2026/05/26 - 2026/05/26
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ワンダラーさん
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新宿駅始発の小田急線沿線で、昭和30年代に小学生時代を過ごした。
今回は、新宿駅東口エリアを、幼いころに訪れた記憶を辿りながら散策する。
街並みは大変貌したが、昭和時代を想い起こすショートトリップののち、
昭和からある新宿武蔵野ビル内の武蔵野館で映画を鑑賞。
帰路は、練馬区光が丘で、この時期に咲くユリの花を期待して寄り道。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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東京都シルバーパス利用で、都営地下鉄大江戸線の新宿駅で下車する。
甲州街道が陸橋でJR線新宿駅を越えている箇所にある新宿駅南口の地表に出るには、時間がかかる。
ここは戦前には、京王電車が新宿三丁目まで甲州街道の陸橋を走っていたという当時の新宿駅の南端だった場所。
戦後に賑やかになったとはいえ、バスタや高島屋がある陸橋の南側は、昭和期は主に貨物駅であった。写真は、左側が新宿駅とルミネで、右側が近年に貨物駅跡を再開発したバスタ新宿(バスターミナルなど)や高島屋など。 -
写真は、新宿駅の南西側甲州街道から、その先の南側を見た風景。
車両交通を妨害する横断歩道はなく、頭上の屋内歩道橋でサザンテラスへとつながる。
左がバスタ新宿ビル(西端)。奥の尖ったビルは代々木駅近くのドコモタワー。 -
新宿駅の南西側から、甲州街道で線路やホームの上を越えて東側に降りると、数年前にできた旅行者向けインフォメーションがある。
正確な地図を見るのが一番なので、案内所で観光地図をゲットする。
新宿の街は、地方からの客やインバウンド客には猥雑で分かりにくいであろうが、変貌が激しいので、東京に住んでいても地図があったほうが間違いない。新宿観光案内所 名所・史跡
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旅行者向けインフォメーションから東口に向かう道路も近年改修されて、観光客向けになってきた。
(昭和期は、この甲州街道南側にある馬券売り場のせいで、この周辺はガラが悪かった記憶) -
左手の巨大なビルが、昭和39(1964)年に「新宿ステーションビル」として開業した駅ビル。東口側の中央口改札などは地下に移った。
その後駅ビルは、「マイシティ」のショッピングセンター時代を経て、東口にあるルミネを示す「ルミネエスト」になり、ファッションビルへと変った。
中央口を出た地上には、写真中央の「花尾(hanao-san)」という現代アートというかオブジェを飾った小公園ができた。 -
こちらが、東口中央出口から駅前広場を挟んで建つ、今日の目的地の「武蔵野館」で、先ず立ち寄って、席を確保する。
予定した上映回の席が取れて一安心。いざ散策へ。新宿武蔵野館 名所・史跡
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東口駅前にある西条八十 詩碑「伸びゆく新宿」
気付く人は少ないが、ビルのネオンの赤き花・・・と書かれている。西条八十 詩碑 名所・史跡
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東口駅前にある「馬水槽」=馬の水飲み場。
赤い花崗岩で造られた水槽で、「前面の上部が馬用、下部が犬猫用の水飲み場、その裏面が人間の水飲み場」とされる。
馬が交通の主役だった明治期の歴史遺産モニュメントであるが、千代田区の旧東京市役所跡から淀橋浄水場を経て昭和39(1964)年にここに移設された「みんなの泉」。馬水槽 名所・史跡
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新宿通りを渡り、駅東口側を振り返る。
左側のビルが「ルミネエスト」、右側は西口の高層ビル群。 -
靖国通りに面した新宿サンパークビルには、昭和期の有名店「三平食堂」の流れをくむレストラン「はやしや」と「三平」があり、併せて「林家三平師匠」の名になる。
ファミリーレストランなどない昭和30年代には、「三平食堂」は親子連れに人気の食堂で、ハレの日には親に連れて行ってもらった記憶。
メニューも懐かしいが、今日はまだお腹は空いていないので、1階のサンプルケースのみでパスする。はやしや グルメ・レストラン
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こちらは靖国通り。
昭和も前半の最初の東京オリンピックが開催された昭和39(1964)年くらいまでは都電が全盛で、靖国通り中央を都電が走っていて、半蔵門から銀座、月島方面とかへの都電が頻繁に発車していたのを思い出す。(1970年に都電新宿線廃線とされる) -
新宿を代表する繁華街、東口歌舞伎町のセントラル通り。
昭和期には、歌舞伎町の正面には客席数2088席という「新宿コマ劇場」があり、大衆向けの歌謡ショーなどが行われていた。
その西側は映画館街で、ミラノ座をはじめとする映画館や、アイススケートリンクなどの娯楽施設が集積していた楽しい街だった。 -
新宿東口ゴジラ通りの現在のシンボル、東宝の屋上ゴジラ像。
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東に向かうと歌舞伎町の裏側を通る。
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靖国通りから北は神田川支流のカニ川という川が流れていて、その上が暗渠になって通称花道通りと呼ばれたとされる。
ここは都電通りになって新田裏という停留所があり、都電廃止後は靖国通りとの間が「四季の路」という緑道に整備された。 -
こちらは酉の市などで全国に有名な「花園神社」。
昭和期には、一時、アングラ劇団がテント公演をしたりしていたのを思い返す。花園神社 寺・神社・教会
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朱塗りの建物は、インバウンド観光客にも人気があるよう。
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花園神社の裏口から西側に出ると、小学生には縁がなかった飲み屋街の新宿ゴールデン街の南端「ゴールデン街G1通り」。真昼間は閑散。
新宿ゴールデン街 名所・史跡
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ゴールデン街と交差する前述の「四季の路」。
四季の路 公園・植物園
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「四季の路」には、イルカなどの「動物に乗る子ども像」などが飾られて、メルヘンチック。
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新宿駅東口駅前の武蔵野ビルに戻る。
映画館は武蔵野ビル3階のフロアに3つある。
ここはエレベータで上がった3階ロビー。
今日の観賞は、写真のポスターのうち、一番左と一番右。 -
最初に観るのは、「オールド・オーク」という イギリス・フランス・ベルギー合作映画で、過疎化してさびれる炭鉱閉山の街での社会問題化している移民問題の貧困や分断がテーマの社会派作品。
シリアスな切り込みで、シリア難民と主人公のパブ経営者、移民排斥派の人間関係がよく表現された作品だと感じた。新宿武蔵野館 名所・史跡
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二本目の作品は、香港映画の「ラストダンス」。
香港は、一度しか観光に行っていないので、このような葬式の風習は知らなかった。 -
武蔵野館では、社長の趣味らしいが、映画評論の切り抜きや抜粋の展示や、作品のイメージのロビー展示が有名。
伝統がある映画館としてロードショーのヘッド館になる例も多い。 -
武蔵野館のあとは大江戸線に乗って光が丘駅に移動。
光が丘パークタウン内にある、この時期にだけユリの花がきれいな練馬区立四季の香公園ローズガーデンに向かう。
光が丘駅上部に建つ商業施設光が丘IMA(イオンやリヴィンほか)の北西側、2階のペデストリアンデッキからそのまま写真の歩道橋を渡った道路の反対側に公園の東半分が所在する。光が丘IMA ショッピングモール
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練馬区四季の香公園には40数年前の開園時には大きな温室があって、ごみ焼却工場の余熱利用で熱帯植物が茂った名所があった。
この温室の建築許可が仮設工作物で、長期間の設置不能が発覚し、取り壊された跡がこのローズガーデン。(お手盛り許可の税金無駄遣いのみっともない事件で有名。)
そのローズガーデンに立ち寄ってみる。春バラのシーズンは5月一杯のようであるが、まだ咲いていたので、寄った甲斐があった。 -
園芸は好きだが、バラをきれいに咲かせるには、お金だけでなく農薬や手入れが大変で時間もとられる、
色とりどりの品種を見ることができる公園にお任せしたするのがベスト。
バラといえばピンクやイエローが好き。 -
こちらもよく見かけるが、ちょっと派手に感じる。
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「花手水」というのは、20年前には見かけなかった演出で、10年前でも既存の手水鉢、手水舎がある社寺中心で、公園にまで進出はSNS時代のインスタ映えのせいであろう。
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黄色やレモン色も上品に感じる。
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ユリの蕾もふくらんできた。ちょっと早かった。
近年の園芸品種改良はすばらしく、ユリ人気が高まって、ここでも植え付けが増えたよう。
この時期の咲くユリの花を期待しての寄り道は失敗だったが、春バラの名残を楽しむことができた。 -
四季の香公園の東半分は花壇中心で、写真のその南半分はイングリッシュガーデンが始まりで春バラが主役。
そこで北半分の温室跡と併せて「ローズガーデン」と呼ばれるようになったようだ。
イングリッシュガーデンから南に延びる奥は、北米のメタセコイヤの並木と、この時期はアジサイなどが咲く花壇。
ちょっと日本離れした風景に見える。
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