2012/06/04 - 2012/06/04
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井上@打浦橋@上海さん
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我が家の近くに田子坊という人気スポットがあります。
上海には上海独特の長屋タイプの集合住宅群が多いのです。
それらはほとんどが1930年代に作られた物でして、洋風であり、中華風でもある建築スタイル。
コレを上海では石庫門住宅と呼んでいますが、我が家の近くの石庫門住宅の中に、10年くらい前から姿を現し始めた空間が田子坊なんです。
当初はホンのわずかなエリアだったんですが、その後、ドンドンそのテリトリーを広げ、今や当初の3・4倍の大きさになってしまったのです。
この田子坊が注目され、最近はコレに倣った空間があちこちに出来てるようです。
そして、それらは、ほとんどが旧フランス租界地区にあるのです。
まあ、旧フランス租界地区でも、どちらかというと、チョイとクラスが落ちるエリアに多いですね。
田子坊もそうですし、ココで今回紹介する嘉善老市も尚街LOFTも、そういう地域にあるということです。
ですから、嘉善老市も尚街も田子坊からは近いのです。
さて、6月4日に、この田子坊を取り上げた番組が、放送されることを知りました。
NHK・BS1の「上海・多文化の街に生きる」と言う番組です。
番組案内にはこう書かれています。
★上海の伝統的な集合住宅、里弄(リーロン)の一角に
★世界26カ国の人々が店舗やアトリエを構える‘田子坊’がある。
★そこに暮らす新旧の住民たちの日常を描く。
コレを知り、よしじゃあ、また田子坊散策してくるかとなったのです。
そして、ついでに、嘉善老市と尚街も・・・となったのです。
いや、実を言うと、田子坊は、気合かけて行くほどのところではなく、
いつも散歩してるところなんですけどもね。
田子坊からそこへ向かう道の途中にある、有名な石庫門住宅である歩高里と、孫文と深い繋がりのある日本人・梅屋庄吉の銅像がある紹興公園も紹介します。
また最後には、「上海・多文化の街に生きる」と言う番組の内容も紹介します。
-
これが田子坊、嘉善老市、尚街、歩高里、紹興公園の案内図です。
旧フランス租界で言いますと、南端地区にあたります。
この案内図の南のほうを東西に走る幹線道路が肇嘉浜路と徐家匯路なんですが、昔は、ココには水路といいますか川が流れていまして、その川の北側がフランス租界で、南側は川向こうのドヤ街的な地区だったようです。
ですから、田子坊や嘉善老市や尚街は、フランス租界でも、どちらかというと、クラス落ちの地区に出来たスポットと言うことになります。
2つの幹線道路の下には地下鉄9号線が走っていまして、田子坊は打浦橋駅が、尚街と嘉善老市は嘉善路駅が最寄の駅となります。 -
これが嘉善老市の入り口です。
嘉善路側の入り口ですね。
嘉善路は、チョイと前までは途切れ途切れの道だったんです。
フランス租界時代は1本に繋がっていたんだと思いますが、解放後の混乱で、道に民家が建ち、道が寸断されたんでしょう。
4・5年前に、その民家が撤去され、道が復活したのです。
この入り口部分の嘉善路も、その復活した道なんです。
復活前は、この路地が東西に走っていまして、その狭い道沿いに青空市場といいますか、雑然とした店がビッシリ状態だったんです。
こちらは陝西南路側の入り口です。 -
嘉善路側の入り口からの路地を行きます。
この路地も、今は綺麗になりスッキリしました。
その路地をチョイ東に行きますと、右側に入り込んでいける空間が・・・
これが嘉善老市というスポットになるんでしょう。
奥にはちょいとした広場があり、そこにはオープンカフェが・・・。 -
器という日本料理屋があります。
外ではフランス人らしき女性と上海人男性が、ドンブリ飯みたいなものを食べていました。
ここはヘアサロンのようです。 -
嘉善老市を出て、陝西南路に抜ける路地を行きますと、そこには、昔の青空市場の面影を残す、店が並んでいます。
鶏や鴨が生きたまま売られています。
ここの包子は、未だに1元です。
安いですね。
向うに陝西南路が見えてきました。 -
陝西南路に出て、南にチョイ行きますと対面に石庫門住宅が見えてきます。
それが、歩高里です。上海に残ってる数多くの石庫門住宅の中でも、特に保存価値の高いものです。
私の上海の虎の巻「上海歴史ガイドマップ」には次のように書かれています。
【歩高里】
1930年建造の旧式石庫門住宅。二階建赤煉瓦の磚木構造。路地の入り口には中国式のアーチ。装飾には中国式と西洋風との折衷様式が取り入れられている。公的な補助金を受けた改修が行われ、良好な環境が保たれている。歩高里52号には、第一次上海事変で閘北の家を焼かれた作家の巴金が一時寄寓する。上海市優秀歴史建築。陝西南路287弄。 -
歩高里の入場門の上部には「CITE BOURGOGNE」と言う表示があります。
歩高里の中国語読みは「ブゥガオリ」です。
これはBOURGOGNE(ブルゴーニュ)の音訳ということなんでしょう。
歩高里は陝西南路と建国西路の北東角にありまして、ここに写ってるのは建国西路からのものです。
陝西南路のフランス租界時代の呼び名はAvenue du RoiA lbertです。
建国西路はRoute Freluptです。 -
コレは別の日のことですが、あるブログで、紹興公園に梅屋庄吉の銅像があると知り、それを見に行った時の物です。
紹興公園は紹興路という結構素敵な道にあります。
この道は、短い道ですが、ギャラリーや洒落たカフェ、感じのイイ本屋が並びます。
フランス租界時代の名は Avenue Victor Emmanuel ? です。
この道沿いにも、古い建物や洋館が建ち並びます。
どれもこれも、なかなか趣があります。 -
紹興公園は小さな公園です。
そんな小さな公園ですが、入り口部分の開いたスペースには野菜市がたつのです。
公園の中は近所に住むご老人達が憩っています。
6月の緑豊かな木々の木陰の下のベンチで休む老人達、井戸端会議中のお婆さん・・・
そんな小さな公園の奥に、ヒッソリたたずむ銅像があります。
誰も興味示していないのかと思える、その銅像こそ、日本人なんです。
梅屋庄吉という孫文と関わりが深かった方です。
彼は、映画会社・日活の創設にも関わっていたとか・・・。
これが梅屋庄吉さんです。
その右下の銘板には以下のような説明があります。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
梅屋庄吉は、1868年日本国長崎に生まれた実業家。1895年、香港で孫文とで出会った。知己を得た二人は「君は兵を挙げたまえ。我は財を挙げて支援す」と盟約を結んだ。その後、梅屋庄吉は、その生涯にわたって孫文の民主革命活動を支援し続けた。1929年、現在の上海市瑞金二路144号(ここ紹興公園の近く)を住居とした。
ここに国境を越えた二人の友情を称え、日中両国国民の末永い友好を祈念し、長崎県と上海市の永遠の友好の証として、長崎から上海へ銅像を贈る。
長崎県日中親善協議会 上海市黄浦区政府立
2011年11月
■■■■■■■■■■■■■■■■■■ -
銅像の碑銘には梅屋庄吉は瑞金二路144号に住んでいたと書かれています。
ということで、紹興路を東に行き、瑞金二路に出て、その144号を探しました。
飛達服飾という店の住居表示が144号になっていまして、その裏手には洋館があります。
ああ、ココか・・・公園からは非常に近いところにあります。
まあ、当時の建物そのままかどうかは分かりませんが、原型はそのままなんでしょう。
上海の日本人向けの情報雑誌の最新号(2012年6月号)の連載記事の「上海にいた日本人」が、たまたま梅屋庄吉。
それによりますと、この家は、当時の中国政府が梅屋の孫文への多大な支援に対してのお礼の意味で、梅屋に無償で与えた物だったようです。しかし彼は、申し訳ないという気持ちが強く、実際にはココには殆ど住まなかったようです。
彼が実際住んでいたのは江湾路大東街の自宅だったらしいですね。1934年彼がなくなった後も、彼の妻は、長く、そこに住んだそうです。
梅屋が上海に最初に来たのは14歳の時らしいです。
上海で働き、成功して大金持ちになったんですが、上海の民衆の悲惨な様子に心を痛め、いつか、中国に対して、支援を、と思うようになり、香港で出会ったのが孫文さん。
孫文さんの革命に対しての資金援助額は、現在の金額に換算すると一兆円になるそうです。 -
嘉善路には、もう1つ、お洒落スポットがあります。
出来て、2年くらいは経つのかもしれません。
まだ発展途上、今後、発展するのかどうか・・・。
田子坊とか嘉善老市と違うところは、新しく建てたビルとその周辺の空間を利用したモノであることのようです。
建国西路から嘉善路をチョイ南に行きますと、オレンジ色のビルが見えてきます。
そのビルへの入場口手前に、日本料理屋らしきものが・・・
店の名は「白金台」ですって。
調べましたら、和食なイタリアンが売りらしいです。
尚街LOFTの看板が見えてきました。
ここを右に入り込めば尚街ってことなんでしょう。 -
これは尚街で検索して出てきた画像です。
完成予想図なんでしょう。
やはりオレンジ色のビルがアクセントなんですね。
そのオレンジ色のビルの下を抜けて奥の広場に行きます。
その広場の壁には、どういうわけだか機関車のオブジェが・・・。
なんで、また機関車なんでしょうか・・・。
広場の奥のほうまで行き、振り返りました。
向うに見える白い高層建物は匯景苑と言うマンションです。
2000年頃に平米当たり12000元で売り出された物件ですが、今はいくらくらいになってるのかも・・・調べましたら、40000元のようです。
2LDKの100?なら、400万元・・・日本円で5000万円以上と言うことのようです。 -
コレはビルの中です。
なんか、まだ閑散としています。
ビルの脇から北へ抜ける通路がありまして、その奥にも広場があります。
広場はオープンカフェだらけ・・・
やはり、なんかまだ寂しいですね。
3・4年後はどうなってるのかどうか・・・。 -
さて、田子坊の朝の様子です。
まずは、朝の田子坊散策の前日のことです。
私の住む小区の北には小さな公園がありまして、そこを行く人達はフィリピン人なんです。
毎週日曜日の午前に、我が小区にある会所(会議室とか卓球場とか麻雀部屋などがある)でミサがあるので、それに参加する人達です。
100人以上は来るのかと見ています。2階の会議室からは、ゴスペルなんかが聞こえてきます。
上海で仕事をしてるフィリピン人の多くが、ココに集まってくるんでしょうね。
しかし、先月は、そのミサがなかったのです。
なんでか・・・
フィリピンと中国の間で南沙諸島問題で、ゴタゴタがあったからだと、私は見ています。
翌日の月曜日の朝に田子坊に向かいました。
この道は打浦路と田子坊を結ぶ短い小さな道です。
昔はありませんでした。
地下鉄9号線の打浦橋駅の上にある大型ショッピングモールの日月光中心が完成した後にできた新しい道なのです。
この道が出来たため、我が家から田子坊は、凄く近くなったのです。
その道をいつものように行きましたら、向うから備長炭と書かれた段ボール箱を運ぶ人が・・・
よく見ますと、楓林・備長炭となっています。
何に使うのか・・・炭焼きの焼鳥屋なのか・・・・
しかし、勝手に備長炭という名を使ってイイのか・・・いや、あるいは、中国では、もう「備長炭」の名を商標登録してしまってるのか・・・
小道を抜けて泰康路まで来ました。
目の前が田子坊の入場門の一つの天成里です。
田子坊という名は、田子坊が出来て後から付けた名であって、本来、ここにある石庫門住宅の名は天成里なのかもしれません。 -
天成里の入場門の対面には喫茶店が三つも・・・
どれも、日月光中心の田子坊に面した1階部分にあります。
まずは日本のサンマルクカフェ。
漢字表記は聖摩珂。
ここのチョコロールってのは日本で人気らしいですね。
私も2ヶ月ほど前、それを買って帰りました。
娘は美味いといっていましたが、一個8元と言うのはチト高い。
もう一つは猫屎珈琲。
英語表記はKafelake Coffee。
なんですか、ジャコウネコが食ったコーヒー豆が糞として出てきたものを利用するようですね。
それを、煎ったコーヒーが一番なんだとか・・・
ココのコーヒーは1杯120元から200元するとか・・・
ああ、バカらしい!!
私は日本でも喫茶店でコーヒーなんて、もう62年人間やってますが、100回ないはず・・
そんなとこで、高いコーヒー飲むなら、立飲み屋でビールでんがな、という人間なんで、コーヒーに20元以上払うなんて絶対出来ないのです。
3つ目は、ご存知スタバです。
漢字表記は星巴克。
上海に最初に来たのは2000年だったか・・・淮海中路に出来ましたね。
そこに、1回だけ行った事あります。
そこが、向うが指定する待ち合わせ場所だったので仕方なく・・・ -
田子坊に入る前に、生鮮食料品市場を覗いて見ましょう。
泰康菜場という市場です。
泰康路は、今でこそ、スッキリとした綺麗な道になりましたが、21世紀になる前は、青空露天商店が並ぶ道だったんです。
野菜、穀物、果物は勿論、生きた魚や蛇やカエルや鶏や鴨や鳩など売る店、その他雑貨などを扱う店なども両側にズラーッと並ぶ道だったんです。
生臭くて、水溜りがあって、自転車とバイクと荷台に荷物を積んだリヤカー自転車が乱暴に行きかう、初めての日本人でしたら、踏み込むのに、勇気が要るような道だったんです。
それらの店が無くなり、そして、それらが3階建てのビルに押し込まれたのが、いつだったか・・。
そのビルは泰康路の南側にあったんですが、それが3・4年で壊されて、今度は北側の今の場所に移ったのです。
そして、今年に入って、その市場も取り壊され始めたんです。でも、よくよく観察しますと、取り壊しではなく、改装だということが分かりました。
改装後、初めて、中を観察。
う〜む、そうか、周りの田子坊に合わせた内装にしたってことなんだな、と納得。
なんとなく、スッキリ、綺麗になり、明るくなりましたね。 -
これは田子坊の2012年現在の全体図です。
田子坊が出来始めたのはいつなのか・・・
2004年頃だと思いますね。
私がうろつき始めたのは2005年ですね。
当時は田子坊の範囲は小さかったのです。
その2005年当時の田子坊の案内図が下の図です。
当時は今のメインストリートとその西側にある小さな広場の二井巷と四合院周辺のみの小さな範囲だけだったのです。
その後、年々、そのエリアを西に広げ、現在の大きさになりました。
面積にすると4倍にはなってるでしょうね。
今や、店の数は400になるとか。
私が打浦橋に住み始めた1998年ごろは、勿論、田子坊なんて無くて、泰康路は青空露天市場通りだったんですが、泰康路の南側は民家と商店がビッシリの地区。
2005年頃は、それらの民家が7割がた撤去されていました。
今や、その敷地の地下には地下鉄が走り、駅があり、その上には大型ショッピングモールの日月光中心が建っている。大きな変化でしたね。その変化に伴い、田子坊も発展して行ったのです。
今後、田子坊はどうなるか・・・もしかすると、消えてなくなってる、ということもあるのかと、思っています。成功して、人気を博してるのは分かっていますが、なにやら歪みらしきものも生じ始めてるのかと思える兆候も窺がえますから・・・。 -
田子坊が今の4分の1の大きさの頃、まだ、皆さんに知れ渡ってない頃・・・つまり、2005年頃のことなんですが、その頃からあったのが、この四合院と言う空間にあるkommuneなんです。
現在、田子坊には400の店があるとか。そして、それらの店は、何度も入れ替わってる店が多いのです。いや、ここだけでなく、上海の街の店は、どこでもそうなんです。長くて2年、短ければ半年で入れ代わりがあるのです。まあ、田子坊は更に競争が激しいのか、しょっちゅう入れ替ってるように見えます。
そういう状況の中、田子坊誕生の頃から、未だに残ってるのが、このkommuneなんです。
当初から、ここは、客は比較的多かったですね。今は、いつ行っても、客は多いですね。
左が、最近の様子です。右が2005年当時のもの。
左のは、まだ朝の9時過ぎですので客は2人。
右のは、午後の2時過ぎですが、客は誰もいません。まあその頃は、田子坊自体殆ど無名でしたので仕方ないといったところでしょう。今は、午後2時ですと、席は殆ど埋まっています。
下の画像はNHK・BS1のAsia Insightと言う番組のテレビ画像をデジカメで撮ったものです。
kommuneのオーナーはオーストラリア人でカーク・ジョブズさんと言う人らしいです。 -
二井巷と言う空間も、昔からありました。
ここには井戸が2つあるので、そう呼ばれていたんでしょう。
いや、あるいは、田子坊が出来てから、そう呼び始めるようになったのかもしれません。
やはり、二井巷の現在の姿と、7年前の姿をどうぞ。
ここには、日本人オーナーの店が2つあります。
ゆらきと臻茶林と言う店でして、この2つは7年前にもあり、現在も営業しています。
下は番組の画像です。
この二井巷に毎朝、鳥と散歩に来る殷さんです。
殷さんは、近所に住む方なんでしょう。
番組では外国人は好きではない、なんて言っていましたね。
田子坊には、好感を持ってないということなんでしょう。
でも、自分で手作りした小さな品物を、田子坊にある小物を扱う店に、置いてもらって、小遣い稼ぎをしてるようです。その品物は、栓抜きです。
コレは後で出てきます。 -
さて、では、田子坊の朝の様子です。
朝といっても、9時過ぎですから、そろそろ観光客もやってきます。
しかし、殆どの店は、まだ開いてない。
ですから、皆さんは、買い物せずに写真を撮り捲るだけ。
ここで、田子坊と新天地の話です。
「田子坊」ですが、「坊」は石庫門住宅の名によく使われる字なんです。上海の2・3階建て長屋スタイルの華洋折衷の集合住宅が並ぶ小区は、●●里とか●●坊とか●●邨という名が使われるんです。田子坊もそういうことになるわけですが、でも、元々は、そこには田子坊という小区はなかったのかと見ています。ですから「田子坊」は田子坊仕掛け人が付けた名なのかと思っています。もともとは、天成里とか志成坊という小区なんでしょう。
田子坊は中国語読みでは「ティアンズファン」になるでしょうね。日本語読みだとどうなるか・・・「デンシボウ」なのかもしれませんが、私は「タコボー」ですね。
田子坊が気に入って、そこに店を構えたQさん(邱永漢)は田子坊を旧天地なんて、呼んだりしています。それは、先に開発された新天地に対して、そう呼んだということです。
新天地と旧天地(田子坊)の違いは・・・
新天地は、もともとそこにあった石庫門住宅をぶっ壊し、そこに住んでた人たちを郊外に追いやり、その敷地に、新たに石庫門住宅風の建物を建設し、そこに店やレストランを誘致した、というスタイルなんです。仕掛け人は香港の大型ディベロッパー・瑞安です。新天地周辺一部屋10億円の高級マンションなんかも瑞安が関係してる物が多いようです。瑞安はガッポリ儲けたはず。
田子坊は、元々ある石庫門住宅の一部を利用して始まったもの。当初は、小さなエリアだったんですが、それが、ドンドン西へ手が広がっていき、今は、当初の4倍か、5倍の規模になっています。仕掛け人は誰なのか・・・この後に出てきます、周さんもその一人なのかと見ています。
つまり、田子坊は旧いものを使ってるので、Qさんは旧天地と呼んだということです。田子坊は、そこに住む住人の生活も見えてきますし、また、大型ディべロッパーが関わっていないというのも、私には、親しみが感じられるのです。
さて、ある日、私は田子坊の路地にあるベンチに座り、そこを行き交う人々を眺めていたんです。そのベンチに、おばさんが座りました。彼女が話しかけてきましたのチョコット相手をしました。どうやら、田子坊の中ではなく、スグ近くに住む住人のようです。暫くしたら、掃除の女性2人が、ベンチに座りました。その、掃除人に、おばさんは・・・あんた達、どこに住んでるんだ、そこは家賃はいくらなんだ、私の部屋は安いよ、500元だよ・・・ははあ、そうか、このおばさん、自分の部屋の借り手を捜しにココに来たんだな・・・。
そのおばさんが私に、どう、この田子坊・・・汚いでしょう・・・あなた、新天地って、知ってる、あそこは綺麗だよ・・・と言って来たのでした。それに対して、私は・・・いや、違うんだ、こういった古い感じがイイんだ、ワイグオレン(外国人)は、こういうところの方が好きなんだ。
おばさん・・・へえ、そういうもんかね、じゃあ、さしずめ、ここは旧天地だね・・・と言って来たのでした。おおおおお・・・Qさんと同じこと言ってるわい、と笑ってしまったのです。 -
田子坊・天成里から北へ伸びる路地の、ある所からの午前と午後の定点観測です。
天成里から入りますと、まずは長屋の下のトンネルをくぐるんですが、暫く行きますと、またトンネルがあり、その次のトンネルの下の路地にあるベンチからの定点観測です。
こういったベンチは観光客用でもあり、地元住人が憩う場所でもあるんです。
9時40分には可愛いお孫さんとおじいちゃんが、ベンチで一休みしていました。
そこを通る観光客は、その2人をカメラに収めていました。
午後3時56分。
やはり近所に住む人がベビーカーで赤ちゃんを連れて散歩。
そして、それをあやす、田子坊に住むおばあちゃん2人。 -
さて、6月4日に、この田子坊を取り上げた番組が放送されたんです。
それは、NHK・BS1の「上海・多文化の街に生きる」と言う番組です。
番組案内にはこう書かれています。
★上海の伝統的な集合住宅、里弄(リーロン)の一角に
★世界26カ国の人々が店舗やアトリエを構える‘田子坊’がある。
★そこに暮らす新旧の住民たちの日常を描く。
番組内容は、正に、上の番組案内そのものでしたね。
まずは、ビッシリと店が並ぶ田子坊の街並みと、そこを行き交う観光客の群れ、などが紹介され、田子坊の賑わいぶり、人気振りが伝わってきます。
そしてその路地を行く多国籍オーナー達の紹介。
NEWYORK PIZZAのオーナーは小物を扱う店・紐子のオーナー、タイ料理レストランの日本人オーナーなど・・・
そして、オーナー達の寄り合い。
寄り合いでは、フランス人、香港人、中東人と思われるような人も・・・
そういった国際色豊かな田子坊紹介の後には、この田子坊の仕掛け人といっても良い周さんが出てきます。その周さんに会うのがフランス料理屋をやってるフランス人です。
周さんは、石庫門住宅の小区には、こういった店を構えるのはご法度だという縛りや、その他諸々の障害を潜り抜け、田子坊の基礎を作り上げた人のようです。
今では、店を構えたいという人と、家を貸してもよいという田子坊の住人の間にたって、イロイロ交渉などもしてるのかもしれません。いわば田子坊の総経理といった立場の人なのかもしれません。 -
田子坊の路地沿いの店は、殆どが、元からある3階建て長屋の1階部分のみが使われてるわけで、2・3階の住居では普通の生活が営まれています。店を覗きながら、行き交う人を交わしながら、路地を歩き周り、ヒョイと上を眺めると、窓から突き出した棒に干されてる洗濯物や布団などが目に入ってくるのです。こういった上海の庶民の普通の人の生活が見られるのも、田子坊の1つの魅力なんですが・・・・
しかし、どうやら、田子坊の住人の中には、田子坊の発展振りを苦々しく思ってる人もいるようです。1階部分を店に貸した人は、その家賃で、郊外に引越し、優雅に暮らしてる人も、多いようです。2・3階部分に住んでる人は、田子坊の賑わいとは関係ない生活、いや、どっちかと言うと迷惑をこうむってる訳で、面白くないということなんでしょう。でも、長年住み着いていて、ここからは離れたくない、2・3階部分を貸して、自分も家賃収入を得たい、と考えてる人も・・・
まあ、そういった不満に対しては、田子坊を取り仕切ってる周さんもイロイロ対応してるのかと見ています。例えば、田子坊全体の家賃収入の一部を、そういった人たちに還元してるとか・・・。それでも、イイ思いしてる人達と、恩恵を受けてない人達の間には格差があるのかと見ています。
レストランなんかですと、2・3階部分も借りてるところがあり、コレからは、そういう方向になって来るのかと・・・しかし、そうなると田子坊の1つの魅力である、生活感が薄れて行く。
今後、田子坊はどうなって行くのか・・・10年後はどうなってるのか、もしかすると無くなってるということもありえるのかなと見ています。
しかし、暫くは、この賑わいは衰えないでしょうね。今や、ツアーで来る観光客は、田子坊は必須のようですね。中国各地からも、香港、台湾からも、日本を含む世界各国からの観光客がワンサカ。今や、外灘、豫園、新天地、おでんタワーに栓抜きビルと並んで、上海の人気観光スポットになってるのです。 -
これはオマケです。
田子坊近くに最近出来たベルギー・ビールの店のことです。
KAIBAと言う店でして、TAIKANG TERRACEという空間にある古い民家を利用した店です。
TAIKANG TERRACEは田子坊の北東部の道から西に行く狭い路地の奥にあります。
そこで、ウィークエンドブランチ・・・周末早午餐をやってるという看板を見つけ、暫く経ってから行ったのです。
店の中の様子は、画像の通りです。
外にはオープンテラスもありまして、その日(6月17日)は、涼しかったので、私は外で楽しみました。
なお、KAIBAは漢字では「開巴」と書きます。ただし「開」は簡体字です。画像の字ですね。
KAIBAの公式サイトは下記です。
www.kaiba-beerbar.com -
土日のブランチは148元です。
料理ワンプレートと、4種類のベルギー・ビールが飲めます。
その日頼んだ料理はHOME MADE SAUSAGE & EGGS PLATEでした。
4種類のビールはVEDETT、DE KONINCK、STELLA ARTOIS、Liefmansです。
ビールは飲み放題だと思いますが、適当なところで止めました。30歳若ければ、もっとバカスカ行けたんですが、還暦過ぎのおっちゃんなんで、5杯でストップ。いや、ホントは、もう2杯くらいはいけたんですけどもね・・・VEDETTは白と黒があるんですが、2杯とも白にしてしまいました。2杯目は黒にすべきだったと悔やまれるところです。まあ、次回は、6杯やりましょう。
店を取り仕切ってるのかと思われる女性服務員に、あなた経営者なのと、聞きましたら、違う。オーナーは中国系アメリカ人らしいです。その服務員はフィリピン人なんですが、彼女に、私が住むところでは、毎週日曜は多くのフィリピン人が集まり、ミサをやってるが、と言いましたら、私は参加していません、ですって。
12時前に席に着き、1時15分ごろ席を立ちました
客は欧米人が多いですね。
今回は一人で行きましたが、次回は、2・3人で行きたいと思います。
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この旅行記へのコメント (9)
-
- きなこさん 2012/07/04 22:04:56
- 田子坊
- こんにちは
教えて頂きたいのですが
このあたりは晩は何時頃までお店が開いているのでしょうか?
田子坊に行ってみたくて・・・でも時間が無いので雑技団(白玉蘭)を見てから行こうと思っています
もう閉まってますか?
すみません宜しくお願いします
きなこ
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2012/07/05 03:27:32
- RE: 田子坊
- きなこさん、どうも。
田子坊、何時までやってるんだろう・・・
いや、私、夜8時頃までは居たことあります。
その時間ですと、まだまだ、大いに賑わっていますが、
それ以降は、どうなんだろうか・・・
レストランなんかは、遅くまでやってるとは思いますが、
路地沿いの小さな店は、9時ごろには閉まってしまうのかも・・
でも、白玉蘭からは近いので、
いや、地下鉄で帰ると言うなら、
白玉蘭から一番近い駅が、9号線の打浦橋駅でして、
そのまん前に田子坊があるわけですから、
田子坊に寄って見るというのは、
時間の無駄、遠回りにはなりませんので、
とにかく、帰りに覗いてみるのがイイでしょう。
- きなこさん からの返信 2012/07/06 22:45:55
- RE: RE: 田子坊
- 有難う御座います
白玉蘭雑技団の帰り夜の街を楽しんで来ます
表紙のお写真は娘さんとだったんですね
とっても愛らしいお子さんですね
歳を重ねての お子さんは格別可愛いでしょうね
私も3番目の子がやっぱり可愛くて(^^)
上海は大阪と同じ梅雨真っ只中なんでしょうね
100均でカッパを買って行きます
25年ぶりの上海とっても楽しみです
きなこ
-
- merionさん 2012/06/28 20:34:37
- 番組、見たかったです
- 井上@打浦橋@上海さん、こんばんは
ちょうど2日後、このスポットを歩いて来ました。
(まだ旅行記間に合ってないんですが)
陝西南路駅→陝西南路→嘉善老市→歩高里→田子坊
嘉善老市でにわとりのすぐ隣にしゃれたレストランが普通に同居している風景が今の上海なんだなーと思いながら歩きました。
ずっと行きたかった歩高里にも初めて行く事が出来ました。
もっと古いイメージを持っていましたが、とても綺麗なレンガ造りなんですね。
ここが見られただけで、目的を果たしたような気持ちでした。
その後、田子坊に向かったのですが、どこから入ったらいいのかわからず、地下鉄駅側まで行ってしまいました。
建国中路側からは入れない??見逃した??
中は迷路のようで、同じ場所を歩いているような、違いうような・・不思議な空間ですね。
二井巷、四合院にも到達していないし、再訪の機会があれば、ぜひ朝歩いてみようと旅行記を拝見して思いました。
NHK・BS1の「上海・多文化の街に生きる」見たかったです。
ちょうど4日が出発で、残念でした。
再放送に期待しています。
merion
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2012/06/29 15:09:15
- RE: 番組、見たかったです
- merionさん、どうも。
> ちょうど2日後、このスポットを歩いて来ました。
> (まだ旅行記間に合ってないんですが)
> 陝西南路駅→陝西南路→嘉善老市→歩高里→田子坊
そうだったんですか・・・
旅行記早くアップしてください。
拝見して、コメント入れたいと思います。
> その後、田子坊に向かったのですが、どこから入ったらいいのかわからず、
> 地下鉄駅側まで行ってしまいました。
> 建国中路側からは入れない??見逃した??
建国中路側からは、2つ入り口があります。
でも、分かりにくいですからね・・。
是非、また上海に来ることがあり、お時間ありましたら、
田子坊訪れてください。
> NHK・BS1の「上海・多文化の街に生きる」見たかったです。
> ちょうど4日が出発で、残念でした。
> 再放送に期待しています。
なかなか面白かったですよ。
まず、再放送はあるはず。
是非、ご覧になってください。
-
- よーじーぼーりさん 2012/06/15 10:53:48
- 田子坊よ、お前もか・・・
- 師匠、ご無沙汰しております。
田子坊はやはり随分と観光地化されたようですね。
上海に通い始めた頃、新天地に連れて行かれ相当ガッカリしましたが
田子坊を探し当てた時は「うん、こうでなくちゃ!」と思ったものです。
旅行記を拝見していると、どんどん東京と変わらない雰囲気になっているような。
チョコリングのアンティークまで出店してたら
日本にいるのと変わらない生活が送れるのかなー。
それはそれで駐在員さん達にとっては有難いのでしょうが。
蒸し蒸しの夏がもうすぐですね。何もかもが懐かしいです。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2012/06/15 15:43:42
- RE: 田子坊よ、お前もか・・・
- よーじーぼーりさん、どうも。
上海は梅雨に入っています。
今日は午前は毛毛雨でしたが、今はやんで、チョイと涼しい天気になっています。
梅雨が明ければ、あの、ムンムンムレムレギンギンギラギラの炎熱地獄が、
今年もやってくるんでしょう。
上海の強烈な暑さは、よーじーぼーりさんも、ご存知ですよね。
田子坊は、毎日、人人人で凄いですよ。
国内ツアーの人達も、海外からのツアーの人達もワンサカ・・・
10年後も、このまま残っているのかどうか・・・
なくなってるという可能性もあり、と見ています。
田子坊に住む人達の中にも、イロイロと格差が出始め、
それに対する不満も、大きくなってきてるようにも見えます。
チョッと観光地化が行き過ぎていますもんね。
チョコリングをご存知ということは、
よーじーぼーりさんは、名古屋も良くご存知なんでしょうか?
とにかく、日本の食い物屋関係、ドンドン、上海にやって来ていますね。
今や、そのどれもが、上海に住む日本人目当てでなくて、
地元に受け入れられようという意欲のもとに、やって来ていますね。
ですから、超ジモティーな、我が打浦橋にも、
ドンドン、日本モノが増えてきてる、ということなんでしょう。
-
- りっちゃんさん 2012/06/14 09:26:48
- ここやったんや!
- 打先生、おはようございます。
この前上海に帰った時、総経理が
田子坊以外にまた外国人が集まっているエリアがあるって。
わたしはKAIBAと嘉善老市がごっちゃになってたのです。
そうかそうか。
上海はお金さえ持っていたらいくらでも遊べますね。
東平はたとえお金と時間があっても何もないけど。
11月に大阪の両親が上海観光に来るそうです。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2012/06/14 15:06:41
- そういうことでごんす!
- りっちゃん、どうも。
ボクのバヤイは、時間は捨てるほどあるけど、
お金は金タマラン広場で運動してるので、
貯まることなく、いつもチョビっとしか無いのだ!!
田子坊が目の前にあっても、散歩するだけなのだ!!
でも、今週末はKAIBAに行くぞ!!
とにかく、あの周辺は洒落たスポットが、ドンドン増えています。
次回は、思南公館へもどうぞ。
そうそう、田子坊から思南公館への散歩道もイイですよ。
ご両親、上海に来られるとか・・・
泊まる所は勿論、あの部屋でしょ。
ほとんど、利用してないんだから、もったいないもんね。
ご両親に上海のエエところ、案内してください。
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