
2006/01/21 - 2006/01/22
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ちびのぱぱさん
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この旅行記スケジュールを元に
(2006年の旅行記を2022年12月に再編集)
マレー鉄道、と聞いただけでもう、旅の虫が騒いで体中を駆け巡り、手の中のマウスが勝手に東南アジア行きのチケットをポチっていたような時期がありました。
足しげく東南アジアに通っては、タイ国鉄とシンガポールまでの路線を乗りつぶしていた。
しかし、いつしかマレーシア国内は高速化工事も済み、日本同様夜行列車も廃止され、バンコクとペナン島を結ぶ国際列車もなくなってしまった。
時代の流れと言えばそれまでですが、乗り鉄旅の情緒は今は昔……。
今から17年も前の旅行記を捨ててしまおうと思って読んでいるうちに、いつしか手直しを始めちゃっていました。
この旅の時に予約しておいたのはマレーシア北部のアロースター駅からクアラルンプールまでの「ランカウイエクスプレス号」という夜行寝台列車で、二等寝台が2000円ほど。
ネットで予約ができました。
日本の寝台列車のお下がりを利用していましたので、料金的にはかなりの割安感があります。
国内の寝台料金が払えなかった学生時代の周遊券の旅の仇を、東南アジアで打てます!
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
-
2006年1月21日(土)
5泊ほど滞在していたランカウイ島を切り上げて、本土に戻ることにしました。
フェリーに乗って1時間半ほどでクアラクダ(Kuala Kedah)という港町に到着します。
ここからほど近いアロースターという町から、マレー鉄道の夜行列車に乗ってクアラルンプールに戻るつもりです。
島から、マレーシア本土に戻ってくると海もどろんとし、暑さも倍増します。 -
おびただしい数の漁船が波に揺られ、ここが漁業の町であることが分かります。
ここまで来ると、清清しかったランカウイ島での時間がいとおしく感じられる。 -
フェリーを降りると、タクシーの客引きに取り囲まれます。
観光客などほとんど乗っていませんから、たぶんぼられることもないのだと思いますが、ほぼ習慣的にタクシーを避ける。
寄ってくるタクシーの客引きをかわし、港の建物を出てました。
右手の方に行くと簡単な食堂などが並んでいます。 -
そのうちの一つでアロースターへのバスのことを尋ねると、
「バスはこの店のまえに来るから、あなたは食事をしていれば良い。」
と店のおじさん。
確かにお昼時ではありました。
「すぐには来ないんですか?」とわたし。
「だいじょうぶ。心配要らない。」
と太鼓判を押す。
「ちょっとおなか空いたし、もうお昼だから食べてくか。」
というと、妻も同意。
「じゃあ、ミーゴレンを二つお願いします。」
さっきからソースの焼けるいいにおいがしていたのです。
「コーラ飲むかい?」
「そうですね。二つお願いします。」
ちょっとバスが気になりましたが(写真:店先でバスを待つ)、ちょうど食べ終わった頃にローカルなバスがやってきて、店のおじさんを見ると、
「あれに乗りなさい。」
と教えてくれました。 -
おんぼろバスには運転手、それに今では懐かしい車掌さんが乗っています。
それも、おじさん、の車掌さんが一枚50円の切符を重々しく売ってくれます。
それを見た妻がしみじみと言います。
「マレーシアに来てから、わたし、生きると言うことに対して今まで肩を張りすぎていたって気がついた。」
「どうして急に?」
「あのもぎりのおやじ(車掌さんのこと)、あれで食べてるんでしょ。人間肩を張らずに生きたら良いんだよ。」
「???」
とにかく妻は何かが吹っ切れたようで、なによりです。
15分も走ると、アロースターの市街に入ります。
どう見ても町の中心と思しきところに来て大勢降りたので、件(くだん)の車掌さんに、どこで降りたら良いんですか?と聞くと
「どこに行きたいんだ?」
「だから、アロースターです。」
「じゃ、ここで降りろ。」
といわれ、私ら二人もそのにぎやかな通りで降りました。
ご覧のような繁華な場所で降ろされ、自分たちがどこにいるのかも分からずにあたりをきょろきょろ。
今日は土曜日とあって、すごい人出です。
すると、一人の女性がニコニコしながら近づいてきて話しかけました。
「日本の方ですか?」
まぎれもなく日本語ですが、現地の人と同じようないでたちの30歳くらいの方。
「はい。」
「やっぱりそうですか。日本からの方に会うの一年ぶりだぁ。」
「こちらで働いていらっしゃるんですか。」と私。
「ええ、青年海外協力隊で来ているんです。」
「そうなんですか。でも、日本人が久しぶりっていってましたから、一人できたんですね。」
「はい。もう1年半になります。」
「どんなお仕事なんですか?」
「医療関係ですけど……、そろそろ日本に帰りたくなりました。この間、日本の母と電話で話したら、アロースター駅が『世界の車窓から』で映ってたって。なんか、妙に里心がついてしまって。」
「そうなんですか。大変なお仕事、どうぞ頑張ってください。」
彼女はマハティール元首相が学生時代にアルバイトしていたレストランなどを教えてくれた後、名残惜しそうに去って行ったのでした。 -
近くの店で、冷たい飲み物を飲んでしばし移動の疲れを癒す。
-
さて、とりあえず駅に行ってインターネットで予約した今夜の夜行の席を発券してもらい、ついでに重い荷物も預けてしまおう。
途中で、痩せて背の高い目つきのするどい老人が声をかけてきます。
「駅に行くのか?」
「そうです。」
「この道をまっすぐ行って左にずっと行け。」
確か、地図で確認したのでは右に行かなければならないはずです。
その容貌から中華系の人のように思いました。
「どうも。」
そう言ってそのまま進み、教えてもらったのと反対の右に行こうとすると、
「ちがうちがう、左だって言っただろう。」
いつの間にか、後ろについてきていました。
気味が悪いので無視して、走るように右へと続く道を進みます。
「なんだか、怖かったね。」
「日本人に恨みでもあるのかな。」
マレー半島では、戦時中日本人は華僑の人たちにかなり恨みを買っているようです。
まもなく、写真の鉄道官舎(?)と思しき一群の建物が見えると、その向かいに一目で駅舎とわかる建物がありました。
アロースターの駅舎は、風情があって旅の気分を大いに盛り上げてくれます。 -
可愛い時計台のある駅舎は味わい深く、「世界の車窓」に登場したのもうなずけます。
ここから夜行列車に乗るのかと思うと、胸キュンものです。
(残念なことに駅舎のリニューアルがされ、この時計塔はもう存在しないようです。)
とりあえず、プリントアウトしたインターネットの予約確認ページを取り出して構内に入ると、結構大勢の人が窓口に並んでいます。
この駅は上下それぞれ二本ずつ、つまり一日4本の列車しか通らないのに、たいした賑わい。
一人のおじいさんが食い下がっていますが、座席はないと突っぱねられています。
ついにあきらめて、無念そうに私の顔を見ると、
「だめだ、今日の夜行は一杯だと。あんたも、あきらめたほうが良いぞ。」
(たぶん)そう言って、うなだれて帰ってゆきます。
ちょっといやな予感もしたのですが、古びた窓口の中で端末を操作する若い女性は、渡されえた紙を見て直ぐに二枚のチケットを発券してくれました。
ごめんね、おじいさん、と心の中でつぶやいたのでした。 -
身軽になったので、駅前通り(Jalan Stesen)を戻って進み、先ほどの中心街も過ぎ、西のはずれで通りの名がジャランランガー(Jalan Langgar)に変わった辺りに、何とも旅情あふれるボロ宿がありました。
Hotel Lim Kungというのですが、はたして営業しているのだろうか。
見ると二階の窓からタオルがぶら下がっているので、この2006年当時現役だったかもしれません。
看板の字は「旅社」ではなく「旅館」となっているので、もしかしたら日本統治時代のものなのかもしれません。
ちょっとしらみが出そうですが、こんな旅社に泊まって町をぶらぶらするのもまた旅の醍醐味ではないかと思ってしまう。
ただ、こういうものに惹かれる自分を理解に苦しみ戸惑う自分もいる。
(この「ホテル」、現在(2022年)のグーグルマップのストリートビューで見たら、その後改装されて別の名前のホテルになったようですが、「廃業」とありました。) -
アロースターは王宮や有名なモスクなどがありますが、観光名所というほどでもないかもしれません。
むしろ生活臭がむんむんする地方の中核都市ということで、街歩きが楽しい。
写真はJalan Langgarのショップハウスです。 -
そのまま通りの突き当りまで進み、右に折れるとかつて裁判所だったケダ州立アートギャラリー。
その横を通り過ぎて歩く。ケダー州立博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ザイールモスクです。
たぶん、一番の観光名所。ザイール モスク 寺院・教会
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ロイヤルミュージアムの前はきれいな公園で、家族づれなどが三々五々歩いています。
写真は、マレーシア王室の大ホールだったというバライ・ブサール。
何かの式典があるらしく、広場で楽団が練習をしていました。バライ ブサール 劇場・ホール・ショー
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記念写真も。
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ちょっとトイレ。
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バライ・ノバット。
かつて、王室の音楽堂だったらしい。 -
街歩きもそこそこに、町の中心に戻ってシティプラザ近くのKedai Kopi Jin Hoe (人和飲氷室)でラクサ(ラーメン)を食べて夕食の代わりにしました。
(このお店、グーグルマップで見ると、今でも営業しているようです!) -
やがて汽車の出発時刻の6時53分が迫ってきました。
駅に戻ると、すでに家族連れなどが待っていて、なにやら楽しげに話しこんでいます。
旅立つ前の、この駅の雰囲気が大好きです。
汽車は、予定通りなら明日の朝6時にKLセントラル駅に到着するハズ。
約450kmを11時間ほどで走る。
なかなか夜行列車として走るには良い感じの距離です。
寝台料金は上段より下段の方が少し高いし、広さもちょっとある。
食堂車で食事もできるのが嬉しい。
なんかワクワクしてきた。 -
これは2022年12月現在の列車時刻と料金表。
5時間もかからず走ってしまうから、夜行列車が無くなるわけですね。
現在1リンギット30円ほどなので、3千円くらいで行けます。 -
駅で汽車を待つ旅人。
もう時間なんですが、なかなか来ませんねえ。 -
暇だから、駅の端っこまで行ってみるか。
向こうの方向がシンガポールですね。
この路線は、シンガポールからタイはチェンマイまで三つの国をまたいでつながっています。(シンガポール~バンコクは2000kmある)
E&Oexpressという超豪華列車が不定期に走っていることでも知られ、いつかは乗ってみたいと思っている人も多いと思います。
マレー鉄道という言い方は、狭義ではマレーシア国内の鉄道をさすようですが、広義ではこの三つの国を繋ぐマレー半島を走る鉄道全体を指すこともあるようです。
そう考えると、実に雄大な国際列車、日本にはない国境越えも経験できる。
歴史としては19世紀の植民地時代にその源を発し、タイ王国の国鉄とは歴史も軌道幅も異にしています。 -
結局、汽車は1時間遅れでやってまいりました。
まあ、こんなもんでしょう。 -
車窓の風景。
ジャングルあり、ゴム園、ヤシのプランテーション、水牛の屯す湿地、水田地帯と変化にとんだ景色が目を楽しませます。
カルストの浸食台地特有の大樹のような山が林立する景色もあります。 -
食堂車もあります。
地元の人に交じって、マレーシアのカレーなどを食べられます。 -
食堂車から戻ると、すでにベッドメイクが済んでいました。
下段が私で上段には妻が陣取ります。
予約するときにパソコンの画面で席を選択できます。
空いていたのが入り口近くのこの席だったのですが、トイレが近くて扉が開くとにおいがキツイ。
そして、トイレに行って帰りにドアを閉めない人が多い!
そういう人、日本にもいますがこっちの人の方が割合が高い気がする。
いちど夜中に目を覚まし、ドアが開けっぱなしで臭いにたまらず、締めに行こうとすると隣のベッドからご婦人が飛び出し、すごい剣幕で締めに行ってました。
腹いせに力任せに閉めたから、反動でもう一度開いて、おばさんさらに腹を立てていました。
あの分では、しばらくむしゃくしゃして寝付けなかったのではないか。
今ではいい(?)思い出ですw -
免税のランカウイ島で仕入れたジョニ赤を傾けつつ、暮れなずむ車窓風景を眺めました。
-
グラスがなくて……。
これも旅の思い出。
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マレー半島の旅2006
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