2026/07/15 - 2026/07/15
1001位(同エリア1520件中)
まりあさん
合計70日の超長期マラソンドライブ旅行が終わりました。夏休みの混雑が始まる前に、帰宅しました。
昔の話になりますが、1995年は、ウルトラ円高と、1月の神戸の震災で、通訳ガイドは、完全に失業状態になった1年間でした。私個人は、1月にすぐにメキシコに旅立ったので、神戸の震災は、経験せずで、メキシコのホストファミリーの家のテレビで、震災のニュースを見て、腰を抜かしたのでした。
関西の親戚に電話して、大阪はまあまあ無事と知り、予定通りの2ヶ月のメキシコ滞在をして、3月に戻り、4月から、無期限のドライブ旅行に出て、結果的に、80日間のドライブで、稚内まで走ったのでした。
まず四国に入ったのですが、最初のガソリンスタンドで、私の車の京都ナンバーを見て、そこのおかみさんが、「もう、京都からここまで道路は繋がったんですね」と大声をあげられて、息子さんが大学生活のために、関西で下宿されてると言われて、会いに行けると喜んでおられました。
そしてまた、オウム真理教の地下鉄サリン事件のあと、私が四国入りした4月に、オウム真理教の全国一斉捜査が始まったのでした。
震災の影響で、ユースホステルも国民宿舎もすごく空いてました。
1995年のは、一人でドライブ旅行をする初体験でした。でも、80日間も、大冒険の旅をしたからこそ、今も老婆一人で、ドライブ旅行するテクニックが身についたと言えます。1995年は、車のカーナビも無く、道の駅もなく、地方都市では、コンビニもまだ普及してなかった。
よくもまあ、方向音痴の私が、地図とガイドブックを頼りに、あちこちをまわれたものと、我ながらびっくりします。それだけ、「失業状態」が異常なことなので、そこからあがいて抜け出るための「修行」だったのかなと思います。
トイレに困りながら、通訳ガイドの興味で、思いつく観光スポットには、全て立ち寄って旅をしたのでした。しかも、失業の身ですから、ユースホステルや、国民宿舎などの安い宿を使って、一泊ずつ移動する旅で、それゆえ、80日で14500キロ、走ったのでした。
30年後の今回は、あの折の旅を、もう一度、再現してみたいとの思いで、長い旅を計画したのですが、内容的には、人生の残り時間もカウントダウンの老婆ですから、加齢を鑑みて、連泊を中心にして、少し財布の紐をゆるめて、フレンチを食べさせてくれるホテルを中心にして、間には、素泊まりのホテル、こちらは、お気に入りのチェーンがルートインなので、ファミレスで食事したり、コンビニで食料買って、ルートインホテルでは、WOWOWのテレビや、ルームシアターの映画を見ながら、特に週末の混雑を避けるべく、滞在してました。
それゆえ、今回は、70日間で、ほんの6000キロほど走り、ガソリン代は5万円ほどで、宿から宿への距離も短い目で設定したので、今回は、高速道路より、地道を中心に移動してましたので、高速代金も5万円ほどでしょうか。
どうせ、家でうだうだしてても、月に20万円ぐらいは使ってしまうことを思うと、130万円ほどで、2ヶ月半を旅できるというのは、ある意味、安上がりでした。海外旅行なら、今はもう、世界一周航空券のビジネスクラスを買うだけで、この料金が飛んでいくことでしょう。
ただ、70日というと、週末が、10回ほどあるわけで、東北から甲信越あたりは、そう苦労もなかったですが、北陸から関西圏に入ると、週末の交通量がえげつなく多くて、道の駅でトイレをする予定が、一台のスペースも空いてないとか、アウトレットめざして、殺気だった車の車列が猛スピードで走ってきたりして、週末ごとに、怖い思いをして、石川県の交通量の激しい道から道へ合流する時には、間一髪で、事故は免れたけど、死ぬかと思う目に遭い、ものすごく怖かったです。
サンデードライバーが、殺気だって、アウトレットに向かう車列は、なんか悪魔の行列のような威圧感があり、もう2度と、週末の国道8号線は走るまいと、心に誓いました(笑)。
ブランド品には、一切の興味がなく、したがってアウトレットがどこにあるのかさえ知らない、とりわけ京都から滋賀に転居した時の大断捨離で、思い出のある品々も、心を鬼にして捨てまくり、その結果、2度と、可愛いからとか、部屋に置きたいから、みたいな動機でモノを買うことがなくなり、気がついたら、ミニマリスト的な心境になっておりました。
それゆえ、日常生活は、とっっっっっっっても質素な形になり、生活費を押さえて、余ったお金はすべて旅費にまわしてると、なんとか、この年齢でも、旅を続けることができております。
70日間に、日曜日に、加賀温泉へと、自動車専用道路を降りる手前と、鳴門から自宅へと戻るとき、新名神と名神の合流あたりと、この2か所で、事故直後の車を見かけました。運転手さんたちは、ご無事だろうと思える、軽い目の事故ではあったけど、まだ警察の車も、救急車も来ていない事故現場は、インパクトがありました。
瞬間の衝撃で、車はへしゃげて、怪我はなくとも、車はもう動けなくなり、大量の車が、ビュンビュンと通り過ぎる道路で、呆然と運転席に座ったまま、警察車両の到着を待っておられました。
おそらく、警察からの指示かと思うのですが、2台は、一車線の道の隅っこに、壁にピタッと寄って停車して、もう1台は、真ん中の2車線が工事現場として、ブロックされていたのですが、車の前の方はかなりへしゃげてて、その工事現場の中のスペースで停車されてました。
私が走っている1車線に、工事現場を封鎖するカラーコーンが、少しへしゃげて、転がってました。まず気づいたのは、それでした。前の車が避けて進んでいたので、私も、カラーコーンを避けて進みました。
週末で工事はなされてなかったので、工事現場のスペースは無人で、「何が、起きたのかしら」と見回してると、先に書いた、3台の車に、次々気がつきました。
私はすぐ、加賀温泉の出口へと降りていったのですが、その頃には、壁によってる小型車を、避けて通ることができない大型車から、もう流れはスタックしてしまい、反対車線は、事故渋滞が始まってました。
名神での事故は、大型トラックと、軽トラでしたが、軽トラは、衝突のはずみで、横転していて、その他の車は、ビュンビュンと通り過ぎる中、運転手さんは、自力で出れたのか、それとも、横転した車内で、そのままの姿勢で待たれているのか。私の車からは、判断できない位置でした。
うーん、やっぱり、週末の混んだ時にはもう、ぜったいに運転したくないと、実感しました。そして、交通量の多いエリアの週末は、今まで以上に、極力、避けまくろうと心に誓った、旅の終盤の日々でした。
事故に遭って、車外に降りるのも危険な、高速道路。そこで、通報はできたとしても、警察はきっと、「交通の流れを妨げない場所に、動けるなら動いて、そこで車内でお待ちください」なのでしょうね。
それって、渋滞気味の高速へ、どれぐらいの時間で緊急車両が来るのか、謎ですが、その間、もしエアコンが作動しなかったら、下手すると、熱中症のリスクもあるんですよね。こわい、こわい・・・・
私自身は、幸い、えげつない渋滞にも巻き込まれず、事故にもあわずに、無事にこの長い旅を終えれたこと、心より感謝しつつ、今はその達成感をかみしめております。
あの、失業して、将来を憂えつつ80日間の旅をした、30年前の自分自身に思いを馳せながら、よくもまあ、なんとかここまで食い繋いでこれたものよと、これまた、人生を進む幸運に恵まれたことを感謝したいです。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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久しぶりの大塚国際美術館です。
昨年秋にも予定に入れていたのですが、膝のトラブルで、後半の旅程をキャンセルして撤退したので、今回は、ここまで無事に来れて、感慨深かったです。
ヨーロッパに最後に2022年に行ってから、もう4年にもなり、西洋絵画に飢えているので、大塚国際美術館に来たくて来たくて・・・ -
今までも、何度か撮影ごっこを楽しんでますが、記憶の範囲で、撮影したことがある作品は避けて、まだ、写してなかったよな、と思える写真を中心に写していきました
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ゴッホのひまわりの部屋
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ゴヤの黒い絵の部屋
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こちらは、モネの睡蓮を見ながらのカフェ
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絵をテーマにしたスイーツがあり、私はまたショートケーキ的なのを選んだのですが、これは、「田舎のダンス」をイメージしたスイーツだそうです。
どこが、と問いたいですが、美味しければヨシとしましょう。
皆さん、モネの睡蓮が見えるところに集合しているので、モネがとりわけ好きではない私は、そこから離れたとこで、静かに食べました -
システィーナ礼拝堂
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スクロヴェーニ礼拝堂
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この絵のある、ティッセン・ボルネミッサ美術館が、世界で一番好きです
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フェルメールのエリアもありました
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これが「田舎のダンス」かな
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本館と別館を結んでるガーデン
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今回、あちこちに椅子やソファがあり、もしかしたら、増えてるのかなと思いました。なので、歩き疲れたら、しばしソファで休憩してました
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鳴門のホテルです
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アオアヲナルトという名前ですが、確かに、ホテルの前の海の色が、青々としてるなと思います
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プールはちっこいです。ここから、すぐにビーチに降りれて、ビーチへのアクセスがいいからか、夏休みには、大人気のホテルのようです。私の時は、まだ夏休みではなかったけど、すでに子連れのファミリーが押し寄せてました。
また、バスツアーも4台もバスが入っていて、びっくりしました -
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ここも、結婚式が行われるホテルなんですね。それゆえ、フレンチレストランがある。
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連泊すると、間の日にランチが無料で食べれます
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2日目の夕食
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なんとか、無事に、すべての予定をこなせました。
70日もの時間ですから、日々の立ち寄りスポットを考えて、決めて、そして誰でもない私自身が運転して、そこに行く。やっぱりこれは、修行の日々なのかもしれません。でも、私のバケツ・リスト(死ぬまでに、やってみたいこと)の一つだったので、それができて、良かったなと思います。
そして、今回の旅で感じたことをもとにして、これからの旅のスタイルや、スタンスやらを、また模索して、もうしばらくは、旅行オタクとして、旅を楽しんでいきたいと思ってます。
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