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東漸寺へ行きました。<br />創建は文明13年(1481)。経誉愚底上人によって、根木内に開かれたのが始まりとされています。<br />戦国時代に高城氏とつながりを深め、天文6年(1537)に小金大谷口城が完成すると東漸寺も現在地の小金に移されました。小金城の出城としての機能を持っていたとも言われています。<br />本土寺へ行きました。<br />源氏の名門平賀家の屋敷跡であり、建治三(1277)年、日蓮大聖人の篤信者である時の領主曽谷教信公の協力を得て、領内の地蔵堂を当地に移して法華堂としたことに始まります。<br />特にアジサイや紅葉の名所としても有名です。<br />境内広くゆっくりと散策を楽しむことができます。

松戸市東漸寺から本土寺へ行きました。

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2026/10/16 - 2026/10/16

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しろくまクンクン

しろくまクンクンさん

東漸寺へ行きました。
創建は文明13年(1481)。経誉愚底上人によって、根木内に開かれたのが始まりとされています。
戦国時代に高城氏とつながりを深め、天文6年(1537)に小金大谷口城が完成すると東漸寺も現在地の小金に移されました。小金城の出城としての機能を持っていたとも言われています。
本土寺へ行きました。
源氏の名門平賀家の屋敷跡であり、建治三(1277)年、日蓮大聖人の篤信者である時の領主曽谷教信公の協力を得て、領内の地蔵堂を当地に移して法華堂としたことに始まります。
特にアジサイや紅葉の名所としても有名です。
境内広くゆっくりと散策を楽しむことができます。

旅行の満足度
4.0
同行者
一人旅
交通手段
徒歩 バイク
旅行の手配内容
個別手配
  • 小金宿通りに面した東漸寺へ行きました。

    小金宿通りに面した東漸寺へ行きました。

  • 総門です。

    総門です。

  • 仁王門です。

    仁王門です。

  • 力強いです。<br />金網がかなり邪魔です。

    力強いです。
    金網がかなり邪魔です。

  • 裏手には宝珠をいただいた狛犬です。

    裏手には宝珠をいただいた狛犬です。

  • 仁王門から総門です。

    仁王門から総門です。

  • 仁王門の内側です。<br />左右に狛犬が配されています。

    仁王門の内側です。
    左右に狛犬が配されています。

  • 中雀門です。

    中雀門です。

  • 鐘楼堂です。

    鐘楼堂です。

  • 観音堂です。

    観音堂です。

  • 本堂です。

    本堂です。

  • 庫裡です。

    庫裡です。

  • 右手は鐘楼堂です。

    右手は鐘楼堂です。

  • 観音堂です。<br />扁額には「円通閣」と書かれています。<br />「円通」とは「あらゆるどうりに優れて通じ、人々の救いを求める声をあまねく聞き届ける」を意味するようで観音堂の扁額に多く用いられているようです。

    観音堂です。
    扁額には「円通閣」と書かれています。
    「円通」とは「あらゆるどうりに優れて通じ、人々の救いを求める声をあまねく聞き届ける」を意味するようで観音堂の扁額に多く用いられているようです。

  • 多くの石仏が祀られていました。

    多くの石仏が祀られていました。

  • 「あじさい寺」「四季花の寺」と沿て親しまれている本土寺へ行きました。<br />仁王門です。<br />

    「あじさい寺」「四季花の寺」と沿て親しまれている本土寺へ行きました。
    仁王門です。

  • 「長谷山」の扁額を掲げた朱塗りの高楼です。<br />慶安年間(1648から1651)、日慧上人の発願による建築。<br />階上には金色の千体佛が祀られています。

    「長谷山」の扁額を掲げた朱塗りの高楼です。
    慶安年間(1648から1651)、日慧上人の発願による建築。
    階上には金色の千体佛が祀られています。

  • 力強さがあふれています。

    力強さがあふれています。

  • 巨大な数珠が仁王門にはあります。<br />これは昭和18年頃に戦勝祈願のために奉納されたものと伝えられています。<br />お寺は何となく戦没者の供養と考えていましたが長い日本の歴史の中では「国家を守り災いを取り除く」祈願をお寺で行っていることから自然なのかもしれません。

    巨大な数珠が仁王門にはあります。
    これは昭和18年頃に戦勝祈願のために奉納されたものと伝えられています。
    お寺は何となく戦没者の供養と考えていましたが長い日本の歴史の中では「国家を守り災いを取り除く」祈願をお寺で行っていることから自然なのかもしれません。

  • 紅葉の名所です。<br />秋には赤いモミジと赤い仁王門!!<br />素晴らしいでしょう。

    紅葉の名所です。
    秋には赤いモミジと赤い仁王門!!
    素晴らしいでしょう。

  • 境内案内図です。<br />分かりやすそうで位置関係が実際にはこれではわかりません!!

    境内案内図です。
    分かりやすそうで位置関係が実際にはこれではわかりません!!

  • 鐘楼です。<br />奥は五重塔です。

    鐘楼です。
    奥は五重塔です。

  • 手前は開山堂です。<br />奥は本堂です。

    手前は開山堂です。
    奥は本堂です。

  • 五重塔は平成三年に、日像菩薩六百五十遠忌記念として建立されました。<br />高さ18m、中にインドのネール首相より贈られた真仏舎利の一粒を納め、千体佛と共に祀られています。

    五重塔は平成三年に、日像菩薩六百五十遠忌記念として建立されました。
    高さ18m、中にインドのネール首相より贈られた真仏舎利の一粒を納め、千体佛と共に祀られています。

  • 鐘楼です。<br />梵鐘は建治四年(1278)の鋳造銘があり、県下第二の古鐘です。

    鐘楼です。
    梵鐘は建治四年(1278)の鋳造銘があり、県下第二の古鐘です。

  • 庫裡ですが一角にちょっと変わった形をした部分がありました。<br />鐘楼堂のようです。<br />このような鼓楼・鐘楼堂の建物は広い境内内への合図を送る「時報」や、法要・日々の勧業の開始を修行僧や住職に知らせる為という性格を持っているそうです。<br />大きな別の鐘楼は参拝客の目に入る所にあり、行事や除夜の鐘などに用いられています。

    庫裡ですが一角にちょっと変わった形をした部分がありました。
    鐘楼堂のようです。
    このような鼓楼・鐘楼堂の建物は広い境内内への合図を送る「時報」や、法要・日々の勧業の開始を修行僧や住職に知らせる為という性格を持っているそうです。
    大きな別の鐘楼は参拝客の目に入る所にあり、行事や除夜の鐘などに用いられています。

  • 翁(松尾芭蕉)の碑です。

    翁(松尾芭蕉)の碑です。

  • 文化元年(1804)に行われた芭蕉忌を期して建立されたものです。<br />正面にはこの句碑を建立した今日庵元夢とその門人、可長、探翠、一堂、幾来、一鄒といった東葛地方の俳人に名が見られます。

    文化元年(1804)に行われた芭蕉忌を期して建立されたものです。
    正面にはこの句碑を建立した今日庵元夢とその門人、可長、探翠、一堂、幾来、一鄒といった東葛地方の俳人に名が見られます。

  • 本堂です。<br />慶安四年(1651)に小金城主一族の恵了院日修が息女の菩提を祈って造立したと記録されています。<br />もともとは祖師堂であったが、明治十五年宗祖六百遠忌に場所を移し本堂とし、昭和五十二年宗祖七百遠忌に時に五間四面の拡大改造され今日に至ります。

    本堂です。
    慶安四年(1651)に小金城主一族の恵了院日修が息女の菩提を祈って造立したと記録されています。
    もともとは祖師堂であったが、明治十五年宗祖六百遠忌に場所を移し本堂とし、昭和五十二年宗祖七百遠忌に時に五間四面の拡大改造され今日に至ります。

  • 本堂からの回廊です。

    本堂からの回廊です。

  • 秋山夫人の墓です。

    秋山夫人の墓です。

  • 秋山夫人は会の武田一族である秋山虎康のむすめで、徳川家康の側室となり、家康の第五子万千代君を生みました。

    秋山夫人は会の武田一族である秋山虎康のむすめで、徳川家康の側室となり、家康の第五子万千代君を生みました。

  • 境内は広く散策ができます。

    境内は広く散策ができます。

  • 美しい竹林もあります。

    美しい竹林もあります。

  • 菖蒲池です。<br />今は水はありません。

    菖蒲池です。
    今は水はありません。

  • 中央を散策路が通っています。

    中央を散策路が通っています。

  • 像師堂にかけて回廊があります。

    像師堂にかけて回廊があります。

  • 長い回廊の右手は菖蒲池があります。

    長い回廊の右手は菖蒲池があります。

  • 右奥に見えましのは宝物殿です。

    右奥に見えましのは宝物殿です。

  • 日像菩薩誕生水の井戸です。

    日像菩薩誕生水の井戸です。

  • 文永六年(1269)八月十日日像様はこの地、平賀家にご生誕されました。<br />その時、庭先に湧き出た泉がこの井戸と伝えられます。<br />日像様は日蓮大聖人晩年の御弟子です。<br />天皇家、ならびに当時政治の中心であった京都に法華経・お題目の教えを広めるという大聖人の遺名をわずか十三歳で拝命されました。<br />

    文永六年(1269)八月十日日像様はこの地、平賀家にご生誕されました。
    その時、庭先に湧き出た泉がこの井戸と伝えられます。
    日像様は日蓮大聖人晩年の御弟子です。
    天皇家、ならびに当時政治の中心であった京都に法華経・お題目の教えを広めるという大聖人の遺名をわずか十三歳で拝命されました。

  • 像師堂です。です。

    像師堂です。です。

  • 地蔵堂でしょうか?

    地蔵堂でしょうか?

  • 長谷稲荷大明神です。

    長谷稲荷大明神です。

  • 瑞鳳門です。

    瑞鳳門です。

  • 妙郎堂です。

    妙郎堂です。

  • 日像・日輪両上人の御生母であり、各常任の信仰心をお育てになった妙郎尊尼をお祀りするお堂です。

    日像・日輪両上人の御生母であり、各常任の信仰心をお育てになった妙郎尊尼をお祀りするお堂です。

  • 宝物殿への回廊です。

    宝物殿への回廊です。

  • 海山門です。

    海山門です。

  • 門の中には銘茶室として知られる「三光亭」があります。

    門の中には銘茶室として知られる「三光亭」があります。

  • 赤門です。

    赤門です。

  • 赤門をくぐると方丈があります。

    赤門をくぐると方丈があります。

  • アジサイの道です。

    アジサイの道です。

  • 美しいですね。

    美しいですね。

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