2026/05/05 - 2026/05/06
1527位(同エリア1969件中)
バウトさん
*AIによる推敲によって脚色されています。
前編のあらすじ
ベトナム航空の特典航空券を手に入れた私は、ゴールデンウィークを利用してハノイ経由でラオスのビエンチャンへと降り立った。最後の桃源郷、との異名を持つノーンキャウを目指して、中継地のルアンパバーンへと向かったものの、予約していた乗合いバンが乗客不足を理由に運休となってしまった。足止めを食らって途方に暮れながらも、なんとか目的地にたどり着いた時には、辺りはすっかり深い夜の闇に包まれていた。
今回は往路、復路ともにハノイでの乗り継ぎだったため、旅行記にはハノイの記事も含まれている。(※旅行の予算や物価の参考として、記録のあるものは10,000ラオスキープ=73円、10,000ベトナムドン=60円で換算して記載しています)
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午前5時、にわとりの鳴き声で目が覚めた。この村の自然な営みこそが、生き物本来の姿なのかもしれない。
私もこうしてはいられない、とベッドを抜け出し、ナムウー川に架かる橋を目指して歩き始めた。山々は、霧とも雲ともつかない白いベールに深く覆われていた。 -
朝もやの向こうに、僧侶たちの纏うオレンジ色の袈裟が鮮やかに浮かび上がっていた。これから托鉢に向かうのか、それとも戻る途中なのか。観光客向けではない、この村の日常としての托鉢を見てみたかった。
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橋へ向かう途中の分岐点から坂を下っていくと、ナムウー川に出た。岸辺には屋形船が繋がれている。夜になれば、これに乗り込んでどんちゃん騒ぎをする遊覧ツアーでもあるのだろう。
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橋の袂まで来ると、どこからともなく犬が現れた。
見ない顔だね、さてはよそ者だな、この先を案内してやるよ。
そんな表情で私を見上げている。ラオスの犬たちはどこか旅行者に好意的であるように感じた。この国でも狂犬病が発生している事は心得ていたが、私はいつの間にか、犬に対する一切の警戒を放棄していた。 -
おらおらおら、ついてきなっ。
そう言わんばかりに歩き出した犬のあとを追い、私はノーンキャウ橋を渡り始めた。 -
ほら、画角はここだ。もたもたしてないでシャッターを切りやがれ、いつの間にかお世辞にも立派とは言えないただの木の枝をくわえてきた犬が、完全に鬼ディレクターの顔で私にそう指示を出した。
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目の前に広がるのは、息をのむような光景だった。これを桃源郷と呼ぶのか。
きっとこの川の先には、私が泊まろうとしていた The Float House があるのだろう。川に浮かぶ部屋に泊まり、部屋からそのまま川に飛び込む。そんな貴重な体験ができるはずだった。
しかし、私はその予約を取り消していた。雨季で安くなっているとはいえ 56.7ドル(9,080円)という宿泊費は、短時間の滞在のための支出には勿体ないと思ったのだ。
そうか、だから運休になった乗合バンの運転手は昨日あんな反応をしたのか。私は橋の手すりにもたれながら、昨日の返金交渉の背景にようやく気がついた。
つまり、私が復路のバンの予約書を提示したとき、彼はピックアップ場所として書かれていたそのホテル名を見て、私はそこの宿泊費を請求していると思い込んだのかもしれない。 -
ひとしきり絶景を堪能して振り返ると、犬は橋の真ん中で枝遊びに夢中になっていた。
犬さん、こんなところで危ないですよ、さあ帰りましょう、犬がもともと居た橋の袂までお送りいたしました。 -
橋の袂で私は相棒に別れを告げた。
どこか腹を満たせる場所を探そうと歩き出したが、行く手を阻むように雨がポツポツと落ちてきた。私はあきらめて一度宿へ引き返すことにした。 -
私が実際に身を寄せたのは KP Backpackers Hostel という安宿だった。予約していたドミトリーは一泊わずか 5.4ドル(865円)。あの水上コテージの10分の1の値段だ。周辺のトレッキングや、ムアンゴイへのボートツアーなんかもここで申し込める。
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珍しい事に、ここでも客は私一人だった。主人はドミトリーではなく広い個室へと私を案内してくれた。エアコンこそ無いが、天井に取り付けられたファンから送られる風で暑さは十分にしのぐことができた。
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共同のバスルームは屋外にあり、シャワーはお湯が出た。トイレはしゃがみ式と洋式がそれぞれ設置されていた。
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雨は激しい土砂降りとなっていたが Nongkhiaw Bakery & Cafe の開店時間になると、計ったようにピタリと止んだ。
私は昨夜に続いて、またその店へと足を運んだ。コーヒーとクロワッサンを注文して、お会計は60,000キープ(438円)だった。
この店はカウンターで注文するお約束だったが、昨夜は気付かずにテーブルで注文してしまっていた。 -
店の中庭の隅に階段を見つけた。二階へ上がってみると、そこは寝っ転がる席もある沈没空間になっていた。
この場所に気づいていれば、間違いなくここで時間を潰していただろう。旅の終盤になっても、相変わらず私の目は節穴のようだった。 -
クロワッサンだけでは私の胃袋は満たされなかった。カフェを出ると、通りの向かいに麺の露店が出ていて、一杯注文してみることにした。
カオピヤックはありますか?あらかじめ覚えておいた料理名を告げると、おかみさんは首を振って、うちのはカオソーイだよ、という。私はそれをいただくことにした。運ばれてきた器からスープをすくって飲み込むと、それは今まで味わったことのない、鮮烈な味でとても気に入った。私は見よう見まねで、付け合わせの香草なんかをちぎっては器に放り込み、その一杯をじっくりと味わった。お値段は30,000キープ(219円)だった。 -
ルアンパバーンへ戻るバンの迎えは10時にゲストハウスの前へ来ることになっていた。乗客が泊まるそれぞれの宿を回ってくるため、少しばかりの待ち時間ができた。
バンを待つ間、私は軒先に腰を下ろし通りをぼんやりと眺めていた。どこへ行くともなく歩き回る犬や、無邪気に走り抜けていく子供たち。ただそれだけの光景が、遠い異国の絵葉書のように、私の目の前を通り過ぎていった。 -
道中のドライブインで私は売店をのぞきアイスを買い求めた。普段は自分でアイスを買うことなど滅多にないが、ラオスでは何度かアイスを口にしていた。どれもなかなかの美味しさだったが、意外と安くはなかった。
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Nong Khiaw Nature Tour が運行するルアンパバーンへの復路のバンは、ほぼ予定通りに4時間程で到着した。
予約確認書では、郊外の北バスステーションに着くと案内されていたが、到着して車を降りた所はルアンパバーンの街中だった。これはもう面倒なことは何もない。あとは宿に向かって歩けばよいのだ。バンの運賃は12GO経由で予約しても10ドル(1,689円)だった。公共バスの料金と比べてもそこまで割高な感じはない。 -
ルアンパバーンには、いくつか気になっている宿があった。しかし今回はわずか一泊の滞在だ。私は立地の良さを優先して LPQ Hostel を選んだ。
宿はモーニングマーケットが開かれる通りに面していて、プーシーの丘へも近かった。さらに朝食も付いて一泊の値段はわずか 5ドル(803円)だ。
館内は清潔に保たれており、働くスタッフたちも好感が持てた。もしルアンパバーンでどこに泊まるべきかと尋ねられたなら、迷わずこの宿の名を挙げるだろう。 -
宿の共用スペースで休んでいると猫がやってきた。
なんでおめーそんなしこったカメラ使ってんだい、写真なんてスマホでいいっぺや、さてはおめー日本人だっぺ、ちゅーる持ってねえんけ?と出迎えてくれた。 -
部屋に荷物を置くと1kgあたり25,000キープ(182円)の料金を払って洗濯物を預け、川沿いの通りへと歩き出した。メコンの川面を望むようにして、食堂が何軒も軒を連ねている。その中の一軒で、今度はカオピヤックの文字を見つけた。私は迷わず席につき、それを注文した。ビアラオもニ本飲んで支払いは110,000キープ(803円)。川の風を感じながら味わう一杯はまた格別だった。
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世界遺産の街だけあって、ただ歩いているだけでも次々と目に飛び込んでくる美しい景色に目を奪われてしまう。
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プーシーの丘の入場料は30,000キープ(219円)。長い石段を息を切らしながら頂上まで登って行くと、そこに広がっていたのは、メコン川の流れと赤茶色の屋根が連なるルアンパバーンの全景だった。これを見るためだけに、きつい階段を登る価値は確かにあった。
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日没の時間が近づいてくると、丘の頂上付近は見物客であふれかえった。様々な言語が飛び交う中、日本語が聞こえる方に目を向けると、何かそこはかとない違和感を覚えた。声をかけてみると、彼らは日本に暮らす外国人同士のカップルだという。国際言語としての日本語を耳にするのは、なんとも不思議で新鮮な感覚だった。
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日が沈み、プーシーの丘を下りると、ふもとではすでにナイトマーケットが始まっていた。
色鮮やかな刺繍商品を扱う露店を見て回る。寺院へと続く階段の近くは観光客が多いためか値段が高かったが、そこから離れるにつれて、だんだんと価格が下がっていくのが面白かった。 -
翌日も早朝に目が覚めたので、旧市街の托鉢が行われる通りへと向かった。まだ夜も明けないうちから托鉢観光の準備が始まっていて、銭湯にあるような背の低い椅子がずらりと並べられていた。お布施用のもち米の入ったおひつを売る商人に何度も声を掛けられた。
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托鉢の時間が近づいてくると、団体客が続々と現れて通りに並んだ小さな椅子を埋めていった。各グループのガイドが、大きな声で托鉢のマナーを説明している。この托鉢体験が観光アクティビティとして人気を集めた結果、お布施の食べ物が余り、僧侶たちがもち米を捨てている、という噂を耳にしていた。そのため、さぞ荒れた光景なのだろうと想像していたが、実際は違った。その是非はともかく、ツアー客たちの様子は意外にも整然としており、むしろ規律が守られているという印象を受けた。
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それよりも気になったのは、僧侶の列を追いかけ、間近に迫って動画を撮影する人が少なくなかったことだ。私も写真を撮っている身とはいえ、彼らの遠慮のなさには、少しばかり身をすくめる思いがした。
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それから、托鉢の終わり際にお布施用のもち米を詰めたおひつが売れ残っているのが目に入った。あの売れ残りはどうなるのだろう。もったいないことになっていなければよいのだが。
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宿に戻るとモーニングマーケットが始まっていた。
路上に並んだ露店を覗き込んでいくと、思っていた以上に、その場ですぐに口に入れられるものが揃っている。宿の朝食がなければ、あれこれと手を出して、胃袋に収めてみたいところだった。しかし、並んでいるのは美味そうなものばかりではない。なかには食材として売られている蛇や、カメムシと思われる昆虫までが平然と籠に盛られていた。さすがに、それらを試してみる勇気は私にはなかった。 -
それでも、何かひとつくらいは市場の味も試してみたい。私は日本のたこ焼きによく似た形のお菓子を焼いている屋台の前で足を止めた。一皿10,000キープ(73円)。バナナの葉に乗せて手渡されたそれを口に運んでみると、外は香ばしく、中は驚くほどふわふわとして柔らかい。おそらくココナッツが使われているのだろう。これまで味わったことのない、ほの甘くどこか濃厚なその味を気に入ってしまった。ラオスの食べ物はどれも味のバランスが絶妙だと感じた。ならば、あのカメムシも調理されればきっと美味しいのかもしれない。
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そんな市場でのささやかな買い食いが、まるで朝食の前菜のようになり、私の食欲をさらにかき立てた。
宿の朝食は七種類ものメニューから選べるようになっていて、品書きを眺めていると、まだ決められた時間には少し早かったのだが、宿のスタッフはにこやかに注文を受け付けてくれた。 -
私はラオスの麺料理の味わい深さに魅了されていたので、ヌードルスープを注文した。ところが、これは期待していた米の麺ではなく、インスタントの縮れ麺だった。朝食の選択肢には、パンケーキもあった。パンケーキなどというハイカラなものは、こうした旅の途上でしか、わざわざ口にすることもないのだから、パンケーキにしておけばよかった。
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食後、カーン川沿いにある伝説のレストランバー Utopia に向かった。ここはクッションに寝そべって怠惰を極める、旅人の聖地として親しまれていたようだが、2022年に閉鎖され、そのまま扉は固く閉ざされたままであると聞いた。しかし、人工知能は再開しているなどと言うので、確認しに行ったのだ。
迷路のような細い路地の終着点で私を待っていたのは、やはり固く閉ざされた一枚の扉だった。 -
人工知能はいったいどこで何の情報を拾ってきたのだろう。その精度の低さに、まだまだ甘いなとため息をついた。しかしその真向かいには、かつての Utopia を彷彿とさせる Jungala Lounge Bar がしっかりと店を構えていた。
開店まではまだ時間があったので、今度はマンゴースティッキーライスを探しに、旧市街の方へふたたび歩き出すことにした。 -
まだ時間も早かったようで、旧市街のあたりで目当てのものは見つらからなかった。仕方なく再度人工知能に頼ってみると ZAORI CAFE という店のマンゴースティッキーライスが評判だと言うので、道を引き返して入店してみた。
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実は、さっきもこの店の前を通ったのだけど、クマさんの形をした可愛らしい窓から I LOVE YOU SO MATCHA などという韓国風お洒落カフェアティチュードが臆面もなく放たれていて、これは私のようなおじさんが足を踏み入れていい場所ではないな、と気後れして通り過ぎていたのだった。
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その不安は的中した。運ばれてきた皿を見て、私は思わずウォ!?と声を上げてしまった。丁寧に盛り付けられたそれは確かに「おじさんが食うもんじゃねえよ」と言いたくなる姿だ。あのビエンチャンの店員は正しかったのだ(彼女がそう言ったわけではない)。そして口に運んでみると、とても甘いのだ。そこで私は、決定的な勘違いに気づかされた。私はこれを、焼豚玉子丼やシシリアンライスのような、米の上に具が載ったご当地ご飯の類だとばかり思い込んでいたのだ。だが、これは紛れもないデザートだった。ココナッツミルクで甘く炊いたもち米と、完熟したマンゴー。その組み合わせが、これほど完璧なスイーツとして成立するとは夢にも思わなかった。お会計は75,000キープ(547円)。私は、おしゃれな店内に漂う甘い余韻のなかで、またひとつ旅の教訓を得た。
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土産物屋であれこれとおひつの竹かごを物色しているうちに、チェックアウトの時間が迫っていた。宿に戻って荷物をまとめ、再び街へと繰り出す。さあ、この旅の締め括りにジャンガラへ向かおう。
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リュックを背負ってここまで歩いてきたので、背中はすっかり汗だくだった。寝っ転がるマットに汗を移しては悪いと思い、私はリュックからビニール袋をあるだけ引っ張り出した。それをマットの上に敷き詰め、その上に身を横たえることにした。メニューを見るとビアラオの生ビールがあった。二杯飲んでお会計は70,000キープ(511円)だった。
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猫がふらりと姿を現した。私をじっと見つめている。
なんでおめー、そんな汗だくになってんの?サウナでも入ってきたんけ?さてはおめー日本人だっぺ、ちゅーる持ってねえんけ?とでも言いたげだった。
私は心の中で、すまない、今度は必ず持ってくるよ (だけど、ちゅーるは機内持ち込み制限があるんだよな) と呟いた。 -
寝っ転がって見知らぬ虫が舞う空を眺めている。聞こえてくるのは川で遊ぶ子供たちの声と鳥のさえずり、そしてそれを邪魔しない音楽。
もう帰らないといけないのか、と思うと涙が溢れてきた。帰りたくないという気持ちが膨らんでいく。
ここはまるでダメ人間養成所だ。
ゆっくりと起き上がって川の向こうに目をやると、オレンジ色を纏った子供たちが次から次へと土手を滑り降りて、川の中へと駆け出して行った。
終わり -
番外編・復路のハノイでの滞在時間は8時間。以前ベトナムに来たのは11年前の2015年で、ゴールデンウィークのちょうど同じ日だった。その時は食べたいと思っていたバインフラン(プリン)が見つけられなくて心残りになっていた。
ハノイのプリン事情を調べると、ホアンキエム湖より手前の西湖周辺がその聖地らしい。そこで、西湖に近い Wanderlust Station Hostel に宿を取った。実際には泊まらないのだけど、ドミトリーで一泊94,886ドン(577円)なので、空港で荷物を預ける料金とさほど変わらないし、シャワーも使用出来るのでお得ではないかと思ったわけだ。
荷物を預けて早速プリンを食べに行った。店員に、それだけ?と促されたので、チェーも追加した。味に意外性は無かったものの、これで満足出来てよかった。 -
ベトナムで外国人がキャッシュレス決済を使う事はハードルが高いようだ。プリン屋さんでクレジットカードは受け付けないと言うのでキャッシングして現金を用意した。思いのほかプリンは安くて、現金が余ったのでビアホイに入ってみた。
調子に乗った私のオーダーは所持金をわずかに上回ってしまっていた。店員さんと隣のお客さんに聞いても、近くのATMは思い付かないと言う。こんな時のために1ドル紙幣を忍ばせておいた予備の財布は、あろう事か宿に置いてきていた。
お恥ずかしながら、その分は免除してくれた。
かくして、私は新たな心残りをベトナムに置いてきてしまった。ハノイ、お礼をしに行かなければ。
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この旅行記へのコメント (2)
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- nachopapaさん 2026/06/14 19:53:00
- 色が凄い……
- マンゴースティーキーライス……インパクト凄い。確かにこれをオレらが食うのは……(^∇^)アハハハ ちょっと気が引けるけど、旅の思い出としては最高でしたね。
それから日本語が国際語として機能しているのをみたことがないので……それはちょっと衝撃的かも知れない。
因みに見た目はどんなカップル(人種的な意味)だったのでしょうか?
気になります。
- バウトさん からの返信 2026/06/14 20:29:12
- Re: 色が凄い……
- ほんとはオーセンティックなマンゴーライスが食べたかったのですが、あの時間にはあの店しかなかったのです、、丘の上のカップルはイギリス人と中国人の組み合わせでした。そして近くに住んでるみたいだからばったり会うこともあるかもしれません!
いつも楽しいのですが、今回は特に楽しかったです。でも若いうちに行ってたら、本当にダメ人間になる場所だなと思いました。
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