2026/06/19 - 2026/06/19
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Pメテオラさん
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私の今回のポーランド、ドイツ旅行は、第二次世界大戦の記憶を巡る旅でした。
ポーランドは、ヨーロッパにおける第二次世界大戦の主戦場のひとつでしたから、遺構がかなり残っています。その一例が、ポーランド北西部の小都市近郊にある、ナチスドイツが造ったミエンジジェッチィの地下要塞オストバルです。英語でもドイツ語でも地下要塞のことをブンカーと呼んでいました。ナチスがソビエト連邦側からの侵攻に備え、首都防衛のため、1935-1938年にかけて当時はドイツ領だった当地に建設したのです。
ミエンジジェッチィは、外国人にとって、とても行きづらい場所ですが、最近20年くらいの間に、戦跡博物館として整備されたというので訪問しました。
人類の負の歴史を巡る旅を、最近では「ダーク・ツーリズム」と言うそうで、旅行者も増加中とのこと。華やぎ、希望に満ちた日常を築くためにも、決して忘れてはならない人類の過去があることを再確認する旅でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
【ミエンジジェッチィ地下要塞博物館】
ミエンジジェッチィ地下要塞博物館へ行きました。ポーランドは、平坦な緑の田園風景が延々と続いています。そして、ナチスドイツの造った地下要塞オストバル(意味は、東の壁)は、こういう田園風景の地下にありました。
ミエンジジェッチィは、日本人にとっては、たいへん行きにくい場所です。私も友人のクルマで連れて行ってもらいました。ですから、普通はどうやっていけばよいのか全然分かりません。最寄りの小都市からタクシーなどで行くのでしょう。 -
ミエンジジェッチィ地下要塞博物館の公式サイトと住所です。
MRU:Międzyrzecki Rejon Umocniony Muzeum Fortyfikacji i Nietoperzy
https://bunkry.pl/
Address: Pniewo 1 66-300 Międzyrzecz Poland
ポーランド語のカナ表記は難しい場合があります。この「ミエンジジェッチィ」など、その最たるものでしょう。「Międzyrzecki 」と綴って、ミエンジジェッチィあるいはミエンジジェッツィと発音するようです。 -
ミエンジジェッチィ地下要塞博物館は、こじんまりした本館前に戦車が置かれ、ここが戦跡であることが分かります。建物に隣接して小規模なバルもあります。「地下要塞」ですから、地上部はとても小規模です。
だだっぴろい畑の地下にナチスドイツを代表する地下要塞があるなんて、一見した限りでは分かりません。 -
2026年6月現在、入場は、完全ガイド付きツアー制で、2時間30分コースの大人1名の料金は45ズオーティ(約2000円)です。1時間30分のショートコースとの差は、地底のトロッコ列車乗車体験の有無だそうです。
英語ツアーもあるとの事前情報でしたが、結局、わからずじまいです。マイナーな場所で、しかも、英語を話せるガイドさんが休んだりすると、事態をうやむやにして中止しているのかも知れません。 -
切符売場脇の展示室には、現役の要塞だったころの武器や関連装備が展示されていました。集合時刻までの暇つぶし程度に見ました。
ミエンジジェッチィ地下要塞オストバルは、難攻不落のはずでしたが、1945年1月末にソビエト軍に降伏しています。トーチカの狭い隙間を突いて1発の弾頭が内部に貫通、そこで爆発して40人あまりが死傷したのを機に、当時はすでに敗色濃厚のナチス側は戦意喪失。あっさり降伏したとのことでした。 -
地底の気温は、通年、8℃だそうです。念のため長袖シャツを取りにクルマに戻りましたが、結局、使わずじまい。外気温は30℃を超えていたのに、そこまで寒いとは思いませんでした。
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【地上の戦車返しを見ながらツアー開始】
集合時刻になるとガイドさんが出てきて、15人くらいが集まり、何となくツアー開始です。
予約券の確認もなく、日本人からすると適当にやっている感じ。けれども、ポーランドは、あと少しで日本の一人当たりGDPを追い越そうかというくらいの経済成長中。些細なことにも手間を掛け過ぎのニッポンとは別の文化で、うまくやりくりしているのです。 -
まずは、戦車返しのテトラポットのようなコンクリートブロックの説明や、地下要塞概要の説明です。戦車返しのブロックは、敵側を低く、味方側を高くして、戦車を反り返らせ、進軍をはばむような形状でした。
ポーランド人の友人がガイドさんの説明を通訳してくれました。ありがたや、ありがたやです。 -
畑の中のこんもりとした丘のトーチカを目指して炎天下を歩いて行きます。振り返ると、戦車返しのコンクリートブロックが、延々と続いているのが見えました。軍用トラックのようなデザインの車両は、歩き疲れたお客を送迎するクルマです。
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軍用施設は大きいので、近くに見えても距離があります。コンクリートブロックが置かれた地点から5分以上歩いて、くすんだ緑色のトーチカの前に到着。弾痕がいっぱいです。
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降伏したとはいえ、それまで2日ほど持ちこたえたので、その間に当たった砲弾の跡がいっぱい残っていました。
ソビエト軍の砲撃が、絶え間なく続いた場面が脳裏に浮かびました。想像を絶する物量作戦が展開されたようです。第二次世界大戦で最大の戦死者を出したのはソビエト連邦でした。勝てば官軍なので、あまり声が上がりませんが、スターリンもナチスと同等レベルの非情な独裁者だと私は思っています。 -
【トーチカの裏側から地下要塞に入場】
トーチカの裏手は、えぐり取られたような地形にされていて、そこに頑丈な鉄の扉が取り付けられて出入りできるようになっていました。 -
軍事施設時代の入場方法の説明を受けたあと、私たちはガイドさんが鍵ひとつで開けてくれた扉から頭を低くして内部へ入ります。扉の脇に、見張り窓や、銃口用の穴がありました。
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ナチスの地下要塞時代の出入口監視室の様子を再現してありました。
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【地下40メートルの要塞へ降りる】
地上部の監視施設や、地下へ物資を降ろす巻き上げ機、弾薬庫などを見たあと、いよいよ竪坑を階段で降りて地下要塞へ入って行きます。
地下は常時8℃、トンネル総延長は40㎞くらい、常備兵力は5千人から6千人くらいだったとの説明がありました。1939年の独ソ不可侵条約締結により、建設開始当時に比べて地下要塞の重要性が薄れたため、平時の常備兵力は少なかったようです。 -
竪坑の底部から、40メートル上の天井部を見上げました。階段途中は、湿度が高く、じめじめしていました。しかし、竪坑を降り切った地下40メートル地点は、やや肌寒いくらいで、しかも乾いていました。
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【地下トンネルの概要】
ガイドさんが、横に走るトンネルの概要や、戦後の変遷を説明してくれました。
*トンネルの壁の厚みは1.5メートル。
*戦後はポーランド軍の管轄下で破壊を試みたが、コンクリートが厚過ぎて全然、歯が立たずに1980代に事実上、放棄された。
*1990年代の開放経済時代に、いわゆるヒッピーが住みつき、麻薬、飲酒などが横行。トンネル火災も発生して死者も出た。
*その一方、ここはヨーロッパ最大の蝙蝠(コウモリ)の巣窟になり、今では自然保護指定地。
*2000年ごろから、現在のように戦跡博物館計画が始まり現在に至る。 -
【要塞トンネルを歩く】
概要を聞いたあと、ガイドさんについて片道2km強ほどトンネル内を歩きました。トンネルは、広いところも狭いところもあり、たいてい床に輸送用の軌道が敷かれていました。また、壁には電線が貼られ、記号と数字で座標が示されていました。ところどころに小さな窪みがり、内部に攻め込まれたとき、そこに爆弾を仕掛けてトンネルを爆破、敵を遮断するポイントだったようです。 -
【完成度が高い施設】
ガイドさんの説明を聞き、自分の眼で地下要塞の構造や機能を見ると、とても完成度の高い施設であることが実感できました。軍事施設なので、採算度外視で技術の粋を集めて作ってあることも分かりました。世界有数の工業国であるドイツの技術力やドイツ人の勤勉さが滲み出ていました。
費用対効果の点では、予算全額を使い切った時点で進捗率は30%程度。1938年に視察に訪れたヒトラーの逆鱗に触れて、建設は中断され、そのまま第二次世界大戦に突入したとのこと。さすがのヒトラーも、金食い虫に怒り心頭だった模様です。 -
「このような知恵と技術力が、悪逆非道を極めるために使われたなんて」と思う方もいらっしゃると思いますが、人殺しの設備だからこそ、なりふり構わず究極を追求するのです。
こういう完成度の高いモノに釣られて、悪魔の誘惑に負けてしまい、間違った方向へ思考を向けるヒトが出てきそうな怖さを覚えました。 -
地下トンネルの断面は、さまざまな直径や高さになっていました。
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見学者は、トンネルのあちらこちらを案内されました。用途ごとの使い分けや、縦横に走る要塞トンネルの有様を実感できるように工夫されている感じでした。
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戦争末期は、空襲をさけて軍用工場の一部が疎開してきたそうです。メルセデスベンツの月間生産高XXのような報告書が展示してあったり、加工用の機器や工具が展示してありました。
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【最後はトロッコ列車体験】
見学の最後は、トロッコ列車に乗ってトンネルを1往復することでした。トロッコ自体は最近の車両ゆえ、トンネルの巨大さ、長さを体験してもらおうといういう趣旨のようです。 -
蓄電池式の機関車に牽かれたトロッコ列車の騒音は、すざまじい大きさでした。現役時代も、機械音や指揮命令の声などでトンネル内では音が共鳴し合っていたことでしょう。
トロッコ運転区間の軌道は、トンネル内の片側寄りに敷かれ、車両と人間が並行して往来できるように設計されていました。 -
【長時間歩行と階段を伝って地上に帰還】
帰りも2kmほど歩いて階段を40メートル昇り、入口とは別のトーチカから炎天下の地上に帰還しました。
そして、コンクリートブロックの戦車返し沿い歩いて戻りました。 -
博物館本館近くまで戻ってくると、コンクリートブロックの彼方に、往路で入ったトーチカが遠くにあるのが目に入りました。精緻で頑丈な地下要塞のすごさを全く感じさせない長閑な田園風景が広がっています。
「ホント、友人のおかげで、ナチスの恐ろしさ、人間の残酷な一面を改めて感じる場所を体験させていただきました。ありがとうございました」
了
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