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2026年5月4日(月・みどりの日)午後の3時前、3年振りに高槻ジャズストリート(2日目)へ。高槻ジャズストリートは今年で28回目を迎えた。3年前の旅行記は以下を参照。<br />https://4travel.jp/travelogue/11827287<br /><br />今年はこれまでなぜか来る機会がなかった桃園小学校グラウンドのFM COCOLOステージへ。桃園小学校はJR高槻駅の南約700m、阪急高槻市駅の西約700m、高槻市役所の西側に位置する1953年(昭和28年)に高槻市で8番目に開校した小学校。オープンステージに多くの屋台が設置された高槻ジャズストリートのメイン会場の一つになっている。<br /><br />ここは毎年、DJクリスがプロデュースする「FM COCOLOステージ」の舞台となり、豪華ゲストが熱いライブを繰り広げている。今年は、このステージで3つのライブを鑑賞させてもらった。<br /><br />DJクリス(Chris)はFM COCOLOのDJ。米国ニューヨーク(New York)育ち。22歳に来日し、以来日本在住。ナレーター、イベントの司会やプロデュース、翻訳など多方面で活躍している。<br /><br />まずは、3時からのMiki Hirose Jazz Orchestra。日本を代表するトランペッター、広瀬未来が率いるラージアンサンブル。2014年、広瀬のニューヨークからの帰国と同時に活動開始。NY在住時、数々のビッグバンドを渡り歩いた広瀬の作編曲を演奏する。<br /><br />メンバーには日本のトッププレイヤーを擁し、日本各地のライブハウス、ジャズフェスティバルに出演。2025年には大阪・関西万博にて国連によるジャズイベント「Speaking Jazz」に出演。Incognito、森山良子らと共演した。トランペット2、サックス4、トロンボーン2、ピアノ、ベース、ドラムス、ボーカルの12人の構成。<br /><br />広瀬未来は1984年生れで神戸市出身。神戸市の甲南中学・高校でトランペットに出会い、ジャズを演奏する吹奏楽部でビッグバンドジャズに魅了される。高校卒業後、2003年に単身ニューヨークに渡りプロミュージシャンとしてのキャリアをスタート。ニューヨークではサルサやヒップホップといったジャズ以外の音楽も経験、数々のビッグバンドに参加。<br />上述のように2014年に日本に拠点を移し、神戸を中心に活動している。大阪音楽大学、甲陽音楽学院で教鞭をとるほか、ラジオ関西のパーソナリティなども務めている。<br /><br />このステージが始まる前にマイチェアエリアに落ち着いたのだが、スタンディングエリアの後ろなので、ステージが全く見えない。30分ほどして諦めて、マイチェアを片付けてスタンディングエリアに移動。やっぱ演奏が見えないとダメやな、私は。<br /><br />1曲目はインストルメンタルで、スタンダード・ナンバーの「夜も昼も(Night &amp; Day)」。1932年にミュージカル「陽気な離婚(Gay Divorce)」のために書き下ろされた作品で、1891年米国インディアナ州(Indiana)生れのコール・ポーター(Cole Porter)が作詞・作曲した。<br /><br />2曲目からはボーカルに平野翔子が加わる。最初はチャカ・カーン(Chaka Khan)が1984年にリリースしたスルー・ザ・ファイアー(Through the Fire)。チャカ・カーンは1953年3月米国シカゴ(Chicago)出身のR&amp;B歌手。風が強くて譜面が飛びそうだった。<br /><br />続いて「涙そうそう」。2001年に夏川りみがヒットさせたが、1998年に森山良子がライブで共演したBEGINと意気投合して、彼らと一緒に作った歌。多くの歌手にカバーされている。また、この曲をモチーフとした映画(妻夫木聡・長澤まさみ主演、2006年秋公開)も製作されている。<br /><br />4曲目は「私のお気に入り(My Favorite Things)」。1959年の映画「サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)」の中の1曲。映画ではジュリー・アンドリュース(Julie Andrews)などが歌っている。彼女、まだご健在なんだ(2026年5月現在90歳)。<br /><br />最後はスティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)の名曲「迷信(Superstition)」。自身の作詞・作曲で1972年10月リリース。全米シングルチャートでは1位を記録している。みんなも一体となって盛り上がった。<br /><br />次はこの日のお目当ての原田真二。1958年12月広島市生れ、同郷の3学年下。私の高校受験時は総合選抜と云う当時の広島市内の公立(県立及び市立)高校5校の学区制入試で、その総合選抜で進学した私ももしかしたら行ってたかもしれない舟入高校の出身と云うことで、1977年のデビュー当時から身近に感じていた。中学の同級生など、彼の先輩は何人か知ってるけど、彼に直接(間接?)繋がる関係はない。<br /><br />1977年10月に「てぃーんず ぶるーす」でデビュー。「キャンディ」、「シャドー・ボクサー」と3ヶ月連続リリースの衝撃デビューはよく覚えてる。拓郎のプロデュースだったな。現在も現役のアーティストとしての活動を続け、ライブ活動や広島平和文化大使としての平和・社会活動を継続されている。私はライブを見るのは初めて。<br /><br />前のステージの入替時にスタンディングエリアの一番前に移動でき、彼のステージが始まって少ししてから雨が降り出し、その後かぶりつきエリアから離脱する方が終えられたので、代わりに座席に座ることが出来た。ラッキーだったが、雨はちょうど彼のステージが終わるまで続いて、参った。<br /><br />1曲目はギターで「You are my Energy」。1988年10月リリースの通算25作目のシングル。同年3月から12月に掛けて放送されたフジテレビ系アニメ「F-エフ」の10月末以降の後半のエンディングテーマ。彼自身の作詞・作曲で自己プロデュース作品。発売されたシングル同様、後半のコーラス部分をみんなで一緒に歌った。<br /><br />2曲目はピアノに移って、みんなにリクエスト曲はないかと聞いて「キャンディ」。イントロの後「キャンディキャンディ」を歌い出す茶目っ気、受けてたよ。「キャンディ」は3ヶ月連続リリースの2曲目。1977年11月リリースで、「ザ・ベストテン」では最高5位を記録。作曲は本人だが、作詞は松本隆、編曲は本人と阿部雅士。多くの歌手によりカバーされており、最近では三浦大知や辛島美登里、原田知世、斎藤工などがCD化している。<br /><br />3曲目もピアノで「下柚木の丘はいつだって」。1995年4月に新しく開校した八王子市立下柚木小学校の校歌として製作した曲。翌年2月にリリースされた彼の29作目のシングル「生命交響楽」にカップリングされた。平和と環境をテーマにした活動に力を入れる彼の姿勢が、学校側の理想と一致して製作依頼されたそうだ。なお、彼はその後、2004年11月に八王子市立緑が丘小学校の校歌も製作している。<br /><br />4曲目は雨が強くなり出した中で、雨を吹き飛ばそうと「タイム・トラベル」。1978年4月リリースの4枚目のシングル。唯一の出場となったこの年のNHK紅白で歌われた。松本隆の詞に曲を付けた。編曲も本人。収録曲のバッキング・ボーカルには拓郎が入っており、ギターは拓郎のツアーに参加してたギタリストの青山徹が担当している。雨の中、みんなで「時間旅行のツアーはいかが?」を熱唱した。<br /><br />5曲目は再びギターに戻り、「青く綺麗な星のために」。広島の被爆80年を契機として昨年(2025年)に制作された曲。彼自身の作詞・作曲。これも彼のリクエストで、さびのコーラスをみんなで歌う。知らなかったのだが、近年、彼は平和・社会活動に力を入れてるそうで、今回もロシアやイスラエル、トランプの暴挙に抗議をしようと呼びかけ。なんか、広島出身の同郷として嬉しくなった。でも、広島や長崎以外の出身者にはなかなか分かってもらえないんだよなあ・・・<br /><br />5曲目を始める前に最後の曲と云いながら濃く匂わせていたが、自らアンコールを煽って、もう1曲「てぃーんず ぶるーす」。云わずと知れた彼のデビュー・シングルで、オリコンの週間6位を記録。彼が高校卒業前に「君の世代へ」というタイトルで作った社会派のメッセージソングに、新たに松本隆が詞を付けたもの。<br /><br />スペシャルゲストにサックスのさえ(ちくわ さえ?)を迎えての演奏。最初はギターだったが、途中からピアノに移り、最後はサックスソロを交えて、みんな「ララーラー」と口を揃えて盛り上がった。この曲が終わる頃、なぜか雨は止んだ。なんなんだ、雨を呼ぶ男か、原田真二!<br /><br />私が聞いた最後は中本マリトリオ。28回目の開催になる高槻ジャズストリートには26回出て下さってるとのこと。私も2019年の高槻現代劇場(2022年閉館)のステージを見させてもらったことがある。<br />https://4travel.jp/travelogue/11501350<br /><br />ウッドベースの米木康志さんは前回から変わらずだが、ピアノは1998年5月生れと若い市川空さんに変わってた。彼は4歳からクラシックピアノを習っていたが、14歳の時にラグタイムピアノを聴いて衝撃を受け、以降ジャズを志したそうだ。2021年に洗足学園音楽大学のジャズコースを首席で卒業し、ジャズだけでなくポップス、R&amp;B、現代音楽などのジャンルでも活動されてるそうだ。<br /><br />1曲目は「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート(On Green Dolphin Street)」。1947年公開の映画「大地は怒る(Green Dolphin Street)」のために書き下ろされ、1958年にマイルス・デイヴィス(Miles Davis)によって録音された後、ジャズスタンダードとして定着した。ブロニスラウ・ケイパー(Bronis&#322;aw Kaper)作曲、ネッド・ワシントン(Ned Washington)作詞。<br /><br />「来年80歳になりますが頑張って歌っていきます」とのMCの後は、これもスタンダードナンバーの「イエスタデイズ(Yesterdays)」。1933年のミュージカル「ロバータ(Roberta)」のために書かれた曲。ジェローム・カーン(Jerome Kern)作曲、オットー・ハーバック(Otto Harbach)作詞。<br /><br />続いてこれもスタンダードナンバーの「シンプルな人生を(Give Me the Simple Life)」。1945年にミュージカル映画「ウェイク・アップ・アンド・ドリーム(Wake Up and Dream)」のために書かれた曲。ルーブ・ブルーム(Rube Bloom)作曲、ハリー・ルビー(Harry Ruby)作詞。<br /><br />「さっきの雨、大丈夫でした? 私の時は晴れましたよ。次はブルースを歌います」と云うMCに続いてラブソングの「降っても晴れても(Come Rain or Come Shine)」。1946年のミュージカル「セント・ルイス・ウーマン(St. Louis Woman)」のために作られた曲。ハロルド・アーレン(Harold Arlen)作曲、ジョニー・マーサー(Johnny Mercer)作詞。<br /><br />続いて「いのちの灯 (Someone to Light Up My Life)」。1956年9月公開の音楽劇「オルフェウス・ダ・コンセイソン(Orpheus of the Conception)」のために書かれた。アントニオ・カルロス・ジョビン(Ant&#244;nio Carlos Jobim)作曲、ジーン・リーズ(Gene Lees)作詞(英語詞)。<br /><br />ステージと校庭を照らすライトが付き始めた中、Miki Hirose Jazz Orchestraもやった「私のお気に入り(My Favorite Things)」。被ったね。<br /><br />最後は「愛を恐れないでという私のオリジナル曲です」との紹介。「ドント・ビー・アフレイド・オブ・ラヴ(Don&#39;t Be Afraid Of Love)は1981年リリースのアルバム「レイディ・イン・ラヴ(Lady in Love)」に収録されていた。1947年3月米国ニューヨーク(New York)のハドソン川(Hudson River)の対岸のニューアーク(Newark)生れの音楽家バリー・マイルズ(Barry Miles)の作詞・作曲。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.35629937859982796&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />以上。今年も楽しめましたが、予報に全くなかった雨には参ったなあ・・・

高槻ジャズストリート 2026(Takatsuki Jazz Street 2026,Osaka,Japan)

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2026/05/04 - 2026/05/04

457位(同エリア485件中)

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ちふゆ

ちふゆさん

2026年5月4日(月・みどりの日)午後の3時前、3年振りに高槻ジャズストリート(2日目)へ。高槻ジャズストリートは今年で28回目を迎えた。3年前の旅行記は以下を参照。
https://4travel.jp/travelogue/11827287

今年はこれまでなぜか来る機会がなかった桃園小学校グラウンドのFM COCOLOステージへ。桃園小学校はJR高槻駅の南約700m、阪急高槻市駅の西約700m、高槻市役所の西側に位置する1953年(昭和28年)に高槻市で8番目に開校した小学校。オープンステージに多くの屋台が設置された高槻ジャズストリートのメイン会場の一つになっている。

ここは毎年、DJクリスがプロデュースする「FM COCOLOステージ」の舞台となり、豪華ゲストが熱いライブを繰り広げている。今年は、このステージで3つのライブを鑑賞させてもらった。

DJクリス(Chris)はFM COCOLOのDJ。米国ニューヨーク(New York)育ち。22歳に来日し、以来日本在住。ナレーター、イベントの司会やプロデュース、翻訳など多方面で活躍している。

まずは、3時からのMiki Hirose Jazz Orchestra。日本を代表するトランペッター、広瀬未来が率いるラージアンサンブル。2014年、広瀬のニューヨークからの帰国と同時に活動開始。NY在住時、数々のビッグバンドを渡り歩いた広瀬の作編曲を演奏する。

メンバーには日本のトッププレイヤーを擁し、日本各地のライブハウス、ジャズフェスティバルに出演。2025年には大阪・関西万博にて国連によるジャズイベント「Speaking Jazz」に出演。Incognito、森山良子らと共演した。トランペット2、サックス4、トロンボーン2、ピアノ、ベース、ドラムス、ボーカルの12人の構成。

広瀬未来は1984年生れで神戸市出身。神戸市の甲南中学・高校でトランペットに出会い、ジャズを演奏する吹奏楽部でビッグバンドジャズに魅了される。高校卒業後、2003年に単身ニューヨークに渡りプロミュージシャンとしてのキャリアをスタート。ニューヨークではサルサやヒップホップといったジャズ以外の音楽も経験、数々のビッグバンドに参加。
上述のように2014年に日本に拠点を移し、神戸を中心に活動している。大阪音楽大学、甲陽音楽学院で教鞭をとるほか、ラジオ関西のパーソナリティなども務めている。

このステージが始まる前にマイチェアエリアに落ち着いたのだが、スタンディングエリアの後ろなので、ステージが全く見えない。30分ほどして諦めて、マイチェアを片付けてスタンディングエリアに移動。やっぱ演奏が見えないとダメやな、私は。

1曲目はインストルメンタルで、スタンダード・ナンバーの「夜も昼も(Night & Day)」。1932年にミュージカル「陽気な離婚(Gay Divorce)」のために書き下ろされた作品で、1891年米国インディアナ州(Indiana)生れのコール・ポーター(Cole Porter)が作詞・作曲した。

2曲目からはボーカルに平野翔子が加わる。最初はチャカ・カーン(Chaka Khan)が1984年にリリースしたスルー・ザ・ファイアー(Through the Fire)。チャカ・カーンは1953年3月米国シカゴ(Chicago)出身のR&B歌手。風が強くて譜面が飛びそうだった。

続いて「涙そうそう」。2001年に夏川りみがヒットさせたが、1998年に森山良子がライブで共演したBEGINと意気投合して、彼らと一緒に作った歌。多くの歌手にカバーされている。また、この曲をモチーフとした映画(妻夫木聡・長澤まさみ主演、2006年秋公開)も製作されている。

4曲目は「私のお気に入り(My Favorite Things)」。1959年の映画「サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)」の中の1曲。映画ではジュリー・アンドリュース(Julie Andrews)などが歌っている。彼女、まだご健在なんだ(2026年5月現在90歳)。

最後はスティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)の名曲「迷信(Superstition)」。自身の作詞・作曲で1972年10月リリース。全米シングルチャートでは1位を記録している。みんなも一体となって盛り上がった。

次はこの日のお目当ての原田真二。1958年12月広島市生れ、同郷の3学年下。私の高校受験時は総合選抜と云う当時の広島市内の公立(県立及び市立)高校5校の学区制入試で、その総合選抜で進学した私ももしかしたら行ってたかもしれない舟入高校の出身と云うことで、1977年のデビュー当時から身近に感じていた。中学の同級生など、彼の先輩は何人か知ってるけど、彼に直接(間接?)繋がる関係はない。

1977年10月に「てぃーんず ぶるーす」でデビュー。「キャンディ」、「シャドー・ボクサー」と3ヶ月連続リリースの衝撃デビューはよく覚えてる。拓郎のプロデュースだったな。現在も現役のアーティストとしての活動を続け、ライブ活動や広島平和文化大使としての平和・社会活動を継続されている。私はライブを見るのは初めて。

前のステージの入替時にスタンディングエリアの一番前に移動でき、彼のステージが始まって少ししてから雨が降り出し、その後かぶりつきエリアから離脱する方が終えられたので、代わりに座席に座ることが出来た。ラッキーだったが、雨はちょうど彼のステージが終わるまで続いて、参った。

1曲目はギターで「You are my Energy」。1988年10月リリースの通算25作目のシングル。同年3月から12月に掛けて放送されたフジテレビ系アニメ「F-エフ」の10月末以降の後半のエンディングテーマ。彼自身の作詞・作曲で自己プロデュース作品。発売されたシングル同様、後半のコーラス部分をみんなで一緒に歌った。

2曲目はピアノに移って、みんなにリクエスト曲はないかと聞いて「キャンディ」。イントロの後「キャンディキャンディ」を歌い出す茶目っ気、受けてたよ。「キャンディ」は3ヶ月連続リリースの2曲目。1977年11月リリースで、「ザ・ベストテン」では最高5位を記録。作曲は本人だが、作詞は松本隆、編曲は本人と阿部雅士。多くの歌手によりカバーされており、最近では三浦大知や辛島美登里、原田知世、斎藤工などがCD化している。

3曲目もピアノで「下柚木の丘はいつだって」。1995年4月に新しく開校した八王子市立下柚木小学校の校歌として製作した曲。翌年2月にリリースされた彼の29作目のシングル「生命交響楽」にカップリングされた。平和と環境をテーマにした活動に力を入れる彼の姿勢が、学校側の理想と一致して製作依頼されたそうだ。なお、彼はその後、2004年11月に八王子市立緑が丘小学校の校歌も製作している。

4曲目は雨が強くなり出した中で、雨を吹き飛ばそうと「タイム・トラベル」。1978年4月リリースの4枚目のシングル。唯一の出場となったこの年のNHK紅白で歌われた。松本隆の詞に曲を付けた。編曲も本人。収録曲のバッキング・ボーカルには拓郎が入っており、ギターは拓郎のツアーに参加してたギタリストの青山徹が担当している。雨の中、みんなで「時間旅行のツアーはいかが?」を熱唱した。

5曲目は再びギターに戻り、「青く綺麗な星のために」。広島の被爆80年を契機として昨年(2025年)に制作された曲。彼自身の作詞・作曲。これも彼のリクエストで、さびのコーラスをみんなで歌う。知らなかったのだが、近年、彼は平和・社会活動に力を入れてるそうで、今回もロシアやイスラエル、トランプの暴挙に抗議をしようと呼びかけ。なんか、広島出身の同郷として嬉しくなった。でも、広島や長崎以外の出身者にはなかなか分かってもらえないんだよなあ・・・

5曲目を始める前に最後の曲と云いながら濃く匂わせていたが、自らアンコールを煽って、もう1曲「てぃーんず ぶるーす」。云わずと知れた彼のデビュー・シングルで、オリコンの週間6位を記録。彼が高校卒業前に「君の世代へ」というタイトルで作った社会派のメッセージソングに、新たに松本隆が詞を付けたもの。

スペシャルゲストにサックスのさえ(ちくわ さえ?)を迎えての演奏。最初はギターだったが、途中からピアノに移り、最後はサックスソロを交えて、みんな「ララーラー」と口を揃えて盛り上がった。この曲が終わる頃、なぜか雨は止んだ。なんなんだ、雨を呼ぶ男か、原田真二!

私が聞いた最後は中本マリトリオ。28回目の開催になる高槻ジャズストリートには26回出て下さってるとのこと。私も2019年の高槻現代劇場(2022年閉館)のステージを見させてもらったことがある。
https://4travel.jp/travelogue/11501350

ウッドベースの米木康志さんは前回から変わらずだが、ピアノは1998年5月生れと若い市川空さんに変わってた。彼は4歳からクラシックピアノを習っていたが、14歳の時にラグタイムピアノを聴いて衝撃を受け、以降ジャズを志したそうだ。2021年に洗足学園音楽大学のジャズコースを首席で卒業し、ジャズだけでなくポップス、R&B、現代音楽などのジャンルでも活動されてるそうだ。

1曲目は「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート(On Green Dolphin Street)」。1947年公開の映画「大地は怒る(Green Dolphin Street)」のために書き下ろされ、1958年にマイルス・デイヴィス(Miles Davis)によって録音された後、ジャズスタンダードとして定着した。ブロニスラウ・ケイパー(Bronisław Kaper)作曲、ネッド・ワシントン(Ned Washington)作詞。

「来年80歳になりますが頑張って歌っていきます」とのMCの後は、これもスタンダードナンバーの「イエスタデイズ(Yesterdays)」。1933年のミュージカル「ロバータ(Roberta)」のために書かれた曲。ジェローム・カーン(Jerome Kern)作曲、オットー・ハーバック(Otto Harbach)作詞。

続いてこれもスタンダードナンバーの「シンプルな人生を(Give Me the Simple Life)」。1945年にミュージカル映画「ウェイク・アップ・アンド・ドリーム(Wake Up and Dream)」のために書かれた曲。ルーブ・ブルーム(Rube Bloom)作曲、ハリー・ルビー(Harry Ruby)作詞。

「さっきの雨、大丈夫でした? 私の時は晴れましたよ。次はブルースを歌います」と云うMCに続いてラブソングの「降っても晴れても(Come Rain or Come Shine)」。1946年のミュージカル「セント・ルイス・ウーマン(St. Louis Woman)」のために作られた曲。ハロルド・アーレン(Harold Arlen)作曲、ジョニー・マーサー(Johnny Mercer)作詞。

続いて「いのちの灯 (Someone to Light Up My Life)」。1956年9月公開の音楽劇「オルフェウス・ダ・コンセイソン(Orpheus of the Conception)」のために書かれた。アントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Jobim)作曲、ジーン・リーズ(Gene Lees)作詞(英語詞)。

ステージと校庭を照らすライトが付き始めた中、Miki Hirose Jazz Orchestraもやった「私のお気に入り(My Favorite Things)」。被ったね。

最後は「愛を恐れないでという私のオリジナル曲です」との紹介。「ドント・ビー・アフレイド・オブ・ラヴ(Don't Be Afraid Of Love)は1981年リリースのアルバム「レイディ・イン・ラヴ(Lady in Love)」に収録されていた。1947年3月米国ニューヨーク(New York)のハドソン川(Hudson River)の対岸のニューアーク(Newark)生れの音楽家バリー・マイルズ(Barry Miles)の作詞・作曲。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.35629937859982796&type=1&l=223fe1adec


以上。今年も楽しめましたが、予報に全くなかった雨には参ったなあ・・・

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