2026/07/13 - 2026/07/21
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gyachung kangさん
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初渡航となったモンゴルへの旅。首都はウランバートル。モンゴルが普段馴染みの薄い国であってもウランバートルという首都の名前はよく知られているんじゃないか、私はそう思ってました。
でも一方で、じゃあどんな街なのか、なかなかイメージが沸いてこないんですよ。そりゃ今時はYouTubeで紹介動画がたくさん上がっております。しかし今回私は一本も見ることをしなかった。昔の海外旅行は情報が限られていた。動画で予習をするなんて術もなく、初入国し入国審査を無事を終えて空港から滞在先となる街へ移動する時の緊張感たるや、それだけで間違いなくドキドキ感のあるアクティビティだった。それって私、結構今でも好きなんです。
そんなわけで初見となるウランバートル滞在の記録篇となります。他の方の旅行記を拝読すると日程が実に精緻に書かれておりますが、私の旅行記の原点は小学生の夏休み絵日記、そんななんで何か一つ、原地の匂いをお伝えすることが出来ればそれでヨシと思ってます、お許しください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ミアットモンゴル航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
7月13日 成田空港T2
モンゴルへの旅はミアットモンゴル航空で行く。韓国や中国での乗り換え便もたくさんあるが直航便ならではの断トツの便利さ、それ以上に今までに一度も利用したことがないキャリアなんでちょっと乗ってみたかったんです。 -
機材はボーイング767 満席で定刻離陸
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安定飛行に入るとすぐに機内食が配膳された。メニュー自体は至ってフツーなんですがクッキーのデザインにモンゴル相撲の絵。私がモンゴル入りするちょうどこのタイミングでモンゴルでは国をあげての夏の大イベント、ナーダムが開催されている。3日間開催の最終日がこの日で残念ながらすれ違い、私は見物するは出来ない。こればかりはちょっと悔やまれた。
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フライト時間は短い。わずか5時間あまりでチンギス・ハーン国際空港へ着陸態勢に入る。窓から見える景色はモンゴルらしさ満点の大草原。
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何事もなく入国審査をパス。到着フロアの一角に両替所を発見、ここで手持ち資金モンゴルトゥグリグを調達する。
今現在のモンゴルのキャッシュレス事情が不明なのでちょっと悩み所だが、いったん日本円3万円を両替。このへんは旅勘ですかね、ちょいちょい外すんですけどね笑 -
空港→ウランバートル市内は迷わずエアポートタクシーを利用する。距離にして50キロ、料金は一律で10万トゥグリグ日本円約4,500円程。
市内へ向かう道中の景色はこれまたザ・モンゴルで大歓迎なんだが、こんだけ草原があるならもっと近場に空港をつくれるんではないかい、ねえ?と思わずにはいられない。 -
ウランバートル市内中心部へ入っていくと一気に近代建築ビル群が現れた。明らかに高層アパートメントですねえ。へえ。
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タクシーはウランバートルの繁華街に入りこの日私が予約を入れていたゲストハウスが見つかった。外観は力強く地味であります。
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チェックイン。シャワーとトイレ付きでTV、冷蔵庫、アメニティ無し。共用スペースでのお茶、コーヒーはフリー、朝食込み2泊でUS56$。
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モンゴルの紙幣。最大紙幣が20000トゥグリグ札、日本円で約900円。普通に考えるともう少し高額紙幣があってしかるべきと思うのだが中国同様、モンゴルもキャッシュレス化が進んでいるとしたら今やそれも無用なのかもしれない。
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ウランバートルで迎える最初の朝
レストランスペースに朝食を食べに行くとなんと室内にゲルが設置 -
ゲルの中で朝食を食べる。ここで米国のリッチモンド出身の50代後半男性が相席。彼は仕事で現在上海に在住、休暇でモンゴルをバイク旅するのだと言う。尋ねたわけでもないのに私の前でドナルド・トランプの大批判を展開、面白かったなあ。一般米国民のトランプ政権評価を生で聞けるタイミングもありそうで無い。正直ちょっと安心したかも。
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今日はウランバートル市内を観光する日。朝食後、前夜にスマホにインストールしたモンゴルのタクシー配車アプリであるUBcab、これをさっそく利用してみた。10分でタクシーは現れ私をピックアップ、市内南部にあるウランバートルの名物スポットにやって来た。階段のてっぺんにオブジェが建っている。
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石造りの無骨なモニュメント
ここはザイサン・トルゴイであります -
市内を東西に流れるドンド川の南の丘陵に建つザイサン・トルゴイからはウランバートルほぼ全景を見下ろすことができる。
これ、1971年に建てられた第二次世界大戦の戦勝記念碑。モンゴルはもちろん戦勝国側である。日本とは1939年にハルハ河で当時の満州国関東軍とソ連&モンゴル連合軍が国境紛争から交戦となり、この戦いでは日本が敗退している。いわゆるノモンハン事件だ。日本とモンゴルの戦いと言えば恐らく多くの人が元寇しか思い浮かばないのではないか、と思う。このノモンハン事件、学校の歴史授業でもそう取り扱われることは無い。だが日本とモンゴル双方で多くの戦死者を出したのは史実であり昨年天皇陛下皇后陛下もモンゴル戦線で死亡、抑留された先人を弔った日本人慰霊碑を訪問されたのはまだ記憶にあるところ。 -
アーチ壁に描かれているのはモンゴル軍とソ連軍、そして打ち破れたナチスドイツ旗と旭日旗。
このタッチ、ガチガチの旧ソ連様式でホントに今や貴重だと思う。歴史遺産だな。 -
建てられた1971年はと言えばまだソ連は健在。当時の社会主義国陣営の結束を写すモンゴルとソ連の友好碑でもあります。
ジョージアのグルジア軍用道路にも同類の碑があったが車中から通過で私は見学はできなかったのでウランバートルで見学できたのは幸運だった。モンゴルはロシアと中国に挟まれている。全く逃げ道がない。なんで政治的にこの2国と関係を悪くすることは生存戦略的には良策ではない。つかず離れず作戦で立ち回るんでしょうかね、かなり高度な政治手腕が必要だな、ちょっと気になる。 -
ザイサン・トルゴイの丘から眺めるウランバートルはこんな感じ。超高層ビルは無いが、何しろ全人口の5割がウランバートルに住んでいるのだがら集住度合いはこうなるよね。
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ザイサン・トルゴイから下ったところに第二次世界大戦で実戦投入されたと思しきタンクが残されていた。
キリル文字、苦手なんですけど書かれているのは
1943モスクワ 1945ベルリン? 彫られたラインはこのタンクの行軍軌跡とゆーことか。こりゃモンゴルじゃなくてソ連の戦果では?とツッコんでみる。 -
橋を渡って市内中心部へ。これはトール川。
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注目! TOKYO TOWER があるぞ
モンゴルと日本、商標登録に抵触しないってこと?もう適用範囲忘れちまったなあ。まあ、いいか笑 -
市内中心部へ向かって歩いて行くとボクド・ハーン宮殿博物館がある。ここはモンゴル最後の皇帝とされるボクド・ハーン8世の冬の宮殿として1893年~1905年に建築。
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こちらが正門。現存するモンゴル様式の宮殿として稀少な建築物とのこと。
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正門の扉。オリジナルでしょう。
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敷地内にあるこの館内部に当時の調度品や収集品が展示されていたが惜しくも撮影はNG。なかなか面白かったのに。この館自体も窓の造作とか中国様式でもチベット様式でもなくかなり特異だと思う。
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チンギス大通りをズンズン歩いていくとラクダキャラバンのオブジェに遭遇。これデカいんでメチャ目立ってます。
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見つけました。築50年以上間違い無し年季の入った集合住宅の壁面に描かれた社会主義国家プロパガンダ作品。しかも、これタイル素材なんだよなあ!保存状態もいいしまかり間違っても取り壊しちゃいけないレベル。ツアー旅行だとこういう発見はできない、今さらながらこれが自由旅行の素晴らしいところ。
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あ、ちょっと待って。
LANZHOU BEEF NOODLES だと。これはひょっとして、、、 -
当たってました。蘭州牛肉麺。ウランバートルで発見するとは思ってもいなかった。味も本場蘭州と遜色なし。値段は19,600トゥグリグ、約900円。
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蘭州牛肉麺ランチの後ドンド川を渡ってウランバートル市内の中心部に入っていくとオフィスビルエリアになる。ビルの谷間に塀に囲まれた寺院があった。
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チョイジンラマ寺院
ボクド・ハーン8世の弟であるチョイジンラマのため1904年に建てられた。 -
いくつかの経蔵?が残っているが屋根の形状とか独特ですね。元々が遊牧の民なので必定建築物自体が少ないという事実に気がついた。モンゴリアンスタイルの建築物は貴重なんです。
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ウランバートルの核心部に着いた。どーんと開けたこの広場がスフバートル広場。広場の奥にある建物は政府の庁舎である。東京で言えば霞ヶ関、丸の内エリアですかね。
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広場真ん中に立つ騎馬の人物はダムティン・スフバートル。スフバートルは1894年生まれの軍人で当時の中国政権から奪われた自治権を取り戻すために立ち上がったモンゴル独立の英雄だそうです。彼の死後の翌年1924年にモンゴル人民共和国が樹立となる。
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政府庁舎には三体の大きな座像が
中央ひな壇がもちろんこの人チンギス・ハーン -
向かって左にオゴタイ・ハーン
モンゴル帝国の二代皇帝、チンギス・ハーンの三男。このオゴダイがモンゴル帝国の首都をカラコルムに制定した。 -
向かって右がクビライ・ハーン
モンゴル帝国五代皇帝で元朝初代皇帝、チンギス・ハーンの孫になる。クビライの説明はもはや無用ということで。 -
スフバートル広場から西に1キロちょい、ウランバートルいちばんの名刹があるので行ってみた。この一帯、確かに厳かな門前エリアといった雰囲気がある。
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これがガンダン・テクチェンリン寺
1838年建立のチベット仏教のお寺。白い壁と金色の屋根がまさにチベタンスタイル。釘は一本も使用されていないそうだ。 -
中に納められているのは開眼観音と呼ばれる高さ約25メートルの巨大な立像。私の過去の記憶でもこのサイズの仏像にはなかなかお目にかかれない。
ガンダン寺もやはりソ連がスターリン政権の時代に僧侶が粛正される弾圧を受けたがその後に復興し現在は多くの僧侶が所属する最高位の寺だそうである。実際、僧侶が歩く姿が多く市民がたくさん参拝に訪れていた。 -
ウランバートルの繁華街を歩いてみる。
いちばんのメインストリートはエンフタイワン大通り。ここはツーリストが何往復もするであろう目抜き通り。ここに老舗感が滲み出ている百貨店がある。名前はノミンデパート。国営らしい。
もう25年も前になるので記憶が曖昧だがモスクワを訪れた時に旧社会主義国のデパートってどんなだろ?と興味が沸いて当時あったグム百貨店に入ったことがあった。今回も全く同じ動機で覗いてみよう。 -
一階に化粧品ブランド売場が集まっているのは日本と同じ。トヨタの新車が展示されていた。因みにモンゴルで走っている車両は圧倒的にトヨタ。過去のどの国よりもトヨタのシェアが高い、7割がトヨタ車か?そんな体感である。
で、真ん中に吹き抜け、床面積はやや狭めだけど想像より随分と洗練されていた。品揃えもイイじゃん、ココなら楽しんでショッピングできる、そういうレベルの百貨店だった。うん、もし私がウランバートル市民なら間違いなく毎週来るであろうなあ~ -
ノミンデパートの対面が整備された散策路になっていた。両サイドにカフェが集まる市民の憩いの場ですね。
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なんとなんと、この散策路にビートルズの記念碑があるぞ。社会主義政権時代は西欧のポピュラー音楽が禁じられていたが民主化以降の2008年にファンの寄付によって設立されたとのこと。そう言えばキューバのハバナにもジョン・レノンの銅像があったよなあ。
で、この記念碑の前で音楽を奏でる数人の集団がいた。ストリートミュージシャンかと思ったらハレ・クリシュナの啓蒙活動で私にもさあ、どうぞ一緒にと声がかかった。ハレ・クリシュナ、私の知識では60年代のムーブメントだとばかり思っていたので健在とは、ビックリでした。ハレ・クリシュナはさておきビートルズの音楽があれば例え牢獄の中でも生きていける私としてはこの碑は嬉しかったなー。 -
この日は宿の近くの中国料理店で夕食。白いご飯が食べたくなって菜はニラ玉。ウランバートル市内を歩いてレストランや飲食店を探してみるとパッと見てわかるモンゴリアンフードのお店は意外に無い。あるのは圧倒的に韓国料理の店、実はコンビニも韓国資本の大手2社CUとGS25の寡占状態である。日系は1社も無い。人口が少ないから日系小売りは手を出さずその隙間に韓国資本が入ったのか?モンゴルでの日本と韓国のビジネス展開の差、何か原因があるんでしょう。
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旅の3日目~6日目をカラコルム観光に当て無事にウランバートルに戻った。残り2日はウランバートル後半戦、そして近郊にあるテレルジ国立公園に足を伸ばしてみるプランである。
で、この日やってきたのは自然史博物館。旧称は恐竜博物館。 -
モンゴルは世界指折りの恐竜化石の発掘場所である。ここに数体のほぼ完全な骨格標本が一般展示されている。こちらはタルボサウルスの頭骨。ティラノサウルスと同じ白亜紀に棲息していた近縁の大型肉食恐竜で北米にいたのがティラノサウルス、モンゴルや中国にいたのがタルボサウルスなんだって。
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これがタルボサウルスの全身化石。ティラノサウルスより頭骨が細長くて眼は横付き、前肢が極端に小さい。
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こちらはゴビ砂漠で発掘されたサウロロフスのスケルトン。特長は頭の鶏冠。体長は10メートル以上体重2トンもありながらタルボサウルスの捕食対象だった。
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自然史博物館なんでモンゴル国内に現在棲息している野生動物の剥製も一同に展示。圧倒的な巨体を持つヘラジカがモンゴルにいるとは驚いた。カナダのイメージしかなかったがロシアとの国境の森林帯にいるんでしょう。野生のヘラジカは一度は見てみたい。
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次に訪れたのはこの重厚な建物。待ってましたチンギス・ハーン博物館!
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入ってみるとわかった。名前はチンギス・ハーンだがチンギス・ハーン個人にフォーカスした博物館ではなく紀元前4世紀にモンゴル高原に勃興した遊牧民族国家の匈奴(きょうど)の時代から現代に至るまでの一気通貫の歴史博物館になっていた。
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この人ですよ、匈奴帝国の創始者、冒頓単于 ぼくとつ ぜんう。この名前は世界史の授業で出てきたのを今でも覚えております。
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出土品
仏像ではない人物の顔面を彫った石像は珍しい。 -
粘土の焼き物
中国の唐三彩の時代の作品と比較するとはるかに素朴。 -
よくぞ腐らずに残っておりました
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10世紀から12世紀前半に内モンゴルから中国北部を支配した遼の国の建国者である耶律阿保機 やりつ あぼき。この名前もインパクトがあるから覚えていた。彼はモンゴル民族ではなく契丹族。当時の遼は北方から宋や西夏を脅かす強大な国家だった。
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時代が下って遂にチンギス・ハーンが登場する。歴史教科書にも載る有名な肖像画は撮影禁止。
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モンゴル帝国は第二代皇帝のオゴタイが都をカラコルムに制定。首都カラコルムには各地からの公使や商売人が集まりこの絵のような繁栄を極めた。
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もちろん1271年と1284年の元寇の記録もある。これは元の軍船模型。台風による被害は毎年日本を苦しめるが台風が日本を救うことになった唯一の事例が元寇ではないかと思ったりする。
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現代に入ってからのモンゴル政府の外交遍歴も紹介。戦後80年となる昨年は天皇陛下皇后陛下による初の公式訪問が実現、歓迎式典には元横綱3人も列席、陛下はナーダムも観覧されたそうです。
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お昼休憩で見つけたウランバートル市民が頻繁に通うような実はありそうでなかなか無い風情のお店。ここで食べたモンゴル定番の羊肉麺。塩味スープが効いていて旨かった。
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この日は宿チェンジ。スフバートル広場からは東、アパート等が建ち並ぶ生活感あふれる住宅街にあるゲストハウスへチェックイン。
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共用部の調理場とダイニングスペースは広くてよく整理されていた。オーナーは気さくなおばちゃん。2泊で23万5千トゥグリグは日本円で1万1千円程。
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夕方、市内にある一風変わったお寺に行ってみた。なんじゃこりゃあ~どう見てもお寺には見えない。サーカス小屋か?
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このお寺はダシチョイリン・ヒード
創建は1890年だがここも社会主義政権の時代にいったん破壊されてサーカス小屋に用地転換されてしまった。民主化以降に再興されて今は多くの僧侶を抱えている。 -
別館には昨年完成したばかりの高さ23メートルのチベット仏教様式巨大大仏が納められてガンダン寺に次ぐ信仰の場になっていた。
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時間は18時過ぎてそろそろディナータイム。足は自然とノミンデパート前の散策路に向かった。相変わらず韓国フード系の店が目立つ中、ちょいと高級レストラン風のこのお店、気になってここに決定。
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店内に入ると明らかに高級レストラン。ウランバートルのアッパークラスや特別な日に連れ立って来店するようなそんな雰囲気。メニューをもらい、私がオーダーしたのはホースミート、馬のグリル。これまで異国の地ではノルウェーでトナカイ、オーストラリアでワニ、イランでラクダを食したことがある。馬は未だ無く、これってモンゴルならではと思い挑戦してみたのだが、肉質はやや硬めながら味は牛肉に近くなかなかの美味だった。お値段39,800トゥグリグ日本円で1,800円。
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モンゴル夏の旅、丸一日遊べる最後の日
この日はウランバートルから50キロ離れたテレルジ国立公園に日帰りで行く。下調べすると公共交通機関で個人で往復するのは効率が悪いと判断して現地エージェンシー主催のツアーに申し込みを入れていた。
前日に電話で確認をやり取りし約束の8時にガイド兼ドライバーが宿で私を拾い、私を含めてゲスト4人を乗せてテレルジへ車を走らせる。しばらくしてな~んもない草原の遠くに遊牧民の騎馬隊が目に飛び込んできた。これ、今画像で見るとまるでホンモノ、だがもちろんオブジェであります。 -
遊牧民騎馬隊のその先、大草原に現れた呆れるほど巨大な騎馬像。ここはチンギス・ハーン騎馬像コンプレックス。私たちの最初の目的地である。
本日のガイド兼ドライバーはジョナ。40代半ば、キップも体格もいい女性である。ゲストは私ともう一人のソロ日本人男性、女性2人もソロ参加でともにドイツ人。
ジョナは駐車場に車を止め、さあ、行きましょう!と号令をかけた。 -
うおお、こいつはデカい。デカ過ぎるだろ。チンギス・ハーンの偉大さを表現するにはこれくらいのスケール感が相応しいということなのか。台座の高さ12メートル騎馬像40メートル合わせて52メートル。
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んで、入ったホールにはまたも見上げるモンゴル式ブーツ。高さ9メートル、靴のオブジェとしては世界最大らしい。
私たちは展望台チケットを購入しリフトに乗る。 -
リフトから下りて馬の頭上にあたる小さな展望台に上がるとあの巨大チンギスとご対面となる。
え~ちょっと待ったあ!この顔さあ、あの有名なチンギス・ハーンの肖像画に似てないんですけど~。どう見てもそこらへんのコワモテのおっちゃん風じゃ?ねえ?う~ん、まあいいか笑 -
この騎馬像は2008年に完成、素材はオールステンレス。右手に持っているのは馬に入れる鞭だがこれは金色。この金色がチンギス・ハーンの先見性を表しているんだそうな。
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地上50メートルからモンゴルの草原を見下ろすことができるのは確かにココくらいでしょう。
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一階の大ホールにはモンゴル歴代皇帝の肖像画が集合している。ここでこのコンプレックスの重鎮ガイドと思しきパリッとしたジャケットを着こなした70代男性が登場、ジャナ以下私たちグループを引率し英語で展示案内をしてくれた。
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これはモンゴル帝国第二代皇帝オゴタイの長男で三代皇帝に即位したグユクが1246年当時のローマ教皇に送った書簡のレプリカ。伝統的なモンゴル文字は縦書きで左から右へ流れる。マジマジと眺めると象形文字かと見紛うくらいデザイン的。
実はモンゴル、社会主義政権になり使用言語にキリル文字を導入、長らく統一していたのだが、なんと2025年から政府公文書でキリル文字と伝統モンゴル文字の併記をすることにしたんですと。これは大きな決定だと思う。伝統文字への崇敬と回帰、私は支持したい。あ、これは余談になるが中国の現行人民元紙幣には裏面に5言語の文字表記がありますよね。簡体字の中国語、チベット語、ウイグル語、チワン語、そしてモンゴル語であります。 -
私が釘付けになったのはこれ。あの有名なパイザ(中国語で牌子)だ。起源は元より前の遼の時代に遡る。パイザは役人などが旅の際に携行した身分証明書兼通行証、謂わばパスポートの役割を果たした重要な道具である。あのマルコ・ポーロもクビライからパイザを授かってシルクロードを旅したと言われる。
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館内の見学を終えて外に出るとモンゴル草原観光のド定番、イヌワシを腕に乗せての記念撮影に興じる観光客。
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コンプレックスを後にして草原地帯から山あいに入っていく私たち一行
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ここで羊ちゃん軍団に捕まった。正直、車内のみんなは大喜び。はよどけや~などと思う人間は誰もおりません。これがモンゴルスタンダードですから。
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一行はテレルジの核心部へ入って行く
目の前に見えてきた大きな塊、あれは…… -
亀石 このテレルジ国立公園のシンボルになっている高さ15メートル天然の巨岩であります。
いやあ、人工の亀石に引けを取らない造形美、まさに亀のカタチになっている。自然の力の傑作だよね。 -
至近距離から亀石を見学した後、私たちはこの場所にやって来た。この奥の山、その中腹に寺院がある。名前はアリヤバル寺院。チベット仏教のこの寺院までお寺詣りをする。
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この時期は自生する植物がちょうど華やぐ絶好のタイミング
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これは?
AIに訊いたら解答はセイヨウウスユキソウ、別称エーデルワイス。おお、あの♬エーデルワイスか。エーデルワイスは日本国内には自生していないそうである。いいもん見た! -
大岩壁の下方にわずかに建屋が見えた。あれが寺院か。
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文字はチベット語と思われる
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道中には仏教の説法が書かれている看板が並んで
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108段ある階段を登るとアリヤバル寺院に到着
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帽子を取って五体投地式で参拝
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寺院のはるか上にある岩壁にはこれもチベット文字と謎の絵図。理由はうまく説明できないけれど、岩に刻まれたチベット文字を見るとなぜか気分が上がるんです私は。
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本堂からはテレルジの全景眺望が広がり亀石も見えていた。ここは標高2000メートル、真っ平らな大草原が無尽に続くモンゴルのイメージとはずいぶんと違う山岳リゾートのような味がある。
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アリヤバル寺院から車で下りテレルジにあるこちらのゲルレストランで遅めのランチタイムに
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頼んだのはモンゴリアンビーフボウル。シンプルな味つけ、美味しかった。
この後ジャナの運転する車でウランバートルへと戻る。帰りの車中、ジャナが車内モニターで47年前にリリースされた世界的に超有名な楽曲を再生してくれた。超有名な楽曲とは、もちろんアノ曲、ジンギスカンの『ジンギスカン』である。
西ドイツの怪しげなグループがモンゴルの偉人を歌にしてヘンテコな振り付けで踊る、今冷静に考えてもハチャメチャな企画だけど一度聴いたら耳から離れないあのメロディ。これねえ、47年経過して大傑作だな。車内5人全員大喜びで爆笑&大合唱!大盛り上がりの帰路となった。ジャナ、ありがとう😆 -
宿に戻って今回のモンゴル滞在最後の夕方となった。ウランバートルの市内は今日も人の往来に溢れて活気がある。
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夏のモンゴルは日の入りが遅い。暗くなるのは9時頃である。7時過ぎ、夕食をとるためこのお店に入る。
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ピザが食べたくなって焼き上がったピザを頬張っていると。店の中から40代半ば男性と若い女性スタッフがテーブルにやって来た。英語が弱い男性は女性スタッフの手助けを借りながらスマホ翻訳アプリで私に質問をしてきた。「あのう、貴方は日本人ですよね。それ食べ終わった後、少しお話しできますか?」私「え、ああ、オッケーですよ」
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男性はテラス席から店内席へと私を招き入れるとにこやかに自己紹介、隣に女性スタッフを座らせてスマホ画面を使って話しを始めた。自分はこの店の経営者でもう17年営業を続けている、実は私の父親が新しいビジネスのアイデアを持っていて今一緒に動いてくれるビジネスパートナーを探している、で、貴方はモンゴルで起業するお考えはありませんかね?どうですか? だってさ笑
いんやあ、まさかのオファーに仰天しながら即答で丁重にお断りさせていただきました。私も長年外国旅行してきましたがこの展開は初でした。
男性は私に礼を言い、絵画の前で記念フォトセッション。お勘定して店を出ました。
モンゴル人の現役事業経営者から見て日本人は今でも信用に足りると見えているということなのかなあ。だとしたら私は率直に嬉しく思うし、いち日本人として感謝を申し上げたい。モンゴル最後の夜、実に面白い経験をした。以上、おしまい。
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