2026/04/14 - 2026/04/14
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chiaki-kさん
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今回泊まったホテルは舞鶴港の目の前。朝食後ホテル前の公園(五条海岸)を散歩するが、波一つない水面には舞鶴湾を囲む山々が奇麗に映っていた。
舞鶴というと、かつて大陸からの引揚者を受け入れる引揚援護局のあった街だが、この五条桟橋跡にも1950年までは引揚船が着岸した。今日は最終日なので、この後舞鶴湾を展望してから敦賀へ移動し、妻の希望で前回も行った敦賀ムゼウムなど立ち寄ってから信州までドライブを楽しむこととしよう。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
04/14
公園には岸壁の母の案内板があった。前述のとおり、ここにも引き揚げ船が停まる桟橋があった模様。 -
写真は2024年に舞鶴に立ち寄ったときに撮った復元桟橋。
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写真は近くの引き上げ記念公園から見た復元桟橋。なお、舞鶴に上陸した引揚者は66万2921人で、1950年から1965年まで引揚援護局庁舎のあった場所には、今では大きな製材工場が出来ている。
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岸壁の向こうに新日本海フェリーの建物が見える。舞鶴からは苫小牧までの長距離フェリーが毎日出ている。ただ21:15着、23:50発なので、昼間にフェリーの姿を見ることは無いようだ。
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8:00にホテルを出発、2024年にも立ち寄った舞鶴港が見える展望台へ。
写真は展望台から見た舞鶴港。手前は赤レンガパーク駐車場。ちなみに2025年7月から有料となった。 -
舞鶴には海上自衛隊の基地があり、現役の護衛艦などを真近に見ることが出来るが、前回とは違って大型の「181ひゅうが」や、「425ましゅう」などの大型艦は不在で、いたのは「175みょうこう」ともう一隻(名前は不明)のイージス艦だけだった。
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湾の向こうに見えた舞鶴クレインブリッジ。復元した桟橋はクレインブリッジの後ろ。朝靄が幻想的だった。
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この階段は最近取り付けられたようだが、駐車場から直に上がってこれるようになったね。
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舞鶴東ICから舞鶴若狭道に入り、若狭美浜ICからR27で敦賀市へ。R27バイパスのとちゅうからR8に左折して到着したのは敦賀気比神宮。
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敦賀は天然の良港を有するとともに、北陸道諸国(現在の北陸地方)から畿内への入り口にもあたり、敦賀気比神宮はそのような立地から、「北陸道総鎮守」と称されて朝廷から特に重視された神社。
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では、拝殿へ。
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拝殿でお参りを済ませてから、本殿脇にあった十四社もお参りする。
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松尾芭蕉像発見。芭蕉は1689年8月14日の夜に気比神宮を訪れ、「月清し 遊行の持てる 砂の上」など15句を詠んだと伝わっている。
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芭蕉のUP
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特に有名な5句を乗せ石碑もあった。左から
國々の 八景更に 気比の月
月清し 遊行の持てる 砂の上
ふるき名の 角鹿や恋し 秋の月
月いづく 鐘は沈める 海の底
名月や 北國日和 定めなき -
そんな訳で、気比神宮にのぼる月は、日本百名月の地に選ばれているそうだ。
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次に訪れたのは敦賀港岸壁近くに建てられた敦賀鉄道資料館。
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1912年(明治45年)に新橋-金ケ崎(後の敦賀港駅)間で直通列車の運行が開始される。敦賀港からは船でウラジオストクへ、さらにシベリア鉄道でヨーロッパまで繋がる路線は当時「欧亜連絡国際線」と呼ばれ、それまでの船便が1か月以上かかっていた東京-パリ間を17日で結んだ。
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入館料は無料、内部は模型機関車や、当時の港のジオラマ、あとは鉄道に関する掲示がメインだが、私は鉄道マニアでは無いので詳しいことは判らなかった。
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そして最後の訪問は2024年にも行ったことがある「敦賀ムゼウム」。敦賀ムゼウムについては「2024年11月 天国に見えた街・敦賀:三方湖・舞鶴・福山」をご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11943446 -
2Fの展示は撮影OKなので1枚だけ撮ったのがこれ、ユダヤ人親子の隣に偶然写っているのは手塚治虫さん。宝塚出身の手塚治虫さんはユダヤ人の話を聞いて神戸まで逢いに行ったそうです。
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敦賀ICから北陸道に乗り、米原JC→小牧JC→岡谷ICとクルマを進め16:30頃に帰宅しました。走行距離は1425kmで燃料は72.16L消費したので燃費は19.74km/L(カタログ値17.8km/L)となかなか優秀でした。写真は舞鶴港の展望台で写したスズキ・フロンクスですが、必要充分なパワーとACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)のおかげで長距離走行も無事にこなしてくれました。
これで「2026年4月 松江・鳥取ドライブ3:再びの敦賀、そして帰宅」及び松江・鳥取ドライブ記は終了です。最後までご覧いただきありがとうございました。
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国道142号・中山道は江戸時代末期に皇女和宮も通った街道で、蓼科町と長和町の間にある峠が笠取峠です。動画の通り大型トラックをはじめ交通量の多い峠道なのですが、こんな賑やかな場所にも夕方や朝方には鹿が出没することがあります。
昨年10月10日17時頃、四国一周をおえた帰り道に動画の16:07:40付近で子鹿と接触して高い授業料を払ってしまいましたが、皆様も朝夕峠道を走るときは充分にご注意ください。
https://www.youtube.com/watch?v=x3ve8KArMbo -
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出雲土産です。 -
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鳥取土産です。 -
OMAKE4
そして砂丘土産です(^^;;。
おしまい
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