小倉・北九州市中心部旅行記(ブログ) 一覧に戻る
西大野八幡神社へ行きました。<br />江戸時代初期の寛文7年(1667年)、神社が東西に分離することになり、東大野八幡神社が独立して母原(花枝山)へ遷座。翌寛文8年(1668年)、残ったこちらが現在地(小倉南区山本)へと遷り、「西大野八幡神社」と称するようになりました。小倉藩主・小笠原氏の時代には、小森手永の大社として篤く信仰されました。<br />東大野八幡神社へ行きました。<br />天智天皇5年(666年)に大野山頂に神霊が降臨したことが始まりと伝わります。大友氏の兵火による焼失などを経て、寛文7年(1667年)に現在の「花枝山」に遷座されました。<br />現在の社殿は、延享・寛延期(1740~1750年代)に小倉藩主・小笠原忠基の命によって再建されたものです。<br />本来は東大野八幡神社から参拝するのが正しいの???

26年春 九州ツーリング 西大野八幡神社と東大野八幡神社へ行きました。

3いいね!

2026/04/21 - 2026/04/21

893位(同エリア1103件中)

0

28

しろくまクンクン

しろくまクンクンさん

西大野八幡神社へ行きました。
江戸時代初期の寛文7年(1667年)、神社が東西に分離することになり、東大野八幡神社が独立して母原(花枝山)へ遷座。翌寛文8年(1668年)、残ったこちらが現在地(小倉南区山本)へと遷り、「西大野八幡神社」と称するようになりました。小倉藩主・小笠原氏の時代には、小森手永の大社として篤く信仰されました。
東大野八幡神社へ行きました。
天智天皇5年(666年)に大野山頂に神霊が降臨したことが始まりと伝わります。大友氏の兵火による焼失などを経て、寛文7年(1667年)に現在の「花枝山」に遷座されました。
現在の社殿は、延享・寛延期(1740~1750年代)に小倉藩主・小笠原忠基の命によって再建されたものです。
本来は東大野八幡神社から参拝するのが正しいの???

旅行の満足度
3.0
同行者
一人旅
交通手段
徒歩 バイク
旅行の手配内容
個別手配
  • 西大野八幡神社へ行きました。<br />1350年以上の歴史を持つ由緒ある古社です。

    西大野八幡神社へ行きました。
    1350年以上の歴史を持つ由緒ある古社です。

  • 石段を上がった先に社殿がありますが、こちらは舞殿(神楽殿)で、参拝はその奥の幣殿(拝殿)で行います。

    石段を上がった先に社殿がありますが、こちらは舞殿(神楽殿)で、参拝はその奥の幣殿(拝殿)で行います。

  • 丸太に藁をまいたようなしめ縄がちょっと珍しいです。<br />芯となる木材に藁を隙間なく巻き付けていく工法をとっており、均一な太さの力強い円柱状に仕上がっています。見た目も非常に端正で、まるで建築の一部のような独特の安定感と存在感を放っています。

    丸太に藁をまいたようなしめ縄がちょっと珍しいです。
    芯となる木材に藁を隙間なく巻き付けていく工法をとっており、均一な太さの力強い円柱状に仕上がっています。見た目も非常に端正で、まるで建築の一部のような独特の安定感と存在感を放っています。

  • 本殿です。

    本殿です。

  • 本殿も美しい構造となっています。

    本殿も美しい構造となっています。

  • 小さいながら瓦が乗っている末社です。

    小さいながら瓦が乗っている末社です。

  • しめ縄の奥は「屋敷疫神社」です。<br />西大野八幡神社は、もともと「東西大野郷16ヶ村」という広い地域の産土神です。<br />江戸時代やそれ以前、村に疫病が流行することは、地域全滅に繋がりかねない最も恐ろしい災難でした。そのため、村全体の総鎮守である八幡神社の境内に、特に「病魔退散・家内安全」を専門とする屋敷疫神社をあわせて祀り、地域の 人々が健康に暮らせるよう祈願したという歴史的背景があるようです。

    しめ縄の奥は「屋敷疫神社」です。
    西大野八幡神社は、もともと「東西大野郷16ヶ村」という広い地域の産土神です。
    江戸時代やそれ以前、村に疫病が流行することは、地域全滅に繋がりかねない最も恐ろしい災難でした。そのため、村全体の総鎮守である八幡神社の境内に、特に「病魔退散・家内安全」を専門とする屋敷疫神社をあわせて祀り、地域の 人々が健康に暮らせるよう祈願したという歴史的背景があるようです。

  • 御水やお酒などが供えられ無人ながら地元の方で訪れる参拝の方が多いようです。

    御水やお酒などが供えられ無人ながら地元の方で訪れる参拝の方が多いようです。

  • 石で囲われているところは昔庭園とお庭があったようです。<br />寛文7年(1667年)に神社が東西に分離した際、西大野八幡神社は「元の神社の正統な敷地(旧沼田の宮)」のすぐ近くである現在地に遷座しました。<br />新しく作られた神社とはいえ、東西大野郷の伝統を受け継ぐ「本家」としての威厳を示すため、藩の援助も受けながら、池を穿ち、巨石を配した格式ある庭園や社殿が贅を尽くして造営されました。

    石で囲われているところは昔庭園とお庭があったようです。
    寛文7年(1667年)に神社が東西に分離した際、西大野八幡神社は「元の神社の正統な敷地(旧沼田の宮)」のすぐ近くである現在地に遷座しました。
    新しく作られた神社とはいえ、東西大野郷の伝統を受け継ぐ「本家」としての威厳を示すため、藩の援助も受けながら、池を穿ち、巨石を配した格式ある庭園や社殿が贅を尽くして造営されました。

  • 小倉藩の歴代藩主は、この風光明媚で清流に恵まれた山本の地を気に入り、参拝や鷹狩り、静養のためにたびたび訪れました。そのため、神社の周辺や神職の屋敷(社家)には、藩主を迎えるための「お茶屋(御茶屋)」と呼ばれる豪華な別邸や、それに付随する格式高い「庭園」が整備されたのです。

    小倉藩の歴代藩主は、この風光明媚で清流に恵まれた山本の地を気に入り、参拝や鷹狩り、静養のためにたびたび訪れました。そのため、神社の周辺や神職の屋敷(社家)には、藩主を迎えるための「お茶屋(御茶屋)」と呼ばれる豪華な別邸や、それに付随する格式高い「庭園」が整備されたのです。

  • 石垣の上に舞殿・拝殿が見えます。

    石垣の上に舞殿・拝殿が見えます。

  • かつては「小倉藩主がわざわざ城から足を運ぶ、藩お墨付きの風流な名社」として、華やかな文化と人々の往来で大いに栄えていた場所だったようです。

    かつては「小倉藩主がわざわざ城から足を運ぶ、藩お墨付きの風流な名社」として、華やかな文化と人々の往来で大いに栄えていた場所だったようです。

  • 静かなたたずまいです。

    静かなたたずまいです。

  • 東大野八幡神社へ行きました。<br />豊前 稗畑山城跡のある山を挟んで西大野八幡神社と東大野八幡神社はあります。

    東大野八幡神社へ行きました。
    豊前 稗畑山城跡のある山を挟んで西大野八幡神社と東大野八幡神社はあります。

  • 二の鳥居の先は杉並木に飲み込まれているようです。

    二の鳥居の先は杉並木に飲み込まれているようです。

  • 美しい杉並木の参道です。

    美しい杉並木の参道です。

  • 案内図です。

    案内図です。

  • 東大野八幡神社の拝殿です。

    東大野八幡神社の拝殿です。

  • 東大野八幡神社の拝殿です。

    東大野八幡神社の拝殿です。

  • 「猿田彦大神」と刻まれた庚申塔です。

    「猿田彦大神」と刻まれた庚申塔です。

  • 東谷護国神社です。

    東谷護国神社です。

  • 本殿です。<br />右手は大日社です。

    本殿です。
    右手は大日社です。

  • 江戸時代初期に小倉藩主であった細川忠興が寄進したとされる古い石造の狛犬が安置されています。長い年月を経て耳の部分が摩耗したその愛嬌のある姿から、地元や参拝者の間では「ドラえもんのような狛犬」として親しまれています。

    江戸時代初期に小倉藩主であった細川忠興が寄進したとされる古い石造の狛犬が安置されています。長い年月を経て耳の部分が摩耗したその愛嬌のある姿から、地元や参拝者の間では「ドラえもんのような狛犬」として親しまれています。

  • かわいい感じです。

    かわいい感じです。

  • 本殿です。

    本殿です。

  • 大日社です。

    大日社です。

  • 百太夫神社です。

    百太夫神社です。

  • 境内からの参道です。

    境内からの参道です。

3いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP