メキシコシティ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
皆さん、こんにちは! ウォータースポーツカンクンの店長吉田です。<br /><br />早速ですが、本日はお約束通り先日の家族旅行の第三章をアップします。今回も長文ですので、どうぞ覚悟してお付き合いください(笑)<br /><br />というか、回を追うごとにどんどん長くなっている気もしますが、決して嫌がらせではありません(苦笑<br /><br />厄介なことに、思い出の多い旅ほど時間が経つほど記憶が熟成され、あの時には気づかなかったことが見えてきたり、そこからまた新しい問いが生まれたりする。<br /><br />そこまで含めて「旅」の醍醐味なのだと言いたいわけですが、「そんな哲学はいいから長いんだよ!」という声もいい加減聞こえてきそうです(笑)<br /><br />長文が苦手な方は、どうぞ写真だけでも眺めていってください。写真のコメントも長いですけど(爆<br /><br />そしてそんな旅の続き、第四章は来週アップ予定です。<br /><br />というわけで、行ってみよう!<br /><br />最初にお断りしておくが、この章には、『オペラ座の怪人』の写真がほとんどない。撮影出来なかったからではない。劇場側からは、フラッシュを使わなければ撮影してもよいとアナウンスも流れていた。<br /><br />なので、撮影が出来なかったわけではない。だが、舞台が始まった瞬間、写真を撮ろうなどという考えが、すっぽりと抜け落ちていた。<br /><br />正確には、思う暇すらなかった(^^;<br /><br />気がついたときには、もう終わっていた(苦笑)<br /><br />その一方で、アレナ・メヒコで観たルチャ・リブレの写真は、かなり残っているので、そちらの写真は沢山載せている。<br /><br />どちらも生身の人間が演じるライブショーである。それなのに、なぜ一方ではカメラを構え、もう一方ではスマートフォンの存在すら忘れてしまったのだろう?<br /><br />今回はちょっとそこも振り返ってみたい。<br /><br />まず、この二つの体験には、これからの時代における「その場所へ行く意味」が、かなりはっきりと表れていたように思う。<br /><br /><br />■■■誰もいない劇場前で、いきなり車をぶつける<br /><br />メキシコシティで楽しみにしていた体験の一つが、スペイン語版ミュージカル『オペラ座の怪人』だ。会場は、ディエゴ・リベラの巨大な壁画が正面を覆うTeatro de los Insurgentes。<br /><br />もう随分と遠い昔、私はニューヨークで『オペラ座の怪人』を観たことがある。当時はボストンに留学していて、考えてみれば、今、日本に留学している娘とちょうど同じくらいの歳だった。<br /><br />そんな『オペラ座の怪人』がメキシコでも上演されていると知り、ふと昔の記憶が蘇った。<br /><br />今回は娘の大学合格祝いという名目もあったが、それ以上に、十四年間バレエを続けてきた娘に、一度きちんと「生の舞台」を観せてやりたいという思いが沸いた。映画や映像ではなく、生身の役者が目の前で歌い、踊り、音楽がその場で奏でられる。その空間そのものを体験してほしくて、今回の観劇を旅の予定に組み込むことにした。<br /><br />かつて娘と同じ年頃だった自分がニューヨークで観た作品を、今度はメキシコで、同じ年頃になった娘と観る。<br /><br />そう考えると、三十数年という時間が、不思議な形で一本につながったようにも思えた。<br /><br />今回は座席も事前にかなり調べた。私が選んだのは、PRMREのF列14番から16番。舞台に近すぎず、それでいて役者の表情まで見える、中央に近い非常に良い席だ。<br /><br />そして迎えた当日、私たちは混雑を避けるため、開演の一時間ほど前に劇場へ到着した。別に、劇場の設営から見届けようというほど異常に早く来たわけではない。ところが、劇場前には驚くほど人がいなかった。観客はもちろん、いるはずのバレットパーキングのスタッフすら見当たらない。<br /><br />「もしかして、会場を間違えたか?」<br /><br />「それとも入口が別の場所にあるのだろうか?」<br /><br />劇場の周囲をキョロキョロしながら車を動かしていた、そのときである。<br /><br />ゴンッ!<br /><br />鈍い音とともに、レンタカーの日産を縁石へ見事にぶつけてしまった(汗)<br /><br />『オペラ座の怪人』が始まる一時間も前に、まず私が劇場前でちょっとした余興を披露してしまったわけである。<br /><br />しかし、悪いことばかりではない。<br /><br />周囲にほとんど人がいなかったはずなのに、この一撃で何人かがこちらを振り向いた。せっかく注目を集めた事だし、その中にいた露店でお菓子を売っているおっちゃんへ声をかけた。<br /><br />「バレットはどこ?」<br /><br />おっちゃんは、どうみてもバレットに預けるような高級車でもない、しかも今では凹んで傷物になった可哀そうな日産を見つめながら<br /><br />「え?! あーも、もう少ししたら来るよ」<br /><br />とドモリながら教えてくれた(苦笑)<br /><br />しかし、その視線は私ではなく、たった今、縁石へぶつけた日産から離れない。。。そして案の定、次の質問が来た。<br /><br />「……ってか、その車大丈夫なのか?」<br /><br />まあ、そうなるだろう(笑)<br /><br />私は凹みの増えたレンタカーを一瞥し、何事もなかったかのように答えた。<br /><br />「ああ。盗んできた車だから、どうでもいい」<br /><br />もちろん冗談である。<br /><br />ところが、これがおっちゃんの予想をはるかに超えてツボってしまった(笑)おっちゃんが大笑いを始める。<br /><br />しかし、その笑い声につられて立ち止まった周囲の人たちは、私と車を交互に見ながら、笑うべきなのか、警察を呼ぶべきなのか、判断がつかない様子だ。<br /><br />無理もない。<br /><br />車をぶつけても顔色一つ変えず、<br /><br />「盗んできたから問題ない」<br /><br />と言い切る、どこの誰とも分からない怪しい東洋人である。<br /><br />しかもここはメキシコシティ。<br /><br />カンクンなら軽く流される冗談も、現実と冗談の境界が少々曖昧なこの街では、妙な生々しさを帯びてしまう(笑)<br /><br />おっちゃんだけは腹を抱えて笑っていたが、通行人の中には最後まで、<br /><br />「あれ、本当に盗難車なんじゃないか?」<br /><br />という疑いの目でこちらを見ている人までいた(苦笑)<br /><br />そうこうしているうちに、ようやくバレットのスタッフが現れた。私は、到着したときより確実に傷の増えた日産を、何食わぬ顔で預けた。もちろん、その凹みは預かった時点でついていたものであるという誓約書にサインをされられて。。。<br /><br />まだ幕も上がっていないというのに、この日の最初の小芝居は、すでに劇場の外で始まっていたのである(^^;;<br /><br />■■■コーラとポップコーンを食べながら見るミュージカル<br /><br />さて、開演までは、まだ少し時間があった。そこで、劇場内のオープンカフェらしき場所へ立ち寄り、コーヒーでも飲んで時間を潰す事にした。<br /><br />応対してくれたウェイトレスは、『オペラ座の怪人』の世界観に合わせた、驚くほどきちんとした服装をしている。<br /><br />姿勢も美しい。<br /><br />表情も引き締まっている。<br /><br />先ほど劇場の外で、レンタカーを縁石へぶつけた挙げ句、「盗んできた車だからどうでもいい」と言い放っていた男とは、住んでいる世界が違うように見えた。<br /><br />このあたりは、さすが劇場である。<br /><br />私は渡されたメニューを眺めながら注文した。<br /><br />「コーヒーをお願いします」<br /><br />彼女は顔色一つ変えず、静かに答えた。<br /><br />「NO HAY (ありません)」<br /><br />……カフェなのに、コーヒーがないらしい(笑)<br /><br />まあ、メキシコでは時々あることである。<br /><br />すると娘がメニューを覗き込みながら、<br /><br />「ハーゲンダッツがいい」<br /><br />と言い出した。<br /><br />「じゃあ、とりあえずハーゲンダッツを一つ」<br /><br />彼女は眉一つ動かさずに答えた。<br /><br />「NO HAY (ありません)」<br /><br />二連敗である。<br /><br />横から妻が、<br /><br />「じゃあ、オレンジジュースかな……」<br /><br />と控えめに言った。<br /><br />「NO HAY (ありません)」<br /><br />三連敗である。<br /><br />しかも彼女は、申し訳なさそうな顔をするでもない。背筋を伸ばし、毅然とした表情で、ただ事実のみを告げてくる。<br /><br />「NO HAY」「NO HAY」「NO HAY」<br /><br />まるで、こちらの注文を拒否するためだけにプログラムされた、“ないないロボット”である。<br /><br />私はもう一度メニューを見た。<br /><br />コーヒーも書いてある。<br /><br />ハーゲンダッツも書いてある。<br /><br />ジュースも書いてある。<br /><br />しかし、どれも存在しないという。<br /><br />これは単なる品切れなのか。それとも、書かれている物が何一つ実在しないという、何かのコンセプチュアル・アートなのだろうか?<br /><br />『オペラ座の怪人』は、すでに始まっているのかもしれない。<br /><br />しかし、このままメニューに書かれた物を上から順番に注文しても、すべて「ありません」で返されそうだったので、私は聞き方を変えることにした。<br /><br />「では、何がありますか?」<br /><br />彼女は相変わらず真面目な顔で答えた。<br /><br />「コーラとポップコーン。それから水があります」<br /><br />「他には?」<br /><br />「それだけです」<br /><br />選択肢がないではないか(笑)<br /><br />だったら、最初からメニューなど渡さず、<br /><br />「コーラ、ポップコーン、水しかないのですが。。。」<br /><br />と言ってくれるか、そう書いた紙を一枚置いておけば済む話である。いや、それ以前に、コーラと水はともかく、ポップコーンは飲み物ではない。<br /><br />ここは本当にカフェなのだろうか。<br /><br />ところが、娘は「ポップコーン」と聞いた瞬間、目を輝かせた。<br /><br />「おー! パロミータス!!」<br /><br />スペイン語の発音だけは完全なネイティブである。<br /><br />すると、その瞬間だった。これまで「ありません」しか言わず、顔の筋肉が一ミリも動かなかったウェイトレスの表情が、突然ぱっと明るくなった。<br /><br />「あ、スペイン語、とてもお上手ですね!」<br /><br />何が起こったのだろう??? 先ほどまでの“ないないロボット”が、突然、普通のメキシコ人女性へ戻ったようだ(笑)<br /><br />娘が答えた。<br /><br />「私、メキシコ生まれなんです。パパとママは違うけど」<br /><br />年齢が近かったからだろうか。二人はそこから二言、三言と話し始め、先ほどまで面接会場のように張り詰めていた空気が、一気に和らいだ。<br /><br />そして、一度解凍された彼女は、急に饒舌になった(笑)<br /><br />メキシコではよくあることだが、外国人を相手にすると、言葉が通じるか分からず、緊張して表情も言葉も硬くなる人がいる。こちらがスペイン語で話していても、外国人の顔から片言のスペイン語が出てくると、かえって、<br /><br />「どこまで説明すれば通じるのだろう」<br /><br />と身構えてしまうらしい。<br /><br />もっとも今回は、劇場の外でレンタカーをぶつけ、その直後に盗難車だと言い放った怪しい東洋人が来店したという情報が、すでに共有されていた可能性も否定できないから、彼女が警戒していたのは、言語ではなく、単に私だったのかもしれない(苦笑)<br /><br />そんなことを考えていると、しばらく話していた娘が、妙なことを言い出した。<br /><br />「コーラとポップコーン、そのまま客席へ持って行っていいんだって!」<br /><br />「え?」<br /><br />私は一瞬、不安になった。<br /><br />ひょっとして私たちは、劇場で上演されるミュージカルではなく、シネポリス(映画館)で上映される『オペラ座の怪人』の映画を観に来たのではないだろうか?<br /><br />しかし、客席へ入ってみると、実際にかなりの人が、コーラを飲み、ポップコーンを食べながら開演を待っている。周囲からは、ポリポリ、カサカサという、映画館でお馴染みの音が聞こえてくる。<br /><br />さらに追い打ちをかけるように、<br /><br />「フラッシュを使用しなければ、写真撮影は自由です」<br /><br />というアナウンスまで流れてきた。<br /><br />コーラ<br /><br />ポップコーン<br /><br />撮影自由<br /><br />私の知っているミュージカル観劇とは、何かが少しずつ違っている。<br /><br />服装も同じだった。事前に調べた限り、厳格なドレスコードがあるとは書かれていなかった。しかし、私が見落としている可能性もある。<br /><br />映画を観に行くのではないのだから、もう少しきちんとした服を持っていきなさい。私はそう言って、面倒くさがる娘に観劇用の服を準備させていた。ところが、娘が実際に持ってきた服を見ると、どうにも微妙だった。<br /><br />「本当に、それで大丈夫なのか……」<br /><br />私は出発前から、少し気を揉んでいた。<br /><br />しかし、実際の劇場には、ポロシャツにジーンズという普段着の観客が普通に歩いている。近所のレストランへ食事に来たような格好の人もいる。これから学校の学芸会でも始まるのかと思うほど、ラフな服装の人も少なくない。<br /><br />そんなロビーを見回しながら、娘が勝ち誇ったように言った。<br /><br />「パパ……全然大丈夫だったじゃん」<br /><br />返す言葉がなかった(苦笑)<br /><br />とはいえ、全員が普段着というわけでもない。イブニングドレスをまとった女性もいれば、きちんとタキシードを着た男性もいる。<br /><br />正装した男女のすぐ隣を、ポロシャツにジーンズ、片手にポップコーンの男性が歩いている。<br /><br />誰も、互いの服装を気にしていない。<br /><br />この統一感のなさも、何ともメキシコらしいのか。<br /><br />こうして私の期待値は、開演前から順調に下がっていった。<br /><br />劇場の外には誰もいない。<br /><br />バレットスタッフもいない。<br /><br />カフェにコーヒーもない。<br /><br />メニューに書かれた物もない。<br /><br />客席ではポップコーンを食べてよい。<br /><br />写真も自由。<br /><br />観客の服装は、タキシードから普段着まで何でもあり。<br /><br />本当に大丈夫なのだろうか?<br /><br />舞台装置はきちんとしているのか??<br /><br />役者は、本当に歌えるのか???<br /><br />まさか、このあと文化祭か学芸会のような『オペラ座の怪人』が始まるのではないだろうか????<br /><br />私の期待値がほとんど底まで落ちた、まさにその瞬間。<br /><br />劇場の照明が消えた。。。<br /><br /><br />■■■幕が上がると、スマートフォンを忘れた<br /><br />音楽が始まり、舞台の空気が変わった瞬間、それまでの不安は一気に消えた。数分後には、完全に物語の中へ引き込まれていた。<br /><br />大げさではなく、瞬きすることさえ忘れるほどだった。<br /><br />シャンデリア。<br /><br />地下へ続く暗闇。<br /><br />無数の蝋燭。<br /><br />ファントムの隠れ家。<br /><br />仮面舞踏会。<br /><br />このメキシコ公演は、ニューヨークの舞台をそのまま縮小したものではない。『オペラ座の怪人』を象徴する場面を残しながら、限られた舞台空間を使い、観客の視線を次々と別の世界へ運んでいく。<br /><br />もちろん、ニューヨークで観た舞台とは規模が違う。装置の巨大さや物量では、ブロードウェイの方が上だろう。<br /><br />しかし、規模が小さいことは、必ずしも欠点ではない。<br /><br />むしろ舞台との距離が近い。<br /><br />役者の表情、息遣い、衣装の動き、身体の緊張まで伝わってくる。ファントムが遠い舞台上の怪人ではなく、手を伸ばせば届きそうな場所にいる。<br /><br />PRMREのF列14番から16番という席も、この距離感を味わうには非常によかった。舞台全体を見渡しながら、細かな演技まで追うことができる。<br /><br />ニューヨーク版の巨大さとは違う。<br /><br />こちらには、小さな空間へ濃密に閉じ込められた『オペラ座の怪人』があった。そして、撮影は許可されていたにもかかわらず、私は一枚も撮ろうと思わなかった。<br /><br />最近、コンサートやイベントへ行くと、多くの人がスマートフォンを掲げている。目の前で起きていることを直接見るのではなく、スマートフォンの画面を通して眺めながら、記録へ残そうとしている。<br /><br />もちろん、記録することが悪いわけではない。<br /><br />私自身、あとで書くルチャ・リブレでは、かなりの枚数を撮影している。しかし、強く心を奪われた瞬間、人間は記録することを忘れるのだと思う。今起きていることを未来へ残そうとするよりも、現在の中から抜け出せなくなる。<br /><br />少なくとも私の周囲では、『オペラ座の怪人』の最中に、スマートフォンを掲げ続けている人はほとんど目に入らなかった。<br /><br />撮影禁止だったからではない。<br /><br />撮影する余裕がなかったのだと思う。<br /><br />写真の枚数と、体験の深さは一致しない。<br /><br />むしろ最も強く記憶に残った時間ほど、写真には残っていないことがあることに気付いた瞬間だった。<br /><br /><br />■■■舞台の下にいた、ポロシャツ姿の奏者たち<br /><br />休憩時間になり、私は娘に言った。<br /><br />「聞こえていた音楽は、あの舞台の袖下で生演奏しているんだぞ」<br /><br />娘は信じない。<br /><br />「どこで?」<br /><br />「だから舞台の下だよ」<br /><br />「本当に?」<br /><br />そこで客席側から舞台の裾へ近づき、オーケストラピットを覗いてみた。<br /><br />狭い舞台下に、奏者たちが本当にいた。<br /><br />指揮者だけは、きちんとしたジャケットを着ている。<br /><br />ところが、その周囲の奏者たちは、ポロシャツや普段着に近い、驚くほどラフな格好をしていた。<br /><br />娘は、本当に人間が生で演奏していることに感動している。<br /><br />その隣で私は、<br /><br />「服装、ずいぶんラフだな……」<br /><br />と、まったく別のところに驚いていた(笑)<br /><br />こちらが覗いていることに気づくと、奏者たちは気軽に手を振ってくれた。<br /><br />娘も手を振り返す。<br /><br />舞台上では、怪人の棲む十九世紀のパリ・オペラ座がつくられている。しかし、その床の下では、ポロシャツ姿の奏者たちが、観客へ笑いながら手を振っている。<br /><br />虚構と現実が、舞台の床一枚を隔てて同時に存在していた。<br /><br />その落差が、とても面白かった。<br /><br /><br />■■■予測できるから、撮影できる<br /><br />一方、アレナ・メヒコで観たルチャ・リブレでは、私はかなりの写真や映像を残している。それは、ルチャ・リブレの方がつまらなかったからではない。<br /><br />私はこれまで何度もルチャを観ている。試合の構成やリズムをある程度知っているのである。<br /><br />選手がロープへ向かえば、<br /><br />「次は場外へ飛ぶな」<br /><br />と予測できる。<br /><br />相手をこの位置へ移動させれば、<br /><br />「ここから大技が来るぞ」<br /><br />と分かる。<br /><br />だから、その少し前からカメラを構えることができる。<br /><br />物語の流れをすでに知っている分、観る自分と記録する自分を、ある程度同時に存在させられる。<br /><br />この日はメキシコ対日本の試合もあり、日本側には髙橋裕二郎、Yutani、DOUKI、加藤翔麻、そして長くメキシコで活動してきた奥村選手も出場していた。<br /><br />正直、この試合は両チームの連携が十分とは言えず、興行全体の中で最も完成度が高かったとは思わない。しかし、日本で生まれたプロレスがメキシコへ渡り、独自に発展したルチャ・リブレと再び交わる。<br /><br />その文化の往復自体が面白い。<br /><br />そして最後を飾ったのが、マスカラ・ドラダとコマンダーによる「Leyenda de Plata」の決勝戦だった。<br /><br />それぞれのコーナーには、ケモニートとケマリート。<br /><br />ケモニートが大好きな娘にとっては、これだけでも特別な試合である。<br /><br />結果は、ケモニート側のマスカラ・ドラダの勝利。<br /><br />試合後、娘は会場外の露店でケモニートのぬいぐるみを買った。<br /><br />そのあと、会場周辺にはマスクやTシャツ、人形などを売る店が並んでいるので、ほかに何か面白い物はないかと、周辺をぶらぶら歩いていた。<br /><br />すると少し離れた場所に、マスクを被り、リングパンツ一枚で上半身裸の男が立っていた。数人のファンらしき人と写真を撮ったり、何となく手持ち無沙汰そうに話したりしている。<br /><br />しかし、人だかりができているわけでもない。<br /><br />警備員に囲まれているわけでもない。<br /><br />メキシコシティの夜は意外と涼しい。<br /><br />そんな中で上半身裸の覆面男が普通に立っているのだから、かなり気合いの入ったコスプレイヤーだと思った(笑)<br /><br />実際、アレナ・メヒコの周辺には、レスラーのマスクを被ったファンが普通にいる。中には身体も大きく、本物のプロレスラーにしか見えない人もいる。ほかの観客から選手と間違われ、写真撮影に応じたあと、<br /><br />「いや、俺も君と同じファンだよ」<br /><br />と言って相手を驚かせている場面も、私は何度か見たことがある。だから最初は、この男もそういう人なのだと思った。<br /><br />しかし近づいてみると、どうも様子が違う。<br /><br />身体つきも、リングパンツも、マスクも本物にしか見えない。<br /><br />何より、試合を終えた直後らしく、まだ身体に汗が残っている。<br /><br />コスプレイヤーにしては演出に凝りすぎている。<br /><br />もしかして、これは本物なのではないか????<br /><br />とはいえ、本人を目の前にして、<br /><br />「あなた、本物ですか?」<br /><br />と聞くのも躊躇われる(笑)<br /><br />しかも、これが出待ちの通路ならまだしも、一般の出待ちの場所とはずいぶん離れているのである。いったいどこから、上半身裸のまま歩いてきたのだろう????<br /><br />それも謎だった。<br /><br />私は、とりあえず普通に近づいて、<br /><br />「今日は残念だったね」<br /><br />と声をかけた。<br /><br />そして、一緒に写真を撮ってもらった。娘の手には、先ほど買ったばかりのケモニートのぬいぐるみがある。<br /><br />コマンダーは試合でケマリートがついていた。つまり娘は、勝った敵側のマスコットを堂々と抱えながら、負けたばかりのコマンダーと記念撮影したことになる。<br /><br />少々バツの悪い写真になってしまった(笑)<br /><br />けどまぁ、本物か分からないしいっか!!と開き直ったところが、私たちが写真を撮り始めた瞬間、周囲の様子が変わった。<br /><br />それまで単なる「上半身裸の覆面おじさん」として通り過ぎていた人たちが、こちらを見て立ち止まる。<br /><br />「あれ、本物じゃね?」<br /><br />誰かが気づく。<br /><br />すると急に人が集まり始めた。<br /><br />そして周囲から、<br /><br />「コマンダー! コマンダー!」<br /><br />というコールが起きた。<br /><br />ほんの数秒前まで、誰にも囲まれず、所在なさげに立っていた覆面男が、一瞬でスターへ戻った瞬間だった(笑)<br /><br />この変化が最高に面白かった。もちろん、コマンダー自身は最初から本物だ。しかし、周囲の人間がそれに気づくまでは、ただの上半身裸の気合の入った覆面コスプレイヤーにしか見えなかった。<br /><br />誰かが声をかけ、写真を撮り、名前を呼んだ瞬間、その場にいた人々の認識が一斉に変わる。<br /><br />スターとは、本人の中だけに存在するものではない。周囲の人間がその人物を知り、見つめ、名前を呼ぶことで、その場に立ち現れるものなのかもしれない。<br /><br />そして、こうしたスターが、警備員に囲まれることもなく、試合直後の姿のまま会場周辺をふらつき、ファンと普通に話している。リングの上では、照明を浴び、数千人の歓声を受ける存在がである。<br /><br />しかし一歩外へ出れば、コスプレイヤーと間違われるほど自然に観客の中へ混ざっている。<br /><br />この距離の近さも、ルチャ・リブレの魅力なのだと思う。<br /><br />リング上の虚構と、会場外の現実が完全には分断されていない。さっきまで物語の中で戦っていた選手が、そのままの姿で街へ現れ、観客と同じ夜の空気を吸っている。<br /><br />予定していたわけでも、待ち構えていたわけでもない。<br /><br />偶然歩いていたから、出会った。<br /><br />こういう出来事こそ、映像を観るだけでは絶対に起こらない、実際にその場所へ行く面白さなのだと思う。<br /><br /><br />■■■撮影禁止だったアレナ・メヒコ<br /><br />私が以前アレナ・メヒコへ通っていた頃は、撮影にかなり厳しかった。スマートフォンで撮っているだけでも注意されることがあり、特に動画撮影は厳禁だった。<br /><br />ブログへ映像を掲載し、それが少し目立てば、削除を求められることさえあった。気軽に何でもアップできる場所ではなかったのである。<br /><br />ところが、今回訪れてみると、ずいぶん雰囲気が変わっていた。私の前に座っていた女性は、かなり長い時間、動画を撮り続けていた。<br /><br />セキュリティスタッフも近くまで来ていたが、特に注意する様子もない。公式な規定がどこまで変わったのかは分からない。ただ、少なくとも現場での運用は、以前より明らかに緩くなっているように感じられた。<br /><br />これもSNS時代の変化なのだろう。<br /><br />観客が撮影し、その映像を公開すれば、興行側が広告費を払わなくても、会場の熱気が外へ拡散されていく。<br /><br />その映像を見た人が、<br /><br />「面白そうだ。今度行ってみよう」<br /><br />と思う。<br /><br />作品を守るために撮影を禁止するのではなく、観客の発信を宣伝の一部として受け入れる。時代とともに、興行と観客の関係も変わっている。<br /><br />ただし、映像を公開すれば、その場の熱気まで完全に伝わるわけではない。<br /><br />場外へ飛ぶ選手の高さ。<br /><br />身体がマットに叩きつられたときの音。<br /><br />数千人の観客が一斉に声を上げた瞬間、空気が押し寄せてくる感覚。<br /><br />それらは、スマートフォンの画面の中では小さくなってしまう。<br /><br />映像は「何が起きたか」は残せる。<br /><br />しかし、「そこにいたとき、身体が何を感じたか」までは残せないのだ。<br /><br /><br />■■■生身の人間がつくる場所は、なくならない<br /><br />さて、話は戻るが、『オペラ座の怪人』が終わったあと、妻に感想を聞いてみた。<br /><br />妻が強く感じたのは、これから生成AIによって映像がいくらでもつくられる時代になっても、生身の役者が目の前で演じる舞台は、絶対になくならないだろうということだった。<br /><br />なくならないだけではない。<br /><br />むしろ、その価値は上がっていくのではないか。<br /><br />実在しない俳優が、現実には存在しない風景の中で演じ、一度も鳴っていない音楽を流す。そうした映像は、これからますます精密になっていくだろう。<br /><br />しかし、舞台上の役者と観客が同じ時間を生き、その一回限りの空間をつくっているという事実までは生成できない。<br /><br />役者の声がわずかに揺れる。<br /><br />観客が息を呑み、劇場全体が静まり返る。<br /><br />笑いが起きれば、その空気が舞台へ返っていく。<br /><br />演じる側と観る側が、互いの存在に影響を与えながら、その夜だけの作品をつくる。<br /><br />これは映像作品にはない関係である。<br /><br />私が最近、カンクンで小さなライブへ足を運ぶようになった理由も、同じだ。良い音だけを聴きたいなら、自宅に高級なオーディオとスピーカーを揃え、質の高い音源を再生すればよい。<br /><br />ライブハウスへ行ったところで、聞こえてくる音の多くは、やはりスピーカーから出ている。<br /><br />それでも、自宅で聴く音楽とは違う。<br /><br />違うのは、音源ではなく空気である。<br /><br />演奏者の熱量。<br /><br />観客の緊張。<br /><br />隣にいる人間の身体。<br /><br />誰かが声を上げ、そこに別の誰かが反応し、会場全体の感情が一つの方向へ動いていく。<br /><br />ルチャ・リブレも同じである。<br /><br />技や勝敗だけなら、映像で確認できる。<br /><br />むしろカメラはリングへ近づき、スローモーションや別角度からの映像まで見せてくれる。それでも、アレナ・メヒコで数千人の観客と一緒に声を上げる体験とは違う。<br /><br />試合はリングの上だけでつくられているのではない。<br /><br />観客の声が選手へ届き、選手の動きが観客を煽り、その熱が何度もリングと客席を往復する。<br /><br />その場にいる全員で、一つのショーをつくっているのである。<br /><br /><br />■■■VRは場所を再現できても、「居合わせること」は再現できない<br /><br />VRがさらに発達すれば、家にいながら世界中の観光地へ行けるようになると言われている。<br /><br />ピラミッドの頂上にも立てる。<br /><br />海の中へ潜ることもできる。<br /><br />古代都市を、往時の姿で歩くことすらできるだろう。<br /><br />しかし、どれほど没入感が高くなっても、同じ場所にいる他者と、本当に同じ時間を過ごしているという事実までは再現できない。<br /><br />今回でいえば、劇場前で車を縁石へぶつけ、露店のおじさんに心配され、コーヒーを注文したら「ない」と言われ、舞台下を覗いたらポロシャツ姿の奏者たちが手を振ってくれた。<br /><br />ルチャ・リブレの会場では、ケモニートのぬいぐるみを買い、それを抱えたまま、敵側だったコマンダーと偶然写真を撮った。<br /><br />そんな出来事は、最初から用意された映像の中には存在しない。<br /><br />旅の価値は、名所を見ることだけではない。<br /><br />自分の身体をその場所へ運び、そこで起きることに巻き込まれることにある。AIやVRが進歩すればするほど、こうした「本当にそこにいた」という経験は、古くなるのではなく、かえって希少になっていく。<br /><br />『オペラ座の怪人』には、ほとんど写真が残っていない。<br /><br />ルチャ・リブレには、たくさんの写真が残っている。<br /><br />しかし、どちらにも、映像には収められなかった空気がある。<br /><br />写真があるから覚えているのではない。<br /><br />その場所で、他の人間と同じ時間を過ごしたから、身体が覚えているのだ。<br /><br /><br />――と、ここまでが、妻の感想を聞いた私なりの解釈である(笑)<br /><br />もっとも、実際の妻は、ここまで長々と語ってはいなかったから、私が先回りして話を膨らませすぎると、あとで本人から、<br /><br />「私は、そんなことまで言っていません」<br /><br />と訂正される可能性が高い(苦笑)<br /><br />したがって、妻の感想には、私の想像と思想が多分に混入していることを、あらかじめ付け加えておきたい(笑)<br /><br />そうそう。。。<br /><br />公演後、バレットの受取場所へ行くと、そこには長蛇の列ができていた。相当待つだろうと思った瞬間、なぜか真っ先に私たちの車が運ばれてきた。<br /><br />高級車ならまだ分かる。<br /><br />しかし、人垣の向こうから現れたのは、その日に縁石へぶつけたばかりの、くたびれた日産である。<br /><br />スタッフに名前を呼ばれると、並んでいた人々が左右へ分かれた。<br /><br />まるでモーセが海を割ったように、人垣の中央に一本の道ができる。<br /><br />その全員の視線を浴びながら、私たち家族は傷のついたオンボロレンタカーへ乗り込んだ。<br /><br />生身の人間がつくるライブには、VRでは再現できない予定外の出来事がある。だが、あの恥ずかしさまで再現する必要があるのかは、少々疑問だった(苦笑)<br /><br />そして今回振り返ってみると、この旅は縁石にぶつけた日産から始まり、最後もまた日産で終わっている。<br /><br />美術だ、音楽だ、文化だ、旅とは何かだと、散々いろんなことを書いてきたけれど――<br /><br />もしかすると、この旅を最初から最後まで貫いていた本当の主役は、日産だったのかもしれない。<br /><br />……んなわけない(笑)<br /><br />では、第四章へ続く。。。

■第三章■写真が少ないほど、よく覚えている理由? ―『オペラ座の怪人』と『ルチャ・リブレ』

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2026/09/29 - 2026/09/30

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watersportscancun

watersportscancunさん

皆さん、こんにちは! ウォータースポーツカンクンの店長吉田です。

早速ですが、本日はお約束通り先日の家族旅行の第三章をアップします。今回も長文ですので、どうぞ覚悟してお付き合いください(笑)

というか、回を追うごとにどんどん長くなっている気もしますが、決して嫌がらせではありません(苦笑

厄介なことに、思い出の多い旅ほど時間が経つほど記憶が熟成され、あの時には気づかなかったことが見えてきたり、そこからまた新しい問いが生まれたりする。

そこまで含めて「旅」の醍醐味なのだと言いたいわけですが、「そんな哲学はいいから長いんだよ!」という声もいい加減聞こえてきそうです(笑)

長文が苦手な方は、どうぞ写真だけでも眺めていってください。写真のコメントも長いですけど(爆

そしてそんな旅の続き、第四章は来週アップ予定です。

というわけで、行ってみよう!

最初にお断りしておくが、この章には、『オペラ座の怪人』の写真がほとんどない。撮影出来なかったからではない。劇場側からは、フラッシュを使わなければ撮影してもよいとアナウンスも流れていた。

なので、撮影が出来なかったわけではない。だが、舞台が始まった瞬間、写真を撮ろうなどという考えが、すっぽりと抜け落ちていた。

正確には、思う暇すらなかった(^^;

気がついたときには、もう終わっていた(苦笑)

その一方で、アレナ・メヒコで観たルチャ・リブレの写真は、かなり残っているので、そちらの写真は沢山載せている。

どちらも生身の人間が演じるライブショーである。それなのに、なぜ一方ではカメラを構え、もう一方ではスマートフォンの存在すら忘れてしまったのだろう?

今回はちょっとそこも振り返ってみたい。

まず、この二つの体験には、これからの時代における「その場所へ行く意味」が、かなりはっきりと表れていたように思う。


■■■誰もいない劇場前で、いきなり車をぶつける

メキシコシティで楽しみにしていた体験の一つが、スペイン語版ミュージカル『オペラ座の怪人』だ。会場は、ディエゴ・リベラの巨大な壁画が正面を覆うTeatro de los Insurgentes。

もう随分と遠い昔、私はニューヨークで『オペラ座の怪人』を観たことがある。当時はボストンに留学していて、考えてみれば、今、日本に留学している娘とちょうど同じくらいの歳だった。

そんな『オペラ座の怪人』がメキシコでも上演されていると知り、ふと昔の記憶が蘇った。

今回は娘の大学合格祝いという名目もあったが、それ以上に、十四年間バレエを続けてきた娘に、一度きちんと「生の舞台」を観せてやりたいという思いが沸いた。映画や映像ではなく、生身の役者が目の前で歌い、踊り、音楽がその場で奏でられる。その空間そのものを体験してほしくて、今回の観劇を旅の予定に組み込むことにした。

かつて娘と同じ年頃だった自分がニューヨークで観た作品を、今度はメキシコで、同じ年頃になった娘と観る。

そう考えると、三十数年という時間が、不思議な形で一本につながったようにも思えた。

今回は座席も事前にかなり調べた。私が選んだのは、PRMREのF列14番から16番。舞台に近すぎず、それでいて役者の表情まで見える、中央に近い非常に良い席だ。

そして迎えた当日、私たちは混雑を避けるため、開演の一時間ほど前に劇場へ到着した。別に、劇場の設営から見届けようというほど異常に早く来たわけではない。ところが、劇場前には驚くほど人がいなかった。観客はもちろん、いるはずのバレットパーキングのスタッフすら見当たらない。

「もしかして、会場を間違えたか?」

「それとも入口が別の場所にあるのだろうか?」

劇場の周囲をキョロキョロしながら車を動かしていた、そのときである。

ゴンッ!

鈍い音とともに、レンタカーの日産を縁石へ見事にぶつけてしまった(汗)

『オペラ座の怪人』が始まる一時間も前に、まず私が劇場前でちょっとした余興を披露してしまったわけである。

しかし、悪いことばかりではない。

周囲にほとんど人がいなかったはずなのに、この一撃で何人かがこちらを振り向いた。せっかく注目を集めた事だし、その中にいた露店でお菓子を売っているおっちゃんへ声をかけた。

「バレットはどこ?」

おっちゃんは、どうみてもバレットに預けるような高級車でもない、しかも今では凹んで傷物になった可哀そうな日産を見つめながら

「え?! あーも、もう少ししたら来るよ」

とドモリながら教えてくれた(苦笑)

しかし、その視線は私ではなく、たった今、縁石へぶつけた日産から離れない。。。そして案の定、次の質問が来た。

「……ってか、その車大丈夫なのか?」

まあ、そうなるだろう(笑)

私は凹みの増えたレンタカーを一瞥し、何事もなかったかのように答えた。

「ああ。盗んできた車だから、どうでもいい」

もちろん冗談である。

ところが、これがおっちゃんの予想をはるかに超えてツボってしまった(笑)おっちゃんが大笑いを始める。

しかし、その笑い声につられて立ち止まった周囲の人たちは、私と車を交互に見ながら、笑うべきなのか、警察を呼ぶべきなのか、判断がつかない様子だ。

無理もない。

車をぶつけても顔色一つ変えず、

「盗んできたから問題ない」

と言い切る、どこの誰とも分からない怪しい東洋人である。

しかもここはメキシコシティ。

カンクンなら軽く流される冗談も、現実と冗談の境界が少々曖昧なこの街では、妙な生々しさを帯びてしまう(笑)

おっちゃんだけは腹を抱えて笑っていたが、通行人の中には最後まで、

「あれ、本当に盗難車なんじゃないか?」

という疑いの目でこちらを見ている人までいた(苦笑)

そうこうしているうちに、ようやくバレットのスタッフが現れた。私は、到着したときより確実に傷の増えた日産を、何食わぬ顔で預けた。もちろん、その凹みは預かった時点でついていたものであるという誓約書にサインをされられて。。。

まだ幕も上がっていないというのに、この日の最初の小芝居は、すでに劇場の外で始まっていたのである(^^;;

■■■コーラとポップコーンを食べながら見るミュージカル

さて、開演までは、まだ少し時間があった。そこで、劇場内のオープンカフェらしき場所へ立ち寄り、コーヒーでも飲んで時間を潰す事にした。

応対してくれたウェイトレスは、『オペラ座の怪人』の世界観に合わせた、驚くほどきちんとした服装をしている。

姿勢も美しい。

表情も引き締まっている。

先ほど劇場の外で、レンタカーを縁石へぶつけた挙げ句、「盗んできた車だからどうでもいい」と言い放っていた男とは、住んでいる世界が違うように見えた。

このあたりは、さすが劇場である。

私は渡されたメニューを眺めながら注文した。

「コーヒーをお願いします」

彼女は顔色一つ変えず、静かに答えた。

「NO HAY (ありません)」

……カフェなのに、コーヒーがないらしい(笑)

まあ、メキシコでは時々あることである。

すると娘がメニューを覗き込みながら、

「ハーゲンダッツがいい」

と言い出した。

「じゃあ、とりあえずハーゲンダッツを一つ」

彼女は眉一つ動かさずに答えた。

「NO HAY (ありません)」

二連敗である。

横から妻が、

「じゃあ、オレンジジュースかな……」

と控えめに言った。

「NO HAY (ありません)」

三連敗である。

しかも彼女は、申し訳なさそうな顔をするでもない。背筋を伸ばし、毅然とした表情で、ただ事実のみを告げてくる。

「NO HAY」「NO HAY」「NO HAY」

まるで、こちらの注文を拒否するためだけにプログラムされた、“ないないロボット”である。

私はもう一度メニューを見た。

コーヒーも書いてある。

ハーゲンダッツも書いてある。

ジュースも書いてある。

しかし、どれも存在しないという。

これは単なる品切れなのか。それとも、書かれている物が何一つ実在しないという、何かのコンセプチュアル・アートなのだろうか?

『オペラ座の怪人』は、すでに始まっているのかもしれない。

しかし、このままメニューに書かれた物を上から順番に注文しても、すべて「ありません」で返されそうだったので、私は聞き方を変えることにした。

「では、何がありますか?」

彼女は相変わらず真面目な顔で答えた。

「コーラとポップコーン。それから水があります」

「他には?」

「それだけです」

選択肢がないではないか(笑)

だったら、最初からメニューなど渡さず、

「コーラ、ポップコーン、水しかないのですが。。。」

と言ってくれるか、そう書いた紙を一枚置いておけば済む話である。いや、それ以前に、コーラと水はともかく、ポップコーンは飲み物ではない。

ここは本当にカフェなのだろうか。

ところが、娘は「ポップコーン」と聞いた瞬間、目を輝かせた。

「おー! パロミータス!!」

スペイン語の発音だけは完全なネイティブである。

すると、その瞬間だった。これまで「ありません」しか言わず、顔の筋肉が一ミリも動かなかったウェイトレスの表情が、突然ぱっと明るくなった。

「あ、スペイン語、とてもお上手ですね!」

何が起こったのだろう??? 先ほどまでの“ないないロボット”が、突然、普通のメキシコ人女性へ戻ったようだ(笑)

娘が答えた。

「私、メキシコ生まれなんです。パパとママは違うけど」

年齢が近かったからだろうか。二人はそこから二言、三言と話し始め、先ほどまで面接会場のように張り詰めていた空気が、一気に和らいだ。

そして、一度解凍された彼女は、急に饒舌になった(笑)

メキシコではよくあることだが、外国人を相手にすると、言葉が通じるか分からず、緊張して表情も言葉も硬くなる人がいる。こちらがスペイン語で話していても、外国人の顔から片言のスペイン語が出てくると、かえって、

「どこまで説明すれば通じるのだろう」

と身構えてしまうらしい。

もっとも今回は、劇場の外でレンタカーをぶつけ、その直後に盗難車だと言い放った怪しい東洋人が来店したという情報が、すでに共有されていた可能性も否定できないから、彼女が警戒していたのは、言語ではなく、単に私だったのかもしれない(苦笑)

そんなことを考えていると、しばらく話していた娘が、妙なことを言い出した。

「コーラとポップコーン、そのまま客席へ持って行っていいんだって!」

「え?」

私は一瞬、不安になった。

ひょっとして私たちは、劇場で上演されるミュージカルではなく、シネポリス(映画館)で上映される『オペラ座の怪人』の映画を観に来たのではないだろうか?

しかし、客席へ入ってみると、実際にかなりの人が、コーラを飲み、ポップコーンを食べながら開演を待っている。周囲からは、ポリポリ、カサカサという、映画館でお馴染みの音が聞こえてくる。

さらに追い打ちをかけるように、

「フラッシュを使用しなければ、写真撮影は自由です」

というアナウンスまで流れてきた。

コーラ

ポップコーン

撮影自由

私の知っているミュージカル観劇とは、何かが少しずつ違っている。

服装も同じだった。事前に調べた限り、厳格なドレスコードがあるとは書かれていなかった。しかし、私が見落としている可能性もある。

映画を観に行くのではないのだから、もう少しきちんとした服を持っていきなさい。私はそう言って、面倒くさがる娘に観劇用の服を準備させていた。ところが、娘が実際に持ってきた服を見ると、どうにも微妙だった。

「本当に、それで大丈夫なのか……」

私は出発前から、少し気を揉んでいた。

しかし、実際の劇場には、ポロシャツにジーンズという普段着の観客が普通に歩いている。近所のレストランへ食事に来たような格好の人もいる。これから学校の学芸会でも始まるのかと思うほど、ラフな服装の人も少なくない。

そんなロビーを見回しながら、娘が勝ち誇ったように言った。

「パパ……全然大丈夫だったじゃん」

返す言葉がなかった(苦笑)

とはいえ、全員が普段着というわけでもない。イブニングドレスをまとった女性もいれば、きちんとタキシードを着た男性もいる。

正装した男女のすぐ隣を、ポロシャツにジーンズ、片手にポップコーンの男性が歩いている。

誰も、互いの服装を気にしていない。

この統一感のなさも、何ともメキシコらしいのか。

こうして私の期待値は、開演前から順調に下がっていった。

劇場の外には誰もいない。

バレットスタッフもいない。

カフェにコーヒーもない。

メニューに書かれた物もない。

客席ではポップコーンを食べてよい。

写真も自由。

観客の服装は、タキシードから普段着まで何でもあり。

本当に大丈夫なのだろうか?

舞台装置はきちんとしているのか??

役者は、本当に歌えるのか???

まさか、このあと文化祭か学芸会のような『オペラ座の怪人』が始まるのではないだろうか????

私の期待値がほとんど底まで落ちた、まさにその瞬間。

劇場の照明が消えた。。。


■■■幕が上がると、スマートフォンを忘れた

音楽が始まり、舞台の空気が変わった瞬間、それまでの不安は一気に消えた。数分後には、完全に物語の中へ引き込まれていた。

大げさではなく、瞬きすることさえ忘れるほどだった。

シャンデリア。

地下へ続く暗闇。

無数の蝋燭。

ファントムの隠れ家。

仮面舞踏会。

このメキシコ公演は、ニューヨークの舞台をそのまま縮小したものではない。『オペラ座の怪人』を象徴する場面を残しながら、限られた舞台空間を使い、観客の視線を次々と別の世界へ運んでいく。

もちろん、ニューヨークで観た舞台とは規模が違う。装置の巨大さや物量では、ブロードウェイの方が上だろう。

しかし、規模が小さいことは、必ずしも欠点ではない。

むしろ舞台との距離が近い。

役者の表情、息遣い、衣装の動き、身体の緊張まで伝わってくる。ファントムが遠い舞台上の怪人ではなく、手を伸ばせば届きそうな場所にいる。

PRMREのF列14番から16番という席も、この距離感を味わうには非常によかった。舞台全体を見渡しながら、細かな演技まで追うことができる。

ニューヨーク版の巨大さとは違う。

こちらには、小さな空間へ濃密に閉じ込められた『オペラ座の怪人』があった。そして、撮影は許可されていたにもかかわらず、私は一枚も撮ろうと思わなかった。

最近、コンサートやイベントへ行くと、多くの人がスマートフォンを掲げている。目の前で起きていることを直接見るのではなく、スマートフォンの画面を通して眺めながら、記録へ残そうとしている。

もちろん、記録することが悪いわけではない。

私自身、あとで書くルチャ・リブレでは、かなりの枚数を撮影している。しかし、強く心を奪われた瞬間、人間は記録することを忘れるのだと思う。今起きていることを未来へ残そうとするよりも、現在の中から抜け出せなくなる。

少なくとも私の周囲では、『オペラ座の怪人』の最中に、スマートフォンを掲げ続けている人はほとんど目に入らなかった。

撮影禁止だったからではない。

撮影する余裕がなかったのだと思う。

写真の枚数と、体験の深さは一致しない。

むしろ最も強く記憶に残った時間ほど、写真には残っていないことがあることに気付いた瞬間だった。


■■■舞台の下にいた、ポロシャツ姿の奏者たち

休憩時間になり、私は娘に言った。

「聞こえていた音楽は、あの舞台の袖下で生演奏しているんだぞ」

娘は信じない。

「どこで?」

「だから舞台の下だよ」

「本当に?」

そこで客席側から舞台の裾へ近づき、オーケストラピットを覗いてみた。

狭い舞台下に、奏者たちが本当にいた。

指揮者だけは、きちんとしたジャケットを着ている。

ところが、その周囲の奏者たちは、ポロシャツや普段着に近い、驚くほどラフな格好をしていた。

娘は、本当に人間が生で演奏していることに感動している。

その隣で私は、

「服装、ずいぶんラフだな……」

と、まったく別のところに驚いていた(笑)

こちらが覗いていることに気づくと、奏者たちは気軽に手を振ってくれた。

娘も手を振り返す。

舞台上では、怪人の棲む十九世紀のパリ・オペラ座がつくられている。しかし、その床の下では、ポロシャツ姿の奏者たちが、観客へ笑いながら手を振っている。

虚構と現実が、舞台の床一枚を隔てて同時に存在していた。

その落差が、とても面白かった。


■■■予測できるから、撮影できる

一方、アレナ・メヒコで観たルチャ・リブレでは、私はかなりの写真や映像を残している。それは、ルチャ・リブレの方がつまらなかったからではない。

私はこれまで何度もルチャを観ている。試合の構成やリズムをある程度知っているのである。

選手がロープへ向かえば、

「次は場外へ飛ぶな」

と予測できる。

相手をこの位置へ移動させれば、

「ここから大技が来るぞ」

と分かる。

だから、その少し前からカメラを構えることができる。

物語の流れをすでに知っている分、観る自分と記録する自分を、ある程度同時に存在させられる。

この日はメキシコ対日本の試合もあり、日本側には髙橋裕二郎、Yutani、DOUKI、加藤翔麻、そして長くメキシコで活動してきた奥村選手も出場していた。

正直、この試合は両チームの連携が十分とは言えず、興行全体の中で最も完成度が高かったとは思わない。しかし、日本で生まれたプロレスがメキシコへ渡り、独自に発展したルチャ・リブレと再び交わる。

その文化の往復自体が面白い。

そして最後を飾ったのが、マスカラ・ドラダとコマンダーによる「Leyenda de Plata」の決勝戦だった。

それぞれのコーナーには、ケモニートとケマリート。

ケモニートが大好きな娘にとっては、これだけでも特別な試合である。

結果は、ケモニート側のマスカラ・ドラダの勝利。

試合後、娘は会場外の露店でケモニートのぬいぐるみを買った。

そのあと、会場周辺にはマスクやTシャツ、人形などを売る店が並んでいるので、ほかに何か面白い物はないかと、周辺をぶらぶら歩いていた。

すると少し離れた場所に、マスクを被り、リングパンツ一枚で上半身裸の男が立っていた。数人のファンらしき人と写真を撮ったり、何となく手持ち無沙汰そうに話したりしている。

しかし、人だかりができているわけでもない。

警備員に囲まれているわけでもない。

メキシコシティの夜は意外と涼しい。

そんな中で上半身裸の覆面男が普通に立っているのだから、かなり気合いの入ったコスプレイヤーだと思った(笑)

実際、アレナ・メヒコの周辺には、レスラーのマスクを被ったファンが普通にいる。中には身体も大きく、本物のプロレスラーにしか見えない人もいる。ほかの観客から選手と間違われ、写真撮影に応じたあと、

「いや、俺も君と同じファンだよ」

と言って相手を驚かせている場面も、私は何度か見たことがある。だから最初は、この男もそういう人なのだと思った。

しかし近づいてみると、どうも様子が違う。

身体つきも、リングパンツも、マスクも本物にしか見えない。

何より、試合を終えた直後らしく、まだ身体に汗が残っている。

コスプレイヤーにしては演出に凝りすぎている。

もしかして、これは本物なのではないか????

とはいえ、本人を目の前にして、

「あなた、本物ですか?」

と聞くのも躊躇われる(笑)

しかも、これが出待ちの通路ならまだしも、一般の出待ちの場所とはずいぶん離れているのである。いったいどこから、上半身裸のまま歩いてきたのだろう????

それも謎だった。

私は、とりあえず普通に近づいて、

「今日は残念だったね」

と声をかけた。

そして、一緒に写真を撮ってもらった。娘の手には、先ほど買ったばかりのケモニートのぬいぐるみがある。

コマンダーは試合でケマリートがついていた。つまり娘は、勝った敵側のマスコットを堂々と抱えながら、負けたばかりのコマンダーと記念撮影したことになる。

少々バツの悪い写真になってしまった(笑)

けどまぁ、本物か分からないしいっか!!と開き直ったところが、私たちが写真を撮り始めた瞬間、周囲の様子が変わった。

それまで単なる「上半身裸の覆面おじさん」として通り過ぎていた人たちが、こちらを見て立ち止まる。

「あれ、本物じゃね?」

誰かが気づく。

すると急に人が集まり始めた。

そして周囲から、

「コマンダー! コマンダー!」

というコールが起きた。

ほんの数秒前まで、誰にも囲まれず、所在なさげに立っていた覆面男が、一瞬でスターへ戻った瞬間だった(笑)

この変化が最高に面白かった。もちろん、コマンダー自身は最初から本物だ。しかし、周囲の人間がそれに気づくまでは、ただの上半身裸の気合の入った覆面コスプレイヤーにしか見えなかった。

誰かが声をかけ、写真を撮り、名前を呼んだ瞬間、その場にいた人々の認識が一斉に変わる。

スターとは、本人の中だけに存在するものではない。周囲の人間がその人物を知り、見つめ、名前を呼ぶことで、その場に立ち現れるものなのかもしれない。

そして、こうしたスターが、警備員に囲まれることもなく、試合直後の姿のまま会場周辺をふらつき、ファンと普通に話している。リングの上では、照明を浴び、数千人の歓声を受ける存在がである。

しかし一歩外へ出れば、コスプレイヤーと間違われるほど自然に観客の中へ混ざっている。

この距離の近さも、ルチャ・リブレの魅力なのだと思う。

リング上の虚構と、会場外の現実が完全には分断されていない。さっきまで物語の中で戦っていた選手が、そのままの姿で街へ現れ、観客と同じ夜の空気を吸っている。

予定していたわけでも、待ち構えていたわけでもない。

偶然歩いていたから、出会った。

こういう出来事こそ、映像を観るだけでは絶対に起こらない、実際にその場所へ行く面白さなのだと思う。


■■■撮影禁止だったアレナ・メヒコ

私が以前アレナ・メヒコへ通っていた頃は、撮影にかなり厳しかった。スマートフォンで撮っているだけでも注意されることがあり、特に動画撮影は厳禁だった。

ブログへ映像を掲載し、それが少し目立てば、削除を求められることさえあった。気軽に何でもアップできる場所ではなかったのである。

ところが、今回訪れてみると、ずいぶん雰囲気が変わっていた。私の前に座っていた女性は、かなり長い時間、動画を撮り続けていた。

セキュリティスタッフも近くまで来ていたが、特に注意する様子もない。公式な規定がどこまで変わったのかは分からない。ただ、少なくとも現場での運用は、以前より明らかに緩くなっているように感じられた。

これもSNS時代の変化なのだろう。

観客が撮影し、その映像を公開すれば、興行側が広告費を払わなくても、会場の熱気が外へ拡散されていく。

その映像を見た人が、

「面白そうだ。今度行ってみよう」

と思う。

作品を守るために撮影を禁止するのではなく、観客の発信を宣伝の一部として受け入れる。時代とともに、興行と観客の関係も変わっている。

ただし、映像を公開すれば、その場の熱気まで完全に伝わるわけではない。

場外へ飛ぶ選手の高さ。

身体がマットに叩きつられたときの音。

数千人の観客が一斉に声を上げた瞬間、空気が押し寄せてくる感覚。

それらは、スマートフォンの画面の中では小さくなってしまう。

映像は「何が起きたか」は残せる。

しかし、「そこにいたとき、身体が何を感じたか」までは残せないのだ。


■■■生身の人間がつくる場所は、なくならない

さて、話は戻るが、『オペラ座の怪人』が終わったあと、妻に感想を聞いてみた。

妻が強く感じたのは、これから生成AIによって映像がいくらでもつくられる時代になっても、生身の役者が目の前で演じる舞台は、絶対になくならないだろうということだった。

なくならないだけではない。

むしろ、その価値は上がっていくのではないか。

実在しない俳優が、現実には存在しない風景の中で演じ、一度も鳴っていない音楽を流す。そうした映像は、これからますます精密になっていくだろう。

しかし、舞台上の役者と観客が同じ時間を生き、その一回限りの空間をつくっているという事実までは生成できない。

役者の声がわずかに揺れる。

観客が息を呑み、劇場全体が静まり返る。

笑いが起きれば、その空気が舞台へ返っていく。

演じる側と観る側が、互いの存在に影響を与えながら、その夜だけの作品をつくる。

これは映像作品にはない関係である。

私が最近、カンクンで小さなライブへ足を運ぶようになった理由も、同じだ。良い音だけを聴きたいなら、自宅に高級なオーディオとスピーカーを揃え、質の高い音源を再生すればよい。

ライブハウスへ行ったところで、聞こえてくる音の多くは、やはりスピーカーから出ている。

それでも、自宅で聴く音楽とは違う。

違うのは、音源ではなく空気である。

演奏者の熱量。

観客の緊張。

隣にいる人間の身体。

誰かが声を上げ、そこに別の誰かが反応し、会場全体の感情が一つの方向へ動いていく。

ルチャ・リブレも同じである。

技や勝敗だけなら、映像で確認できる。

むしろカメラはリングへ近づき、スローモーションや別角度からの映像まで見せてくれる。それでも、アレナ・メヒコで数千人の観客と一緒に声を上げる体験とは違う。

試合はリングの上だけでつくられているのではない。

観客の声が選手へ届き、選手の動きが観客を煽り、その熱が何度もリングと客席を往復する。

その場にいる全員で、一つのショーをつくっているのである。


■■■VRは場所を再現できても、「居合わせること」は再現できない

VRがさらに発達すれば、家にいながら世界中の観光地へ行けるようになると言われている。

ピラミッドの頂上にも立てる。

海の中へ潜ることもできる。

古代都市を、往時の姿で歩くことすらできるだろう。

しかし、どれほど没入感が高くなっても、同じ場所にいる他者と、本当に同じ時間を過ごしているという事実までは再現できない。

今回でいえば、劇場前で車を縁石へぶつけ、露店のおじさんに心配され、コーヒーを注文したら「ない」と言われ、舞台下を覗いたらポロシャツ姿の奏者たちが手を振ってくれた。

ルチャ・リブレの会場では、ケモニートのぬいぐるみを買い、それを抱えたまま、敵側だったコマンダーと偶然写真を撮った。

そんな出来事は、最初から用意された映像の中には存在しない。

旅の価値は、名所を見ることだけではない。

自分の身体をその場所へ運び、そこで起きることに巻き込まれることにある。AIやVRが進歩すればするほど、こうした「本当にそこにいた」という経験は、古くなるのではなく、かえって希少になっていく。

『オペラ座の怪人』には、ほとんど写真が残っていない。

ルチャ・リブレには、たくさんの写真が残っている。

しかし、どちらにも、映像には収められなかった空気がある。

写真があるから覚えているのではない。

その場所で、他の人間と同じ時間を過ごしたから、身体が覚えているのだ。


――と、ここまでが、妻の感想を聞いた私なりの解釈である(笑)

もっとも、実際の妻は、ここまで長々と語ってはいなかったから、私が先回りして話を膨らませすぎると、あとで本人から、

「私は、そんなことまで言っていません」

と訂正される可能性が高い(苦笑)

したがって、妻の感想には、私の想像と思想が多分に混入していることを、あらかじめ付け加えておきたい(笑)

そうそう。。。

公演後、バレットの受取場所へ行くと、そこには長蛇の列ができていた。相当待つだろうと思った瞬間、なぜか真っ先に私たちの車が運ばれてきた。

高級車ならまだ分かる。

しかし、人垣の向こうから現れたのは、その日に縁石へぶつけたばかりの、くたびれた日産である。

スタッフに名前を呼ばれると、並んでいた人々が左右へ分かれた。

まるでモーセが海を割ったように、人垣の中央に一本の道ができる。

その全員の視線を浴びながら、私たち家族は傷のついたオンボロレンタカーへ乗り込んだ。

生身の人間がつくるライブには、VRでは再現できない予定外の出来事がある。だが、あの恥ずかしさまで再現する必要があるのかは、少々疑問だった(苦笑)

そして今回振り返ってみると、この旅は縁石にぶつけた日産から始まり、最後もまた日産で終わっている。

美術だ、音楽だ、文化だ、旅とは何かだと、散々いろんなことを書いてきたけれど――

もしかすると、この旅を最初から最後まで貫いていた本当の主役は、日産だったのかもしれない。

……んなわけない(笑)

では、第四章へ続く。。。

旅行の満足度
5.0
  • ファントムの写真が全然ないので、その分ルチャをアップします(苦笑)<br /><br />いつものダフ屋のおねぇちゃんから、リングサイド二列目を確保。この日はテレビ放映も入る特別興行で、会場周辺は満員御礼の大渋滞。ところが「ここにいる」と言われた場所へ行ってもいない。「こっちへ来て」と言われて移動しても、やっぱりいない(苦笑)<br /><br />十年以上の付き合いとはいえ、ここはメキシコ。もっと高く買う客が現れれば、「会えなかったね。返金するよ」でブック破りされても不思議ではない。ついに娘が「騙されたんじゃないの?!」と怒り、私から電話を奪って交渉開始。ネイティブのスペイン語と絶対に逃がさない気迫で話を詰め、すったもんだの末、無事にチケットを回収した。<br /><br />娘の一言。<br /><br />「これ、パパ一人だったら、たぶん受け取れてなかったよ」<br /><br />……返す言葉がない(汗)<br /><br />親としては、娘が頼もしく育って嬉しい。ただし、父親の威厳はチケットと引き換えに失ってしまった(笑)

    ファントムの写真が全然ないので、その分ルチャをアップします(苦笑)

    いつものダフ屋のおねぇちゃんから、リングサイド二列目を確保。この日はテレビ放映も入る特別興行で、会場周辺は満員御礼の大渋滞。ところが「ここにいる」と言われた場所へ行ってもいない。「こっちへ来て」と言われて移動しても、やっぱりいない(苦笑)

    十年以上の付き合いとはいえ、ここはメキシコ。もっと高く買う客が現れれば、「会えなかったね。返金するよ」でブック破りされても不思議ではない。ついに娘が「騙されたんじゃないの?!」と怒り、私から電話を奪って交渉開始。ネイティブのスペイン語と絶対に逃がさない気迫で話を詰め、すったもんだの末、無事にチケットを回収した。

    娘の一言。

    「これ、パパ一人だったら、たぶん受け取れてなかったよ」

    ……返す言葉がない(汗)

    親としては、娘が頼もしく育って嬉しい。ただし、父親の威厳はチケットと引き換えに失ってしまった(笑)

  • 皆さん驚かれるのですが、以前目にした「メキシコで知っている日本人スポーツ選手は?」という調査では、1位は時代によってイチロー、本田圭佑、そして現在なら大谷翔平へと入れ替わるのに、なぜか不変の2位が、このOKUMURA選手だったりするんですよ。<br /><br />「えっ、プロレスはスポーツなのか?」という野暮な質問への回答は、また後ほど(笑)<br /><br />それほどルチャリブレは、メキシコ人の日常に深く入り込んでいる。そしてOKUMURA選手は、日本で想像されている以上に、メキシコでは身近な日本人なのです。<br /><br />日の丸のスキンヘッドの後ろ姿がオクムラ選手です(^^)<br />

    皆さん驚かれるのですが、以前目にした「メキシコで知っている日本人スポーツ選手は?」という調査では、1位は時代によってイチロー、本田圭佑、そして現在なら大谷翔平へと入れ替わるのに、なぜか不変の2位が、このOKUMURA選手だったりするんですよ。

    「えっ、プロレスはスポーツなのか?」という野暮な質問への回答は、また後ほど(笑)

    それほどルチャリブレは、メキシコ人の日常に深く入り込んでいる。そしてOKUMURA選手は、日本で想像されている以上に、メキシコでは身近な日本人なのです。

    日の丸のスキンヘッドの後ろ姿がオクムラ選手です(^^)

  • 女子ルチャドーラのタイトル戦。ベルトを手にリングへ現れたのは、伝説のルチャドール、エル・ファンタスマ本人!!!<br /><br />御年64歳。さすがに年齢は感じさせるものの、足取りはしっかりしている。歓声の中を静かにリングへ上がり、ベルトをレフェリーへ託すと、余計な演出もなく下がっていった。<br /><br />ただそれだけなのに、会場の空気が変わる。<br /><br />しかも、この旅ではすでに『オペラ座の怪人(El Fantasma de la Ópera)』を観ている。まさか今度は、アレナ・メヒコで本物の《El Fantasma》に遭遇するとは(笑)<br /><br />劇場では、怪人が地下から現れた瞬間に空気が変わり、アレナ・メヒコでは、もう一人のファンタスマがリングへ上がっただけで空気が変わる。<br /><br /><br />今回のメキシコシティ旅行は、どうやら二人の《ファンタスマ》に魅入られる旅だったらしい(笑)<br /><br />それにしても、まさか本家エル・ファンタスマまで拝めるとは……。これがレジェンドのオーラというものなのだろう。いやあ、本当に凄かった。

    女子ルチャドーラのタイトル戦。ベルトを手にリングへ現れたのは、伝説のルチャドール、エル・ファンタスマ本人!!!

    御年64歳。さすがに年齢は感じさせるものの、足取りはしっかりしている。歓声の中を静かにリングへ上がり、ベルトをレフェリーへ託すと、余計な演出もなく下がっていった。

    ただそれだけなのに、会場の空気が変わる。

    しかも、この旅ではすでに『オペラ座の怪人(El Fantasma de la Ópera)』を観ている。まさか今度は、アレナ・メヒコで本物の《El Fantasma》に遭遇するとは(笑)

    劇場では、怪人が地下から現れた瞬間に空気が変わり、アレナ・メヒコでは、もう一人のファンタスマがリングへ上がっただけで空気が変わる。


    今回のメキシコシティ旅行は、どうやら二人の《ファンタスマ》に魅入られる旅だったらしい(笑)

    それにしても、まさか本家エル・ファンタスマまで拝めるとは……。これがレジェンドのオーラというものなのだろう。いやあ、本当に凄かった。

  • 娘が初めてルチャリブレを観戦した時、初めて一緒に写真を撮ってもらったのがTIT&#193;N選手でした。<br /><br />その時、彼が試合で使用する本物のマスクまで譲ってもらったこともあり、我が家にとっては数あるルチャドールの一人ではありません。<br /><br />娘がまだ幼かった頃の記憶と、今や世界へ活躍の場を広げたTIT&#193;Nの姿が重なる。こうして同じ選手を長く見続けられることも、ルチャリブレの楽しみの一つです。

    娘が初めてルチャリブレを観戦した時、初めて一緒に写真を撮ってもらったのがTITÁN選手でした。

    その時、彼が試合で使用する本物のマスクまで譲ってもらったこともあり、我が家にとっては数あるルチャドールの一人ではありません。

    娘がまだ幼かった頃の記憶と、今や世界へ活躍の場を広げたTITÁNの姿が重なる。こうして同じ選手を長く見続けられることも、ルチャリブレの楽しみの一つです。

  • 懐かしいので写真貼ってみます。私もまだ若いよな。。。娘は、小学校4年か5年生くらいですかね。。。<br /><br />TITAN選手も若い(笑)因みに、譲ってもらったの彼が被ってるこのマスクです。ちゃんと交渉すると譲ってくれるのも、面白いところなのです。

    懐かしいので写真貼ってみます。私もまだ若いよな。。。娘は、小学校4年か5年生くらいですかね。。。

    TITAN選手も若い(笑)因みに、譲ってもらったの彼が被ってるこのマスクです。ちゃんと交渉すると譲ってくれるのも、面白いところなのです。

  • ÚLTIMO GUERRERO選手<br /><br />日本でも人気のウルティモ・ゲレロ選手。この日は、なんと久しぶりにマスク姿で登場!因みに、私は彼の試合用リングマスクも持っている(笑)<br /><br />そして鳴り響くのは、Queenの「We Will Rock You」<br /><br />両腕を空高く突き上げ、会場全体がリズムに合わせて「フォッ!フォッ!」と両手を突き上げて声を上げる。もはや入場の時点で一つの完成されたショーですね。<br /><br />そして、毎回思うこと……この人たち、世界的な名曲をこれほど盛大に使って、ちゃんと許可を取っているのでしょうか(笑)ここ本当に、謎で、私も正直分からない(笑)<br /><br />まあ、その細かい疑問まで歓声の中へ吹き飛ばしてしまうのが、ウルティモ・ゲレロのパワーなのかもしれませんね。

    ÚLTIMO GUERRERO選手

    日本でも人気のウルティモ・ゲレロ選手。この日は、なんと久しぶりにマスク姿で登場!因みに、私は彼の試合用リングマスクも持っている(笑)

    そして鳴り響くのは、Queenの「We Will Rock You」

    両腕を空高く突き上げ、会場全体がリズムに合わせて「フォッ!フォッ!」と両手を突き上げて声を上げる。もはや入場の時点で一つの完成されたショーですね。

    そして、毎回思うこと……この人たち、世界的な名曲をこれほど盛大に使って、ちゃんと許可を取っているのでしょうか(笑)ここ本当に、謎で、私も正直分からない(笑)

    まあ、その細かい疑問まで歓声の中へ吹き飛ばしてしまうのが、ウルティモ・ゲレロのパワーなのかもしれませんね。

  • TEMPLARIO選手<br /><br />テンプラリオ選手は、まだ現在ほど大きな存在になる以前から、私が長く追いかけてきた選手です。<br /><br />身体、技術、表現力、そして観客を引き込む力。観るたびに少しずつ成長し、予想どおり一流選手へ上り詰めていく姿を見るのは、長く応援してきたファンとして実に嬉しい。<br /><br />そしてリングサイドから声をかけると、こちらを見つけて指で合図を返してくれる。<br /><br />ほんの一瞬のやり取りですが、選手の成長をこちらが見続けてきたように、選手もまた、長く応援している観客の顔を覚えている。こうした距離の近さも、ルチャリブレが単なるショービジネスで終わらない理由なのだと思います。

    TEMPLARIO選手

    テンプラリオ選手は、まだ現在ほど大きな存在になる以前から、私が長く追いかけてきた選手です。

    身体、技術、表現力、そして観客を引き込む力。観るたびに少しずつ成長し、予想どおり一流選手へ上り詰めていく姿を見るのは、長く応援してきたファンとして実に嬉しい。

    そしてリングサイドから声をかけると、こちらを見つけて指で合図を返してくれる。

    ほんの一瞬のやり取りですが、選手の成長をこちらが見続けてきたように、選手もまた、長く応援している観客の顔を覚えている。こうした距離の近さも、ルチャリブレが単なるショービジネスで終わらない理由なのだと思います。

  • 【1|ルチャリブレは子供騙しなのか?】<br /><br />「勝敗は決まってるんでしょ?」<br />「子供向けじゃないの?」<br /><br />ルチャリブレを観に行くと言うと、メキシコ人からさえ、そう笑われることがある。<br /><br />もちろん筋書きはある。<br /><br />でも、それを言うならオペラもバレエも歌舞伎も同じだ。<br /><br />物語は決まっていても、身体は本物。<br /><br />リングから飛べば本当に落ちるし、失敗すれば本当に怪我をする。<br /><br />筋書きがあることと、偽物であることは、まったく別の話なのだ。

    【1|ルチャリブレは子供騙しなのか?】

    「勝敗は決まってるんでしょ?」
    「子供向けじゃないの?」

    ルチャリブレを観に行くと言うと、メキシコ人からさえ、そう笑われることがある。

    もちろん筋書きはある。

    でも、それを言うならオペラもバレエも歌舞伎も同じだ。

    物語は決まっていても、身体は本物。

    リングから飛べば本当に落ちるし、失敗すれば本当に怪我をする。

    筋書きがあることと、偽物であることは、まったく別の話なのだ。

  • 【2|リングの上にある「総合芸術」】<br /><br />仮面、衣装、色彩、音楽、照明、身体表現。<br /><br />善と悪、裏切りと復讐、敗北と再生。<br /><br />そこへ観客の歓声や野次まで加わって、その夜にしか存在しない空間が生まれる。<br /><br />スポーツの形を借りた演劇。<br /><br />仮面を使った神話。<br /><br />そして観客参加型のインスタレーション。<br /><br />現代美術館なら一本の線の意味まで考えるのに、これだけ複雑な文化装置を「子供騙し」の一言で片づけてしまう。<br /><br />私たちが見ているのは芸術なのか。<br /><br />それとも「これは芸術です」という札なのか?!

    【2|リングの上にある「総合芸術」】

    仮面、衣装、色彩、音楽、照明、身体表現。

    善と悪、裏切りと復讐、敗北と再生。

    そこへ観客の歓声や野次まで加わって、その夜にしか存在しない空間が生まれる。

    スポーツの形を借りた演劇。

    仮面を使った神話。

    そして観客参加型のインスタレーション。

    現代美術館なら一本の線の意味まで考えるのに、これだけ複雑な文化装置を「子供騙し」の一言で片づけてしまう。

    私たちが見ているのは芸術なのか。

    それとも「これは芸術です」という札なのか?!

  • 【3|旅は、何を見るかだけではない】<br /><br />ルチャリブレが美術館に入ったから芸術になるわけではない。<br /><br />研究者が難しい言葉で説明したから文化になるわけでもない。<br /><br />その価値は、最初からリングの上に存在している。<br /><br />ただ、私たちが見落としていただけでしかない。<br /><br />旅も同じ。<br /><br />何を見るかではなく、どんな文脈で見て、何を感じ、どんな問いを持ち帰るのか。あとは、あの歓声と熱気の中へ立ってみると分かる。<br /><br />それでも「子供騙しだった」と思うなら、それはそれで構わない。<br /><br />ただ、一度くらいはスマートフォンではなく、自分の目でリングを見てから言ってほしい(笑)

    【3|旅は、何を見るかだけではない】

    ルチャリブレが美術館に入ったから芸術になるわけではない。

    研究者が難しい言葉で説明したから文化になるわけでもない。

    その価値は、最初からリングの上に存在している。

    ただ、私たちが見落としていただけでしかない。

    旅も同じ。

    何を見るかではなく、どんな文脈で見て、何を感じ、どんな問いを持ち帰るのか。あとは、あの歓声と熱気の中へ立ってみると分かる。

    それでも「子供騙しだった」と思うなら、それはそれで構わない。

    ただ、一度くらいはスマートフォンではなく、自分の目でリングを見てから言ってほしい(笑)

  • そして、CMLLでダントツの人気ルチャドールは誰か?<br /><br />何を隠そう、ケモニートである(笑)<br /><br />小さな身体に青い着ぐるみ。登場しただけでアレナが沸く、もはやCMLLを象徴する存在のひとり。<br /><br />今回登場したケマリートとの関係も面白い。<br /><br />いわゆる「マイクロ・ルチャドール」の世界にも、通常のルチャと同じようにリンピオ(善玉)とルード(悪玉)の物語があり、ケモニートとケマリートはその対比を体現するキャラクターでもある。<br /><br />もちろん「今回コマンダーがルードだった」という単純な話ではない。ファイナルはタイトルマッチなので、普段の善悪の構図とは別のところで試合が成立している。<br /><br />こういう小さなところまで分かってくると、ルチャリブレは単なる「派手なプロレス」ではなく、いくつもの物語が同時進行する巨大な世界に見えてくる。<br /><br />しかしケモニート、出てきただけで全部持っていく(笑)

    そして、CMLLでダントツの人気ルチャドールは誰か?

    何を隠そう、ケモニートである(笑)

    小さな身体に青い着ぐるみ。登場しただけでアレナが沸く、もはやCMLLを象徴する存在のひとり。

    今回登場したケマリートとの関係も面白い。

    いわゆる「マイクロ・ルチャドール」の世界にも、通常のルチャと同じようにリンピオ(善玉)とルード(悪玉)の物語があり、ケモニートとケマリートはその対比を体現するキャラクターでもある。

    もちろん「今回コマンダーがルードだった」という単純な話ではない。ファイナルはタイトルマッチなので、普段の善悪の構図とは別のところで試合が成立している。

    こういう小さなところまで分かってくると、ルチャリブレは単なる「派手なプロレス」ではなく、いくつもの物語が同時進行する巨大な世界に見えてくる。

    しかしケモニート、出てきただけで全部持っていく(笑)

  • こちらはケマリート。ケモニートのルード版。<br /><br />試合中、ときどき相手選手の邪魔をしては会場を沸かせ、場外ではケモニートとマイクロ同士の乱闘を始めたりする(笑)こうした小さな攻防も、ルチャリブレという物語を構成する大切な一部。<br /><br />ただし、ケモニートもケマリートも一つだけ問題がある。<br /><br />着ぐるみは年を取らないので永遠に年齢不詳なのだが、中の人間まではそうはいかない(笑)<br /><br />昔に比べると、確実に動きが弱くなってきている。<br /><br />それでも出てくるだけで会場が沸く。<br /><br />もはや「強い/弱い」だけでは測れない、ルチャの愛されるキャラクターなのである(笑)

    こちらはケマリート。ケモニートのルード版。

    試合中、ときどき相手選手の邪魔をしては会場を沸かせ、場外ではケモニートとマイクロ同士の乱闘を始めたりする(笑)こうした小さな攻防も、ルチャリブレという物語を構成する大切な一部。

    ただし、ケモニートもケマリートも一つだけ問題がある。

    着ぐるみは年を取らないので永遠に年齢不詳なのだが、中の人間まではそうはいかない(笑)

    昔に比べると、確実に動きが弱くなってきている。

    それでも出てくるだけで会場が沸く。

    もはや「強い/弱い」だけでは測れない、ルチャの愛されるキャラクターなのである(笑)

  • 【ケモニートは日本へ(笑)】<br /><br />この嬉しそうな顔(笑)<br /><br />娘もCMLLで一番好きなのは、何を隠そうケモニート。<br /><br />そしてこのぬいぐるみ、この後どうなったかというと<br /><br />―日本まで一緒に行きました(笑)。<br /><br />ただでさえ持っていく荷物は山ほどある。何を置いて、何を持っていくか、かなり厳しい選別をしていたはずなのに……<br /><br />場所を取るケモニートだけは、死守(笑)<br /><br />服は減らせても、ケモニートは減らせない。<br /><br />メキシコから日本へ持っていったものの中で、案外こういうものが一番「メキシコ」なのかもしれない。。。

    【ケモニートは日本へ(笑)】

    この嬉しそうな顔(笑)

    娘もCMLLで一番好きなのは、何を隠そうケモニート。

    そしてこのぬいぐるみ、この後どうなったかというと

    ―日本まで一緒に行きました(笑)。

    ただでさえ持っていく荷物は山ほどある。何を置いて、何を持っていくか、かなり厳しい選別をしていたはずなのに……

    場所を取るケモニートだけは、死守(笑)

    服は減らせても、ケモニートは減らせない。

    メキシコから日本へ持っていったものの中で、案外こういうものが一番「メキシコ」なのかもしれない。。。

  • 【まさか、ここにいるとは思わない(笑)】<br /><br />そして今回のメイン画像、コマンダー選手!!<br /><br />ただ、この写真にはちょっとした裏話がある。<br /><br />ここ、選手の出待ち通路でも何でもない。メインの入口からはほぼ反対側で、土産物屋さえまばらになってくる薄暗い場所(^^;;;<br /><br />しかも決勝の大トリを飾るようなスター選手ともなれば、会場周辺のちゃんとした店で「撮影会」が開かれ、一人150ペソほど払って写真を撮ったり握手をしたりする。<br /><br />実際この日も、ミスティコが撮影会をやっていた。私も撮ろうと思ったのだが、あまりに列が長い。<br /><br />「あとで少し空いてからでいいか」と先へ歩いていったら――<br /><br />道端にコマンダーがいた(笑)<br /><br />しかも普通に立っていた。。。裸で。。。<br /><br />いやいや、今日の決勝に出たコマンダーが、こんなところにいるわけがない。あまりに場違いなので、本物を目の前にしているのに、どうしても本物だと思えなかった(笑)<br /><br />でも、これもルチャリブレの面白さなのだ。<br /><br />リングの上では何千人もの観客を熱狂させるスターが、試合後に会場の裏でも選手通路でもない薄暗い路地に、普通に立っている。<br /><br />神話と日常の距離が、恐ろしく近い。<br /><br />この写真、今回のルチャリブレを象徴する一枚になりました(笑)<br /><br /><br />■■■そして、もう少しよく見てください(笑)<br /><br />娘が、さっきまであれほど大事そうに抱えていたケモニートを、コマンダーに遠慮して後ろに隠しています(笑)<br /><br />「あなたの前で敵対した、しかも、勝った側のグッズを堂々と持つのはちょっと……」<br /><br />という謎の日本人的な気遣い(爆)<br /><br />日本留学の荷物がどれだけ増えても死守したケモニートなのに、コマンダー本人を前にした瞬間だけ、そっと背後へ。<br /><br />推しへの忠誠心か、目の前のスターへの礼儀がせめぎ合った結果なのか(笑)<br /><br />ちなみにそのケモニート君、写真の左下から足だけしっかり見えてます(笑)<br /><br /><br />

    【まさか、ここにいるとは思わない(笑)】

    そして今回のメイン画像、コマンダー選手!!

    ただ、この写真にはちょっとした裏話がある。

    ここ、選手の出待ち通路でも何でもない。メインの入口からはほぼ反対側で、土産物屋さえまばらになってくる薄暗い場所(^^;;;

    しかも決勝の大トリを飾るようなスター選手ともなれば、会場周辺のちゃんとした店で「撮影会」が開かれ、一人150ペソほど払って写真を撮ったり握手をしたりする。

    実際この日も、ミスティコが撮影会をやっていた。私も撮ろうと思ったのだが、あまりに列が長い。

    「あとで少し空いてからでいいか」と先へ歩いていったら――

    道端にコマンダーがいた(笑)

    しかも普通に立っていた。。。裸で。。。

    いやいや、今日の決勝に出たコマンダーが、こんなところにいるわけがない。あまりに場違いなので、本物を目の前にしているのに、どうしても本物だと思えなかった(笑)

    でも、これもルチャリブレの面白さなのだ。

    リングの上では何千人もの観客を熱狂させるスターが、試合後に会場の裏でも選手通路でもない薄暗い路地に、普通に立っている。

    神話と日常の距離が、恐ろしく近い。

    この写真、今回のルチャリブレを象徴する一枚になりました(笑)


    ■■■そして、もう少しよく見てください(笑)

    娘が、さっきまであれほど大事そうに抱えていたケモニートを、コマンダーに遠慮して後ろに隠しています(笑)

    「あなたの前で敵対した、しかも、勝った側のグッズを堂々と持つのはちょっと……」

    という謎の日本人的な気遣い(爆)

    日本留学の荷物がどれだけ増えても死守したケモニートなのに、コマンダー本人を前にした瞬間だけ、そっと背後へ。

    推しへの忠誠心か、目の前のスターへの礼儀がせめぎ合った結果なのか(笑)

    ちなみにそのケモニート君、写真の左下から足だけしっかり見えてます(笑)


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