2026/02/24 - 2026/02/24
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ペコちゃんさん
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2月の〇〇会は、大田区池上の散策・・・梅の見頃を迎えた「池上梅園」と「池上本門寺」に出かけました。
天気は良くなかったのですが、都内有数の梅の見どころ・池上梅園には、多くの観梅客が訪れていました。
午後は、池上梅園の近くにある池上本門寺に久し振りの参拝・・・日蓮宗の大本山で、日蓮聖人入滅の霊場ですが、ここに来たら「力道山のお墓」の参詣は欠かせません。
テレビの白黒時代から日本中で大ブームを巻き起こしたプロレスと力道山・・・ここは今でも力道山・プロレスファンの聖地です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今回は新宿から都営大江戸線に乗り、大門駅で都営浅草線に乗り換えて終点の西馬込駅へ・・・初めて降りた駅ですが、池上梅園や池上本門寺の最寄り駅です。
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西馬込駅を出ると、目の前は第二京浜国道・・・左の大きな看板には池上本門寺。
この国道沿いに10分ほど南下すると、左側に池上梅園があります。 -
池上本門寺の西側に位置する池上梅園は、高低差を生かした梅園や茶室などがあり、散策に適した公園になっています。
戦前は日本画家・伊東深水の自宅兼アトリエがあり「月白山荘」と呼ばれていましたが、戦災で焼失。
戦後に拡張されて築地の料亭経営者・倉誠の邸宅となりましたが、所有者の没後、庭園として残す事を条件に1975年に東京都に譲渡され、1978年に大田区に移管・・・その後、大田区の花である梅を主体とした公園として整備されました。 -
梅園に入ると、梅の木でいっぱいの丘陵が目の前に。
入園料は大人:100円ですが、高齢者は無料! -
園内の梅は、370本(白梅150本、紅梅220本)・・・30種余りの梅が早春に芳香を放ちながら咲き誇ります。
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紅梅と白梅のコラボ。
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小高い見晴台からの眺め・・・入口の広場が良く見えますね。
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濃いピンクと薄めのピンク、白梅も。
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「見晴台」は撮影スポット。
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バラのような「八重揚羽」。
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淡いピンクもいいですね。
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丘陵斜面を利用した植栽が見事です。
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展望台の先には休憩所。
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展望台から下ります。
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満開の白梅。
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紅梅も満開。
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八重咲きの大輪「見驚(ケンキョウ)」・・・その名の通り「見て驚く」ほどに美しい花梅です。
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茶室「聴雨庵」・・・政治家・藤山愛一郎の茶室でしたが、昭和58年に大田区に寄贈されました。
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この雪吊りは「多行松(タギョウショウ)」・・・根元近くからいくつもの幹に分かれ、傘が開いたような樹形がユニークな美しい松です。
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基礎部の正面に「麒麟」陽刻を施した「六重塔(供養塔)」。
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梅の香りが漂っています。
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裏門にあたる薬医門。
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薬医門前にはテントが張られ、甘酒や汁粉などが売られています。
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門をくぐって「和室」へ・・・門の上部には梅の彫刻があります。
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石燈籠の先に池と建物。
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池には鯉が泳いでいます。
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池と和室棟と雪吊り・・・素敵な眺めですね。
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玄関の前に咲く梅の品種は「思いのまま」・・・春を感じます。
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しだれ梅。
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初めて訪れた「池上梅園」・・・それほど広い庭園ではありませんが、丘陵あり、茶室あり、池あり、と様々な場面を楽しめる素敵な梅園でした。
また池上梅園にはツツジも800株植えられているので、機会があればまた訪れたいと思います。
この後は坂道を歩いて池上本門寺へ向かいます。 -
参拝の前に、池上本門寺近くの古民家カフェ「蓮月」で昼食。
昭和初期に建てられ、かつては蕎麦屋「蓮月庵」として池上本門寺の参拝者に親しまれてきましたが、店主の引退後、2015年秋に古民家カフェ「蓮月」として生まれ変わりました。 -
入り口前の椅子に、メニューと利用方法のメモが置かれています。
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利用方法は、メニューを取る ⇒ 席を確保 ⇒ レジで注文・会計・・・セルフサービスです。
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店内に入ると、まさに古民家の趣・・・庭にもテーブル席がありますが、1階は満席なので左側にある狭い急階段を上って2階へ。
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2階は3つの和室を開放した32畳の広い座敷。
蓮月庵の時代は一階が蕎麦屋、二階は旅籠や結婚式などの宴会場として使われていた時代もあったそうです。 -
道路側の部屋には、床の間にお雛様。
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我々が座った反対側の部屋には、広い床の間と見事な床柱があります。
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オーダーしたのは「蓮月プレートランチ 若鶏の唐揚げ(1,990円)」・・・揚げたてサクサクのジューシーな唐揚げに、紀州南高梅のさわやかな酸味が利いたおろしポン酢、十五穀ごはんとサラダ、2種の副菜つき・・・ビールと共に美味しく頂きました。
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昼食後は池上本門寺へ・・・日蓮宗の宗祖・日蓮聖人が1282年に入滅した場所に建つ寺院です。
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池上本門寺の境内入口にある「総門」・・・元禄年間(1688~1704)の建立で、五重塔や経蔵などと共に、昭和20年の空襲を免れました。
扁額の『本門寺』は、江戸時代初期に活躍した芸術家・本阿弥光悦(1558~1637)の筆によるもので複製ですが、オリジナルは霊宝殿に展示されています。 -
総門をくぐると96段の石段「此経難持坂(しきょうなんじざか)」・・・慶長年間(1596~1615)に加藤清正が寄進したと伝えられ、元禄年間に改修されました。
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此経難持坂の途中に咲く河津桜。
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石段を登った先にある「仁王門」・・・現在の仁王門は、1977年に再建されました。
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仁王門に掲げられた『日蓮聖人750遠忌』の横断幕・・・令和13年(2031年)に向けて、大法要など様々な計画が進んでいます。
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仁王門の左右に建つ仁王像・・・仏師・原田佳美の製作で、2001年に開眼しました。
以前の像は本殿に移設されています。 -
仁王門をくぐると、ほうきを持った小さなお地蔵さんがいます。
台座には『裏を見せ 表を見せて 散る紅葉』・・・これは江戸時代の曹洞宗の僧侶・良寛(1758~1831)の言葉で、紅葉が裏も表もすべて見せて散るように、良寛自身も飾らない正直な心で生きたことを表現しています。 -
仁王門の右側には、彫刻家・北村西望作の日蓮像・・・1983年に日蓮700回忌を記念して建立されたアルミニウム製の彫像です。
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日蓮聖人が生涯最後の26日間をこの地で過ごした際にお堂を一つ開講して、長栄山本門寺と命名したことが、池上本門寺の起源とされています。
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昭和34年に再建された「長栄堂」・・・日蓮宗の守護神である長栄大威徳天を祀るお堂で、家内安全と商売繁盛にご利益があります。
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高さ31.8mの「五重塔」・・・天然痘にかかった徳川秀忠の病気快方を願い、乳母だった日蓮宗信者の岡部局の発願で完成した、関東で最古の五重塔です。
健康を取り戻した秀忠は乳母に感謝し、将軍になった後の1608年に五重塔を寄進しました。 -
1階の軒裏には十二支の彫刻・・・東面は辰・卯・寅が配され、辰には青海波(せいがいは)が描かれています。
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池上本門寺に来たら力道山の墓所参拝は必須・・・案内板があるので、迷わずに行けます。
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プロレスファンの聖地「力道山のお墓」・・・昭和30年代の白黒テレビ時代が懐かしく思い出されます。
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大相撲力士からプロレスラーに転向し、テレビ放送開始と共に子供・大人を問わずに大ブームを生んだ力道山・・・そのヒーローは1963年12月に東京・赤坂のナイトクラブで、足を踏んだ踏んでない、で暴力団関係者と口論になり、ナイフで腹を刺されて1週間後に亡くなりました。
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一周忌に建立された「力道山之碑」・・・1924年に生まれ、39歳で亡くなったた力道山の葬儀は池上本門寺で行われ、葬儀委員長は当時の日本プロレスのコミッショナーで自民党副総裁だった大野伴睦が務めました。
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広い墓地には、紀伊徳川家の墓所や、七代目松本幸四郎、幸田露伴、幸田文など多くの著名人のお墓があります。
ここは、虎の絵画や民芸品を集めるのが趣味だった大野伴睦の墓・・・虎の像が敷地の入り口を睨んでいます。 -
大堂の手前にある手水舎・・・龍の先には五重塔が見えます。
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日蓮聖人を祀る「大堂」・・・旧大堂は昭和20年の空襲で焼けてしまい、現在の建物は昭和39年に再建された鉄筋コンクリート造です。
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大堂の前にある大香炉。
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大堂はもともと加藤清正が江戸初期の1606年に母親の七回忌供養のために建てたものです。
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堂内には国の重要文化財「日蓮聖人坐像」が納められています。
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1958年に再建された「鐘楼」・・・最初の梵鐘は1647年に加藤清正の娘である瑤林院が寄進したもので、空襲によって一部に亀裂が入ったため、現在は鐘楼脇に保管されています。
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寺に伝わる貴重な文化財を収蔵・展示する「霊宝堂」・・・日蓮聖人の真筆や大曼荼羅本尊など、池上本門寺の730年以上の歴史を伝える「ご霊宝」を多数所蔵しており、展示品は毎月入れ替わります。
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これは、1999年に解体された「奉安塔」の相輪(屋根飾り)。
昭和20年の空襲で殆どの建物を焼失した池上本門寺・・・戦後の復興事業で、最初に日蓮大聖人の尊像と真骨を格納するための奉安塔が昭和29年に建てられました。
昭和39年の大堂完成後は、霊宝収蔵庫・納経塔となりましたが、日蓮大聖人立教開宗750年記念事業で霊宝堂が建立され、役目を終えました。 -
1784年に建立された「経蔵」・・・内部には回転式の八角形書架「輪蔵」があり、かつては一切経が収められていました。
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加藤清正(1562~1611)は熱心な日蓮宗の信者で、池上本門寺の伽藍整備に大きく貢献しました。
これは、池上本門寺で守護神として祀られている加藤清正のお堂「清正公堂(せいしょうこうどう)」・・・1821年に建立されたかつての建物は戦災で消失し、2024年6月に三重塔形式で再建されました。 -
毎月24日には「清正公堂例祭」が行われますが、たまたま今日が24日・・・14時から読経が始まりました。
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日蓮の荼毘所とされる「宝塔」・・・1828年に犬山城主・成瀬氏らの発願で再建され、その後も修理が行われました。
内部には日蓮の遺灰が奉安されています。 -
釈迦如来像を安置する「本殿」・・・戦災で焼失した旧釈迦堂を、1969年に再建したものです。
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本殿の中に置かれた一対の木彫の金剛力士像(仁王像)・・・文化勲章彫刻家・圓鍔勝三の1978年の作で、アントニオ猪木がモデルです。
本門寺には力道山の墓があり、猪木は「師匠が眠るお寺の門番になれるなら本望」と快諾したそう。
最初は再建された仁王門に収められましたが、その後、本殿に移されました。 -
本殿の裏にある「日蓮上人御廟所」。
久し振りに訪れた池上本門寺・・・大本山に相応しい広大な境内と大伽藍の建物群でした。 -
帰りは東急池上線・池上駅から五反田へ・・・池上散策を楽しんだ早春の一日でした。
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