2008/11/01 - 2008/11/03
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morino296さん
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紅葉にはまだ早すぎますが、秋深まる中国地方を旅しました。
2日目は、安芸の宮島、厳島神社から、ロープウェーに乗り弥山(みせん)に登り、瀬戸内海を見渡しました。
前半は、荘厳な海上神殿・厳島神社を中心に紹介します。
厳島神社は、推古天皇が即位した6世紀末に創建され、平安時代に平清盛によって現在の姿に整えられたと伝わります。
(宮島観光協会のパンフレットなどを参照)
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宮島口桟橋から宮島桟橋までは、フェリーで約10分、JRと宮島松大汽船の2社が5〜10分間隔で運行しています。
今回利用したのは、広島電鉄グループの宮島松大汽船。
広島電鉄の宮島フリーパスは、電車全線のフリー乗車券、フェリー、ロープウェイ往復がセットで2000円とお得です。
広島駅から広電で宮島口までは約1時間かかりますが、市内観光のつもりであれば楽しめます。 -
宮島桟橋の乗船場
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厳島合戦跡の解説
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宮島へ到着するフェリーを迎える鹿
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日本三景碑の前でまどろむ鹿
ここで記念撮影する人が多いのを知っているようですね。
写真に写りたがりの鹿? -
仲の良い鹿、表情がなんとも言えませんね。
宮島には鹿が沢山いて驚きました。
奈良の鹿ほど、図々しくはないようですが。 -
日本三景 宮島
この日は、七五三の子供が沢山いました。 -
宮島桟橋から海岸線沿いに歩くと大鳥居が見えてきます。
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厳島神社の鳥居
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大鳥居
宮島のシンボル、高さ16mの大鳥居は、平安時代から数えて8代目。
現在の鳥居は4脚造で、鳥居本体の重さだけで立っているそうです。 -
厳島神社
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厳島神社 入口
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厳島神社 入口
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厳島神社 客(まろうど)神社前から見た東回廊と本社
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厳島神社 東回廊
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厳島神社のカニ
この時は、満潮まで1時間ほどでしたが、カニが穴から出て来ていました。 -
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回廊の角
床板が綺麗に組まれています。 -
厳島神社 東回廊から望む大鳥居
解説書には、絶好の撮影スポットとありました。 -
厳島神社 康頼燈籠
鬼界島に流されていた平康頼が許されて帰京できた神恩を感謝して奉納されたものだそうです。
本社の横にありました。 -
厳島神社 東回廊
客(まろうど)神社と本社を結ぶ回廊。
床板の隙間は、高潮でも浮き上がらないための工夫です。
回廊は幅4m、長さは約275mあります。 -
厳島神社 平舞台(国宝)
寝殿造りの庭にあたる部分で、広さは167.6坪(約553?)あるそうです。
安元2年(1176)、平氏一門が社参した際に、社殿の前方に仮廊を設けたという記録があり、この仮廊が常設となったものともいわれます。 -
厳島神社 燈籠と大鳥居
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厳島神社 火焼前(ひたさき)の最先端に立つ燈籠と大鳥居
記念撮影の人が途切れることなく、シャッターチャンスがなかったです。(これが一番、人が写らなかったものです) -
厳島神社 高舞台と本殿
本殿には、市杵島姫(いちきしまひめ)・湍津姫(たぎつひめ)・田心姫(たごりひめ)の宗像三女神が祀られています。
屋根に神社の定番とも言える千木と鰹木を持たず、桧皮葺の屋根に瓦を積んだ化粧棟のスタイルを取り入れた寝殿造りならではの様式が特徴です。現在の本殿は元亀2年(1571)、毛利元就によって改築されたものだそうです。 -
厳島神社 高舞台と大鳥居(本殿側から)
高舞台では、春と秋に平安時代から伝わる舞楽が奉納されます。現在の高舞台は室町時代の造営だそうです。 -
厳島神社 本殿から望む高舞台と大鳥居
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厳島神社 大鳥居(重文)
本社火焼前(ひたさき)より88間の海面にそびえる朱塗りの大鳥居は、高さの16m、重量は約60トン。
主柱は樹齢500〜600年の楠の自然木で作られており、8代目にあたる現在の鳥居を建立するにあたっては、巨木探しに約20年の歳月を要したといわれmあす。
9代目に建て替えるのはいつのことか分かりませんが、楠の巨木があることを祈ります。 -
厳島神社 平舞台から望む五重塔
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厳島神社
地元の酒蔵が納めた酒樽が積まれています。 -
天神社
毛利元就の長男・隆元により寄進された社で、菅原道真を祀ります。
沢山の絵馬が掛けられています。 -
反橋(重文)
重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから別名・勅使橋とも呼ばれました。
現在の橋は、弘治3年(1557)に毛利元就・隆元父子によって再建されたもので、擬宝珠の一つに刻銘が残っているそうです。 -
厳島神社 能舞台(重文)
国内で唯一の海に浮かぶ能舞台で、現在、重要文化財に指定されている5つの能舞台のうちの1つです。
厳島での能の始まりは、永禄11年(1568)の観世太夫の来演といわれます。
慶長10年(1605)に福島正則が常設の能舞台を寄進、その後、延宝8年(1680)に藩主が浅野氏に代わってから、現在の舞台となったそうです。
春の桃花祭神能がこの舞台で演じられるほか、茶道表千家と裏千家家元が隔年交互に執り行う献茶祭ではここでお茶が点てられ御神前に献じられます。 -
厳島神社 西回廊
本社から出口までのの回廊で、弘治2年(1556)に毛利元就が敷いたと伝わります。 -
大願寺の山門
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大願寺の山門脇で客を待つ人力車と車夫
ちょんまげが格好良かったです! -
大願寺
開基は不明で、建仁年間(1201〜1203)の僧了海が再興したと伝えられる真言宗の古刹です。
明治の神仏分離令までは厳島神社の普請奉行として寺院の修理・造営を一手に担い、千畳閣、五重塔、多宝塔などから形成される厳島伽藍の中心をなしていたそうです。 -
大願寺
この寺の秘仏厳島弁財天は弘法大師空海の作と伝えられ、琵琶湖・竹生寺、江ノ島とともに日本三弁財天といわれます。 -
大願寺
本堂奥の書院は、第二次長州戦争の際、勝海舟と木戸孝允(桂小五郎)など長州藩を代表する藩士らが講和会議をした場所だそうです。 -
大願寺の解説
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大鳥居の根元材
現在の大鳥居は、明治8年に建立されたものですが、昭和26年に大補修が行われ、その際に取り換えられた「楠」の旧根元材だそうです。 -
五重塔
千畳閣の隣に建つ五重塔は、応永14年(1407)に建立されたものと伝えられ、桧皮葺の屋根と朱塗りのコントラストが美しいです。高さは27.6m。 -
豊国神社(千畳閣)
天正15年(1587)、豊臣秀吉が朝鮮出兵の犠牲者を弔うために、安国寺恵瓊に建立を命じた大経堂で、秀吉の死により未完成のまま残されました。
現在は、秀吉と加藤清正が祀られます。 -
豊国神社(千畳閣)
島内では最も大きな建物で、畳857枚分の広さがあることから千畳閣と呼ばれます。
秀吉の急死によって工事が中止されたため、御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成のままの状態です。
江戸時代、ここは交流の場・納涼の場として人々に親しまれていたようで、大きな柱には当時の歌舞伎役者一行の名や川柳などが記されています。
神仏分離により仏像は大願寺に遷され、秀吉公を祀る豊国神社となったそうです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- Rさん 2008/11/11 23:43:01
- 厳島神社は素敵です
- morino296さん、こんばんは。
厳島神社は一度は行ってみたい所です。
水の上に浮かんでいる姿はとても美しい・・・。
優雅で幻想的です。
それにしても厳島神社は随分と広そうですね。
もちろん観光客の数も多そうですが。
なかなか人が入らず写真を撮るというのも難しそうですね。
12月から転職することになり、しばらくは忙しく遠出ができなくなりそうです(涙)
morino296さんの旅行記で擬似旅行しま〜す。
Rita
- morino296さん からの返信 2008/11/12 00:30:43
- RE: 厳島神社は素敵です
- Ritaさん
こんばんは!
いつも有難うございます。
厳島神社、やっと行ってきました。
前から行きたかったのですが、やっと実現出来ました・
弥山まで登ると、結構時間が掛かりますが、瀬戸内海の島々を堪能できます。
転職されるそうですが、この時期、なかなか難しいですね。
頑張ってください!!
寒くなってきましたので、お大事に!
morino296
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