2025/05/05 - 2025/05/05
59位(同エリア236件中)
やまたまさん
この旅行記スケジュールを元に
江戸近郊の拠点として重要視され、代々譜代大名が城主を務めた土浦城。
その土浦城跡には、関東唯一の本丸櫓門が残っており貴重です。
一方、江戸時代の土浦城城下町は、河川や霞ヶ浦の水路を利用した舟運と、水戸街道の宿場町「土浦宿」が交差する交通の要所として大いに発展しました。
そんな土浦城城下を街歩き。かつての城下町・宿場町の面影を探しつつ、お城の中だけでは終わらない歴史散策に出かけてみました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回は電車での訪問。
上野からJR常磐線の特急・ときわ利用で約50分ほどの乗車時間でした。土浦駅 駅
-
霞ヶ浦や筑波山などの自然が堪能できる土浦市は、それらを自転車でめぐる「自転車のまち」をアピールしている街。
駅の構内にサイクルステーションなどのスポットがあったりしたのには、ちょっとビックリ。近隣にはレンタサイクルができるお店もあるようですよ。 -
土浦城とは反対方向ですが、駅東口から数分で見ることができる霞ヶ浦に行ってみました。
さすが、日本第2位の広さを誇る湖だけあって広い!マリーナ越しに見る景色はまるで海に来たみたいですね。
土浦が舟運で発展した背景には霞ヶ浦の存在もあったであろうことをインプットした後、土浦城跡へと向かいました。霞ヶ浦 自然・景勝地
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駅西口から土浦城方面に歩いて行くと、道端に立っていたのが「桜橋跡」の石碑と古風な橋の欄干。
現在は道路ですがかつてはここに川口川が流れており、そこに架かっていた橋の一部とのこと。(現在、川は暗渠化)
ちなみに土浦城下町歩きをする際は、土浦観光協会が作成の「土浦古絵図ぶらりまち歩きマップ」を持って歩くことをオススメします。
歴史好きなら「ここはかつては川で、城の外堀の役目をしていたんだな」、などと夢想して歩く楽しみが味わえますよ(笑)。
マップは現地の観光案内施設で配布されているほか、土浦観光協会のHPでダウンロードもできます。 -
橋跡の近隣には「川口河岸(かし)跡」の案内板も。
かつてはここに船着場があり、霞ヶ浦を経由して利根川へ、さらに江戸川を経て江戸へと至る舟運ルートがあったんですね。
土浦の町は大量消費地である江戸へ送り込む、醤油穀物・薪炭・木材などの物資の集積所でした。 -
土浦は城下町であったことに加え、日光街道の脇街道・水戸街道の宿場町でもありました。
陸の交通と舟運拠点が交わる交通・物流の要所として、江戸時代には大いに栄えた町だったんですね。
その宿場町の風情と繁栄の面影を残すのが「中城通り」。
通りへの入口の道が、不自然にカクッと食い違いになっているのに注目したい。
これは侵入した外敵に勢いづけて直進させないためのもので、城下町ならではの防御の工夫です。
実は土浦城城下町は全体を堀と土塁で囲み、城と城下町を一体化した「総構(そうがまえ)」と呼ばれる造りでした。そのため、宿場町も城の一部だったといえます。 -
中城通りにある「大徳」は2階建ての蔵造りの建物で、江戸時代後期の呉服店として使われていたもの。
現在は国登録有形文化財に指定されているとともに、観光物産館として利用されています。土浦まちかど蔵「大徳」 名所・史跡
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お土産販売や展示物など見どころも多いですが、財を成した商家の蔵そのものについても眺めてみたいところ。
観音開きの分厚い扉の噛み合わせ部分にある凸凹部分は、”掛子塗り(かけこぬり)”と呼ばれるもの。
火災発生の際、火の粉の侵入をも許さない優れた職人技なんですよ。 -
大徳の向かいには、もう一軒の土浦まちかど蔵「野村」があり、こちらも国登録有形文化財です。
敷地内にある明治時代のレンガ造りの蔵には、レトロな気分を味わえう喫茶店がありますよ。 -
宿場町から城に通じる道は、あまり目立たない感じのこちらの細い道。
進んで行くとやはりカクッと折れ曲って見通しの悪い箇所があり、その先がかつて大手門があった場所でした。
現在は土浦小学校の校門前に、大手門跡碑と案内板が立っています。 -
大手門跡を抜けて少し歩くと、かつての本丸・二の丸跡を整備した城址公園「亀城公園」に到着。
江戸時代の土浦城は、城内・城下の至る所に幾重もの堀が複雑に張り巡らされていたのが特徴で、水に浮くような城の姿から亀に例えられ、亀城(きじょう)の異名が付いていました。亀城公園 名所・史跡
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公園内に入ると現れるのが二の丸跡。広々とした空間は、子供が走りまわるに良さそうですね。
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二の丸周囲には土塁の跡が見られました。
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二の丸を進んでゆくと見えてきたのが、水堀に囲まれた本丸跡。
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一部を除いて本丸を囲む水堀が残っており、亀城と呼ばれた当時の雰囲気が割と残っていました。
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本丸入口に立っているのは、土浦城跡の顔ともいえる建造物「本丸櫓門」。
明暦2年(1656年)に改築されこの櫓門は、本丸の櫓門としては関東唯一の現存遺構とされる大変貴重なものなんですよ!門には石落しが設置されていました。土浦城跡 名所・史跡
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本丸は藩主が生活し政務をおこなった場所で、城の中心部である本丸御殿が建っていました。本丸御殿の痕跡などは、現在は残っていませんでした。
代々城主は譜代大名が務めたことからも分かる通り、土浦城は江戸近郊の重要拠点とされていました。 -
本丸の東側と西側の土塁上に復元されているのが、それぞれ東櫓・西櫓と呼ばれる櫓。
東櫓は内部の見学ができ、博物館本館との共通券を一般 200円(高校生以下無料)で購入すると入場できます。 -
東櫓を見学してみます。
こちらの鯱瓦は、西櫓の屋根に使われていたものとのこと。良く残っていましたね。 -
この太鼓は、時を知らせるために本丸櫓門内に置かれていたもの。
太鼓があったため、本丸櫓門は太鼓門とも呼ばれていました。 -
櫓は木造で復元されており、リアリティーが感じられました。
いかつい梁からも、その堅牢ぶりが伺えます。 -
最上階からの眺望も、遠くまで見渡せてまずまず。
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亀城公園の見学の後は、隣接した場所にある土浦市立博物館に立寄り。
水運で活躍した高瀬舟の大きな復元模型や、幕末に造られた大砲の展示などが見どころでした。土浦市立博物館 美術館・博物館
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土浦博物館から数分の場所に、土浦藩藩校・郁文館の正門の遺構が残っているので、立ち寄ってみるのも良いと思います。
藩校の遺構としては唯一のもので、土浦第一小学校の門として残されています。
最後までご覧頂きありがとうございます。
以下のページでもスポットの詳細をまとめておりますので、訪問時には参考にされて下さい。
https://tokitabi.blog/remains/ibaraki2601-tuchiurajo/郁文館正門 名所・史跡
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