪神号旗
・馬標旗
などなど、貴重な武田家のお宝が保管されているのですが、イメージしていた宝物館とは違って、見学したい人はブザーを押して、お寺の人を呼び出す、といった手法でした。
雨で早朝だったせいか、中々来てもらえませんでしたが・・・。
中は狭いですが、本当に年季が入っていて、とても感動しました。 -
【雲峰寺】
庫裏です。
山梨の他のお寺でも、同じような建築様式の庫裏が目立ちました。
この辺りの様式なのでしょうか?
あまり見たことがなかったので・・・。
宝物館で、日本最古と言われている日の丸御旗や、風林火山の旗を堪能できたので、次の目的地「恵林寺」へ向かいます。 -
【恵林寺 - 総門】
再び車を走らせること約30分、恵林寺へ到着しました。
1330年に夢想国師によって開かれ、信玄公が菩提寺と定めた臨済宗妙心寺派の古刹です。
普段はとても観光客が多いとのことですが、今日は雨のためかそうでもないようです。 -
【恵林寺】
長い参道を歩いて行きます。
人がいないためか、より深い趣を感じました。 -
【恵林寺 - 四脚門】
国の重要文化財に指定されている、四脚門です。
この門は、甲斐へ侵攻して来た織田信長によって全山を焼かれた後、徳川家康によって再建されたものだそうです。 -
【恵林寺】
開山堂へ行く途中に、ちょっとしたお庭があります。
さすが信玄公の菩提寺だけあって、規模が大きいですね。
今日は3つ目のお寺ということもあり、何となく鎌倉を歩いているような気にもさせられました。 -
【恵林寺 - 三門】
ようやく三門まで来ました。
ここは次の言葉で大変有名です。
安禅不必須山水(安禅必ずしも山水をもちいず)
減却心頭火自涼(心頭減却すれば火も自ずから涼し)
武田氏を滅ぼした織田軍は恵林寺に押し寄せ、潜伏保護されていた者たちを引き渡すよう快川和尚に命じましたが、拒否されました。
怒った信長が三門に快川和尚はじめ約百人の僧侶らを封じ込め、火を放ちました。
その火の中で快川和尚が唱えた、壮絶な言葉だと伝えられています。 -
【恵林寺 - 開山堂】
三門をくぐると、正面に開山堂がそびえています。
堂内には夢想国師、快川和尚、末宗和尚の三像が安置されています。
家康が再建した後は、甲州藩主となる柳沢吉保が、信玄公の法要を行うと共に寺内に修復をはかっています。 -
【恵林寺】
拝観料を払うと本堂を見学できます。
さすが、綺麗に整備されていますね。 -
【恵林寺】
うぐいす廊下です。
由来はよく分かりませんが、どんなに気をつけて歩いても「キュッキュッ」という音がしてしまいました。 -
【恵林寺】
ご存知(?)、武田不動尊象です。
大河ドラマ「風林火山」のタイトルバックにも出てきます。
信玄公をモデルに作られたと言われていますが、本当だとしたらさぞ強面だったのでしょうね。 -
【恵林寺】
奥に見えるのが、信玄公のお墓だそうです。 -
【恵林寺】
夢想国師築庭の庭園です。
雨の中でしたが、とても綺麗でした。
ここでもまた、鎌倉を連想してしまいました。 -
【恵林寺】
本堂を出てすぐ側に見える大庫裏です。
これで一通り恵林寺の見学も終わりました。
早朝から武田家ゆかりの三つの寺を立て続けに見たので、少し休憩を入れましょう。
この後は甲府で昼食(ほうとう!)を食べ、韮崎へ向かいます。
目的はもちろん、武田八幡宮です。 -
【武田八幡宮 - 随身門】
甲府で昼食(ほうとう)を食べた後、甲府市内は観光せずに韮崎へ向かいました。
武田八幡宮、新府城跡、涙の森などを訪れる予定だったのですが、雨が強烈になって来たので、武田八幡宮のみにすることにしました。
石の鳥居をくぐって、随身門から神社へ入ります。
歴史を感じさせてくれる雰囲気ですね。 -
【武田八幡宮 - 舞殿】
社伝によれば、822年(弘仁13年)に宇佐神宮または石清水八幡宮の分霊を勅命によって勧請し、地名から武田八幡宮と称したのが草創とされています。
その後、代々武田氏によって崇拝されて来ました。
武田氏の発祥の地は韮崎なのですね。 -
【武田八幡宮 - 拝殿】
代々氏神として崇拝して来た武田氏も、1582年の織田軍の侵攻により、滅亡の危機にさらされます。 -
【武田八幡宮 - 本殿】
三間社流造桧皮葺の本殿は、武田信玄が再建したもので国の重要文化財です。
織田軍の侵攻に際し、勝頼夫人が戦勝を祈念した願文が奉納されています。
北条夫人の夫に対する純真な思いに触れた気がする、今日一日でした。 -
【武田八幡宮 - 二の鳥居】
少し(結構?)下ったところに、二の鳥居がありました。
他の方の旅行記を見ていると、普通はこの辺りから上るそうなのですが、気付かずに上まで行ってしまったようです。
初日の旅はこれでおしまい。
武田家の滅亡に係る史跡が中心となりましたが、明日はいよいよ甲府市内を散策します。
武田家の栄光の日々を感じたいと思います。 -
【甲府駅前】
翌朝、舞鶴上公園へ行く前に見学しました。
甲府駅前に建っている、武田信玄公の銅像です。
風林火山を巡る旅なので、記念に一枚。 -
【武田神社】
舞鶴城公園を見学後、武田神社を訪れました。
(舞鶴城は武田家滅亡後に出来た城なので、今回の旅行記からは独立して作成しました。こちらからどうぞ↓)
http://4travel.jp/traveler/johnnie-travel-diary/album/10194899/
この神社は、言わずと知れた躑躅ヶ崎館跡なのです。 -
【武田神社】
信玄公は領国(甲斐)内に城を築くことはしませんでした。
敵が領国内にまで侵入して来たら、その時点でもう手遅れであり、討って出ることこそが最大の防御であるという考え方です。
「人は石垣、人は城」
有名な武田節の一節ですが、信玄公の思想をよく表していると思います。 -
【武田神社】
武田神社は1919年(大正8年)に建立されたそうです。
祭神はもちろん、武田信玄公です。 -
【武田神社】
名水「姫の井戸」です。
信玄公ご息女誕生の際、産湯に使用された事からこのように名付けられました。
この井戸から発掘された茶釜などの品が宝物館に展示されており、当時の生活を知る貴重な手がかりとなっているそうです。 -
【武田神社】
水琴窟です。
琴の音のような音が聞こえます。
仕掛けは、底に小さな穴をあけた瓶を土中埋め、わずかな水を流す。
水は穴から水滴となって落ち、瓶の中で反響し、琴の音に似た澄んだ音を地中に響かせるというものです。 -
【武田神社】
何の木でしょうか、とても大きな木でした。
御神木だったと思いますが。 -
【武田神社】
神社の周りは鬱蒼とした林になっていますが、風林火山の夢の跡を感じながら散歩するには持ってこいの場所です。 -
【武田神社】
濠の跡です。
館とは言え、やはり防御は厳重ですね。 -
【武田神社】
旧大手門です。
この先に宝物殿があるので、見学して来ました。
七星軍扇を中心に、信玄公ゆかりの品がたくさん展示されています。
朝から大満足の参拝となりました。 -
【信玄公墓所】
武田神社から20分ほど歩いたところに、信玄公墓所と呼ばれる場所がありました。
ここで荼毘にふされたと言われています。
住宅地の中にあるので少し分かりづらいです。
また、近くに公民館のような所があって駐車場もあったので、もしかしたらそこに停めてもOKだったのかもしれませんが・・・
私たち二人も信玄公にお祈りしました。 -
【甲斐善光寺】
武田神社を出て車で15分ほど。
甲斐善光寺です。
第一印象は、とにかく年季の入った建物だな〜、と。
信濃善光寺に比べると、少し規模も小さい感じです。 -
【甲斐善光寺】
ここ甲斐善光寺には、川中島の合戦前に信玄公が信濃善光寺から御本尊を一時的に移したと言われています。
戦禍が及ぶのを懸念されたんですね。
甲州市、韮崎市、甲府市に及ぶ風林火山の史跡めぐりはこれで終了です。
信州に比べると派手な見所は少なかったですが、各々の訪問先で武田家の繁栄と没落の歴史を垣間見ることができ、有意義な旅行となりました。
信濃→甲斐と来たので、次は駿河あたりかな?と思っています。
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