2026/05/16 - 2026/05/17
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アジア好きの晴れおじさんさん
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陽春の5月も半ばに入りました。暑過ぎず寒過ぎずの「旅行適期」のように思います。今回の晴れおじさんの旅行のテーマは、「豊臣兄弟ゆかりの地を訪ねる」です。前半の滋賀県編と後半の福井県編の二つに分けて投稿させていただきます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JR特急 私鉄
- 利用旅行会社
- じゃらん
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「北陸本線」と「ハピラインふくい」を乗り継いで、18時31分、福井駅に到着。
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西口に出ると、恐竜広場で恐竜が数体、晴れおじさんを歓迎するかのように、首を振りながら口を開けてガオー。
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これだけ大きいと、やはり迫力がありますね。
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今日は、歩き続けて歩数が2万歩を越えました。
駅ビルの蕎麦店に入り、まずは生ビールで疲れを癒すとしましょう。
グビッ、沁みるー。 -
食事は、越前蕎麦と焼鯖寿司の「越前セット」をオーダー。
大根おろしと細打ちの蕎麦は相性が良いようで、スルッと喉を通りました。焼鯖も肉厚で食べ応えあり。 -
食事を終え、駅から西に数分歩くと、福井城址のお濠が見えて来て、
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19時半頃、予約したお堀端の「ホテル福井キャッスル」にチェックイン。
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アサインされた部屋は、典型的なビジネスホテル仕様。でも、角部屋なので南側と東側の両方に窓がありました。
大浴場で汗を流して、早めに就寝。 -
翌朝、これまた典型的な和定食の朝食を食べて、7時半にチェックアウト。
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福井城址の中を駅方向に歩いて行くと、こんな武将の騎馬像を見つけました。
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関ヶ原の戦いの後、越前68万石の大名となった結城秀康公(徳川家康の次男)の像で、6年の歳月をかけて城下町の大改造をしたとあります。
68万石とは凄い。出羽山形藩の大大名だった最上義光公は最盛期で57万石だったそうなので10万石以上多い。でも、その割に本丸が山形城址に比べてかなり小さいのが、ちょっと不思議。 -
今日は、まず「えちぜん鉄道」で「東尋坊」を訪ねます。
えちぜん鉄道福井駅も、壁面に恐竜を描いたりして「恐竜王国ふくい」をアピールしていました。 -
途中、横断した川は、九頭竜川(くずりゅうがわ)のもよう。
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約50分で、三国港駅に到着。
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駅の斜め向かい、港近くのバス停からバスに乗り継いで、
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午前10時頃、国定公園越前海岸「東尋坊」に到着。
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日本海の荒波に削られた断崖絶壁が約1キロにわたって続いているとのことで、前から一度来てみたいと思いながら、ようやく今回実現しました。
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真夏のような晴天の下、海の色がとても綺麗で、気分爽快。
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日曜日なので、家族連れなど多くの観光客で賑わっています。
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遊覧船が出ているので、海側から断崖絶壁を眺めることも出来るようです。
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「柱状節理が見られる世界三大絶景の一つ」だとのアナウンスがありました。
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停泊している遊覧船の天井に、何か絵が描いてあります。
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ズームアップ。
恐竜でした。福井県は、徹底して「恐竜王国」をアピールしているんですね。 -
遠望したり、
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断崖の際まで行ってみたりを繰り返して、30分あまり、
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名勝の眺めを堪能しました。
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またバスとえちぜん鉄道に乗って福井駅に引き返す途中、「あわらおんせん湯のまち駅」で途中下車。
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駅前広場に隣接して建っている「芦湯」で、足湯に漬かります。
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内部は、こんな感じ。
無料だけれど、清掃協力金一口100円を募る募金箱がありました。 -
湯温は41.7度で適温。
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足拭き用に自販機で買ったタオルには、福井の方言らしき台詞が書いてありました。
「あったまるざよ」「いいとこやざよ」 -
福井駅に戻って、まっすぐ向かったのは、「柴田神社」。
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織田家筆頭家老だった柴田勝家の像。
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「本能寺の変」の後、織田家の後継争いで秀吉と激しく対立した猛将ですね。
この地にあった北庄城を秀吉に攻め落とされ、家来の助命を条件に壮絶な切腹で生涯を閉じたようです。 -
その柴田勝家と運命を共にして自決した「お市の方」の像。織田信長の妹ですね。
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そして、お市の方と前夫浅井長政の間に生まれた三姉妹(茶々、初、江)の像。
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柴田神社の拝殿。
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北庄城の遺構(石垣の礎石)。
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北庄城の遺構(石垣)。
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拝殿脇の「北の庄城址資料館」に入館。
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柴田勝家の年表を読んでいたら、資料館の女性スタッフが近寄ってきて、「展示物の解説をしましょうか」。
せっかくなので、お願いしました。 -
まずは、この鎖。
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この絵図の橋は、「舟橋の鎖」と言って、川に舟を並べ、その上に板を渡すことで架けられた橋なのだとのこと。
北陸道が九頭竜川と交わるところに、柴田勝家が天正6年(1578年)に渡したと伝えられていて、上の写真の鎖は、実物なのだそう。 -
葛飾北斎が描いた「越前名橋奇覧「えちぜんふくいの橋」」。
半分を石橋、残り半分を木橋にして、敵が攻めてきた時に、木橋を切り落として敵の侵入を防ぐのだとのこと。 -
資料館の外に、サイズを縮小して復元したものがありました。
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同上
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柴田勝家の肖像画。
女性スタッフの解説では、身長が六尺(180cm)以上あったとのこと。
帰宅してから、ネットで調べた結果では、160cm~170cmとなっていたけれど、いずれにせよ、当時としては立派な体格の武将だったようですね。 -
お市の方の肖像画。
「天下一の美人」と言われたとの説があるそうだけれど、織田信長が、「凄いイケメン」(前日、「信長の館」で肖像画の写真を見た妻の言)だったことからすると、事実だった可能性が高いですね。 -
系図。
三姉妹は、それぞれ歴史上重要な武将に嫁いでいるので、日本の歴史の形成に貢献したと言えるかも知れません。 -
さて、二泊三日で「豊臣兄弟ゆかりの地」を巡った旅も、これにて終了。
日曜日の大河ドラマを見るのが、ますます楽しみになりました。
完
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